S U M M E R - 2 0 0 3
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2003年8月31日
(日)
んん〜、なんだかんだとバタバタしている内に8月もとうとう終わってしまうわけですな。
っと言っても、ドイツ地元民とか在独日本企業駐在員でもドイツ式カレンダーに則って「○週間の夏期休暇」をエンジョイしてきた人達と違って、特になんの感慨もないんだけど・・・。蝉も鳴きやしないし、花火だってどこぞの国のお祭りみたいに一晩(というか数時間)のうちに何万発なんて上がったりはしないしね。
それでもやっぱりあの暑い酷暑もいつの間にか去ってしまって、朝夕もう既に肌寒くなってきたりすると(金曜の夕方の時点で気温13度でした、はい)、「ああ夏が終わるんだなぁ」なんて会社の近くのマックの巨大「M」マークの向こうに沈む夕日なんぞを見て、「ふむふむ」などと頷いてみたりするわけですね。でもね、ホント酷暑でした、今年の夏は。
実は8月最後の週は仕事の関係でケルンからフランスのノルマンディ地方まで同僚と往復1500キロをなんと車で出張して来たのですが、パリを出てノルマンディ地方に向かう国道から一面に立ち枯れたヒマワリ畑が見えた時には、ちょっとその凄い光景に圧倒されました。何百、何千ってみんな同じ方向を見ながら立っているヒマワリ達は、まるでこう「ザ・デイ・アフター(←古いね)」やら「T2(←これも古いか)」のワンシーンにあるような、原爆が爆発した後に燃やされて灰みたいになりながらも、それでもそこに残って微動だにせず立ち尽くしている人間達、みたいに見えました。
こんな酷暑があったのが実はたった2週間程前だった、というのが信じられないほど涼しい8月、そして夏の終わりでございました。
2003年8月18日(月)
私は欧州、アジア、北米に子会社を持つとある日本企業のチューザイインとして現在ドイツに来ている。そしてよく欧州内にある子会社の社長や管理職が出席する会議に一緒に参加することがある。こう書くと、なにか「超一流企業の各国のトップが理路整然と建設的な意見を述べ合いながら、グループの更なる発展に貢献している」と言ったようなイメージが浮かぶかもしれないが(というのは私だけの幻想だろうか?)、蓋を開ければなんのことはない、「だからドイツ人は勝手に物事を決めて脇目もふらずにやろうとするから嫌いだ」とか、「これだからフランス人はなんでも適当で、期日も守らない」とか、「これだからオランダ人は・・・」ってなことばかりである。
最近はこれにももう慣れてきてしまったが(国際企業の舞台裏なんてこんなモノですよ、みなさん)、今日夕飯の後「ドイツ・ニュース・ダイジェスト(8月16日号)」を読んでいたら、なんとも似たような記事があっておもしろかったので、ここに無断掲載してみよう・・・:
[ウィーン8日共同]モーツァルトはドイツ人?現在のオーストリア・ザルツブルクで生まれた18世紀の世界的な音楽家の「国籍」をめぐり、ドイツとオーストリアの間で大論争が起きている。
きっかけは(独)ZDF(国営テレビ局)が今月7日から始めた「だれがもっとも偉大なドイツ人か」の視聴者投票。300人の候補者リストにモーツァルトの名を見つけた在ドイツのオーストリア大使館が「モーツァルトは生粋のオーストリア人だ」と抗議したことから、両国のメディアが取り上げる騒ぎに。
モーツァルト(1756年〜91年)は、生涯の多くをザルツブルクやウィーンなど現在のオーストリア領内で過ごし、「歴史的にはオーストリア人とするのが普通」(ウィーンの歴史家)。しかし、ZDF側は「当時は神聖ローマ帝国の時代で、オーストリアは存在していなかった」と主張、一歩も引かない構えだ。
これに対し、オーストリアの各メディアは「その論理なら、(同様に神聖ローマ帝国の統治下で)ドイツが存在しなかった時代に活躍したゲーテもドイツ人ではない」と反発しているが、最終的な決着は9月15日に締め切られる投票結果に委ねられそうだ。」
イタリアから「金髪の国粋主義者」だの、「ナチの兵隊役が合う」だのといちゃもんをつけられ、独シュレーダー首相が予定していたイタリアでの夏期休暇をキャンセルするまでに発展したてんやわんやの話(これは実はキャンセルしたことにより、ホテルキャンセル料が発生し、実際に行くより高くついたらしい・・・)があったばかりだが、またもやこんな話が・・・。まあ国家間レベルでもこんなコトやってるんだから、うちの会社で日常茶飯事のこの「罵倒のし合い」も実は結構普通のことなんだな、なんて納得するやら呆れるやら・・・。
欧州ってこういう意味でもホント奥が深いです。
2003年8月14日(木)
さっきネット上は徘徊(と言ってもニュースをチェックしていただけなんだけど)している時に見つけた記事でこんなのがあった.。
asahi.com
の記事だがちょっとここに無断掲載してみよう:
「フランス保健省は14日、欧州を襲った猛暑による仏国内の死者が3000人前後に達する見込みだと発表した。仏政府に対しては、救急医や警察官組合が数日前から「死者が相次いでいる」と警告し続けてきており、政府はようやくその事実を認めたことになる。
医療現場ではバカンス期間中で医師らスタッフの不足が深刻になっており、政府の責任問題となるのは必至
の情勢だ。」
記事は更にこう続く。
「マテイ保健相は同日出演したラジオで「被害の大きさに驚く。暑さが続いたせいだが、社会の高齢化も影響している」と述べた。」
そして更に、
「仏では冷房が普及していないことも、被害を大きくしたようだ。」
なんかこれってピントが外れているような気、しないだろうか?いくらフランスにおいて8月は国民の休暇月間であるからと言って、実際個々の病院における急患等への対応体制やら、医師の勤務体制やらというのは、仮に「国立」の病院であったとしても、個々の病院内において決定される事柄であり、それに対してどうして「政府の責任問題」になるのか?確かに、酷暑に対応する為に、政府主導でなんらかの対応策を事前に講じておかなかった事に対しては、ある程度の責任問題になることは「理解可能」な範疇だが、この文章を読むと、「バカンスで病院での医師の数が手薄だったのは政府の責任である」となる。日本でお盆の最中に熱波が訪れ、それに伴い多くの死者が出た場合、各病院勤務の医師達がお盆で里帰りとしていた事に対して、果たして厚生省を攻め立てるだろうか?
更に不思議なのは「社会の高齢化」やら、「冷房が普及していなことも、被害を大きくしたようだ」、という部分。知らなかったぞ、今回記録的な酷暑となった欧州の各国の中でもフランスだけが「高齢化社会」で、フランスだけ「冷房が普及していない」ので、「被害が大きくなった」という事!ここドイツだってフランス人に負けずバカンス期間中で人はいないし、冷房だってフランスと同じくらい普及してないぞ!「冷房普及率の低さ」と「高齢化社会」の組み合わせなんて欧州の殆ど国に当てはまる。「バカンス期間中で人がいない」というのも然り。でもフランスだけで、今回のような惨事が起こったのは、他になんらかの理由があるからだろ!
その短絡的な話の持って行き方、いくらasahi.comだからってちょっと乱暴すぎやしないかい?
2003年8月13日(水) 暑中お見舞い申し上げます!
日本も梅雨明けとなり、夏祭りやらお盆やらといった夏の定番行事があちこちから聞かれる季節になったかと思いますが、ここ欧州は日本以上の暑さ!これはもう「酷暑」と表現するしかない暑さです、マッタク。さすがに今週の月曜日をピークに今日など若干トーンダウンした感はありますが、とても「平年通り」の夏にはまだ程遠いのが現状・・・。ちなみに暑さのピークだった先週の金曜日のケルン市内は実測値で41.5度。そして私の会社では屋内で35度!もうこれは行くとこまで行ってしまった、としか言いようがないわけです・・・。
この異常気象故に、市内の電気屋さんで売れに売れ、在庫切れを起こしている電化製品があるんです。この電化製品というのは「冷房」、と思ったあなたは「あ・ま・い!」。それはなんと扇風機なんですね・・・。実は欧州の夏はフランスやスペイン等の南部を除き、もともとそんなに暑くなる事はなく、それゆえ扇風機自体「持ってない」という輩は実はカナリ多いんです。
欧州南部では山火事や暑さによる死者も出ているこの夏の熱波。扇風機が飛ぶように売れ、フランスではバスの運ちゃん達が、「こんだけ暑いんだから半ズボンで勤務させろぉ(←フランス人らしいよねぇ・・・ぷぷぷ)とストも辞さない構え。そんな中でよいニュースと言えば、この酷暑のおかげで今年のワインは稀に見る「絶品」になるとかなんとか・・・。うまいワインも悪かないけど、頼むから誰か私のオフィスに冷房買ってくれぇ〜、などと暑さでボーっとした頭で考えている今日この頃、ナ訳です。
2003年7月19日(土) なんでこんなところで日本祭り?
日本から同僚が着たりして随分とタボーだった週が終わろうとしていた昨日金曜日の夕方、友達のフランクから電話があり、「明日レーバークーゼンの近くの街でヤーパンターグ(日本祭り)があるらしいんだけど行かない?」と誘いがあり、今日は早めに定例食料品買出し大会を早めに済ませ、ケルン郊外にあるフランクの家までとりあえず行ってみる。
2003年6月24日(火) やっとケルンへ・・・
さすがに今日はなにもする気になれず、とにかく余裕を持って空港に行こうと9時過ぎに起きた後は、テキパキとシンプル朝食を食べた後、早々とタクシーを呼んだ。さすがに昨日の今日というコトもあり、運ちゃんが通る道程に細心の注意を払い、とにかくちょっとでも遠回りしようと気配を感じようものなら、「ちょっと運ちゃんっ!」と声をかけようと身構える・・・。
・・・が、そんなおれ達の心配をよそにタクシーは何事もなかったように空港へ・・・。それもホテルの契約タクシーの料金表に記載してあった規定運賃の約半分程度で着いてしまった。すごいぞAAAタクシー!、ありがとうAAAタクシー、そしてAAAタクシーを教えてくれたトモ、ちみにも礼を言わねばのぉ〜(さすがに昨日とは違い余裕がある)。
まだチェックインも始まっていない時間に着いたので、フードコートでゴラージュスープを食べ、ボールを飲みながらカウンターが開くのを待ち、開いた直後にチェックインッ!どぉ〜だ、これならどう間違って乗り遅れないだろう!その後はさっさと免税用のお金を返金して貰った後、免税店をあちらこちらを見て時間を潰す。結構BOSSの洋服屋があり、父の日プレゼント用の服を物色するが、結局なにも買わず(小さいサイズがあまりなかったので・・・)午後4時に機上の人になったのであった・・・。
今回はとにかく色々あったけど、やっぱりプラハはきれいだし、風情があってマスマス気に入ってしまった。プラハよ、また来るぞぉ〜!(また髪切ってねえ、とも)