vol 15   母の命をうけついだ馬


スペシャルウィークは
17戦10勝
2着4回 3着2回 7着1回
古馬中長距離G1で完全連対を
成し遂げるめちゃくちゃ
素敵な実力馬である

あの気性の荒い
サンデーサイレンス様を父に持つというのに
彼は、まるでいつも女の子みたいに
人なつこくて優しいオーラを放っていた

彼は生まれてすぐ母をなくした
スペシャルウィークの母であるキャンペンガールは
スペシャルウィークを身篭ってから
何度か原因不明の疝痛に襲われていた
ギリギリまで痛みに耐えていたが
あと何日かで予定日という時に
これ以上はお腹の仔もあぶないという
獣医の診断のもとに陣痛促進剤が打たれた
産後のあまりの苦しみ様に
今度は安楽死の診断がとられ

スペシャルウイークは
母キャンペンガールが命と引き替えに
この世に送り出した馬なのだ
死後開腹された彼女の腸の一部は既に壊死していて
まさにスペシャルウィークが生まれた事自体
奇跡に近い出来事だったと言えるかもしれない

彼にはすぐに乳母があてがわれたが
皮肉な事に乳母との相性もあわず
ろくに乳ももらえない日々が続いた

お馬の親子は仲良し親子と歌われるほど...
あのベガが仔馬を恐ろしく神経質に育てては
教育ママぶりを発揮して人々を驚かせた程...
普通の仔馬だったら
溢れるほどの母の愛を与えられるはずなのに
彼は乳母からえさえも
愛を与えられる事がなかった

そんな彼がなぜ
とびきり優しい瞳を持ち
女の子の様に優しいオーラを放つ仔に育ったか
それは
彼が人間にこよなく愛されたからに他ならない
言ってみれば彼の母親はたくさんの人間だったのだ
だから彼は人の言葉や
豊の思っていることがよく理解できたのかもしれない

天皇賞をスペシャルウィークでとった時
彼の首を愛しそうになでながら
豊は彼の背にまたがったまま
いつまでもゴーグルをはずせずにいた
豊が泣いていた...

後で豊はスペシャルウィークを充分ねぎらったあと
「サイレンススズカが後押ししてくれたのかもしれません」
と、声をつまらせた。
豊がふと、そんな言葉をもらしてしまう程
スペシャルウイークは豊と一体になっていた
豊の心の中に入り込んでいたのだ

彼の優しいオーラは
人を優しく包み込んでしまう
そんな不思議な馬だった
レースの前のパドックでも
じゃれてはずっと口を動かして
まるで何かおしゃべりを楽しんでいる様だった

馬の目は優しい
けれど
スペシャルウィークの瞳は
とびきり優しくおしゃべりだった

母の愛もしらずに
人の仔として
育ってしまった彼は
いつも何か語りかけたそうな
しゃべりだしたらとまらなくなりそうな
そんな風に人をひきつけてしまう
とびきり優しい
素敵な目をしていた


残酷な誕生とひきかえに
スペシャルウィークが手にした幸せ
皆に何倍にもして返してくれた幸せ


いつまでも優しくて素敵な
おしゃべりな君の瞳に乾杯!




                 武ゆたこ

バックナンバー
vol.1「サラブレッド」
vol.2「仔馬の様なオグリ」
vol.3「エイシンサンサンの事」
vol.4「トップロードのくれたもの」
vol.5「夢の申し子」
vol.6「ナリブに白い花束を♪」
vol.7「マーベラスクラウンちゃんのこと」
vol.8「シルクボンバイエの野望」
vol.9「ベガはベガでもホクトベガ」
vol.10「ルドルフの涙」
vol.11「寂しがり屋の彼....」
vol.12「そよ風の名をつけられた馬」
vol.13「二度引退した幸せな馬」
vol.14「光より速く...アグネスタキオン」
vol.15「母の命をうけついだ馬」
vol.16「逃げて逃げて逃げて....」
vol.17「不思議な逃げ馬」
vol.18「繊細なひまわりフーちゃんの事」
vol.19「ローゼンガバリーの見た夢」