vol 10 ルドルフの涙
シンボリルドルフといえば
岡部とコンビの最強馬という印象が強い
一流同士の他者を寄せ付けない組み合わせで
どんな時も文句無し
危なげないレースを見せた。
新馬戦のデビューから岡部と組み
8戦までは負け知らず
生涯成績15戦のうち13回は優勝
2着1回 3着1回
という凄まじさだ....
ルドルフはシンボリ牧場で
3月13日の金曜日
スイートルナというウマから誕生した。
スイートルナはスピードシンボリの仔だが
癇性のきつい気難しい性格で
発情期が短く種付けの難しい馬だったという
ルドルフを身篭る前の年は受胎に失敗していた。
サラブレットにまつわるジンクスは
いくつかある。
「空胎の翌年に受胎した馬はよく走る」
というのもその一つであるが
ルドルフはもう一つラッキーなジンクスを
証明するかの馬体を持って生まれてきた
「左後一白」と呼ばれるそれは
四肢のうち左後脚だけに
白いロングソックスをはいたように
白い毛で覆われている馬の事をさす。
「左後一白」の馬は
馬主に幸運を呼び込むと言われているのだ。
ルドルフはまさしくそれだった。
彼は生まれた時から
他のウマに君臨する威厳の様なものがあったと
彼を一歳の秋から二歳にかけて世話をした
牧場関係者にいわしめた。
彼は新馬戦を含む4連勝のあと
クラシックの皐月賞を手にし
無傷のまま一番人気で
日本ダービーをものにする。
そのダービーの前年の秋...
ルドルフの母である
スイートルナを突然の悲劇が襲う。
ルナはそんな我が子の活躍を知らずに
その一生を閉じていたのだ。
ルナは、ルドルフの妹「マチカネ」を産み
また空胎になりのんびりと牧場ですごしていた
こころない猟師が
サラブレットのいる牧場のすぐ横で
野鳥に向けて発砲するという
信じられない事件をおこす
それまでは平和な牧場の風景が一変する
常識の無い猟師の事故による被害は
いつも直接的なものとばかりは
限らない....
スイートルナは
自分のすぐそばで起きた銃声に
悲痛ないななきをあげパニックに陥った
狂った様に走り出し牧柵に激突してしまい
腰と背の骨を二ヶ所、骨折してしまう。
ルナの全てをまかされていた獣医は
誰あろうルドルフの生産者である
苦しみにもがく一頭のウマの前に
迷う間もなく、その場で
100ccの注射液をうった
もちろん彼の悲しみと辛さは計り知れない...
大粒の涙をいくつも流しながら
彼はルドルフをとり上げたのと同じ
その手で、ルナの死を導いた...
それが、正しい判断であるにしろ
自らがその処置をしなければならない
過酷さは言葉にはできない
いくら利口なルドルフとはいえ
母の死を知っていたとは思えない
しかし、危なげない快進撃を続けたていた
ダービーの時のルドルフは
鞍上の岡部がもうだめなのかと諦めかけるほど
今までの冴えをみせなかった
岡部が焦り今までとは違い何度も鞭を振り上げる
生産者がルドルフの母のルナに思わず祈る...
残り200を切ったとき
岡部はルドルフの声を聞いたという
「何もしないで俺に捕まっていろ」
いくつもの勝利をものにしながら
ダービーだけは勝ち取れなかった
名騎手岡部は、ルドルフの
言うとおりに走ったおかげで
勝たせてもらったと、後に述べた。
新人ならともかく
あのプライドの高い岡部の言葉なのだ
けれど、それは
名騎手岡部だからこそ
聞こえたルドルフの声なのだ
ダービーを機に
岡部とルドルフの信頼は
いよいよ深くなる。
ルドルフの最後の戦場になったのは
カリフォルニアのサンタアニタ競技場だった
日本競馬史上誰もが最強とみとめた
シンボリルドルフは
6歳の春世界の桧舞台へ飛び出した...
しかし結果は7頭だての6着
幸か不幸か骨折の一歩手前
捻挫によるものだった...
岡部が止めようと迷っている間も
ルドルフは痛みを我慢して
走り続けた
このときルドルフははじめて
後続馬を一頭だけしたがえた淋しいゴールをした
怪我をしたルドルフより先に
帰国する前になった岡部が帰国前に
たったひとりぼっち馬房に残るルドルフに
にんじんを持って見舞いにいくと
傷めた右前足を引きずりながら
大きな黒い瞳をうるませて
岡部にすりよってきたという
傷ついた戦友の痛々しい姿に
岡部も止めどもなく涙を流した
敗北のあとの雪辱戦を
岡部はもとより誰も望まなかった。
ルドルフはサラブレットの持つ
キワドイ勝負の連続の中で
幸運をものにし続けた。
まるでいくつものジンクスを守る様に...
そして...
トウカイテイオーが誕生し
トウカイポイントが誕生した
彼の血は確かに
受け継がれている
新しい夢から夢を
紡いでいる...
彼くらい、憎らしいほど
威厳のある強いサラブレットは
いまだ誕生していないけれど...
もしかしたら
今年の春こそ
そんな凄いウマに出会えるかもしれない...
たくさんの新馬の
たくさんの神話の誕生を
心から祈って....
新しいウマたちの歴史の
立会人になれる日を夢見て...
今年もまた、サラブレットのつれてくる
新しい夢に心躍らせる。
武ゆたこ
|