初恋物語(愛美編)
それは晩秋から初冬にかけて冷たい雨が降っていた日のこと。
「ミーミーミー」
「どこかで猫が鳴いてる?」そう思った少女は周辺を探してみた。すると、仔猫が冷たい雨にびしょ濡れになりながらダンボールのなかで震えていた。かわいそうに思った少女は自分の傘をさしてあげ、ハンカチで身体を拭くと自分のマフラーを巻いてあげた。そして、目の前にあったパン屋さんでチーズパンを買い、仔猫に食べさせてあげていた。ふと、身体に雨が当たっていないのと同時に背後に人の気配を感じ取った。少女が立ち上がって振り向くと、年のころは同じくらいだろうか?少年は自分が濡れながら傘をさしてくれていたのだ。少女がお礼を言うより早く、少年は「これやるよ!」と言って傘を差し出してきた。「あの、でも・・・」と少女は遠慮したのだが「ほら!」と妙な威圧感も手伝い、少女が傘を持つと少年は「安物だから返さなくていいからな」と言って走り去って行った。その後少女は家に帰り、仔猫を救出すべくバッグにタオルを放り込むと、急いで仔猫の待つ場所へ戻った。しかし、そこには仔猫の姿はなく傘とマフラーだけが残されていた。「みーちゃんどこ行っちゃったの?」半ば泣きそうになりながら2時間ほど探し回ったが結局見つけることはできなかった。「きっと優しい人に拾われていったんだわ」そう思い込もうとしながら帰路についた。
ここは朝霞南高校2年C組の教室。そこかしこから「バイバイ」「また明日」とゆう声が聞こえる。希美(のぞみ)が美紗に話しかけてきた。
「今日、まみっち元気ないね」
「そうだね、ののち」と美紗が答えた。二人は愛美(まなみ)のところへやってくると希美が言った。
「ちょいと面貸せや。まみっち」
「違うでしょっ!」
「そだね。ちょっとお顔貸していただけませんか?」
「まみ、お顔はずれないよ?」
ここまで書くと、漫才でもしているように聴こえるが、これが愛美と希美の普通の会話なのである。
『まったくこの二人は・・・』とあきれていた美紗だったが、気を取り直して
「今日、元気ないみたいだけど、どうしたの?」と愛美に問いかけた。数瞬のときを経て愛美がゆっくりと口を開いた。
「あ、あのね。美紗ちゃん・・・」とここまで言ったところで愛美は目線だけを希美に移してアイサインを送った。
「私いないほうがいい?」
「ゴメンね、ののちゃん」
「いいのいいの、気にしないで。それじゃまた明日」と言って帰っていった。そして、愛美はここでは話しにくいということを美紗に伝えると、二人は屋上に上がって行った。屋上からみえる景色は夏の彩りを感じさせていた。愛美がゆっくりと話し始める。
「あ、あのね、美紗ちゃん・・・」「私、私・・・」
『まみちが自分のこと「私」ってゆうのは珍しいな。よほど深刻な悩みなのかな?』などと考えながら美紗は次の言葉を待った。
「・・・・・わ、私好きな人がいるの」。半ば予想はしていたが、朝から元気がなかった理由がわかった。美紗は誰が好きなのかを聞いてみた
「さ、坂上君」と愛美は小さな声で呟いた。そして
「まみ、まだ中学のときにね、寒い日、雨が降ってて、みーちゃん。捨て猫なんだけど。その子の世話をしてたら、坂上君が後ろで傘さしてくれてて」
そう、あのときの少女が愛美であり、あのときの少年が坂上だったのである。愛美は坂上との出会い、高校入学したとき同じクラスになったこと、2年になって別々のクラスになって初めて好きだったことに気が付いたことを美紗に聞かせた。
「なるほどね」「で、もう言ったの?」
「言えないの」と愛美は小さく呟いてうつむいた。
「勇気を出して言わなくちゃダメよ」「自分の気持ちははっきり言わなきゃ」
しかし、愛美は黙ってうつむいたままだった。
「絶対うまくいくって気休めも言えないけど、ふられること怖がってちゃ」と続けると、やがて愛美は重い口を開いた。
「ふられることは怖くないの。でも」
愛美が言うにはふられること自体は怖くないが、ふられることになったらふるときのつらい気持ちを坂上に味あわせたくないということだった。その気持ちは美沙にはいまひとつ理解できなかったが、辛そうな愛美を見ていると、何か考えがあったわけではないのだが、
「なんとかしてあげようか?」と思わず言ってしまった。すると愛美は初めて顔を上げ、
「ホント?」と100万ボルトの笑顔を見せた。その電気ショックによってかどうかはわからないが、美沙はひとつ思い出した。
「でも坂上だったらののちに相談したほうが良くない?」美沙は何気なく言ったつもりだったが、愛美は
「ののちゃんはダメなのっ!!」と叫んだので、美沙は面食らってしまった。
「あ、ごめん。・・・だって・・・」
「だって何?」
「もし、ののちゃんが坂上君のこと好きだったら?もし、坂上君がののちゃんのこと好きだったら?」愛美にしては至極早口だった。そして、いつものようにゆっくりした口調で
「ののちゃんやさしいからこのこと話したらののちゃん自分の気持ち押し殺しちゃうし、坂上君も好きな子からほかの女の子の話されたら」
「坂上はともかく、ののちはそんなこと無いと思うけど」と呟いたが愛美の耳には届かなかったようだった。最後に一言
「とにかくまかせなさい!」と美沙が言って二人は学校を後にした。美沙は愛美と別れ一人での帰宅途中『えらいこといっちゃったなぁ』『でも放っておけないし』『でもなぁ』と頭の中で堂堂巡りを続けていた。そして、とりあえず彼氏の渡邊(わたなべ)に相談してみることにした。
その日の夕方、美沙は彼氏の渡邊と某ファミリーレストランに来ていた。
「お前から連絡するなんて珍しいな。で、話ってなんだ?」渡邊が切り出した。美沙は渡邊に、愛美は坂上が好きなことを話すと意外な反応が返ってきた。
「別に男嫌いという訳でもなかったんだな」
「どういうこと?」
「あいつに告った奴全員玉砕って話だから男嫌いなんじゃないかって噂になってたんだよ」
「そっか。あの子ふる側の気持ちをよく知ってたんだ。だからあんなことを」美沙は、もしふられることになったら坂上にふるときの辛い気持ちをさせたくないとゆうことを渡邊に話した。
「なるほどね。傷つけるより傷つけられる方がいいって訳か。美少女ならではの悩みだな」「その点、お前はよかったなぁ、不細・・・」渡邊は灰皿をつかんだ美沙の殺気に気がつくとすんでのところで言葉を飲み込んだ。美沙はさらに愛美が坂上の希美に対する気持ちがどうなのか気にしていることも伝えた。
「それで?」
「どうしようか?」
その後ドリンクバー2つだけで2時間くらい粘った。ファミレスにしては迷惑な話だが、その甲斐あってとりあえず坂上に好きな娘がいるか、どんなタイプが好みなのか、そして坂上が希美ことをどう思っているかを確かめるとゆう結論に達した。
翌日の朝、2年A組の教室で渡邊は、探りを入れるのはいいもののどう切り出したらいいか考えあぐねていた。すると、学年一の美少女と称される霧沢楓が歩いてくるのが目に入った。『そうだ』渡邊はひらめいた『あいつにダシになってもらおう!』。渡邊は坂上のそばへやってくると
「おい。見ろよ。霧沢楓。かぁわいいよな〜」つくづく自分は役者には向いてないと思いながら話しかけた。渡邊はてっきり同意されると思っていたのだが、予想に反して坂上は
「そうか?」と返した。予想外の反応に一瞬戸惑ってしまった渡邊だが、話の流れ的にはかえって好都合なことに気がついて本題を切り出した。
「おまえなぁ、霧沢楓見て何とも思わないなんてお前くらいなもんだぞ?」「つーかよ、お前彼女いるのか?」と渡邊はさりげないつもりで聞いてみた。あいかわらず棒読みだったが。
「ほっとけっ!」
「ちなみにどんなタイプが好みなんだ?」
「そうだなぁ・・・」坂上は少し考えてから「優しくて、かわいくて、ちょっと天然入ってる娘かな。ま、ありきたりだけどな」
「天然ボケ」とゆう言葉に渡邊は二人の女子の名前が浮かんだ。一人は愛美、もう一人は。
「逢沢希美とか?」渡邊も愛美ほどではないにしろ、坂上が希美のことをどう思っているか気になっていた。
「ののか?」「あいつの場合ちょっとじゃねーからな、あの天然は。それにガキの頃からの付き合いだからいまさらそんな気もおきねーよ」
どうやら坂上も希美を恋人の対象とは見ていないらしかった。そしてもう一人、愛美についても聞いてみた
「あとは上原愛美・・とか」
「そう・・・だな」
坂上にとって愛美は気になる存在であった。しかし、気になると言っても好き嫌いとは関係なく文字通り気になる、どこかであったような気がする存在であった。実際一度あっているのだが忘れているらしい。そのため一瞬戸惑ってしまったのだ。
そこへ朝のHRをすべく2年A組担任の佐藤公昭教諭がやってきた。
同日お昼休み、2年C組の教室では愛美と希美がお弁当を広げていた。
「美沙ちゃんお弁当も食べないでどこ行っちゃったんだろう?」愛美が呟くと希美は
「逢い引きだって」
「合挽きってお肉屋さん行ってるの?」とあいかわらずである。
ほぼ同じ頃、屋上では渡邊と美沙がなにやら話していた。
「政治(まさはる)、坂上に聞いてみてくれた?」
「ああ」そう言うと渡邊は坂上から聞いたことすべてを美沙に話した。
「坂上に関してはまみちが気にしてることは全然なかったのね」「ふ〜ん、やさしくて、かわいくて、ちょっと天然ねぇ。まみちそのまんまじゃない。ちょっとってゆうのはひっかかるけど」「あとはののちか」とやや長い独り言を呟いたところで渡邊が口を挟んだ。
「そんなうまく行くか?」
「ののちが坂上のこと好きってことはないと思うけど」と返したのだが、渡邊が言いたかったことはそんなことではない。
「いや、逢沢じゃなくてまみっちのほうだよ。あいつ意外と内気だろ?」「そんな奴が好きだから付き合ってくれなんて言えると思うか?」
そうなのだ、親友の美沙にでさえあれだけ言いにくそうにしていた愛美だ。『確かに言えないかもしれない。でも』
「でも、恋は女を大胆にするしぃ」と美沙は勝手な標語(?)を作った。
「だれの言葉だ?そりゃ」
「あ・た・し〜」と言って美沙は笑った。希美のこともあるので、その後のことは愛美に伝えてからとゆうことになった。
そして、校舎には昼休みの終わりを告げるチャイムがなっていた。
その日の放課後、帰り支度を始めている希美に美沙が話し掛けてきた。
「ののち、私、まみちにちょっと話があるから先帰っててくれない?」
希美は黙って帰り支度を続けていた。
「ののち?」その言葉に初めて顔を上げた。
「私たち友達だよねっ?」
「な、なによ?急に」
「あんた達この前からなんか私に隠し事してない?」
美沙と愛美が顔を見合わせた。
「別に隠してるわけじゃないんだけど・・・」
教室にはまだ大勢の生徒が残っていたので、愛美、美沙、希美の三人は近くの中央公園に来ていた。
「それで・・・」と希美が切り出した。少し間を置いてから美沙は愛美に尋ねた。
「あのこと聞いてみる?まみち」
愛美は小さくうなずいた。
「私から聞いてあげようか?」
「大丈夫、ちゃんとまみから聞く」と言うと一回大きく深呼吸をして、ドキドキする心臓を押さえていた。
「あ、あのね、ののちゃん・・・」
「うん」
「あの、あの、ののちゃん・・・さ、坂上君のことどう思ってるの?」
「まーくん?どうって?」
「んと、好きとか嫌いとか・・・」
「ああ、そうゆうこと?そりゃ、好きだよ」
「そ、そう・・・」
しおしおになっている愛美を見るに見かねて美沙が口を挟んだ。
「まみちが言ってるのはねぇ、恋愛感情があるかってこと」
「恋愛感情?誰が?」
「ののちが」「ののちゃんが」
「誰に?」
「坂上に」「坂上君に」
一瞬時間が止まった次の瞬間
「ぶぁっはっはっはっは、んふふふふふふふ、ひーっひーっひーっ☆※〒*▽#=◇!」
『ワライタケでも食べたらこんな笑い方をするんだろうな』と妙なことを考えていると。
「ハァハァハァ、まったく二人とも私を殺す気?だぁれがあんな奴。んふふふふふ」
まだ笑っている。どうやらツボにはまってしまったらしい。
「あんなの好きになる奴なんかいるわけないじゃん」
えらい言われようだ。
「ののち・・・」美沙は希美と目をあわすと目線で愛美を指差した。目線の先には愛美が赤くなって小さくなっていた。体が縮んだわけではないのだが。
「あ」希美も愛美が坂上を想っているらしいことを察した。
「ま、まぁ、たで食う虫も好き好きってゆうしぃ」
「ののち、それフォローになってないよ」
「えと、悪い奴ではないのは保証するよ。うんっ」
その後、希美は愛美の気持ちを坂上に伝えてあげると申し出た。しかし
「まみ自分でゆうから。まだ黙ってて」
美沙はほんとに言えるか一抹の不安があったが、本人がそう言ってるんだからと見守ることにした。
それから1日が過ぎ、2日が過ぎ、1週間が過ぎても愛美に変わったところはなかった。言い換えれば告白した気配がまったくなかったのだ。心配になった美沙は、愛美同様学校に早く着き、教室にも生徒はまばらだったので、愛美に聞いてみることにした。
「まみち、もう坂上に言った?」
「ううん、まだ。まだ言う時期じゃないと思うし。お友達としてもう少し仲良くなってから」
どう聞いても言い出せない言い訳にしか聞こえなかった。『お友達か』美沙は一つ策略を思いついた。
翌日の放課後、愛美は美沙に頼まれて駅前のコンビニに来ていた。
『美沙ちゃんたら、どうせ帰り道なんだから自分で来ればいいのに』
などと考えながらも、お人よしの愛美は買い物を続けていた。
「お会計482円になります」「ちょうどお預かりします」
(ぽてぽてぽて(愛美の歩き方))
「ありがとうご・・・」
(ガンっ!!(><)−☆(自動ドアにぶつかった音))
「・・・ざいました」と目が点になっている店員が言った。
(ウィーン(自動ドアが開く音))
「いててて」とおでこをさすりながらコンビニから出てきたところへ偶然、渡邊と坂上が通りかかった。美沙と渡邊の策略で偶然を装って渡邊が坂上を連れてきたのだが。
「よう、まみっち」
「あ、渡邊君。い、今の見てた?」
「ああ、ばっちり」
「や〜ん、忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて〜っ」
「わかった。忘れた」と言った渡邊のとなりで別の声がした。
「だ、大丈夫?」愛美が声の方向に目をやった。
「あっ、さ、坂上君」
「上原…さんだよね?」
「うんっ、今度からまみっちって呼んでね」
「ああ。それよりおでこ大丈夫?」
「平気。いつものことだから」
「いつもってそんなにしょっちゅうぶつかってるの?」
「あ、あはははははは」笑ってごまかせるのはかわいい娘の特権であり、うらやましい限りである。そんなやりとりがあった後で
「わりぃ、俺、学校に忘れ物したからとってくるわ。二人で先に帰っててくれ」
そう言うと渡邊は学校のほうへ歩いていった。そうして二人ははじめて一緒に帰ることにあいなった。
翌日の朝、愛美にしては珍しく遅刻ぎりぎりで教室に入ってきた。愛美が席につくのとほぼ同時に2年C組担任の鈴木均教諭もやってきた。
「起立、礼、着席」
「出席をとる」
「青木」「はい」「内田」「はい」(中略)「山口」「はい」「吉田」「ほーい」
「男子は全員出席だな。次、女子」
「逢沢」「はーい」「上原」「・・・・」「上原いないのか?」
「まみち?」「まみっち?」と美沙と希美の声が聞こえた鈴木は
「上原まみっち」と呼んでみた。我に返った愛美は
「は、はい。わ、わかりませんっ!」とトンチンカンなことを言ってしまった。教室中、爆笑の渦になったが、その笑い声は愛美の耳には届いていないようだった。あまりにもノーリアクションな愛美を見て鈴木は少々心配になった。
「具合悪いのか?具合悪いんならちゃんと言わないとダメだぞ」
「だ・・・いじょ・・う・・・・ぶ・・です」
顔色も悪いし、目も少し充血していてどう見ても全然大丈夫そうに見えない。鈴木は黒板のほうを見て今日の週番が美沙であることを確認した。
「岡、上原を保健室へ連れてってやれ」
「はい」美沙は元々力の入っていない愛美の手をとり、保健室へ連れて行った。
「失礼します」美沙は、そう言いながら保健室へ入ったが、校医のみどり先生はいないようだった。
「みどり先生いないみたいだから少し横になってれば?」美沙は愛美をベッドに寝かせると教室へ戻っていった。
それからしばらくしてみどり先生が保健室へやってきた。扉を開けたみどりは少々怖くなった。中から女のすすり泣く声が聞こえていたのだ。保健室と言えば学校の怪談の名所のひとつである。しかし、幽霊が出るにはいささか時期が早い。みどりは意を決して声のするほうへ歩み寄ると、急に声がしなくなった。みどりは恐る恐るついたての陰からベッドの様子をうかがった。すると、ベッドの上にはびっしょり濡れた枕があった。とは言っても、この物語は怪談ではない。ただ単に愛美が涙枕を濡らして眠っていただけである。泣き疲れたらしく良く眠っている愛美を起こすのはかわいそうに思ったみどりは起きるまで待つことにした。そして、4時限目もそろそろ終わろうかというときに愛美はもそもそと起き上がった。
「あ、あの・・・」
「あ、おはよう。目さめた?」
「はい。すいません」
「もう4時限目も終わりだからお茶でも飲んでいかない?」泣いていた理由が気になっていたみどりはお茶に誘った。
「おいしいケーキも買ってきたし」朝いなかったのはケーキを買っていたから。かどうかは定かではないが。
「ティーカップはどこだったかなぁ?」「上原さん、ビーカーでいい?採尿に使ったけど洗ってあるから大丈夫よ」
「え?え?え?あ、あの、それはちょっと・・・」
「冗談よ。ちゃんとティーカップに入れてあげるから安心しなさい」意外とヘビーなジョークをかます人である。
ケーキと紅茶を用意し終えたみどりが切り出した。
「それで君は何を泣いていたのかな?」
「あの・・・」
「うん」
「あ、なんでもないです。ごめんなさい」
「言いかけて途中でやめるなんて気になるじゃない。私、少しだけだけど、あなたより女長くやってるから、何か力になれるかも知れないし」
「あの、えっと」愛美はいつものようにゆっくりな口調で話し始めた。
「昨日、坂上君、好きな人なんですけど、と一緒に帰ったんですけど、なんにもお話できなくて、それで・・・・」
「それで?」
「嫌われてるのかな?そうじゃないにしてもつまらない子だって思われちゃったかな?って」
『そんなことある訳ない』そう思ったみどりだったが、相手は思春期の女の子である。そう簡単に割り切れるものでもない。
「私も旦那とはじめてあったときは一言も口聞かなかったわよ」
「それでどうしたんですかっ?」愛美は身を乗り出すようにして聞いた。
「別に何もしなかったわねぇ。いつのまにか仲良くなってたって感じだから」
「そうですか・・・」ちょっとがっかりした愛美にみどりが続けた。
「少なくとも嫌われてるってことはないと思うなぁ。嫌いだったら一緒に帰る訳ないし」
「坂上君って言ったわよね?ラグビー部の坂上君?」
「はい」
「彼、ここの常連さんだからよく知ってるけど、女の子と話しなれてないだけじゃないのかな?ラグビー部って女っ気ないし」
「それに、最初っから喋りまくって図々しいとか、うるさい奴って思われるよかそのほうがかわいいと思うわよ」
とりあえず、嫌われてるわけではないらしいとゆうことで少し気が楽になった愛美は
「そうですね。そうかもしれないですよね。あの、ありがとうございましたっ」そう言うと、ちょうどお昼休みのチャイムが鳴っていたので愛美はそのまま教室へ戻ることにした。
愛美がいなくなった後、空になったお皿とティーカップを見ると、みどりは最近の女子高生ときたらしっかりしてるとゆうかちゃっかりしてるとゆうか。などとヘンなところに感心していた。
愛美が保健室を出ると、ちょうど美沙と希美が様子を見に来ていたようだった。愛美はいつものように明るい声で
「お昼食べ行こっ」ケーキ食べたあとでご飯も食べるのかってウワサもあるのだが、そこは育ち盛りとゆうことで。
いつもの調子に戻った愛美を見て、美沙と希美はホッとしていた。
そんなことがあってから数日後の日曜日の午前中、愛美が家でくつろいでいると携帯が鳴った。
(ぴりりりり)(ぴっ)
「もしもし?」
「まみち?あたし」
「美沙ちゃん?どうしたの?こんな朝早く」もう10時を回っていて早くもないのだが。
「ちょっと頼まれてくれない?」
「うん、いいけど。なぁに?」
「今日、政治と映画見に行く約束だったんだけど行けなくなっちゃったのよ。それで代わりに行って欲しいんだけど」
「それなら来週にすればいいんじゃないの?」
「そうなんだけど、前売りのチケ今日までなのよね」「政治、なんか連絡つかないし、ここに2枚あって政治持ってないはずだから」
「うん。わかった。チケット持っていってあげればいいのね?」
「ごめんね。そのチケで見てきていいから。それじゃ朝霞駅の改札で待ってるから取りにきてね。じゃあね」
『何時からか聞こうと思ってたんだけど、ま、いっか』愛美はよそ行きに着替えて出かけていった。
愛美は美沙からチケットを受け取ると、待ち合わせ場所の定番である池袋のテレビのところで待っていた。すると、そこへ坂上が現れた。
「あれ?坂上君」
「やあ、ウエハ、まみっち。ここにいるってことは誰かと待ち合わせ?」
「うん。渡邊君待ってるの。美沙ちゃん、今日渡邊君と映画見る約束だったんだけど来れなくなっちゃったから代わりに行ってきてほしいって」
「そうなんだ。俺も渡邊これないから岡のお守りしてやってくれって言われたんだけど。2人とも無駄足だったな」
勘のいい人にはわかっただろうが、これも美沙と渡邊の策略である。
「じゃあな」帰りかけた坂上を愛美は呼び止めた。
「あ、待って。あの、せっかくチケットあるんだし一緒に見に行かない?」
「そうだな。帰ってもやることないし、なにせタダだからな」
あとでチケット代請求されることは2人はまだ知らない。高校生だからチケット代おごるほどお金持っているわけでもないので当然と言えば当然である。
「美沙ちゃん何くれたのかな」愛美はチケットの入った封筒を開けてみた。
「わーい、タイタニック2だっ。まみこれ見たかったの♪」
「何時から?」
「ん〜と、12時30分から。ね、ね、早く行こっ」愛美は坂上の手をつかんで歩き出した。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「いいから早く早くぅ」
映画のことで頭がいっぱいになっていた愛美は照れて話せない云々は頭の中からすっ飛んでいた。やがて映画館に着くと、愛美は心持ち呼吸が荒かった。
「はぁふぅ、息切れちゃった」
「あんなに急いで歩くからだよ」
「だってぇ。坂上君何ともない?」
「ああ、俺は毎日ボール抱えて駆けずり回ってるからな」
そして2人は劇場に入った。
「うわぁ、もういっぱい並んでるね」
「ああ、まだ30分も前なのにな」
並んでから20分位だろうか、坂上は愛美が辛そうにしているのに気がついた。具合が悪いんなら自分から言うだろうと思っていた矢先、愛美はその場にしゃがみこんでしまった。
「だ、大丈夫?」坂上もしゃがみこんで愛美に聞いた。
「大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけ」
「もう帰ろうか?送ってい・・・」
「大丈夫だってばっ!!」「あ、ごめん。大丈夫だから見ていこう」
すると後ろに並んでいたカップルの男性から声がかかった。
「入り口のところに椅子あったろ?ここ空けて置いてやるから、彼女そこに座らせてやったらどうだ?」
「そうする?まみっち」
「う、うん」
その男性にお礼を言うと、坂上は愛美に自分の腕につかまらせて、入り口のところまで連れて行った。愛美は「とん」と半ば尻もちをつくように座った。だいぶ疲れていたらしい。
「席取れたら呼びにくるからここで待ってて」そう言うと、坂上は席確保のために愛美の帽子とバッグを預り、列へ戻っていった。
しばらくして前回の上映が終わると、愛美はぼんやり人の流れを眺めていた。すると
「席、取れたよ」と坂上が呼びに来てくれた。
自称席取りの名人とゆうだけあって、わりといい席を取ってくれた。
映画が始まり、坂上は愛美が2時間近くも座って見てられるか心配だったがそんなことは全然なく、それとは別に泣きすぎて脱水症状でも起こすのではないかとヘンな心配をしていた。
やがて、映画も終わり外に出てきた2人だが、愛美はまだ泣きじゃくっている。
「いいかげん泣き止んでくれよ。俺が泣かせてるみたいじゃんか」
タイタニック2の看板があったのがせめてもの救いである。こんなときどうしたらいいか困惑していた坂上はとりあえず喫茶店に入ることにした。
「いらっしゃいませ」
喫茶店に入ったころにはいつしか愛美は泣き止んでいた。
「落ち着いた?」
「あの、ごめんね。あんまり泣いちゃって」
「謝ることなんかないさ。それに感受性が豊かなことはいいことだよ」
その後2人は映画とゆう共通の話題もあり、もともと話し好きの愛美であるから、照れて話ができなかったとは思えないほど話が弾んだ。
その日の帰りの電車の中、家に近づくほど愛美の表情は曇っていった。そして車中にアナウンスが鳴った。
「川越〜、川越に到着です〜」
「あれ?坂上君降りなくていいの?」
「ああ、改札まで送るよ」
ここで別れると、愛美は泣き出してしまいそうな表情をしていたし、なにより坂上自信ももう少し愛美と一緒にいたかったのである。しかしながら、愛美の家と坂上の家はわずか一駅しか変わらない。別れのときはすぐにやってきた。
「今日は付き合ってくれてどうもありがとう」
「いや、俺も暇だったしな。楽しかったよ」
「ほんと?まみもすっごく楽しかった♪」
「なぁ」
「ん?なぁに?」
「あ、えと、また一緒に遊びに行けるといいな」
「うんっ♪」と満面の笑顔を浮かべた。この一言は愛美にとって最高の一言に感じられたのだ。
愛美は改札を出ると何度も振り返りながら帰っていった。そんな愛美を坂上は姿が見えなくなるまで見送っていた。
美沙と渡邊の策略や希美の後押しで、愛美にとって幸せな日々が続いていたとある金曜日のことである。坂上は駅のベンチに座っている愛美を見つけた。声をかけようとしたが、坂上は躊躇してしまった。いつも明るいはずの愛美がその日だけは元気がないように見えたからだ。最初は下を向いて本でも読んでいるのかとも思ったのだが、手はひざの上のかばんに乗っていただけだった。坂上は1〜2歩後ろへ下がると、あたかも今見かけたように声をかけた。
「まみっち」
「あ、坂上君」愛美は一瞬だけ振り向いてすぐに視線を元に戻した。一瞬ではあったが、坂上には愛美の目が潤んでいたように見えた。
「どうしたの?何か考え事?」
「・・・・」
「俺には言えないようなこと?」
「・・・・」
『結構仲良くなれたと思ってたけど、所詮この程度だったのか・・・なんでこんながっかりしてるんだろう』などと坂上が考えていたときにゆっくりと愛美が口を開いた。
「あ、あのね。みーちゃんのことを考えてたの」
「みーちゃんって誰?」
『みーちゃんって誰だよ?俺のまみっちを泣かすなんて・・・俺の?』
「まみ、まだ中学の時にね、冷たい雨の中捨てられてて、マフラー巻いて傘さしてあげたんだけど・・・」
「捨て子??」
「うん、猫なんだけど」
『なんだ、猫か。てっきりほかの男かと・・・なんでホッとしてるんだろう。なんかヘンだ』
『待てよ?雨、捨て猫、マフラー、傘。このシチュエーションはどこかで・・・』
このとき初めて坂上は、愛美のことが気になってた理由に気がついた。
『そっか、あのときの女の子だったんだ』
「それでね、タオル取りに行って帰ってきたらいなくなってたの。ずっと探してたんだけど見つからなくて」愛美の目から光るものがこぼれ落ちた。
「きっとやさしい人に拾われていったんだよ」『タオル取りに帰ってたのか。勝手につれて帰ったりして悪いことしたな』と妙な罪悪感もあったので、そう取り繕ってしまった。
「そうだね。そうだといいよね」
「うん・・・」
そして、坂上が自分の気持ちに気づくのにはそう時間はかからなかった。
週明けの月曜、朝愛美が教室に入ってくると一瞬静まり返り、視線が愛美に集中した。愛美はなにがなんだかわからないでいると、希美が立ちはだかるかのようにやってきた。
「まみっちっ!!なんで一言相談してくれなかったのよっ?!」
「な、な、何のこと?」
「みんな知ってるし、隠さなくてもいいのよ。みんな協力してくれると思うし」
「だから何のこと?」
「まーくんに堕ろせって言われて泣いてたんでしょ?」
「へっ??!!」
何でそんな話になったのか説明しないとわからないと思うので、説明しよう。
A子:この前、坂上と愛美見かけたんだけど愛美泣いてたみたいだったよ →
B子:聞いた話なんだけど、この前、愛美、坂上に泣かされてたんだって。ひょっとして(赤ちゃん)できちゃったとか →
C子:聞いた話なんだけど、愛美できちゃって坂上に泣かされてたんだって。堕ろせって言われたのかなぁ? →
D子:聞いた話なんだけど、愛美できちゃって坂上に堕ろせって言われて泣いてたんだって
とゆう具合に憶測が確信になる。恐るべし朝霞南高校!
「そんなこと言われてないよぉ」
「じゃ、じゃあ産んでもいいって言われたのね?」
「そうじゃなくってぇ」続けて小声で希美に耳打ちした。
「ぼしょぽしょ」
「ええっ?!Aもまだぁっ?!」
「し〜、し〜、声が大きいよっ」
「そうだよねぇ。奥手のまみっちがそんなことなるわけないよねぇ。おかしいと思ってたんだ」
面と向かって言われるとなんだか悔しかったが、まったくそのとおりで何にもいえない愛美だった。
生徒たちに関しては、ウワサが広がるのも早いが消えるのも早いのでかまわないのだが、頭の固い先生たちはそうもいかない。しまいには2人そろって生徒指導室に呼び出される始末だった。
その日の放課後、愛美は掃除をすべく体育館裏に来ていた。普段なら、掃除する区域が明確に決まっていなかったため、そのまま掃除をしないで帰ってしまうのだが、愛美はなんとなく帰りたくない気分だった。愛美がフラフラ歩いていると男子生徒がぶつかってきた。
「きゃっ」
「あ、ごめん」「あれ?ど、どう、ど、どうしたの?こんなところで」
ぶつかってきたのは坂上だった。
「あ、えと、掃除当番なの。さ・・かがみ君は?」
「俺はこれから部活」
「・・・・」
「・・・・」
2人の間に気まずい空気が漂っていたが、愛美はそんな雰囲気を打開すべく勇気を振り絞って言った。
「あの、ごめんね。ヘンなウワサが流れちゃって」
「別にまみっちが謝ることじゃないだろ?」
そしてまた数瞬の沈黙の後、2人同時に声を発した。
「あのね」
「あのな」
「あ、坂上君からどうぞ」
「あ、いや、あの、」『俺、まみっちのこと好きなんだろ。とっとと言っちまえ』
「その、み、みーちゃんに会いにこないか?」『バカ、バカ、そんなことが言いたいんじゃないだろ』
「え?」
「ごめん、俺、タオル取りに帰ってたなんて知らなくて、勝手に連れて帰っちゃったんだ」
「そうだったんだ。でも良かったよ、悪い人に連れられたんじゃなくて」
「見にくる?」
「ううん、元気でいてくれればそれでいいの」
「そっか。それでまみっちの話って何?」
「あのね」
「うん」
「まみね、坂上君に隠してることあるの」「あのね・・・」
「うん」
「実はね、まみ病気なの。足が・・・ちょっと・・ね」
「やっぱり」
「やっぱりって知ってたの?」
「ああ、薄々だけどな。元気な割には歩くのゆっくりだし、長時間立ってるのも辛そうだったからさ」
「ごめんね、黙ってて」
「いや、逆に俺は嬉しいよ。正直に言ってくれて・・・」
「俺のほうからもう一つ話したいことあるんだけど」『そうだ、行け、勇気出して言っちまうぞ』
「なぁに?」
「あのな、お、俺と、つ、付き合ってくれないか?」
「うん。いいよ。どこ行くの?」
『ガクっ。そうじゃなくって。待て待て。まみっちは天然なんだ。はっきり言わないと』
「そうじゃなくて、俺と、俺の彼女に、恋人になってくれ!」
「え?」「あ、あの、坂上君、今の話し聞いてた?」
「病気のことか?ちゃんと聞いてたよ」
「だから・・・」
「だから何?病気のことって何か関係あるのか?」
「だって・・・」
「一つだけいいか?」
「うん」
「まみっち、病気のことコンプレックスに思ってるみたいだけど、病気ってそんなにいけないことなのか?そんなに恥ずかしいことか?」「君の病気がどんなのか、どれくらい重いのかはわからないけど、病気だってその人の単なる特徴で、太ってるとか、背が低いとかとどう違うんだ?」
「でもそうゆうのは他人に迷惑かけないでしょ?まみこの前映画行ったときだって迷惑かけちゃったし」
「俺は迷惑だ何て思ってないよ」
「それに悪化しちゃって歩けなくなっちゃったら遊びにいけなくなっちゃうし」
「悪化するとは限らないだろ?それに、仮にそうなったとしても車椅子だってあるし」
「そしたら、また迷惑かけちゃうもん」
「あのな、俺としてはそう思われるほうが迷惑だな。君、どうして何でも一人で解決しようとするんだ?どうして二人で乗り越えようとしないんだよ?俺ってそんなに頼りないか?」
「そうじゃないの。でも・・・」
「でももストも無いの!」「ヘンな言い方かもしれないけど、俺は君が病気だからこそ好きになったのかも知れない」
「かわいそうみたいな?」
「いや、違う。君はその病気のおかげで、そういった人たちの本当の痛みや苦しみをわかってあげられるやさしい人なんだよ。だから俺は好きになったんだと思う」
「こんなまみでもいいの?」
「ああ。君じゃないとダメなんだ!」
「それじゃあ」
愛美は坂上のほうに向き直ると
「あの、よろしくお願いしますっ」と深々と頭をさげた。
それにつられて坂上も
「こちらこそ」と頭を下げた。
すると、陰から美沙と渡邊と希美、そして、体育館の中から一部始終を見ていた生徒たちから拍手が沸き起こった。その音に照れくさそうにしている2人だった。
完