「泣いてたまるか」研究会
 これまでに一度も再放映されていないため、いまや伝説・幻の名作と言われている「泣いてたまるか」、男はつらいよの原点でもあります。TBS系列で1966年〜68年に放送された渥美清主演の全54作、50分の単発ドラマシリーズで、毎回替わる脚本家・監督の競作となっています。謹厳実直だが不器用な生き方しかできない人間として、毎回色んな職業を持って登場します。靴職人だったり、タクシー運転手、養豚業、コロッケ屋、はたまた刑事など・・・。でも”寅さん”との違いは、かたぎであり、夫婦だったり家族にも恵まれたり、真剣な恋愛もし愛の告白もあります。そして最後は毎回、渥美さんの正直な生き方が勝利するという痛快物ですが、人への優しさと正直に生きることの難しさ・正しさが根底に流れている心温まるストーリーとなっています。TBSのHPでは「根性喜劇」と銘打ってます。
 
※番組冒頭には「差別・問題となる発言や表現も出てきますが、時代背景を考慮してそのまま放送します」とのコメントが流れますが、このコーナーでもその点はご容赦下さい。

 
ラッパの善さん          昭和41年4月17日放送 ★★
小山明子、左幸子、坊屋三郎、イーデスハンソン、保積隆信、武知豊子
 小さい頃の憧れだったラッパ兵として日本陸軍で活躍後、戦後はタクシー会社の事故処理係として就職。ある日、ハリーという外国人が会社のタクシーにひかれる死亡事故が発生。二日酔いの善さんは被害者の奥さん宅へ急行、土下座して謝罪するも、どうも話が合わない。遺影を見てびっくり、死んだのは実は”ハリー”という名前のボクサー犬だった。しかし人の良い善さんは、遺骨に十字架・供花を抱えて雨の中、一人で葬式に出す羽目に。
 戦後も趣味としてラッパを手放さない善さんは、近所の子供達の人気者。そんな中、善さんの住む木造アパートに妙齢の未亡人(小山明子)が一人訪ねて来る。その女性は戦時中、善さんの上官殿の奥さんだった。上官殿が別のタクシー会社にひき殺された交通事故の際、善さんが親身に相談に乗ってあげたお礼だった。善さんは未亡人に代わって、相手方の会社と掛け合っていたのである。しかし、示談屋などの工作によって未亡人は言いこめられ、善さんの努力は水泡と化す。職場やアパートの住人達は、善さんの張り切りぶりは、奥さんへの恋慕の情ともっぱらの噂。そんな善さんを見て、同じアパートに住み善さんに好意を寄せる小料理屋の女将は、焼き餅を焼きながらもそれとなくプロポーズするが、善さんは気づかない振りをして、逃げ出す始末。以下、工事中。
工事中
やじろべえ夫婦 昭和41年4月24日放送
★★★
曽我町子、四方晴美、山際永三、森川信、以志井寛、渡辺篤
 オトギ玩具店でおもちゃ開発にあたる清は、一度おもちゃ作りを始めたら、妻の町子や会社のこともそっちのけ、根っからのおもちゃ作り職人だった。しかしながら、なかなかヒット作が生めず、挙げ句の果てには下請け業者の団交につきあってしまい、社長から首を宣告される。再就職先を模索する中、問屋社長である町子の叔父からそんな生活を厳しく諭される。しかしながら、どんな苦境にあっても、妻の町子だけは清の良き理解者であり協力者だった。そしてやっと見つけた再就職先の幼稚園でも、手作り玩具のことで騒動を起こしてしまい、身を引くことに。町子はとうとう、叔父に引き取られてしまう。途方に暮れた清はとうとうゴルフボール回収業の仲間に入り、ホームレス生活に。それとは知らず、町子を迎えに来た清に叔父はしぶしぶ町子を渡す。しかし、やがてゴルフボール回収が叔父達にばれ、追っかけられるというドタバタシーンで終了。
ゴルフボール回収団の親分として、森川信が登場している。工事中
ビフテキ子守唄
昭和41年5月8日放送
★★★
黒柳徹子、
まじめで人のいいタクシーの運転手・千葉五郎は、死んだ女房が忘れられない。ある日車の中に、捨て子をされて五郎は大弱り。しかし子供の世話をするうちに情が移って手放すことができなくなる。しかし男ヤモメでは…。
工事中
オールセーフ 昭和41年5月22日放送 ★★★
清川虹子、
 掛川松吉ことマッチャンはプロ野球の審判だが、ミスジャッジが多くいつも非難ごうごう、年中ファンにこずきまわされていた。さらに、マッチャンの息子も同様、マッチャンが誤審のたぴに同級生達からいじめられていた。それでも仏壇店の主人は、そんなマッチャンの優しい性格に惚れ込み応援し続けるが、女将(清川虹子)はそういかない。だらしのない夫に気を揉む妻に、幾度と無く離婚を勧める始末。それが理由で、仏壇店夫婦はいつももめていた。
 そんなある日、マッチャンの元審判仲間でもあった前夫が突然現れ、大喜びで妻をけしかける仏壇店の女将。そんなやりとりを盗み見た主人は女将達に激怒するが、あまり効き目はない。早速、主人はマッチャンに事の重大さを告げた。内心穏やかではないマッチャンだが、平静を装うも誤審の連続。そして、前夫の子供である長男がいじめにあって、木から落下事故を起こし救急病院に運び込まれる。当然ながらマッチャンは病院に一目散に駆けつけるが、
工事中
16  豚とマラソン 昭和41年11月6日放送
★★★
 山田一平は元マラソン五輪候補だったが、脱サラして養豚業者に転ずる。そして優秀な豚を育成するため、持ち前のマラソン理論を駆使して、空き地に作った養豚場で何と豚にマラソンをさせることになった。当初は近所の子供達に大人気だったが、すぐにご近所の奥様方の耳に入る。養豚場=臭い、汚いと言う潜入感で、立ち退き運動が起きる。さらには、豚の餌として頼りにしていた家庭からの生ゴミや食堂の残飯も分けてもらえないなど、いろんな差別と意地悪を受けることになった。もっとも、食堂の残飯回収業は在日の人達の専業だったという理由もあった。
 そんな中、ミッキー安川扮する在日の回収業者から、一平は叱咤激励される。気を取り直した一平は、リヤカーにバケツを積んで一生懸命残飯回収に駆けずり回る一方、ご近所の奥さん達を養豚場に呼んで豚が清潔な生き物であることを認識させる。彼の運動は徐々に住民にも受け入れられ、最後には残飯ももらい、養豚業もうまくいくというストーリー。
 豚はそもそもきれい好きな生き物、人間の勝手で汚く飼われているのである。養豚業への排斥運動を通して、噂や誤解に基づく差別と偏見の深さを表現した話だったが、世の中よくある話である。そして普通はけんか別れ、立ち退き、裁判ザタとなる。しかし、一平はひたすら働き、理不尽なことには堂々と反論し、根気よく住民の説得を続けた。一枚岩だった住民の反対運動にも温度差が生じ、少しずつ一平の誠意が伝わっていく。最後にはご婦人方のボスが孤立してしまい、一件落着。時代背景もあるが、残飯回収業は在日の人達の専業とは知らなかった。片言日本語で演じるミッキー安川だったが、日本全体がまだ貧しかった頃とはいえ、視聴者によっては不愉快な場面だったろう。
18 その一言がいえない 昭和41年12月4日放送 ★★★
東野英治郎 佐藤オリエ 川上夏代
 池上宏造は優秀な交通警察官だったが、周囲の反対を押し切って、母を入院させるために収入の良いタクシーの運転手に転職する。そんなある日、駅前で客待ちをしていると、警察官時代に取り締まった地元のヤクザが3人でブラブラやって来た。それは、一番避けたく、恐れていた事態だった。案の定、ヤクザはさんざん宏造をからかい、挙げ句の果てにはタクシーから宏造を引きずり出し、執拗な挑発を続けた。しかし、無言・無抵抗を貫く宏造に、ついに切れた兄貴分のヤクザは刃物を出して、二人もみ合いとなる。しかし、倒れたのはヤクザの方だった。
 状況は、目撃者もおり、明らかに宏造の正当防衛。裁判が始まる。警察・検察側は、警察官OBの不祥事という風評を恐れる一方、元同僚を救おうと言うことで一致団結。裁判は、残り2名のヤクザの証言もあって、被告である宏造有利のうちに進んだ。そして、被告人への検察側尋問が始まったが、事もあろうか宏造は熟考の末、被害者であるヤクザへの殺意を認めた。これは、宏造側にとっては決定的に不利な証言だった。これには、彼を支援した同僚や上司、検察も驚きを越えて激怒してしまった。やがて判決の日、裁判長は宏造に懲役6年? の実刑判決を下した。
 ひとけの引いた法廷で、書記官に向かって裁判長は静かに口を開いた。「今回の裁判を私は一生忘れることが出来ないだろう。被告は証言次第では無罪になることも出来た。・・・あんな崇高な人間を私は今までに見たことがない・・・」と。
 タイトルの”その一言”とは何だろうか?。”殺意はなかった”だろうか? 宏造はチンピラからの執拗な嫌がらせにも我慢に我慢を重ね、もみ合った際の偶然の刺し傷でヤクザが死んだ。普通に考えれば、宏造には殆ど落ち度はない。その町に住むからには、彼らと遭遇する事態は時間の問題だった。母親を救うための転職が、最悪の結果をもたらした。しかし、それもこれも宏造自身の証言が招いた”悲劇”でもある。裁判長は最後にこう結んだ、”あんな崇高な人間”と。懲役を覚悟しても守った自分への正直さ、これが崇高な行為ということか。解せぬ、その瞬間に殺意を持ったら有罪なのか。そのような状況での自分の心情や考え・感覚を、人間は後で正確に思い返すことが可能だろうか?私には、宏造が故意に有罪となったような気さえするのである。タイトル、ストーリー、監督・脚本家の意図が、私にはどうしても一本の糸としてつながらない。
24 まんが人生 昭和42年3月5日放送 ★★★★
犬塚弘
 丹野弁吉は長編時代劇漫画家だが、とにかく売れない。生活のために、同門ながら売れっ子漫画家(犬塚弘)の下請けを始めるが、画風やストーリーが雇用主と合わない。優しい性格の弁吉には、首が飛んだり血が噴き出すような残酷なシーンは描けないのである。それでもひたすら描く作品は、反乱にあって故郷から命からがら逃げるお姫様と、お姫様の危機の度に現れ命を守る覆面の剣士。実は弁吉が描くお姫様は修行持代から密かに想いを寄せた亡き恩師の一人娘、隠密剣士は弁吉自身だったのである。  やがて、恩師のお嬢様が上京してキオスクで働くも苦労していることを知った弁吉は、恩師の遺作集出版での援助を思いつく。しかし売れない作家の言うことを聞く出版社などあるはずもない。そこで、弁吉は同門の売れっ子に頼みに行くが、色好い返事がもらえなかった。遺作集出版の噂を聞きつけたお嬢さんは弁吉ではなく、売れっ子のマンションを訪ねてお礼を述べる。お嬢さんと再会した彼は出版を即答し、デートに誘う。一部始終を知った弁吉は、彼のずる賢いやり方と不誠実さに激怒し、お嬢さん取りの宣戦布告。しかし、結果は見えていた。そんな時、やはり弁吉の同門で今は会社を構える親友が事の全てをお嬢さんに話し、女性にだらしない売れっ子と別れさせる。失恋し、故郷へ帰る準備をしていた弁吉の前へ全てを知ったお嬢さんが現れる。弁吉は彼女の笑顔を見た途端、頭をかきながら、荷造りした段ボール箱から一つ一つ荷物を出し始めたのであった。
 義理には薄いが、プレイボーイでキザな売れっ子漫画家を犬塚が好演している。弁吉の親友から話を聞いたお嬢さんが売れっ子のマンションに行くと、噂通り、度派手な女がいた。勢いに乗っている男、お金、良い暮らしに一度は自分を見失いかけたお嬢さんではあったが、弁吉とその親友のおかげで、本当の幸せを見つけることが出来たのである。ところで、弁吉の親友役は時代劇では悪役代官が多い役者さん(氏名不詳)だが、この作品では凄く良い人でした(笑)。一年後、弁吉の一間の間借り部屋からは、きっと赤ちゃんの声が聞こえて来たことであろう。
25 ああ純情くん 昭和42年3月19日放送 ★★★★★
赤沢亜沙子
 飯田修治は小さな貿易会社のやり手社員。アメリカへ市場調査員を半年出張させることになったとき、選ばれたのは飯田だった。彼の壮行パーテーに同伴した婚約者(赤沢亜沙子)は、プレイボーイで敏腕雑誌記者である修治の親友からその場でダンスに誘われ、強く手を握りしめられる。そんな事とはつゆ知らず、修治は呑気にカラオケを唄っていた。
 そして半年後に意気揚々と帰国。しかし、婚約者宅を訪問して、彼女の姉から重大な事実を知らされる。それは婚約者が親友と結婚していたという衝撃の内容だった。約1ヶ月後に二人と再会するが、修治は特に怒ることも取り乱すこともなく二人に接した。それが逆に彼女を苦しめる結果にもなるが、修治の優しい態度は変わらない。ただただ彼女の幸せを祈り、自分を納得させる修治だった。そんな矢先、彼女が交通事故に遭うが、クールな旦那はギャンブルで外泊中。親身に看護を続ける修治だったが、しょせん人の妻。最後は旦那に付き添われて退院する彼女だったが、見送った修治は旦那に、彼女を幸せにするようにと力を振り絞って言葉をかけた。ああ、純情君。
 婚約者役の赤沢亜沙子(俳優座)の初々しいポニーテール姿が実に好印象なだけに、裏切り行為とのギャップに私も心を痛た。しかし、このような経験は男女を問わず、多くの人が経験した(する)ことではないだろうか?
 壮行会のチークダンスで熱く見つめられ、手を握りしめられた時、婚約者は修治には無い甘くも危険な香りを無意識のうちに感じ取った。帰国後、行きつけのスナックのママからは激高しない弱さを指摘され、そこへ偶然現れ謝罪もしない親友とも何事もなかったかのように振る舞った・・。さすがに彼女の入院中に麻雀をやめようとしなかった時だけは親友を殴ったものの、それ以外は最後まで彼女の幸せを祈り続けた修治。しかし、退院時に旦那に迎えに来てもらって嬉しそうな彼女の表情を見せられては、修治の出る幕はもう無かった。ああ、君はどこまでお人好しなのか・・・。結局、彼女を幸せに出来るのは修治だったのか、親友だったのか・・・?女性のあなた、どう思いますか?
40 僕もガードマン
昭和42年4月2日放送 ★★★★
京塚昌子、関敬六、
 北原は謹言実直なガードマンだが、家庭では血のつながりがない高校3年生の娘とうまくいっていない。両親から愛されていないと勘違いした娘は、女友達と夜な夜な繁華街の喫茶店やデイスコに入り浸り、酒にたばこに溺れる毎日。そんなある日、北原は娘の受験の願掛けに行った神社の境内で、うろついていたその女友達(北原は彼女のことは全く知らない)に、いかに自分が娘のことを愛し、心配しているかを語る。その事を女友達から偶然聞いた娘は、心を入れ替え、真面目な少女へ変わろうと歩き出す。
 そんな矢先、勤務中の北原は倉庫破りと乱闘し頭を殴られて意識を失う。しかし、その寸前に、逃げる犯人達が娘の名前を呼ぶのを聞いた。北原は自分の娘も一味ではないかと怒り、悩み、娘を問いただすことに。立ち直りかけていた娘は、自分が疑われたことを知り、激情して家を飛び出した。妻(京塚昌子)から「今、娘を守れるのはお父さんだけです」と諭された北原は、娘を捜して夜の街を駆けずり回る。そしてホテルへ連れ込まれる寸前の娘にやっと出食わし、不良連中から娘を奪い返す。しっかり心が通じ合った父と娘は、仲良く肩を並べて帰宅の途へ。数日後の夜、母と娘はTV番組「ザ:ガードマン」が始まるやいなや、TVの前で正座して夜勤の父親とだぶらせながら見入るのであった。
 僕”は”でなく、僕”も”ガードマンと言うタイトルは、最後のシーンで出てくる当時の超人気番組「ザ・ガードマン」とつなげているからだろうか?。血のつながりのない父娘、しかも娘は多感な高校3年生という難しい関係を扱ったテーマを、いくつかの事件と絡ませながら、明るく暖かい筆致で作られている。
 ある日、娘は実母に向かってこう叫んだ「お父さんと言っても、しょせんは他人よ!。お母さんは、この人の物なの?!」。間髪を入れず、母親は優しく娘に語りかける「あんた、お父さんに焼き餅焼いてるのー?・・。そうよ、私はお父さんが好きだし、お父さんの物よ。あなたはもう大人、もう独りぼっちなのよ」。この母親の一見突き放したかのような言葉は効けますねえ・・・。旦那をいたわり、娘にも優しく時にはこのように冷静に接する母親役を、京塚昌子が実にうまく演じています。私は京塚昌子ファンになりました。余談ですが、長男で小学生役の太めの子役は当時良く出ていたけど、誰だったかなあ・・・?。

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41 先生早とちりをする 放映日:昭和42年4月9日 ★★★
渥美清、吉行和子、津坂匡章(秋野大作に改名)、沢田雅美、岡崎二郎、西田敏行、名古屋章 ほか
 青葉台の高校で生物教諭を務める石田先生は大の植物採集好きで、生物の先生と言うより植物学者と呼ぶほうが似合っているちょっと変わった先生である。野山でついつい採集に夢中になって最終バスに乗り遅れたり、朝から遅刻寸前は日常茶飯事。リュックをかつぎ青葉台駅で降りたその日も、予定のバスに乗り遅れた。そこへ、自転車に乗った清楚な美人(吉行和子)が現れ、二人乗りで高校まで行くことに。有頂天の石田先生は荷台に早速またがるが、あっそうかと気づき、慌ててサドルへ移って発車オーライ。やっと着いた高校の校庭では、ちょうど体育の授業中だったワルガキ生徒達に囲まれて、さんざん冷やかされる。そんな石田先生を校長室から美人校長がため息をつきながら眺めていた・・・。授業が始まれば生徒達から自習にしろとせがまれ、大嫌いな蛙を教卓に仕込まれては大騒ぎを起こし・・・こんな状況に、美人校長は植物研究者への転職を進めるのだった。
 石田先生は、クラスでもおませさんの女生徒宅(沢田雅美)に下宿している。下宿代をため込み、時々女生徒の親父である大家さんに嫌みを言われながらも、家族からは結構可愛がられている。お見合い話も親父が時々持ってくるが、あの日以来、石田先生の心はここにあらず。そう、あの女性に一目惚れしたのだった。全てお見通しの生徒達( 津坂匡章、沢田雅美、西田敏行)からは偽の恋文を渡され、梅園で彼女と初デート。そして石田先生はついに告白するのだが、彼女の口からは出た言葉は「私、もうすぐ結婚します。石田先生とはもっと早く出会いたかった・・」。何とも見事にふられたものである。授業中も瞑想するは自分と彼女の結婚式風景・・そんな先生の背中には悪ガキが貼り付けた”先生に春が来た”という紙がぶら下がっていた。
 竜雷太らが活躍した学園ドラマのような格好良い熱血教師は、渥美さんには似合わない。しかし、実際に私達が習った先生達は明らかに後者のタイプである。何か不器用で恥ずかしがり屋、訳もなく機嫌が悪いが、憎めない。世の多くの先生方は、このタイプである。ヨレヨレのズボンにしわの寄った上着とネクタイ、背中には布製のリュックを背負い、肩からは胴乱。この牧野富太郎先生のような出立ちの石田先生は、生徒達からからかわれながらも結構人気者だ。この悪ガキ達を演じている一人が今をときめく西田敏行だが、津坂匡章と沢田雅美と比べて殆どせりふが無いちょい役。駆け出しの西田の貴重な映像である。当時は、生徒宅に下宿していた先生なんて、結構いたんでしょうね。津坂匡章、沢田雅美

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