『天・に・喜・び・あ・る・べ・し』


 …… …… …… …… ……
「く・る・し・か・ツ・た・コ・ト
  …… …… …… …… ……
  あ・る・ン・で・しョ……
  …… …… …… …… ……
 さ・ぴ・し・か・ツ・た・コ・ト……
  …… …… …… …… ……
 あ・る・ン・で・しョ……
  …… …… …… …… ……
 つ・ら・か・ツ・た・コ・ト……
  …… …… …… …… ……
 あ・る・ン・で・しョ……
  …… …… …… …… ……
 ねッ、あ・る・ン・で・しョ……ねツ・ねツ……
  …… …… …… …… ……

ボクは、だれと話しているのか、分かってきました。
いや、もう、一目視線を交わした時から、分かっていたのです……
その通りでした……しかし、そう畳みかけられると、少し違うという気がしてきました。
それ所か、断定してかかるその問い方に反発すら覚え始めたのです……

「戸籍謄本は、いつも父が取りにいきますから…
 見たコトありません……母は元教師でした……どちらかといえば
 ……公平な人でした……ですから……

ハンカチが震えています……喉許が沸騰しています。
前提を述べたのです。結論は、キシミでてきます……

「ですから、ボクは……ポクは……
 k・n・sh・トカ ……
 s・b・sh・トカ …… om・ッたk・t …… a・r・m・セン ……

途端に、うつ伏せになりました。
テープルにうつ伏せになりました。
ボクは-総身の毛が逆立ち …… 頬がひきつりました。
輝くように微笑み …… 差し伸ぺてくれた手を ……
恐らく …… 万感の想いで …… 差し伸ぺてくれた人の手を ……
邪険に振り払い ……
奈落の底に …… 突き堕したのです ……

母は、その後十年間、ついに、二度と現われませんでした。
二十八歳のこの時から、ボクは、
悔悟の日々を送ることになりました ……

1966年、九月初旬、パンナム2便は、大きく翼を傾け、機首を南に向けます。
四十五日間、欧州十三か国取材旅行の始まりです。
生命保険もかけました。もう思い残すことはなにもない。
やっと、自分がなに者か分かったのです ・・・・・・
この年は、春先から、航空機が相次いで墜落した年なのです。

もう思い残すことはなにもない・・・・・・
もう思い残すことはなにもない・・・・・・
もう思い残すことはなにもない・・・・・・

達成感の高揚の中で ・・・・・・
ボクは、むしろ、搭乗の飛行機の墜落すら望んだのです。

渡航前に母を探しだす決心をします。
東京駅前の中央郵便局へ行きました。
聞き覚えの姓、居住都市を手がかりに、電話帳を繰って、宛先を探し出しました。
片っ端から往復葉書で問い合せます。
次々と戻る回答は否定的でした。
やはり、駄目か ・・・・・・
そう思いはじめた頃、ついに、最後の一枚が戻ってきます。

「私が……あなたの母です ・・・・・・

どこかで見た光景です。そうです。
ソロモン、ガダルカナル、ニューギニア ……
大戦中発表のあの航空写真そっくりです ……
生きている自分と、失われた二千二百万人の人生を想いました ……
そして、あの新京特別市、清和胡同三一五番地 ……
「三畳の勉強部屋」につながる因縁の糸を感じました ……
あの部屋で読んだ …… ポーの作品 …… なにかに惹かれ ……
呼び寄せられてゆく …… 特異な感覚 ……
異常な執念・耽溺 …… 意外な展開・展開・展開 ……

ついに、姿を現わした母 ……

遥かな長春・新京 …… 遠い少年の日々 ……
あの順天公園の夕焼け……その中に、一瞬、垣間見た自分の未来 ……
  …… …… …… …… ……

ああ、それが、いま、ここに ……
そして、ふたたび、一面のタ焼け、光の海です。
重力を解脱した黄金色の雲が、点々と、音もなく、浮いています ……
そうです ……

九十九匹を野におき、
	往きて失せたる羊を見出すまで尋ねざらんや ……
われ汝らに告ぐ、
	かくのごとく悔い改むる一人の罪人のためには、
	悔い改むる必要なき九十九人の正しき者にも勝りて ……
天・に・喜・び・あ・る・べ・し

天・に・喜・び・あ・る・べ・し ……
天・に・喜・び・あ・る・べ・し ……
天・に・喜・び・あ・る・べ・し ……

そうです ……
そうです ……
そうですとも ……


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