(無題)


 夜の大都会の裏路地でその逃走劇は行なわれていた。
 逃げるのは男女1名ずつ。男性は黒装束に身を包み、女性は普通の格好をしている。
「ミゲル、私もう走れない」
「何の為にここまで来たと思ってるんだ。俺だって、俺なりに苦労してんだ!ここで引き返せるものかっ」
 女性の諦めとも取れる悲鳴に、ミゲルは怒号で答えた。
「きゃっ」
「マリー、どうした!」
 ふと振り向くと……マリーと呼ばれた女性が足をもつらせて転んでいる姿と、その後ろから追いかけてくる相手数名。相手はいずれも物騒な得物を手に、殺気だった目で凝視しながらの追撃を試みている。
 ミゲルはマリーを庇うように追手の前に立ちはだかった。
「あ、相手はあんなにいるのよ!」
「振り切れやしねえ。仕方がない」
 ミゲルはナイフを取り出したが……追手達の持つ鉈、手斧、棍棒に比べるとどうしようもなく貧弱に見える。
 相手は4人。それだけ確認するとミゲルは、両手のナイフを投擲用に持ちなおした。
「俺の腕だってまだ健在だ。黙って見てな」
 刹那、僅かな月明かりに反射してミゲルの両手が閃いた。同時に今度は追手の戦闘二人の足がもつれる。正確には、無力化するための単純な手段として足を狙っただけだったのだが。
 倒れた2人を踏み潰しながら乗り越え、そのまま後ろの2人も男性に突進する。それにあわせてミゲルも前に踏出し跳躍、そのまま飛び蹴りを放った。綺麗に入りすぎたのか、グキン、と砕ける音と同時に追手の一人の首が不自然な方向へと曲がった。
「ガキがぁっ」
 飛び蹴りで移動したミゲルの真横からの追手の斬撃。飛び蹴りで体制が崩れているところへの狙い済ました一撃だったはずだが……ミゲルの動きは更に加速していた。飛び蹴りからそのまま突きぬけ、鉈の一撃をかわして更に別の追手の背後に回りこむ。
「……俺ももう21なんだが」
 そのまま首を両手で挟み、折る。絞めた訳ではない。もっと直接的に、真下へと引き摺り下ろした。制御を失った身体はそのまま沈む。
「こんなもんだろ。休憩時間にはなったか?」
「あ……うん」
 呆気に取られたマリーは答えるのが遅れた。ミゲルが追手の相手をする時間が短すぎて休憩にならなかった、というだけでもない。

 マリーはこの世界にいる、残り少ない「魔術師」と呼ばれる人種だった。周囲に存在する魔力と精霊に干渉して常人には不可能な力を発揮する。特にマリーの場合は、その守護神としてフェニックスを宿しており、比類無き火炎の使い手だった。
 その業火は立ちふさがる相手全てを焼き尽くす。
 単純に戦闘能力で考えれば、その戦力は並の兵士100人には相当するであろう。当然、それに目をつけない権力者はいない。国の宰相に幾度と無く要請をされたが、根が平和主義者のマリーはそれを潔しとしなかった。彼女は自分の能力を恐れていた。
 彼女は「魔術師」としては発展途上だったといえる。自分の能力に歯止めをかけることが不可能だった。できることならば、「魔術師」として生きる人生を歩まないつもりでいた。
 しかし……宰相はその戦闘能力から目を外さなかった。宰相はマリーを捕え、何が何でも我が物とする腹でいた。それを救ったのがマリーと幼なじみのミゲルだった。
 宰相の独裁を快く思わない市民が集ったレジスタンスにミゲルは所属していた。ミゲルがマリーと顔見知りであったことと、ミゲルの能力を買われて重大な任務を与えられた。レジスタンスにしてみれば、革命を起こす御膳立てが整った矢先の出来事である。不確定な要素は可能な限り相手に渡したくない。その為のミゲルの逃走劇であった。

「ここで休もう。待ち合わせ場所だ」
 マリーの足取りの重さを気にしたのか、ミゲルは路地の影を見つけてマリーを誘った。
 水袋を差し出しながらミゲルは聞いた。
「……なあ。覚えてるか?」
「何を?」
「昔、俺の親父が殺されたときのこと」
 マリーは静かに頷いた。
 ミゲルの父親は、二人がいた村で村長をやっていた。が、宰相の方針に逆らったが為に村の広場で吊るされた。ミゲルがレジスタンスにはいったのはそれが原因だった。
「あれから俺も、色々と手が汚れる仕事をやってきた……時々、自分が何をやっているかわからなくなる。俺は人を殺されたから動いているのに、今もこうやって殺そうとした」
 水袋をしまうと、ミゲルは黙りこくった。
 ――しばらくして口を開いたのはマリーだった。
「でも、そのおかげで私は助かったわ。あなたは人を殺すかも知れないし、私の命だって人の命を踏みつけて生きているのかもしれない。でも……自分が死ぬのは怖いの。そういう意味では、あなたに感謝してるわ。助け出してくれて」
 マリーはそれだけ矢注ぎ早にいうと、黙りこくった。
 またしばらくして、今度はミゲルが口を開いた。
「……なあ。このまま2人で、どっかいかないか?」
「え?」
「実は……俺はおまえをこのまま、レジスタンスに引き渡すことになっている。宰相の元とは違っても、扱いは変わらないかもしれないんだ。だから、その……おまえさえ良ければ」
「……」
 また長い沈黙。ミゲルはマリーの答えを待ち、マリーはミゲルの続きを待った。
 ……いきなり、ミゲルがナイフを取り出した。
「流石に気付いたか」
 暗闇から声がする。低くドスの聞いた声。新たな追手のようだ。
「追いついてくるのが速いな……振りきれなかったか」
 ミゲルは立ちあがり、マリーに呟いた。
「出てくるな。俺は大丈夫だから」

 物影から裏路地に姿をあらわしたミゲルは早速ナイフを取り出した。
「まさかそっちが一人で来るとはな。しかもここまで……アンタも俺の同業者か」
 ミゲルは不適に笑い、ナイフを投擲用に構える。
「その通り。貴様のようなコソドロとは格が違うがな」
 相手も鞭を構えた。
 同業者――ミゲルは俗に言う「掃除人」だった。仕事の内容は暗殺・誘拐・影での護衛など、表沙汰にはできない内容のものが多い。今回のマリー救出にせよ、内容は表沙汰にできないものだった。
 そして、追撃してきた相手にしても表には出したくない内容なのだ。
「カミュ・タークス、参る!」
 カミュと名乗った男の手が伸びる――いや、手の先の鞭がミゲルの足元を強襲する。間合いを取り損ねたミゲルは間一髪身体を捻ってかわすものの、今まで踏んでいたはずの土が抉られるのを見て驚愕する。
「ちぃっ」
 身体をひねったまま、カミュの方に狙いを定める。が、カミュもそれを読んでいる。狙わせ無いように常に自分も相対速度と距離を保ち、その上で冷静に鞭での軌道変化攻撃を叩きこんでくる。
 カミュの連撃はまだ続く。今度は上段……辛うじて上体を反らしてかわしたものの、今までミゲルの頭があった位置で強烈な破裂音が響いた。
「鞭の発する強烈な破裂音……それは物質が音速を超えたことを知らせる音。音の壁を破る音だ」
 次はミゲルの足元で破裂音。今度は直撃だった。ミゲルの表情が苦痛に歪む。
「音速を超える動きで無ければかわせぬ」
 カミュは勝ち誇ったように鞭を振りかぶった。
「ミゲル!」
 見ていられなくなったマリーが物影から叫ぶ。
「で、出てくるなっつってんだろが!危険な目にあうから下がってろ!」
 ミゲルはカミュのこともお構い無しに叫び返した。
「安心しろ……彼女は危険な目にあわん。彼女を殺しては元も子もないのでな。死ぬのは……貴様だけだ!」
「いやぁっ!」
 カミュの音速斬がミゲルの頭部を捕えようとした刹那……ミゲルの右手もまた、音を越える速さで動いた。
「賢しいわっ!」
 ミゲルから放たれたナイフは速かったが、カミュも速い。鞭の軌道を強引に変化させ、ナイフを打ち払う。が――ナイフはカミュの手首を貫いていた。
「な?ナイフは打ち払ったはず……影撃ちかあっ」
 影撃ち。ミゲルが右手に握っていたナイフは実は二本である。一本目の射線上に二本目のナイフを滑り込ませて投げることにより存在を隠匿し、一本に見えた最初のナイフを打ち払ったカミュの右手を貫いたのだ。
 その一瞬の驚愕が命取りだった。
「死ぬのは……おまえだ!」
 足を砕かれたはずのミゲルが膝立ちから一気に駆けあがり、カミュの首めがけて二本貫手を放つ。
「くそっ」
 今度はカミュが、間一髪の回避を疲労する番だった。伊達に音速の世界で生きてはいない。しかし、ミゲルにしてみればそれで十分だった。
「斬っ!」
 ミゲルの右手が首をかすめた瞬間後、カミュの両目は色を失い始めた。
「? 目、目がっ」
「言っただろう……死ぬのはおまえだと。紐を切らせてもらった」
 ミゲルはそのまま、腰の剣を抜いた。
 紐を切る――首を通っている視神経を切断することにより、カミュから光を奪ったのだ。首の視神経を切る為には、貫手は直撃させる必要は無い。寧ろ、首筋に引っかかる程度でいいのだ。相手が達人であることを逆手に取ったミゲルの作戦勝ちだった。
「死ね」
 そのまま、凶器は首を断ち切った。

「昔から嘘が上手ね」
「嘘はな。約束を破るのは大嫌いだが」
 カミュの音速の一撃に捉えられた足も、実は動けないほどの負傷ではなかった。会えて相手の油断を誘ったブラフだったのだが、マリーにまで心配をかけさせたのは内心、すっきりとはしていなかった。
「……あと少しで皆は来る。結論を出してくれ」
 カミュの死体に自分の来ていたローブをかけると、ミゲルはマリーの方を見つめた。
「……私は」
 重々しい口調でマリーが口を開く。
「私は一緒に行けない。レジスタンスの中で武器にされるのは嫌。でも、あなたとじゃ過ごせないわ。あなたと逃げても、今度はレジスタンスにまた追われるんでしょ?」
「鋭いな」
 ミゲルは苦笑した。
「ごめんなさい……私の王子様は、あなたじゃダメだったの……」
 マリーは大粒の涙を流しながらミゲルに断った。
「いや、仕方ないさ。俺も覚悟はできてた……できれば避けたかったが」
 ミゲルがマリーを包み込むように抱きしめる。
 ――しばらくして、マリーの身体は力を失い崩れ落ちる。背中からは鋭い刃が生えており、赤い涙が浮んでいる。
「え……?」
 マリーは絶句した。自分でもどういう状態なのかがわかっていない。痛みすら感じないのに、寒気は感じる。
「ごめん……謝るのは俺の方なんだ……」
 ミゲルは背中に突き刺したナイフを引きぬいて投げ捨てると、マリーの体をもう一度抱きしめた。
「さっきの水に痛み止めが入ってたから痛くはないと思う……でも、こうするしかなかった……」
 今度はミゲルが涙を流す番だった。

「……殺したのか」
 数分後。ミゲルと二つの死体のもとに、レジスタンスのリーダーと仲間たちがやってきた。
「……確かめてくれ。俺はもう、見たくない」
 ミゲルが仲間にマリーの亡骸を差し出す。
「……心臓が止まっています」
「そうか……」
 レジスタンスのリーダーは重々しい口調で口を開いた。
「悪かったな。厳しい選択肢だったかもしれんが、こうせざるをえなかった。マリーがこちらにいなくても革命は成功する」
 マリーが再度、宰相にとらわれれば最悪の場合は革命の失敗に繋がってしまう。このまま革命を起こすのならば、マリーのような不確定要素は排除すべき――それがレジスタンスの結論だった。
「……どこへいく?」
 ミゲルは背中をレジスタンスに見せ、振り向かずに言った。
「……着いてくるな。弔いは一人でやる。俺は革命なんか……大っ嫌いだ。成功するまでは手伝うけどな」
 こうしてミゲルとマリーは暗闇へと消えた……
 その後、国は革命を向えた。

「気がついたかい?」
 私が目を覚ましたら、そこは柔らかいベッドの上だった。
「……?」
 記憶が混乱している私に、目の前の看護婦風の中年の女性は優しく微笑んだ。
「驚いたね。心臓が止まっているのにもう一度動き出すなんて。そうなるとは言われてたんだけど、いざ本当にそうなっちゃうとねえ」
「あの、私」
 私は……マリー。宰相の部下に拉致されて、その後ミゲルに助け出されて……
「なんだい?」
 女性は人懐っこい笑顔で話しかけてくる。
「あの……ミゲルは?」
 そう、ミゲルを断って、それから抱きしめられて……そこからの記憶が無い。
「ミゲル?ああ、あんたを連れてきた男の人かい?って言っても覚えてないだろうねえ」
 どう言うことなのだろう。私はさっぱり訳がわからない。
「その男の人から伝言があるよ」

 革命を追えた後の城下町の一角に、ミゲルは家を構えていた。
 革命は成功した。他の連中は権力にすがったが、ミゲルは結局普通の生活を希望した。そのせいか、他の連中よりも生活費には困っていない。
「ミゲル、やっぱり中枢に入らないのか?オマエほどの男は惜しいのだが」
 旧レジスタンスのリーダーにして、現在の宰相がミゲルの説得を続けていた。
「いや……俺は待ってる人がいるんで」
 ミゲルはミルクを飲みながら断った。
「誰を待っているんだ?悪いがマリーはもう……」
 最後まで言わせずにミゲルが割りこんだ。
「知ってるか?フェニックスって、死んでも生き帰るんだよ」

・あとがき

 本作品に関しては、文芸部のページに載せておきながらこちらで直接リンクをこっそり貼り、ページの容量と手間を節約しようとしていたのだが……結局、当ページで乗せる運びとなった。

 もっとも言及して欲しいのは、アクションシーンに関してである。「ラグナロク」の影響な訳だが……「スピード感はある」との感想は頂いたが、逆に「スピード感しかない」とも頂いている。はたしてこれを読む貴公はいかに感じることか。

 あとは……例の如く誤字が問題か。誤字の指摘はもらったのだが、文芸部のファイルにはいっているために取りだせん……何の為の批評なんだか。後日受け取るしか確認の方法が無い。

 また、本作は(無題)となっているが、実は題は存在する。しかし、それをいきなり表紙へ持ってくるとネタがばれる……題だけで話が割れてしまう為、敢えてこのような形式を取った。

 最後に。本作品は、「グラップラー刃牙」を知っているかどうかでイメージが変わるらしい。紐切りがその原因となっている……シリアスな話の中で、その単語を見て笑ってしまったらしい。

 それでは、忌憚無き批評を求む……特にインチキバーン、テメェは俺を怒らせた。