3.おつとめの頃

郷里を遠く離れた所に就職。

わたしは何かから逃げたかったのかもしれない。

自分をやり直したかったのだ。

はじめ、仕事をこなすのが難しかった。

先輩からやり方を聞いても書き留めるという事を思いつかない。

書けばいいのに、と言われて初めて気付く。

自主性の無さ。集中力の無さ。責任感だけはある。

めちゃくちゃだった。

すべて書く事からはじめた。

コンピューターの操作というのはわたしに向いていたらしく、すぐに慣れた。

半年後、だいぶマシになった。

分からないことはとことん調べる。

一日やる事をメモに書き、やり終えたら線をひく。

一つの事をやりはじめたら他はやらない。

会社にいた5年、これが毎日の基本だった。

そうしないとこなせなかったのだ。

もちろん、例外もでてくる。

新人の頃はとにかく基本通りにこなしていればよかったが、3年位経ってくるとそうはいかない。

たくさんの事を考えて総合的に行動する。

今までできなかったこの事が徐々にできはじめた。

仲良しの友達もいてライブに行ったり飲みにいったり。

彼氏もできた。

若くて元気だったし、有意義に過ごしていた。

ちゃんと逃げないという事をやっと憶えた。

そしたら世界が広がったのである。

独身時代、一番、幸せな時期だ。

が、22歳。

勤めてから4年後。突然転機は訪れる。

直属の上司が定年になった。

新しい上司がくるのかと思っていたら部署が子会社に吸収される事になった。

その子会社とは社長の息子がやっているカンジの悪い会社だ。

案の定、大変な事になってきた。

winでやっていた伝票管理とかはすべでDOSに戻され、バージョンダウンされた。

コンピュータで管理していた在庫を手書きの在庫元帳と一覧表にされた。

4本あった電話回線を1本にされた。

大きい事はこれくらいだけど、小さいことはもっともっとたくさんあった。

おかしい方向に行く波にのまれていった。

4人いた同僚は一人ずつターゲットにされ、いじめられ辞めていった。

そのいじめられ方といったらすごかった!!

最後に残ったのは私一人。

仕事は膨大で朝7時半に出社して帰るのは9時10時だった。

女子事務員の勤務状況とは思えないくらいハードだった。

電話とり、受注書、納品書、返品の処理、配達の手配(納品の準備と送り状書き)

在庫管理、生産状況管理、商品の検品、金具の手配、月末月初の社内資料、お茶くみetc。

私一人で何人分の仕事をこなしていたのだろう。

トラブルは殆ど私のせいにされた。

ある日不良品だという返品を受け取ったら、「不良品があるわけがないからその商品は

運送事故のせいだ。運送事故の処理をできなかったら、商品の代金は私の給料から引く」と

言われた。その6小口の商品は、階段、廊下、私の机の上に置かれその一箱一箱全部の箱に

その旨の文書が張られていた。

まだまだ色々あった。とても書ききれない。

怒る部長はすさまじく、私はいつも頭からつま先までびっしょり汗をかいた。

驚きすぎて体がガタガタ震える。

それからというもの、他人の顔色がちょっと変わるだけでオロオロしてしまうようになる。

辞めた後、「俺が辞めさせた」と言って笑っていたと聞いて悔しくてたまらなかった。

この心の傷が結婚生活に大きく関わってくる事になる。