平成7年12月のある日、茶道具屋さんから白磁の香炉を安価で譲って頂いたが、それがきっかけで美術品を蒐集するようになった。これまで集まった物を眺めていて、その一つ一つが長い時間をかけ、様々なルートを経て我が家に入ってきたのであるから、何とも不思議な縁を感じる。しかし、身のまわりのものを見ると、どれもこれも大なり小なりそのようなドラマがあったのではないかと思うと、いらなくなったものをもう一度引っ張り出しては部屋に飾ってみたりする。昔の食器や掛け軸などの中で時にはおもしろいものもある。飾ってみると部屋の片隅に美術館ができたようでうれしい気持ちになる。最近は、骨董ブームだが我が家もその例外ではない。「あんなものがこんなもの」になったり「こんなものがあんなもの」になったりする今の時代はそういう意味でおもしろい。だから骨董品にのめり込むのだろうが、ただそれだけではないと思う。現代は科学技術が生み出したすばらしいものが余るほどあるのになぜ、古き良きものを求めるのか。それは見た目は同じようでも機械で作られたものと職人の手によって作られたものはどことなく違う。そこには、現代の科学技術では出せない職人の技と美的センスが感じられるだけでなく、目で見て手に触れて何となく温かい。人間はいつの時代でも豊かさと美しさを求めてやまないものだが、日常の生活に追われるあまり、つい足元の宝に目が行かなくなっている。日本のような風光明媚な大自然に恵まれているのなら、すべての人がすばらしい美的センスをもっているにちがいないと思う。自分が住んでいる町にはみんながいつでも気軽に職人たちの美しいすぐれた技を楽しめる美術館は必ずしもあるとは言えない。そこで、今一度昔使っていたものをひっぱり出して、家のどこかに飾ってみることをおすすめする。小さくとも家の中に美術館があるのもいいものである。
まちかど博物館館長の息子 川 嶋 令 也