No.4 自分の選択 HOME
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ひっさびさの追加です。今回は選択についてです。私達は毎日、洗濯じゃなくて、選択して生きていますね。あらゆる局面で選択しています。人生とは、選択の連続です。選択が人生を決めています。 |
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今の時代・・・ |
IT革命なんて言葉は、既に古臭い感じの言葉ですが、私達の生活が変わったと思います。
情報は世界中を駆け巡っています。この膨大な情報の中から、自分の必要としている情報を見つけることは、果たしてカンタンになったのでしょうか?
何かを選択するとき、予め、選択する何かがなければなりません。この選択する何かが情報だったり、選択する基準が情報だったりします。
選択とは、自分の望ましい方向に移行する手段の一つなので、もし、情報がカンタンに手に入れば、選択は容易になり、自分の望ましい方向にもっていくことが容易にできると言えます。
で、話を戻し、自分の必要としている情報を見つけることがカンタンになったかどうか、考えてみると・・・
私は、必要としている情報を見つけることは簡単にも関わらず、選択が困難になってきていると感じています。実は、そんなに難しくない選択でさえ、なにが望ましいのか分からないケースが多くないでしょうか?
また、情報の量と情報の検索はお互いに関係ありません。それぞれ、独立しています。
実際に、インターネットを見渡せば、いろんな目的のサイトで、さまざまな検索手段が提供されており、はっきりいって、十分過ぎるほど、検索機能は充実しています。
しかし、調べれば調べるほど、考えがまとまらないときがあります。
コミットできない・・・? |
さて、情報は沢山あふれているのに、うまく情報を探り当てるとこが出来ず、自分にとって望ましい選択ができないのが、今のIT社会だとすると、いったいこの世界を渡り歩くには、どうしたらいいのでしょうか?
正しい選択とはなんでしょうか?
私の考えでは、IT革命の本当の意味は、「選択の幅が広がったこと」だと考えています。
「情報が増えると、検索が難しくなるから、正しい選択がしにくい」というのは、誤りです。
「情報が増え、検索の断面によって、選択の幅が広がった」これが正しい理解だと思います。
単にeメールが使えるようになったり、音や映像が手軽になったり、Webの世界、双方向コミュニケーションや多種多様なコンピュータシステム/サービス等・・・一見、こういう外面的なITの側面ばかり表出していますが(外的な側面なので当たり前ですが)、これは、従来の思考と手段のレンジが単純に拡大したに過ぎません。
これ、本当に単純な事だと思います。
世に氾濫するコンピューター系、ビジネス系の雑誌に繰り広げられる、意味不明の横文字や造語の氾濫にカムフラージュされて、まるでファッションの流行のように、めまぐるしく新しい言葉が創造され、それに踊らされている人(経営者)が少なくないと思いますが、やろうとしていることは、まったく単純です。
物事を恐ろしくフクザツにして、とても重要に見せているだけに過ぎません。いくら、そんなことしても、中身は本質的に変わっていません。そんな素晴らしいトレンドが本物ならIT不況なんて起こらないハズです。コンピュータ科学の本当にフクザツなしくみは驚くほど洗練され才能ある人々に支えられ日々充実させられています。(もっとも、、、大部分の見せかけのフクザツな技術のおかげで、IT技術者の一部が高給取りになり、市場ができあがったとも言えますが・・・)。
結局、見せ方を変えていたり、見せる手段を多様化しただけ、レンジを拡大しているだけなんです。
例えば、eメールを例にすれば、手紙という手段はずっとずっと昔からありました。
文章を送るために、文書とアドレスを併記しておけば、誰かに送る事ができる・・・という考え。
eメールは、その手紙の様々な属性のレンジを拡大して、地球の反対側の人にも一瞬に送信できるようにして、送信内容もテキストだけでなく、音や音楽、画像に動画、その他WWWなどのリンク情報を送れるようにしただけですよね?
思考のレンジが広がったということが、選択の幅が広がった原因だと思います。
これを、仕事に当てはめれば・・・
ある局面ではAが正しくても、次の局面ではBが正しいという風に、変遷してしまうのです。
この変遷こそ、ITの妙味であり、計り知れない恩恵なのです。だれにでも、どこにでも、チャンスが流れ込んでくる訳です。
しかしながら、この局面の変遷は、コミットしにくい世界ともいえます。
コミットを辞書で調べると「自分がその中にはまりこむことをいい、そこから以後動きのとれな いような言質を与えたり、行動をとること。」となっています。
コミットできない世界で、ある目標を立て無理やりコミットさせて、その原則を何が何でも貫き通し、あらゆる手段を使って強引に力で結果を出そうとする・・・これがIT不況の原因だと考えています。
つまり、コミットしては、いけないのです。
コミットしにくいという状況は、あらゆる状況が、自分にとって相応しい選択になる可能性があり、その相応しい選択がいくつもあることを意味していると思います。これは、大きなチャンスではないでしょうか?
このチャンスを生かすことが、大切だということは、言うまでもありません。
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やっと本題・・・ |
ここまで書いてきたことをまとめると、今の状況は、いろんな答えがあって、一つの選択が必ずしも、絶対正しい選択とは言えないし、むしろ、複数の潜在的に良い結果をもたらす、すばらしいチャンスがある。ということでした。
しかし、、、
本当に自分にとって相応しい選択とは、そんなに外的状況によって、コロコロ変わるものでしょうか?
私は、変わらないと思っています。
個人のシアワセ、企業のシアワセ、社会のシアワセ、国家のシアワセ、、、
結論から言います。
「検索の断面によって、選択の基準や価値が変わるような、情報は、あまり重要な情報ではありません。そんな情報に振り回される必要はないと思います。」
そのような情報は適当に扱っておけばいいと思います。
大切なのは、いかなる局面においても、変わらない考え、思考、行動・・・こうったものを真剣に考えて、常にそれに従った選択をする必要があるとおもいます。
この選択が人生の選択であり、富と成功への近道に違いありません。
安定しない波に、自分を合わせようとしても疲れるし、自分を裏切ることになります。自分への裏切りは他人を裏切るより重い、最高の裏切りです。
自分をだますことは、絶対にできないからです。
もし、誰かが、あなたに、コミットメントを求めてきたら、それ自体、失敗を招きかねない危険な選択だと思った方がいいかもしれません。
誰かが、無理やりあなたに意見を求めてきたら、それもまた、無謀な選択を強いています。
そういう人は、自分がコミットできないから、他人にコミットを求めるのです。
さらにコミットのプロセスを明確に求めるなら、これはもう、自殺行為です。
そういうことを求める人は、果たして今までの人生で、自分の選択が、思い通りに、予想通りに、予言、予知した通りに事が運んできたのでしょうか?もしそうなら、どうして意見を求める必要があるのでしょうか??? もし仕事が上手く行かないとしたら、それはコミットメントを要求し、そのうえ、社員が基本的にやる気が無い。ということに尽きます。
あえて、コミットメントをするなら、非常に短いスパンでその効果を確認して検証することです。
しかし、このような短いコミットメントというのは、週報のような普段の仕事で、ごく普通にやられていることなんですよね。
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自分の選択に責任を・・・ |
たとえ仕事であっても、誰であれ、誰かに、強制的に意見を求めてはいけないし、「学び」という理由で「あえてなにも言わない」とか「いきなり、否定し理由は言わない」等という選択は、役に立ちません。
むしろ、自発的に意見が飛び交うような、環境を作り上げることが、大切です。
そういう環境を作る上げる努力をまったくしないで、「意見を言わない奴はダメだ!」等と考えている人は、人から身のある意見を受け取ることはできないでしょう。
あるべき姿を心に思い描き、それが本当だと信じるなら、その通りになる。
この明確な法則がIT社会の今、素晴らしい成功のチャンスを自分に与えると信じています。
私もまだまだ成長して人生を豊かにしたいと思っています。
心に思い描いた事実を信じています。
そして、日々の生活にシアワセのカケラをいっぱい見つけています。
自分の選択に責任をもち、自信をもって取り組めば、心に描いた事実は必ず、体験できます。
自分の選択、、、それは人それぞれでしょう。でも、外的要因によって、局面によってコロコロ変わってしまう選択は、本当に、選択したとは言えないと思います。
心で選択したこと、行動にうつして選択したことが、望ましい結果として体験できないとき、それは、中途半端な選択だったのだと思います。
情報が氾濫する今、一見すると結論を先延ばしにして(選択の幅が広くなる為)しまいがちですが、こんな今だからこそ、ビシッっと揺れない心で選択する必要があります。
それは、状況に応じて変化してしまうような、コミットメントでは決してありません。
きっと、選択のためには、直感、運、素晴らしい人との出会い等、そういう要素を充実していくことが大切なんだと思います。その、磨き方は、人それぞれ。。。ですね。
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ここまで読んでくださった方に感謝します! ありがとうございました! |
ここに書いたことは、今の私の考えであって、こうでなければならないということは、一つもありません。大切なのは、あなたの考えと感じ方です。それがすべてを方向付けています。
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