BOOKS(お気に入りの本)

人生の目的/五木 寛之

 年始に実家から戻ってくるときに、駅の本屋で買いました。今、その本屋から5メートル離れた予備校に通ってます(笑)。何が良いって、人間、人生に迷っているときに「ズバリ」なタイトル。短絡的でもってこいです。
別に、これといって書くべきことはありません。全体的に、「人の弱さ」を肯定した内容になってます(だって、そういう人のために書いたんだろうから)。ただひとつ、みえみえの決め文句なんだけど、気に入ったくだりがあります。

    雨にも負け、風にも負け、それでも生きつづける

そう。いいんです。生きてりゃ。生きてるって一番大事です。死んだら、美味い物も食べられなくなるし、面白い映画だって見れなくなる。そりゃ、いくらそんな金が無いっつっても、可能性がゼロじゃないってことがいいんです。風間三姉妹の次女が(それにしても、リリアンは無いよなぁ・・・とか思ってしまう)今頃ヌードになってもいいんです。それが、彼女が生きているって証なのですから。


ガイア伝説/半村 良


図書館に行く機会が増えたお陰で、本に触れる機会が比例して増えたわけです。そこで、思い出したように「半村良」の棚などに足を運んだりします。この人、結構なおっさんで、まじめ腐った文体なのに、ストーリはまるっきり飛んでるんですねぇ。最初にこの日との作品を読んだのは、毎日新聞の夕刊の「岬一郎の抵抗」だったと思います。いやぁ。面白いんですよ。この人のお陰で、SFってのも結構おもしろいんだなって思うことが出来ました。

 地球規模のエネルギー問題に、某製薬会社の「蓄電植物」を軸にした、新興宗教に身を投じた主人公がやがて来る「光合成人間」時代への第一歩を家族とともに歩みだす。人間は既に言葉や文字によるコミュニケーションを必要としない、「感応」により全ての意志を統一できる統合体としての生命となるだろう。

ね、素っ頓狂でしょ。でも、読むと全く変に思わないんです。エンディングなんてすっごく大変。だって、エンディングがないんだから。この話、どう落とすんだろう?って思って次のページを開いたら、そこで話が終わり(笑)すごいです。さすが、「イーデス:ハンソン」が名前の由来だけはありますね。



 


レインボーシックス/トム・クランシー

 僕が最初に読んだトムクランシーの作品は,「レッドオクトーバーを追え」だった.小学校の頃だったと思う.多分そのときに,クランシーの作品ではなく,気の利いたミステリーでも読んでれば今頃京極夏彦とかに手を出す人間になっていたのかも知れない.執筆に9年間を費やしただけあり,その設定,描写には文句のつけようがなかった.この作品で主人公を演じたジャック・ライアンはその後の作品でも重要な役割を演じている.個人的に彼の作品の中で一番好きなのは「レッドストームライジング」であるけれど.

 その作品からジャックのアシストをしているCIAの工作員,ジョン・クラークを長とした,超国家対テロ部隊「レインボー」の活躍を描く作品.こう表現するとまるで荒唐無稽なB級映画のように思えるけども,軍事スリラーを書けば並ぶ者もいないクランシー作品.状況設定と登場する装備にいたるまで正確な描写がなされている.各地域で同時進行されていた物語を統合する手腕も相変わらず凄いと思う.


風の歌を聴け/村上春樹

 僕が村上春樹の作品を初めて手に取ったのは,大学3年の秋だから,読み始める人間としては結構遅いほうだと思う.でも,もしも僕にとって1996年という年が存在しなかったなら,一生手に取ることがなかったかも知れない.村上春樹の作品は僕の中ではそういう状況に位置している.僕は「ノルウェイの森」から村上春樹に入り,次に読んだのがこのデビュー作だった.

 主人公の「僕」と友人の「鼠」と<ジェイズ・バ−>のマスター「ジェイ」の話.そこに,左手の小指のない女の子が関わってくる.それは東京からほど近い架空の港町の,ある夏の物語である.劇的な発見があるわけでもなければ,壮絶な体験をするでもない.人生の目的を見つけるのでも,自分のことを理解してくれない世間に対する復讐でもない.ただ,ビールを飲みながら人生を語り(それも短い言葉で),女の子の部屋でシチューを食べ,動物園に行く.「僕」は多くを語らず,多くを望まず,そして自分を正確に把握できているのだ.ビールとピーナッツと小説とラジオから流れるビーチボーイズだけで世の中は廻ってゆき,「幸せか?」と訊かれれば「だろうね」と答える.そんなような話だ.

村上春樹のデビュー作であり,必要以上にアンニュイな雰囲気を醸し出そうとしてる点はやや鼻につくものの,それでも僕は村上春樹の小説の中ではこの作品のことを気に入っている.この作品中の「鼠」はその後のシリーズでも重要な役割を担ってゆく.

 

 その中の一節

「何故いつも訊ねられるまで何も言わないの?」「さあね,癖なんだよ.いつも肝心なことだけ言い忘れる.」「忠告していいかしら?」「どうぞ.」「なおさないと損をするわよ.」「多分ね.でもね,ポンコツ車と同じなんだ.何処かを修理すると別のところが目立ってくる.」


グレート・ギャッツビー/フィッツジェラルド

 第一次世界大戦後のニューヨーク郊外を舞台に,愛する女のために成り上がった男ギャッツビーを,偶然隣人となった西部から立身出世を夢見て東部にやってきた男ニックの視点を通して語る物語.ギャッツビー家で夜毎繰り広げられる宴に戸惑いながらも参加し,多くの友人知人を得るニック.しかし,彼の一番の関心は常に謎に包まれた男ギャッツビーに向けられる.得体の知れない人生の豪華さの仮面が剥がれたときに,ギャッツビーの人間的な魅力を理解するニックだが,ある悲劇のためにギャッツビーはこの世を去る.それと同時に,一見煌びやかに見えるニューヨークの生活に,某らの歪みを感じ取ったニックは故郷,オハイオに帰ることを決意する.

 主人公,ギャッツビーはフィッツジェラルドそのものとも言える.第一次大戦後,新進気鋭の作家としてデビューした彼は,世界的恐慌までのつかの間の間の繁栄の元,その時代に過剰に即しすぎた小作品を出し,流行に敏感なニューヨークの若者などに受け入れられ文人としての地位を気付き上げて行く.その当時の彼の生活が,豪壮洒脱なギャッツビーの生活そのものなのである.しかし,恐慌後,人々は彼の現実的でない作風から遠ざかり,彼は失意の元にこの世を去るのである.本作品は,彼の残した唯一の大作である.

その中の一節

「こうしてぼくたちは,絶えず過去へ過去へと運び去られながらも,流れに逆らう船のように,力のかぎり漕ぎ進んでゆく」


何者でもない/原田宗典(講談社文庫)

 原田宗典の小説は,底抜けに明るいエッセイとは異なり,全体に暗いトーンが流れているものが多い.この小説もその一つである.短編小説3部からなる.「劇団二十一世紀少年」に所属する奴隷(役がもらえず,舞台の転換などしかやらせてもらえない下っ端),「ショウジショウイチ」の,現状に不満を持ち将来に不安を抱えながら,しかし夢のために日々を正直に生きる青春小説.その中に登場してくるのは,どこか普通の生活を踏み外した(どこかで人生のボタンを掛け違えた),しかし優しい人間ばかり.

 3作品とも,ハッピーエンドではない.逆に読んでいて「救われない気持ち」にさせられてしまうのだ.だがしかし,”その先”にある物も同時に感じさせられる.それは”全て優しさ故の結末”だからだと思う.僕のお気に入りの小説の一つである.

その中の一節

「急に人気のなくなったホームに,僕はしばらく放心して立ちつくした.終幕でスポットライトが落ちるのを待つ役者のような格好だ.向こう側のホームから眺めたら,その姿はきっと灰色の舞台の上で一人芝居をしているように見えただろう.」

 


 深夜特急/沢木耕太郎(新潮社)

 この本を読んだ多くの若者(特に貧乏でアウトローを気取っている学生)はこの本を読むなり「俺もどこか遠くへ行かねばならぬ!!」と鼻息を荒くして,駅,空港,港に行ったことだと思う.かくいう僕も18切符を買って静岡駅に走り「取り敢えず」的に北海道に直行したのである(時に'95夏.この時期の僕のテーマソングが浜田省吾の「遠くへ」だったことを思えばなおさらである)

 大沢たかおによって映像化されたり,猿岩石(最近見ないな〜)のヒッチハイクのベースであったことによりけっこう有名な本であると思う.著者沢木耕太郎26歳の時の香港〜ロンドンの乗り合いバスによる地続きの旅の模様をまとめたものである.著者は旅を終えてこの旅を本としてまとめるまでに15年の歳月を要している.しかし,歳月を経ても今もなおこの本が色褪せぬ理由,魅力の一つとして「ノンフィクション」を「フィクション」の様に描いているところを挙げることができると思う.様々な国,出会う人々,多くの別れ.彼の記述は何の変哲もない旅行記に成り下がることなく,文学的な香りさえ感じさせている.それは彼の外的触覚から得られた情報と,自分の内面に対して常に求め続けた「何故旅を続けるのか」という疑問とのバランスの良さの上に成り立っているのではないかと思う.彼が得た情報を心の中のフィルターに掛けて文章にフィードバックするときにそれはあたかも「フィクション」の様相を呈しているのである.ちなみにタイトルの深夜特急「ミッドナイト・エクスプレス」とはトルコの刑務所に入れられた外国人受刑者たちの隠語で,脱獄する事を,ミッドナイトエクスプレスに乗る,と呼び合ったことに由来している

 

その中の一節

「ほんのちょっぴり本音を吐けば,人のためにも成らず,学問の進歩に役立つわけでもなく,真実をきわめることもなく,記録を作るためのものでなく,血湧き肉躍る冒険活劇でもなく,まるで何の意味もなく,誰にでも可能で,しかし,およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことをやりたかったのだ.」

 


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