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ちょっと真面目にご挨拶

 

 はじめまして。

 私は当ホームページ製作者、そして主人公(?)の「べるで」と申します。

 

 表紙にも書いたとおり、私は4年前の1998年6月に急性リンパ性白血病になり、現在は治療を終えた身分です。

 治療生活の中、おおいに参考にさせてもらったインターネット。ネット上には病状や治療に関する、ありとあらゆる情報がありましたが、なかでも一番参考になったのは、同じ病気で治療をしている患者さんたちの“病気の記録”でした。細かく書かれた病状や薬などの説明、大変なはずなのに明るい日記。同病者としてとても参考に、そして勇気付けられました。

 そして、自分の治療が終了した今、今度は自分がその立場になれたらな、と思いホームページ作成を始めました。(しかし発病まではファミコンすらしたことのない身、いたらない部分はどうぞご了承下さいませ。)

 療養中の日記をもとに製作したわりに、当ホームページは全体的にお気楽です。食べ過ぎで気持ち悪くなったり、遊びまわったり……「終わり良ければ全て良し」感もあるかもしれません。だから、最初くらいはちょっと真面目にご挨拶、という事で、ちょっと真面目だった頃の自分を紹介させて下さい。

 

 

 当たり前のようですが、私は最初からお気楽だったわけではありません。何せ相手は病気の花形『白血病』です。ドラマなんかだと美少女が罹って、そして儚く散っていく病気です。大学も3年生、本格的な栄養士実習がはじまり、念願のキッチンアルバイト、フラメンコのレッスン共々ものすごく充実した毎日を送っていたある日、

「検査の結果……急性リンパ性白血病と診断しました。」

 その病気を突然宣告されました。成人での急性リンパ性白血病の発症率は年間10万人に1人。そんな病気にまさか健康自慢の私がかかるとは……。まるで開ける楽しい人生の目の前に、ぴしゃりとシャッターが閉められたような感覚を受けたのを今でもはっきりと覚えています。はじめは自分の身に何がおきたのかわからず、でも、先生達がいなくなって一人になってから、じわじわとショックが襲ってきました。悲しいとか悔しいとか怖いとか、そういう感情よりもただ“ショック”で、ひたすら泣きました。

「でも私は生きる!どんなに確率が低くても、生きぬいてやる!」

 でも、涙ながらにそう決心したのはわりとすぐでした。閉ざされた人生のシャッターを何とかこじ開けようと、必死に。

 しかし、そう思えば思うほどショックが感情と化し、ひしひしと迫る“死”が怖くて怖くてしょうがなかった。同病で亡くなった人の新聞記事を見てブルーになったりもした。でも人前では死を意識していることなんて微塵も見せないで、「私、がんばります!」みたいな、虚勢をはったカラ元気。気持ち悪くてしょうがないご飯や魚もがんばって飲みこむ。『前向きに病気と闘う患者さん』当初の私はそんな言葉がぴったりだったと、自分でも思えていた。

 その一方、どんなに悩んでも、がんばっても、具合の悪い時は悪い。それどころか、血液のデータが良くても何だか気分がぱっとしない。―もしかして私、カラ回ってる???

 そして、とある結論に達したのです。

「どうせなるようにしかならない。だったら今一瞬を楽しまなければ損だ!」

 そう思ったときから、何だか気持ちが軽くなったような気がしました。がんばりすぎて死の直前、苦しかった治療の思い出しかないのは辛すぎるし、悩みすぎて別の病気になるなんて不経済すぎる。それに、私は痛かったり苦しかったりと、ストレートな“辛さ”に耐えるだけ。死の恐怖に怯えたって、よく考えてみたら死んでしまえばそれで終わりだし。精神的な“辛さ”はきっと私よりもまわりの方が感じていると思う。

 「まわりの人が心配してくれているのなら、尚更私は悩まなくて良し!ただ、この生活での楽しいことを見つけ、実行すればいいのさ♪」

 そして飛躍しすぎた最終決定、それからはどんどんお気楽主義まっしぐら。虚勢のカラ元気はもう必要ない、でも気持ちが楽だからつねに気分良好。「がんばる」なんてウザい言葉は大嫌い。気分の悪い時に気持ち悪くなるご飯や魚が食えるか!でも好きなものなら食べるぞ!そして、“死”を感じないでいるのは無理だけど、泣く子も黙る『白血病』なんだから仕方ない。あれっ、じゃあ悩み損?悩まない方がオトクじゃん!

 こうして、『前向きに病気と闘う患者さん』はだいぶ変わりました。もちろん治療には精一杯、でも考え方はちょっと不真面目。不謹慎なくらい気持ちを弛緩させていました。治療や心配事は先生や周りの人に任せ、患者本人はのんびりお気楽に構えていこう、と。かつて生きぬこうと、必死にこじ開けようとした人生シャッター、でも最終的にはその前で唄ったり踊ったりしながら、開くのを待つ、といった感じになりました。

 

 そんな状態で約4年間、どうにかこうにか、何とか無事に私の治療は終了しました。

 今でもまだ、“再発”やそして“死”の恐怖を感じます。普通の人に戻れば戻るほど、高いところから突き落とされるような気がするから。また、クスリを飲まなくていい自由や、遠回りしてたどり着こうとする未来の自分など、失うものも多くなっていますし。でも、完治の目安『寛解5年目』を目指してやはりお気楽に人生を謳歌していこうと思っています。その時のことはその時に考えよう!

 

 

 ……長々となってしまいましたが、このような経緯でこのようになったのです。

 とかく暗い話題や、悲劇のドラマの主人公として扱われがちな『白血病』という病。実際、まだまだ大変な病気ではあります。そういう状況の中で、同病の記録として名乗るにはあまりにもヘンテコな内容となってしまいました。(ようやく4年間を客観的に見る事ができた。実に食べ物の内容が多いこと!)でもここに確実に一人、普通の生活に戻っている元患者がいるという事が、いま治療をされている方々、そして家族の皆様のちょっとでもはげみになったらいいなぁと思っています。

 

 

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