| 境界例患者に捧げる |
| 最近、「境界例」という言葉をよく聞く。 精神病というには、症状はかるく かといって、健康でもない。 最近、掲示板でも時々お目にかかる。 彼ら、彼女らの苦悩はいかばかりか、計り知れない。 本官のように「精神分裂病」と、いったん病名がついてしまえば もう、ほとんど一生涯、この病名はついてまわる。 幸いにも、本官は予後がよく、日常生活で不便を感じることはない。 普通に電車に載り 普通に車を運転し 普通に仕事をして 普通に対人衝突を処理する ただ、通院と服薬しかしない障害者なのである。 ところが、境界例の方は、これらのことがほとんどできない。 「お気の毒に」というだけなら、誰でもできる。 本官が最近読んだ「海軍教育」という本がある。 軍隊教育には、好き嫌いが別れるところだが この本は極めて客観的に書かれている。 この本を引用すると 今を最高に生きろ 兵隊というのは、戦場に出れば明日をも知れぬ命である。 明日どころか、5分後には敵の弾で打ちぬかれるかも知れない。 「なに言ってる。今は平和で、そんなことはありえない。」 はたして、そうだろうか? では、通り魔殺人で殺された人は、死を予感していたのか? 急病で死ぬことはないのか? 交通事故で死ぬことはないのか? 生きているものは、必ず死ぬ。 ただ、いつ、どのように死ぬかは、誰もわからないはずだ。 だから 「将来、境界例が治ったら、手帳を持っていると困る」 とか 「今は辛いけど、会社勤めをがんばる」 など わかりもしない将来を心配する。 無理をする。 権利を放棄する。 そうではないのだ。 今が、大切なときであり、たとえ病気と認定されなくても それは書類上のことなので、症状をみれば明らかに病気だ。 だから、病人としての自分を受け入れ 恥じる事無く社会保障制度を利用してほしい。 ただ 今さえよければ と、履き違えないで欲しい。 典型が遊興のための借金であるが 死後、その借金のおかげで あの人はロクでも無い人生を送っていたからね。 と、言われるのは悔しくないか。 本官は、やはり最期は 立派に散った と言われたいものである。 注意書きにも書いてあるが、ここは癒し系のサイトではない。 極めて現実的なサイトである。 本官が唯一、メンタルの部分でアドバイスするのは 今を最高に生きろ これだけだ。 |