山女魚(アマゴ・ヤマメ)のてんから釣り

 

 

 てんから釣りについての指導書は、多くの先達による優れたものが

 数多く発刊され、今では二桁台そして、自己本位を読者に押しつけ

 たがるいいかげんな著者の本まで加えれば恐らく百冊をこえるので

 はあるまいか。

 

 総じて釣りに関する情報は、釣った魚の大きさとか、尾数の多さを

 自慢げに吹聴し、その背後には自社製品を買わせようと誇大宣伝

 をするメーカーや販売元がうろちょろするのが大半を占めているの

 だが、これは単行本だけではなく、月間情報誌も然り、テレビ番組

 も然り(釣り具産業のコマーシャル番組のあるもの)、インターネット

 によるホームページも然りである。

 

 今、いいかげんなあるいはインチキめいた内容の物を全て排除して、

 これぞてんから釣りの優秀なテキストになりうるものを選べといわれ

 たならば、私は下記の本とビデオテープを推奨いたします。

 

題名

著者名

本業

出版社

渓流の釣り

杉本英樹  

医学博士・開業医

つり人社

遥かなる山釣り

山本素石  

自由業

山釣りのロンド

熊谷栄三郎

新聞記者

山と渓谷社

科学する毛バリ釣り

石垣尚男

大学教授

廣済堂出版

テンカラ逆さ毛バリ

右田政夫

弁護士

つり人社

かげろうの釣り

加藤須賀雄

公認会計士

つり人社

毛バリ釣りの楽しみ方

桑原玄辰

洋画家

産報出版

釣りキチ三平 (毛バリの巻)

矢口高雄 

マンガ家

講談社

ビデオ 現代テンカラ

富士弘道

自由業

つりサンデー

 以上は私の独断での意味で選択いたしました。

 この外に最近では名の通った釣り師(?)の微に入り細を穿った著書も読みましたが、私のてんから

 の趣旨に合いませんので割愛させていただきました。

 

 次に、指導書という、いかめしいものではなく、私の釣りキャリアの大半をしめる渓流、その中でも、

 もっとものめり込んだ毛バリ釣りのいくつかの問題点についての独白を、肩の力を抜いてお聞きく

 ださい。 


 てんから参上

 

 早春の一時期の渓魚たちは、餌が新鮮でしっかりと鈎に通してあれば、ほとんど釣り上げることが

 できる。入門書に書かれている基本技術を実行できれば、早業や難しい技術はそんなに必要では

 ない。

 

 三月中旬過ぎの「菜種梅雨」と俗にいわれる数日く雨により、水嵩の増したポイントでは確実に

 よい成績を上げることができる。

 ひと月半ばぐらいからふた月ぐらいはまあまあの釣果にだれもが自己満足できる。

 「俺もだいぶ上達したもんだ。」と、釣りながらにやついてしまう。

 ところが、五月近くになるとそうはいかなくなる。

 いままでと同じ釣り方をしているのに、さっぱり反応が無くなってしまう。

 

 相手はたしかにそこここのポイントにいる筈だが釣れない。

 ハリスを細くしたり、錘を軽くしてみたり、餌のイクラやキジを川虫に替えたりして、なんとかアタリを

 期待するのだが食わない。

 

 たまたま水面近くに流れに沿って移動して行く目印に、パシャっと全身を現して飛びつく大型を見せ

 付けられるに至ると、釣り人は、カッと頭に血が昇ってしまい、足元を踏み外して流れに転がり込んで

 しまうことさえある。

 

 あせれば、あせるほどつまらない失敗を重ねて、ついにはつんのめったはずみに握った竿を岩にぶ

 つけて折ったりしてしまうこともある。

 五月頃になると、知り合いの釣り人から出漁の後で不満の声が出始める。

 日の出の時刻が早くなり、六時ごろには晴れた日には水面に太陽が反射するようになる。

 

 テンカラの出番である。

 餌釣りの人たちが躍起になってアタックしても全然反応がなかったのに、小さな毛鈎が降りた瞬間

 水面は、はじけてきらめく。

 水を割って空間におどりでた山女魚は大きな口を開けて、自家製の不恰好な毛鈎をくわえる。

 

 「ここで出るだろう」と見当をつけているから、竿先は跳ね返って、糸を引っ張り、手元に、衝撃が伝わ

 る。空を切ってきらめいて跳んできた魚は足元へガサッ、と落ちる。

 釣り人は瞬間、息をとめてぼうっとしてしまう。

 

 この川にはもう山女魚はいないのではないかと半ば諦めかけていた流れが、突然、蘇る。

 魚はちゃんと棲んでいるではないか。

 釣り師のやりかた次第で相手は姿を現すのだ。

 

 明け方は石裏のたるみや、瀬脇の巻き返しあたり、夕方は穏やかなひらきの浅場で、まさかこんな

 所で、と思うような大型が、ガクン、と食いつく。

 

 陽がまぶしく照り返す時刻でも、餌釣りではあり得ないことだが、荒瀬の真中に毛鈎を這わせてやる

 と、ズバッと衝撃的な顔見せをやってくれる。

 

 しかし、流芯の速い流れに乗せた毛鈎に、ズバッと姿を現した山女魚を釣り上げるのには熟達した

 早業がなければ成功は望めない。ここで出る、というスポットを直感し、自分の判断を確信していな

 ければ遅れをとってしまう。

 

 浮かべた毛鈎に触れただろうぐらいの感触があって合わせに失敗しても諦めてはいけない。出てき

 たポイントより上流の半径50センチぐらいの半円の範囲をチョン、チョンと、7、8回さそい撃ちを繰り

 返し、ここぞと本命撃ちをやる。30センチ流したら跳ね上げる。相手が見えなくても次の瞬間、ガッン

 と衝撃が来るだろう。

 

 鈎掛かりした山女魚は糸がはってあるかぎり、かなり暴れても外れて逃げられてしまうことはめった

 にない。

 握った竿を垂直に空に向けて伸ばし、穂先と胴の弾力で自分に向かって、獲物が跳んでくるように

 撥ねあげるのだが、ここで注意しなければならないのは、大型の重い奴を一気に引き抜くときであ

 る。よくあることだが、バキッ、という音とともに竿の真中あたりが折れて吹っ飛んでしまうことが間間

 ある。

 

 山女魚は折れた竿先と糸をくわえて逃げ回っているから即座に糸をつまんで手繰り寄せれば、十中

 八、九は手中に収まるが、愛用の竿は取り返しがつかない。

 まして、テンカラの竿は餌釣りの竿と違ってそう多くの種類があるわけではないし、値の張るものば

 かりだ。それにもまして、穂先は多少硬調子で中程へきて柔軟性があり、しなった後はすぐにピタ

 リと反動が静まり、一直線に静止するようなものを厳選したいし、一度自分になじんだものは一時も

 手放しがたいので、釣具店に修理を頼んで預けている期間はなんとも云えない寂寥感が増してくる。

 

 竿はなんともなくても、糸に故障がおきることもよくありがちだ。

 テーパーラインにはめったに問題はないのだが、リーダーがぷっつりと切れて大事な毛鈎を持って行

 かれてしまうことはよくある。

 いつのまにか糸に瑕がついていて、強い合わせの瞬間に張り切れてしまうのだ。

 たまには、毛鈎のアイに通したあとの結び方がしっかりしていなくて結び目が解けてしまい、せっかく

 苦労して巻いた愛用の毛鈎を盗難にあってしまうこともある。

 

 薄暗くなって山女魚の跳ねが盛んになり、小さな響きが手に伝わって「やった」、と笑っても次の瞬間

 外れてしまう。何度もそんな状態が続き、首をかしげてしまうことがある。

 そんな時は一度、携帯している電灯の明かりで鈎先を調べてみることだ。必ずといって良いほど、

 鈎先が折れて無くなっているに違いない。

 

 

 以上のいろいろな要件がまじり合って、姿を見ても手中に

 収めることは少ないのだが、それも釣り師にとっては、川と

 そこに棲む美しい「山の女」との胸のときめく出会いの、不

 思議な瞬間がなんとも云い表し得ない魅惑なのであろう。