12月12日(木)
The Pandora’ box was opend by me.There ware
many evils. Now I'm fightng them. But I believe
"The last hope" The lfe is long
and winding road.I know the rest of my life
has more ・・・・・
11月19日(月)
事情により、掲示板を一時止めます。
昨日、気がつけば冬の空気だった。私は秋の空気を感じる余裕がなかった。そう、28歳の秋を皮膚感覚で感じる余裕がなかった。情けなくて、言葉も無い。がしかし、それもまた私の人生。
「生きる」ということは、「闘う」ことなのだと実感している今日この頃。
10月19日(土)
先週の金曜日には、仕事の一環として小学六年生と1時間近くかけて山登りをし、次の日からの三連休ではそのうち二日間を地元農家の催したお祭りのボランティア参加で過ごす。、丸二日間、取れ立てピチピチのとうもろこしを焼いていた。(「来年もよろしく」などと農家のじいさんから言われたが、来年は絶対に逃げてやる。バーベキューコンロの前に立ち、俺も直火に焼かれながら、もろこしを焼いて包んでお客に渡していた二日間の結果、左手中指が低温火傷の状況を呈し変な感じ)。そして今週は水曜日から最後の新人研修(未だに、この歳になって新人研修という響きに違和感を覚えますが・・・)。水、木となんとホテルで研修を決行。ホテル内のレストランで接客。いきなり、「ここで立っててお客様を御出迎えして下さい」とか「あちらのお客様にお茶のお代わりが必要かお聞きしてください」なんて言われても、いいのか、ド素人出て行って?仮にも日本有数のホテルチェーン内のレストランだぞ?」と。礼の時の頭の下げ方は、普通「1・2・3」のタイミングで頭を上げるが、ホテルでは「1・2」のタイミングで頭を上げるということが発見だった。とにかく、気疲れをしたのは確かだった。
10月6日(日)
怒涛の9月が終わりました。今月は、肉体的、精神的、金銭的にかなりヘビーでした。何言ってるかわからないよね。テヘッ(笑) とか、笑ってる場合じゃないのよ、ほんと。通勤途中にB’zの「TIME」とか聞きながら「秋なのに、全く爽快感がないわな」とかボソッと”頭の中で”呟きながら都市高速を飛ばしているのであります。
秋というと、大学の邦楽部の定期演奏会を思い出します。足を引っ張る方だったとはいえ、毎年秋になると、定演の練習をしながら秋のGTを予想するという、スペシャルな日々でした。練習後、静大のサークル棟から帰ってくるときに見下ろした、少し澄んだ空気の中に見える静岡の街の灯りが好きでした。そう言えば、今年の定期演奏会では、久々に「津軽幻想」を演奏するみたいです(つーても、分からんよね)。仕事の都合上、今年も定期演奏会を見に行く事は出来ないと思うけれど、僕が21歳の「若さと熟成と可能性のハイブリッド時代」に弾いた曲は、聴く側に立つとどんな曲だったのだろう?今考えても、自分にソロのパートがあったというだけでも恐ろしい。多分、一緒に弾いた連中が一番不安だったと思うけれど(笑)
9月15日(日)
つい先日山下達郎の話を書いたばかりだけれど、何とこの度、達郎はんがNEWアルバムをリリースするらしい。「サンデーソングブック」の中でちらりとそのような事を達郎氏が漏らしていた。しかも、内容的にはシングルのカップリングを中心とした未CD化曲を中心とした「裏ベスト」的な一枚らしい。早速帰宅しWEBで収録曲を確認したところ、何と「BLOW」が収録されているのに加え、「スプリンクラー」のロングバージョンまで入ってる。今回も「エレキ大正琴を使うのか?そして初回特典CDには、あの「蒼茫」のカラオケまで入ってる。これを買わずして、’95年の自分に何と言い訳が立つと言うのだろうか?
9月13日(金)
県との折衝から係長の名刺作りまで(笑)。バイプレーヤーとして重宝されているのか、ただの便利屋なのか(多分コッチ)さっぱり分からなくなってきた今日この頃。久しぶりの不眠症モードに辟易しながらも一週間をなんとか乗り切る。困ったことに、最近は山下達郎の「蒼茫」なんて、また聞き始めたりしている。JACCSカードのCMの影響らしい。クサイ設定ではあるけど、夢を追い続けている人っていうのは、見てて気持ちがいいね。確か、最初に「蒼茫」を知った頃には、まだ、僕にもそれなりにいろんな夢らしいものがあったような気がするけど。
気がつけば、「何度も手を加えた、汚れた自画像にほら、また12色の心で好きな背景を書き足していくbyミスチル」な方向に行ってしまっているようで。
先週、某OMNに勤務している友人とファミレスで人生を語っていたとき、同じくOMNの方々と遭遇し、その中に僕がOM一宮時代に福岡での新人研修で出会ったM瀬君がいた。約2年ぶりの再会だった。しかも、それとは別に、その集団には高校3年生の時のクラスメートまでいた。それこそ、高校卒業以来だから9年ぶり。こっちは微かに記憶にあったが、向こうには僕の記憶はなし(笑)。共通の知人が紹介してくれてなんとか昔話ができた程度だった。
お盆以降、怒涛の速さで月日がぶっ飛んで行っている今日この頃。このままの勢いで2003年になってしまいそうな。そんな感じ。寝つきが悪いのだけは、なんとかならんもんかな。
8月4日(日) 「今一度の濃尾平野」の巻
今日は、墓参り。ご先祖様のご加護の下、フラフラと生きてきながらも、大した地獄に突き落とされる事なく今まで生きてこられたことを感謝しなくてはなりません。ありがとうございます。
その後、一宮の現場研修のときにお世話になった人に連絡がつき、岐阜のスタバ!!で土産を渡す。そう、チロリアン。現場研修の時に「チロリアン買ってきて」と頼まれたのを、忘れはしません。あなたは一生チロリアン(笑)で、その後、名古屋駅のチャンスセンター(全国で2番目にあたりくじが出やすい売り場。よっていつも列ができてる)でサマージャンボなぞを購入し、東急ハンズで携帯のストラップを購入。あの明和電気の「骨ストラップ」は岐阜でチロリアンな先輩の子供さんが「欲しい」ということで、あげてきた。役所に入って、導入部分としては十分ネタも提供できたし、ということで、ハンズで迷いに迷った結果、ごくごくシンプルなストラップに。その後、KIOSKで「シャチナゴン」を「安くて大量」という、職場に持ってくには最適な「小倉日記理論」で購入し、久しぶりに新幹線のホームで名物のきしめんを食らう。うまかった。で、新大阪でレールスターに乗り換え(これがまた、乗車率160%くらい)で、北九州に帰る。そして、小倉駅には若者がうようよ、駅の周囲には、少し頭のかわいそうな子達が喜んで乗るような、かわいそうな車たちがうろうろ。
「わっしょい100万夏祭り」をやってるのを、地元民ながら知らなかった。
8月3日(土) 「この俺にイスが買えるなんて。学生時代には考えられなかった・・・」の巻
今回の東上は、春先に「じゃ、8月に静岡でBBQ」から始まったのである。一宮で遊んで始発で帰って数時間後。Tにぃ〜らが、もう浜名湖で「ブイ〜ン」としてる午前10:00.知立の駅前に写真部の同期のM○さんの青いピックアップトラックが参上。ゴリゴリの快晴の中、ディーゼルサウンドを響かせながら東名高速を一路浜松西インターへ。M○氏の確か3台目の車。ACTYと基本的に用途は同じなのだが、M○氏のイメージにあまりにもぴったり。「ワイルドで行こう」ってな感じ。普段、九州自動車道などという、チャライ道を運転しているため、やはり東名高速の車の飛ばし方は尋常でなく感じる。その中をピックアップは順調に。椎名林檎のCDとともに爆走。昼前に浜松に到着。サークルKで昼食を仕入れる。「ジュビロ磐田弁当」「清水エスパルス弁当」を発見。次回はこれを持って帰ろう。で、集合時間までまだ時間がるので、「洗車したい」とのことで伊場の洗車場へ。容赦なく照りつける太平洋岸の太陽。「ダメ、干からびる」と私は車内で眠る。そこへ、もう一人のサークルの同期、D口さん登場。D口さんもオフロード系。バイクでオフ車乗ってる人間は、車もワイルド系になるのかねぇ。で、待ち合わせ場所の工学部へ。機械棟が建ってからは行ってなかったので、久々に構内視察。噂には聞いていたのだが、女子(しかもいかにも工学部というのではない、至極一般的な)を見かける数が多いこと。まさに隔世の感バリバリ。県短が無くなると聞いたときにはかわいそうに、と思ったものの、全然こちらのほうがよござんすねぇ。
で、最後の待ち人、今回唯一の県短OG「愛」を乗せて出発。ゼビオでBBQグリル、着火剤、イス!等を買い、隣のイトーヨーカドーで野菜類を買って袋井親水公園へGO。写真部のやつらの近況とか聞きながら、昔話に痴話話(笑)を含めながら。いやぁ、嫁さんに「家庭に入ってくれい!!」とはなかなか言えるもんじゃねぇだろ。さすが、部展で「シャア専用」を展示する奴は違うねぇ。部長。ほんと、一度K田に感想を聞いて見たいもんだ。で、親水公園到着。なんだかんだしていたら、結局肉を焼き始めたのが午後4時過ぎ。せっかく買った俺の麦わら帽子が全く役にたたねぇ。M○氏がつてを頼って仕入れてきた肉が、これまたBBQにするにはもったいないような、サシの入った上質なお肉。「モッタイない!!」とみなつぶやきつつ、皆で食す。隣でコンクリートのたたきに座っているBBQのグループを見ながら、「いやぁ、俺達はイスが買えるようになったんだね。リッチになったもんだねぇ(笑)」とか、「今走ってる電車は何?」だったり、「あの子は俺と二人でいる時も、奴の話をする(→これだったらわからんじゃろ?)」で、ひとしきり、昔話と今話を展開。「愛」の結婚生活だったり、そもそも「結婚とは?」だったり、耳の痛い話ばかり。多分、「理?文?」な違和感バリバリの中で10年近くを過ごしてきた僕にとって、これからが人生の新たなスタートであり、そうそう落ち着くつもりはないのだけれど。同期が結婚してっても、まったく焦燥感がないのが逆にズレてしまっているのか?分からないねぇ。BBQが終わってからもしばらく「イス」に座って話すことしかり。気がつけば午後8時過ぎ。周囲は暗く、時折エコパの方からB’zのものと思われる声がする。「愛」嬢(人妻だが)が妊婦でもあるし、「そろそろ帰るか〜」と、撤収。ひとしきりお片づけの後、皆三々五々に散っていく(4人しかおらんけど)。で、私はM○氏とともに愛知県に帰投。途中、東名を岡崎インターで降りると、これまた国道1号がひどい渋滞。すっかり岡崎の花火大会のことを忘れていた二人。結局刈谷のジョイフルで夜食を食べ始めたら0時過ぎ。ちょっとしゃべって知立のセントピアの前でお別れ。「イス」はM○氏に依託。次回のときまで預かってもらう、ということで。
8月1日(木)〜2(金) 「I’ll be back 一宮。駐車場システムよ永遠に」の巻
マイレージが欲しいと思う今日この頃、前回の静岡行きから一ヶ月も経たないうちに、またもや東上。遊び過ぎ(飲みすぎ)のツケがまわり、あまり金銭的に余裕のない今日この頃、とうとう「夜行バス」に手を出してしまいました。夜行バスに乗るのは、大学2年の時に札幌⇒函館で乗って以来。あの時は、深夜、猛烈に尿意を催したけれど隣の爆睡オヤジが邪魔で、なかなかトイレに行けずに悶絶した記憶があり、それ以来夜行バスだけは敬遠していた。しか〜し、小倉⇒名古屋ジャスト1万円というのは、今の僕にはあまりにも魅力的。木曜の定時後、急ぎ近所のサティまでお土産を買いに行き、適当にバッグにTシャツなどを詰めて出発。過去の苦い記憶から、座席の予約のときに「席は前のほうにしますか?後ろのほうにしますか?」とバスセンターの人に聞かれ「トイレに近い席にして下さい」と真剣な眼差しで訴えた僕は、さぞ滑稽だっただろう。で、家を出る前に散々トイレに行き、乗車後も壇ノ浦のSAでの停車でも搾り出す。さて、この後眠れるか?とかすかな不安を覚える間もなく、あえなく撃沈。前日の飲み会の疲れが出たのか、気が付けば養老SA。朝日だぜ!!岐阜だぜ!!な感じなのである。その後、バスは東名をなぜか一宮ICで降りて、懐かしき国道22号(つっても俺が出て行ってから高架化の工事が始まって景色は若干変わっているけど)を走ります。そしてまたもや眠りに陥り、気が付けば名鉄バスセンターのすぐそば。名鉄に乗り換え知立の祖父宅に直行して、そこからしばし朝寝。
さて、夕方です。一宮です。僕が社会人の最初の一年を過ごした土地です。某大手電機メーカーOM一宮の寮の最寄の駅は、奥町線よりも名古屋本線の今伊勢駅なのです。懐かしい道を歩きます。スーパーアオキの跡地は、駐車場の広いファミマになってたけれど、時々行った餃子のおいしいお店は全く変わらない姿でした。ま、久しぶりといっても、たかだか一年ちょっとだし。寮の一番近くの四つ角の田が、埋められ宅地用にされていました。あの頃、梅雨時にカエルが大発生して「済まぬ!!」と祈りながら、アマガエル達を「プチプチ」とシビックで潰していたような・・・。さて、懐かしき駐車場に着くと、同期のTにぃ〜が待っててくれました。ん?ちょっと待て?髪の毛茶色?若返ってる?さて、一軒目のお店。人参屋。なかなかにオシャレなお店。何となく男二人で行くのはためらわれる様な(笑)。一宮にもこんな店があったのか。住んでる頃はわざわざ栄まで飲みに行ってたけど、近場を探してみるのも良かったのかも。で、二人で近況をやりとり。僕がいる頃は鬼神のように仕事をしていたTにぃ〜も、最近は落ち着いたようで。でも、相変わらずM〜んは鬼神のままらしい。タバコとお酒が主食の不思議なエンジニア。彼と同期だったと言う事実だけでも、今考えれば恐ろしい。エンジニア、とりわけ機械屋としてはまさに天国と地獄レベルの違い。同じ給料をもらっていただけでもおこがましい。
Tにぃ〜、良く食う。良く飲む。そしていろんな同期に電話。「電話番号しらん」ってそんな・・・(笑)、で、某S防R子似(中部圏の人間で夜更かしな人間なら分かる)な美人が僕の向こう側に見えたりしながら、「今や〜ん、キャラ変わったねぇ」だったりして。そう、あの頃のピュアな私は27歳無職の間に消えうせてしまったのか?その後、アイリスで同期の総務のI田嬢を乗せ、岡山出張の帰りのRちんを岐阜羽島駅まで迎えに行く。あんた達、微妙な会話を止めなさい。I田嬢。相変わらず御綺麗であります。I田嬢に限らず、今覚えば、OM一宮の女性の同期のみなさん、御綺麗であったなと。お幸せそうになによりです。で、4人で市役所近くのパスタ系居酒屋へ。市役所へ行ったときに、なんかよさげなお店がありますねぇ〜とは思っていたが、まさか、遠く九州の民となって訪れるとはね。で、いろいろな話。会社のいろいろな話。私の最近編み出したネタ。「中国人」と「ベトナム人」など。みんな、元気そうでなによりです。さっさと退職し、公務員へと鞍替えした私は、正直な話、心の中に後ろめたい部分を持っているのも否定はしませんが、B’zの曲じゃないけど「ほんの最初の一言でスイッチが入り〜♪」ってな感じ。みんな変わってません。僕はあの頃のまま、ネタ的には古いであろうにも、楽しく話すことができました。一年間、無駄に一宮で臭い飯を食べたわけではなかったようです。I田嬢。ごめんなさい。久しぶりにTにぃ〜と「ネタ無差別発砲会話」してしまいました。わかんないよね。でもたまらんね。この快感は(笑)。最後は、懐かしのアイリスのTにぃ〜の部屋でRちんとザコ寝。今日も爆睡。5時に起きて、始発電車で知立まで帰る。又、行くね。「辞めてから長いじゃん。いい加減もう来るなよ。」って言われても、無理やり行くからね(笑)。
追記:総務のK村さん。会社の名前。仮名にしときました。やっぱ、実名はマズイですよね。すいませんでした。最近、さらに砂漠化してきたそうで。ちゃんと頭皮マッサージしてくださいね。
7月8日(月) 「gogo静岡、lovelove静岡、草薙署の刑事はまだやっている〜!!」編 その3
静岡市市役所の採用試験の変わった点。それは、一次試験の面接である。5人の集団面接で約10分。果たして意味があるのだろうか?わからないが、静岡市に関して情報をあまり持たない僕。時間前に役所で広報誌などをもらいお茶を濁す程度の知識を仕入れようと無駄な努力。市役所近くのマクドで、「ウン、広報誌が大きくて字が読み易い」などと、100人いたら、100人が口にするような感想を思い浮かべる。そして、面接は市役所本館の3階。実は市役所の本館は初めて。本館隣の新館は、よく追手町図書館に通っていたので利用していたのだが。いざ面接であるが、みな、かなり事前に準備をしていたのだろう。かなりキチンと答えている(一人例外がいたが。その女の子は緊張しすぎて自分の名前を告げるのに20秒ぐらい黙りこんでいた)。私はといえば、年の功より亀の甲、逆か。最近、役所の同期に言われるのだが、変に場慣れをしてきたせいか、軽いスピーチなら嘘八百がスラスラと出てくるのだ。先週の庁内新人研修でも、スピーチが終わった後に「前日に練習をしてきたんですか?やっぱり、すごいですね。今津さんのスピーチ」と同期の何人かから言われたのである。僕から言わせてもらえば、話の内容に全く差はないのだが、スピーチがうまいと思わせるカンタンなコツを知っているかどうかの違いだけなのだ。悲しい事に28年近く生きてくると、軽いスピーチくらいなら自然とそういうのが身についてくるのよね。しかも、キミらのように若い子の前では緊張することはないし・・・。
で、静岡市の面接。事前に面接官から「静岡市以外からの受験の方も見受けられます。ただ、静岡が好きというだけなら、民間企業でも良いはずです。そうではなく、なぜ、静岡市役所なのか?その点を踏まえて、自分の長所、短所、を絡めて1分でお願いします。」と軽く「九州出身、民間経験有、しかも今は他の市町村職員」な私をマークしたかのような内容。しかし、無難にこなせるのよねぇ。これが。
面接のデキはそこそこに、一次試験が全て終了。この為だけに持ってきたスーツの役目も終了。さて、新幹線までちょっと時間があるし、ちょっくら浜松にでも行きますか?と、車で浜松へ移動。東名の静岡インターで、ようやく富士山が見えました。いつも思います。あの幽玄さには何者もかなわない。夏の富士山は美しくないと言うけれど、夏の富士山も、また変わった趣があるものです。少なくとも、筑豊のボタ山とは次元が遥かに違う。牧の原あたりのお茶畑も美しい。お茶の緑色は他の植物の緑色とは違う。ここでしか見ることの出来ない緑色であると。本当に、「目に爽やか」と何かのCMかと思うほどの美しさが広がる中のドライブ。
さて、浜松で、まず、某R書店の天竜川店に向かう。もしかしたら、Hもと店長がいるかもしれないと店内をグルッとしたけれどご不在。夜のシフトかそれとも他のお店にいらっしゃるのか。さて、そろそろ帰ろう。浜松駅で「うなぎサブレ(一応、春華堂が出してるのさ)」を役所への土産に買ってゆく。そう、当然、今日は平日なので役所もやっている。今日から許される夏休みを、新人ながら職場で一番最初に申請しておいたのだ。しかも、県との会議をブッチしてまで休んでいる。しかも、理由が理由だけにただ、「すいません、休みを下さい」とだけ言って。浜松土産を買って帰れば、大学時代の友人と会ってきたと理由付けも出来る。
そして、浜松駅で偶然にも大学時代の同じクラスのヤツにバッタリと遭遇してしまった。大学時代はもう、破天荒を絵に書いたようなヤツだったが、見事に社会復帰というか更生して、立派なサラリーマンになっていた。むこうも俺の顔を見て「おう、マズ、何やってんの?まだ人生の敗北者?え?公務員になれたん?何だ、笑い話で済ますつもりが、とうとう引っかかったか。おめでとう」とのこと。どうやら、裏街道一直線の人生を歩んでいると思っていたらしい。ま、途中までそんなもんだったけど(笑)。大阪で乗り換えるまでひとしきり話をして別れた。そんなこんなで静岡市役所一次試験は終了。通常の公務員生活に戻るのである。
7月7日(日) 「gogo静岡、lovelove静岡、草薙署の刑事(くさデカ)はまだやっている〜!!」編 その2
軽く寝過ごしてしまい、バスの時間に間に合わない。仕方なく、タクシーで試験会場の市立高校までむかう。バス運賃は安いが、タクシー料金は少々高め設定の静岡市。さて、試験会場には、一次の筆記試験にもかかわらず、スーツ姿の若者どもが集合している。なにを気合が入っているのだろう。こっちはと言えば、Tシャツにデニム、腕にブレスレットをして朝飯の菓子パンをむしゃむしゃしながら開場を待っている。若者ども、がんばれ。一般的に言って、一次試験で何を着て来たかなど、役所の人事課は全くノーマークだぞ。で、市立高校の5階!!の教室で受験。久しぶりに高校の教室というものに入室した。見晴らしが良い。雲がかかり富士山が良く見えないが、晴れた日には絶景であろう。勉強していなかった割には、そこそこ出来たようにも思えるが、試験の内容が簡単だったのは確かである。こういう試験は、ボーダーラインがかなり高い位置に設定されるので逆に厄介なのだ。(某N市の試験がそうだった)
試験が昼前に終わったため、静岡の友人と飯を食う。その後、清水の三保の松原などでしばし海を見る。やはり、太平洋はいい。海の色が良い。空の色が良い。これで、富士山が姿を出していれば最高だったのだが。三保と言えば、大学3年の秋以来。三味線の練習で後輩の家に泊まったときに、朝、早起きしてあの当時まだ生きていたFZRで朝日を見ていたのだ。そういえば、最近は朝日を見て背を伸ばす事をしなくなった。徹夜明けの朝の一服目のタバコの爽快感さへ、もう忘れてしまった気がする。
その後、清水のモールに行ってブラブラ。ちびまる子ちゃんミュージアムやら、エスパルスグッズ売り場やら、そこら辺を冷やかして帰る。帰りは当然国道一号。そういえば、あの某古庄自動車学校が今年で創立何十年かの記念らしい。車校時代は草薙や、長沼大橋あたりを激走した覚えあり。二日酔いで酒が抜けきれてなくて運転していたこともあった。今思えば、大らか過ぎる自動車学校であった。とか、考えながら静岡に戻る。呉服町の居酒屋でひとしきり飯を食う。九州と違い、串のメニューに「豚バラ」がないのに、ちと違和感を覚える。まず、九州の居酒屋にはこれがあるからね。酔った(といっても、生中一杯)。青葉公園などを経由して宿に戻る。テレビでは、信長が「さらばじゃ!!」と決めていた。昼からは天気の良い一日だった。
7月6日(土) 「gogo静岡、lovelove静岡、草薙署の刑事はまだやっている〜!!」編
シーホーク(注:福岡の海辺にあるダイエーグループのホテル)での自治労の研修を金曜日で取りやめ、静岡に向かっているのである。そう、福岡県某N市の公務員ではあるのだけれど、やはり東海地方には未練があるのである。仕事や付き合いで満足に受験勉強できなかったのは自覚しているのだけれど、マークシートの試験。何があるかわからない。そんなこんなで一路静岡へ。東へ向かうとなぜか気持ちが落ち着いて来る。そう、太平洋側の「空の高さ」が好きなのである。東海地方での、特に平野部での生活が長かったためか、今現在のような山間部での生活は、正直「息が詰まる」のだ。木曽川を渡りながら、「ああ、あれは尾西グリーンプラザ。大浴場でみんなで騒いだなぁ」とか、「あれは138タワー」「あれはアピタ稲沢。マッスンとアナザヘブン(カス映画)を見たなぁ。」とか窓の外を眺めては物思いに耽ったり。「同期で騒いだ」と言えるのは多分、OMが最後か。なにせ、今の役所では年齢の関係上、同期で飲むとどうしても自分を抑えた役回りになってしまう。あの全身タイツと筋肉少女隊の日々が懐かしい・・・。
で、久しぶりの静岡市。駅南の安ホテルにシングルルームを取り、試験会場の市立高校を下見。相変わらず、静鉄はボロいバスを使ってるし、運転手の服装も乱れている。そうそう、これが静鉄だと安心したり(笑)。帰りにセンターから街中をブラブラ。昔の記憶を紐解こうとしても、鮮明なイメージは浮かんでこない。それもそうか、静岡を離れて、もう6年。時間が経ちすぎたか。晩飯は「桜小判」で桜海老てんぷらの蕎麦を食す。久しぶりに「APIAで待ってる!!」のCMを見た。APIAは一度しか行った事がない。覚えてるかい>G部くん?
6月9日(日)
さて、にわかサッカーファンに成り下がり、周囲の話題に何とかついていっているものの、昔から自分の中で問題のあったそれが顔をもたげているような今日この頃。そう、「カタカナの名前を覚えられない」のです。だから、選手の名前も正確に覚えられない。高校時代に世界史を選択したときから分かってたことですけどね(笑)
最近、定期的な収入が確保されたためか、微妙に物欲が頭をもたげ始めています。ミーハーなものとそうでないもの。コンピレーションアルバムの「FINE」が欲しかったりします。あと、カシオペアとかT−SQUAREとかのフュージョンのコンピレーションアルバム。これは名前を忘れてしまった。もう一つは分かる人にしかわからないだろうけど、「ハロ」の1/4モデル卓上時計。これが欲しい。値段も4000円と決して手の届かない額ではなく。どうしようか困ったものです。現物を見てみたいのだがどこにあるのかもわからない。この機会にタウンページで「玩具店」を調べてみたのですが、確実に昔より玩具店の数は減っているのだなと。せめて車で行ける距離にトイザラスでもあったら良いのですが。後、父がコンボドライブのノートパソコンなどを買ったので、なんでもいいからDVDのソフト。レンタルでいいのだけれど、市内に「ツタヤ」が一軒もないという恐ろしい百万都市、北九州。それでいいのだろうか?
新しい職場も2ヶ月が過ぎ、なんとなく仕事をしているのは相変わらず。今、一つ自分の関わってる仕事の関係で先日「国土交通省、福岡県、某N市」の会議などに出ました。面白いですね。三者三様の役人どもの集まり。やっぱり、微妙に立場の違いは出てくるものです。ま、一番弱いのは市だけれど。
4月19日(金)
早いものです。OM一宮を退社して、明日で丸一年になります。一年経って、某N市の「農業振興課」とは。・・・・。「工業」と「農業」の間違いではないのか?と当初はかなりパラレルワールドだったけど、これまでの人生で培ったものはやはり大きかった。とくにOMで短期間だけど鍛えられたおかげで、今の職場のなんと気楽なこと。OMの規則に比べれば、役所の就業規則など「へ」のようなもの。役所の同期達がフレッシュマンをバリバリアピールしつつも悪戦苦闘しているのを尻目に、肩に力を入れすぎることなく、淡々と、仕事をこなしていっております。とりあえず、入庁して間もないので、まだ猫はかぶっているけれど。