病室(24歳〜74歳)での濃縮された人生を公開
希望と挫折 自分と人を見つめる姿勢
そしてわが思いは・・・  
進行性筋委縮症学用患者として50年

’99年7月2日 産経新聞 夕刊 掲載記事

’99年7月19日 讀賣新聞 朝刊 掲載記事

’99年年11月14日 讀賣新聞 朝刊 掲載記事

♪♪♪心の足T 作曲 瀧 弘二♪♪♪ 

この曲は瀧弘二氏が吉村さんの詩を記事で読まれ感動して作曲されたものです。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪自らも歌われています。♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

      ♪あの道この道歩きたい けれどこの足歩けない くやし涙も浮かぶけど♪                                                           ♪♪ぬぐって瞼をとじたとき 心の足で歩かれた 歩かれた 強く明日も行きゆこう♪♪

 



English

作者 吉村義正氏は、大阪大学医学部付属病院へ1951年(今から48年前)に研究治療のため入院しました。国費による研究治療のためずいぶん悔しく悲しい思いをしながらの入院生活の中で、どんどん筋萎縮症が進み20歳代は、不自由ながらも 少しは歩けましたが、1970年に病院でのリハビリ中に骨折し、それからはベッドで寝たきりの生活を余儀なくされるようなりました。
病院による差別や人体実験の苦しい中で、ただ一つ心を許すことができたのは筆をとり心のうちを 書き記すということでした。
1993年には器管切開で唯一自由の利いた声さえも奪われ、ますます書くことに力を入れられたそうです。
    
一言で書くと言っても私たちのように机に紙と筆を用意してという具合には行きません。介護者に両足を広げてもらい腰に力が入るように座布団をベルトで締めて机を丁度よい位置まで持ってきてもらいながら、ベッドを起こし座位をとり、背中が安定する様に枕を、二つあて、体がより安定するよう机から吊り下げられた腕用の板に左の手をのせ、それで体や足や机の位置が丁度合うと吉村氏 用に特別に用意した紙(手がまったく動かないので小さいと書けない)に介護者が右手に筆ペン(筆圧が弱いので)を持たす。指の間に長さを調節しながら筆ペンをはさみメガネをかけてあげて、この準備に15分はかかるでしょうか。 それで書き始めるのですが、その日の体調によっては全くかけないこともあります。

吉村氏は、これがリハビリだと、自分を励ましながら毎日少しづつ書きつづけました。私たちが経験したり味わったりしたことのない苦しみのなかでそれでも生きることへの希望を持ち明日へと生命をもやしつづけています。

私たち介護者は清風堂書店さんのご協力ご尽力を得て この無声の喋りを一冊の本にまとめました。
不自由な体、不自由な手足、声も失なった 75歳の老人が 残り少ない生命の日を いまだ燃やし続けています。 私たち
介護者は多くの人たちに吉村氏の生きることへの戦いを通じて 生きることの喜びを感じとっていただけたらと願っています。

一人でも多くの人にこの本を知って頂きたい より多くの人に吉村氏の生きざまを知って頂きたいと願っています。
                                                                   介護者 

吉村 義正氏は’99年7月20日午前9時18分安らかに永眠されました。

謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。

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清風堂書店発行

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