私が書きたいことを書く場所

いわゆる一つのこらむってやつかもしれん。
子供心に
最近、大人になって何をしたらいいか、夢が無いという子どもたちが増えているという。確かに自分も大した夢はなかった。夢どころか、いじめに遭いまくっていたので、何とかこの状況がよくなればいいと思っているだけだった。そして、こんなにみんなと上手くやっていけないような自分でも生活していけるよう、そう言う職業に就かなくてはいけ無いなあと思うばかりだった。 ただ、そう言う職業選択につながる夢でないなら夢はいくらでもあった。例えば、コロンバンと言うお菓子屋さんのかわいい美しいプチフールを自分で好きなだけ買うことである。札幌のデパートで、通りがかりに見るあの小さくてかわいらしいケーキ、それもほんの時々叔母が買ってきてくれるときだけ食べられる、自分にとっては大変な貴重品だった。残念なことに、変えるようになった頃にはもう無くなってしまっていた。それから、サンジェルマンのサンドウィッチ、かわいいキャラクターの絵のついた文房具、フリルの付いた洋服…。この年になってはもう似合わないようなものも含めて、そうしたもの達へのあこがれと渇望が、自分にとっては大人になるためのエネルギーだったような気がする。とすると、子どもたちを首尾よく大人にするには、大人にならなくてはそうそう簡単に欲しいものなど手に入らないんだ、と言うスタンスも必要なんだと思われる。中学生でも高校生でも援助交際をすれば天井知らずのお金が手に入り何でも買えると言うこと、「友だちも持っているから」と言えば携帯でも洋服でも何でも買ってもらえるという現実。こうした大人の行動から改革すべきなんだな。子どもたちに 駄目を言うにはそれなりの根性と知恵と工夫が必要なのだが、それを面倒くさがるともっと手間のかかる面倒になって返ってくるよと、最近のニュースは物語っているわけで、それが面倒なら最初から子供なんか作らなければいいのである。育てることにしたのなら腹をくくる。…と言う風に考えるとなるほど、大人が子供化したから今のこの状態があるんだとも言えそうだ。
2002年03月12日 15時34分22秒



医者の転勤
わたしの父は医者だった。だが、転勤はわたしが生まれてからわたしが家を出るまで、2回しかなかった。 実際自分で医者になってみるとこれがひどく転勤の多い仕事だと言うことがわかった。わたしの所属していた医局はそうでもないが、夫の医局はかなり極端で、我が家などはほぼ一年に一度転勤がある。たいへんである。しかもこの度は3ヶ月の赤ん坊連れであるから、ただごとではない。それでも3ヶ月になるまで待ってくれと交渉してこの時期まで延ばしてもらったのだという。 まあ家族の苦労はこの際いいとしても、肝心のお客様=患者さんたちのことはどう考えているのかなあと思う。患者の身としても早々たびたび医者が変わられてはつきあいにくい。特に年寄りには大変な苦労である。医者相手ではただでも言いたいことの10分の一も話しにくいと言うのに、ちょっとなれて、少しはなせるようになった頃毎回のようにリセットされ、苦労が水の泡になるのでは、患者の方を向いた医療をしたて居るとは言い難いと思うのだ。これでは「患者様」と呼ばなくてはならないらしいこの時代、地方の公立病院としてもだんだん乗り切っていけなくなるのではないかと、恐らくは余計な心配を、してしまうのである…。
2001年05月03日 00時14分04秒


女と泌尿器科

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もともとこの文章は、我が家のおもてHPの方へ載せるつもりで書いた。でも
書き終わってみるとあんまり穏やかではない内容になってしまったので、
こちらへ引っ越しさせることにした。
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二人目を妊娠して、再び産婦人科通いが始まった。あまり気持ちのいい通院では
ないが致し方ない。流産も含めるとこれで通算4クール目。子宮内膜症の治療など
その他の婦人科系のトラブルも含めると6クールになる。一クール毎にかなりの回数
通うので、もう何回産婦人科に行ったか分からない。

娘の妊娠中は自分の職場、それも同じ病棟で働く同僚に診てもらっていた。
本当は他の病院へ行きたかったのだが、勤務地にはそこ以外の産婦人科は近隣になく、
遠くまで通っている暇もなかった上、仕事柄いつトラブルが起きてもおかしく
なかったので、結局一番近い勤務病院の産婦人科に通わざるをえなかったのだ。
とても腕のいい産婦人科医で良かったのだが、男性だったため、非常に複雑な心境
だった。それでも、産休に入るタイミングなど、私が自分の医局との交渉で困って
いると、すかさず助け船を出してくれたりなどして、とても心強かった。

そうではあってもやはり私は男性の産婦人科医だと緊張するし、やりにくい気分は
拭えない。

さて、私の女友達が学生時代、将来は泌尿器科医になろうと考えて泌尿器科の医局に
相談に行った。するとそこの教授が露骨に女はいらない、と言ってその理由を
「男は女に泌尿器科の病気を診てもらいたいとは思わないから」といったそうで
ある。

ふざけた話である。

産婦人科医のほとんどは男である。たまに女性の医師に巡り会うこともあるが、
外科系の科であることもあってそう多くいらっしゃるわけではない。産婦人科
を訪れるきっかけは妊娠出産だけではない。時にはあまり清潔とは言えない
陰部を見せなくちゃならないときもあるのである。その手のトラブルは案外多くて
恥ずかしいなあと思っているうちに症状はどんどんひどくなるので、結局意を決して
行くことになるのである。

妊娠・出産がらみだって恥ずかしくないわけではない。医者の方もあまり経膣エコー
などしたいわけではないように見えることもある。乳ガン検診をする外科医だって
仕事で乳房を触るのはあまりしたいことではないらしいので、さもありなんと思う。
出産が近くなれば妊娠線も出て来ちゃうし、そんなおなかを見せたいとは思わない。

さらに言えば、女だって泌尿器科疾患には罹る。たまたま女性に前立腺がないだけで、
泌尿器は同じようにある。出産などの影響で失禁など起きやすいのも女性だし、
泌尿器感染症は女性の方が多い。若い女性や子供だって泌尿器科のお世話にはなる。
泌尿器科は男だけの専売特許ではないのだ。

自分も思春期早期の女の子の泌尿器科手術の時、小児科医ではあったが彼女のために
泌尿器科のお手伝いをしたことがある。たとえ小学3年生であっても、男の人では
いやだって事もある。むしろ、小学生だから我慢できないのだ。

たまたま今まで長い間、医者と言えばそのほとんどが男性だっただけのことなのである。
また、やはり体力的に外科はやりにくいという女性が多かったと言うこともあるだろう。
しかし、近年女性の外科医も希ではなくなってきた。九州には女性の小児外科学教授
がおられるし、宇宙飛行士になった向井千秋さんは「やめないでくれ」と引き留めら
れるほどの優秀な心臓外科医だったと聞く。また、漫画の「研修医ななこ」の主人公は
外科医志望の女の子だし、「ER」では女性の外科医が指導医として登場する。

女は我慢すればよくって、男はそうも行かないんだ、と言うふうに受け取れば女性
蔑視と言うことになる。立派なセクハラだ。学内にセクハラ対策委員会ができた
ようだから、たれ込んだって良いかもしれない。でも、委員のほとんどが男の
委員会では何も変わらないだろう。

医者だってどちらかの性である以上どうしたっていろいろあるのはしょうがない。
でもだから女・男のどちらか「でなくてはならない」わけはない。それが分かるのが
大人なんだろうし、小学生にはそれができないから自分の様な他科の女医が動員される
事になったのだろう。

「男は我慢ができないんだ」と行ってそれが正当な理由として通ってしまうのは、
強者の論理である。強い立場を利用してごり押しするならただの傲慢だし、
わがままである。また、今までどうしようもなく男性の医者しかいないからと
半ばあきらめ、また我慢して病院を訪れていたたくさんの女性のことはどうなって
しまうのだろう。

それが分からない医者にどうして弱い、病者の立場や気持ちが分かるというのだろう。

私は女性として「男の医者には診てもらいたくない」とは言わない。しかし強いて言う
なら、私の友人に上記のごとき暴言を吐いた、某科の教授にだけは診ていただきたく
ない、と思う。
2000年07月31日 13時54分38秒


できてよかった
オフィシャルページも含めて、私のHPを作ろうと決めたのはもう3年?ほども前のこと。
そのころ私はまだ結構多忙で寝ることも食べることもままならないような生活だったです。
で、子供が産まれたのでさあちゃんと作るぞ!と思ったのだけれど、これがまた寝ることも
食べることもできない生活で(笑)結局ここまで引っ張ってしまった。ああでも、あこがれの
わがHPよ!思えば
あさづけ兄貴殿のX68000でパズルボブルをさせていただいて
いた頃から、パソコンへのあこがれ止みがたく、兄貴殿のHPを見てmy homepage作成の
誘惑に逢ひ、稼ぎをGoLiveにつぎ込みて、やっとここまでに成りにけり。
思えば遠くにきたもんだ・・・;
2000年07月08日 11時03分18秒


はじめの一歩
はじめのいーーっぽ!

念願のページができました。さあ、書くぞ!
2000年07月07日 11時33分47秒


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