いま、思うこと(広大フォーラムに寄せて)
0741012H 小澤 仁
6年前の自分を思い出して見ると、大学生活への期待と不安で胸がいっぱいだった気がします。
そして今の自分はというと、これから社会へ出ることへの期待と不安で胸いっぱいです。
この6年間は、僕にとって本当にかけがえのない時間だったように思います。
友達と授業を受けていた時間、酒を飲みながら語り合った時間、クラブに打ちこんだ時間、
どれをとっても僕の大学生活には欠かすことの出来ない、思い出深い瞬間でした。
大学1年の時、テニス部と少林寺拳法部に入って、1週間に6日はクラブをしていました。
2年になって、オリキャンのスタッフをして毎日遅くまで仕事をしたり、語り合ったりしていました。
3年になって友達とサークルを結成して、サークルの方針や運営について話し合ったりしていました。
忙しかったというより、毎日が本当に楽しくて、充実していて、
こんな時間がいつまでも続けばいいとそう思っていました。
もちろん大変なこともありました、でもすべては一緒に過ごしてきた友達や後輩達が
僕と一緒にいろんなことを本気で考えてくれて、
本音をぶつけてくれたからこそのことであったと思っています。
みんなに心から感謝しています。
そして、僕らを一人前の歯科医師にするために教育してくださった先生方、看護婦さん。
本当にありがとうございました。
まだまだ一人前ではないですが、いつの日か先生方に立派になったと認めてもらえる歯科医師に
なれるよう日々努力していきたいと思っています。
卒業の時を迎え、同級生だった仲間達がそれぞれの道を歩み始めようとしています。
みんなも期待と不安でいっぱいのはずです。
「みんな、がんばろうな。」今、心からそう思っています。
「卒業の日を迎えて」
国家試験も無事?終了しとうとう卒業の日を迎えました。
今振り返ってみると、本当に本当に楽しかった6年間でした。
名古屋の河合塾の寮で一年間必死で勉強して入った広島大学。
一年の頃は大学生活への期待に胸を膨らませ、自転車で西条を駆け回っていました。
新しく出会った友達と飲んで、遊んで暴れて、クラスのみんなとバーベキューパーティーもしたなあ。
テニス部に入ってテニスもしたし、1週間に3日は少林寺拳法部で練習もしました。
いやなことなんてなんにもなかった。
二年の頃はオリキャンに燃えてたなあ。ただただ楽しくて、後輩達がかわいくて、
毎日が本当に充実していたし、自分のことをわかってくれる、心を開いてくれる仲間達が本当にたくさんいた気がします。
怒られたこともあったけど、オリキャンは僕の大学生活にとって絶対はずせない最高の場所でした。
僕はまだ歯科医師の卵なので大きなことはいえないけど、自らの仕事を楽しみながら新入生の歓迎のために時間と労力を費やし、まわりに気を使うことができるオリキャンスタッフの仲間達こそ医療人としてふさわしいんじゃないかなあと思っています。
三年になって一番大きな出来事はやっぱりテニス部を辞めたことですかね。いろいろな想いがあって
書きたいこともいっぱいあるけど、一番勉強になった出来事であると思っています。
ただ辞める時に涙が止まらなかったことだけははっきりと覚えています。
その後、一度は止めていたオリキャンスタッフに戻って総局という地位につきました。
スタッフとしての最高学年で実行委員長をサポートする重職?でしたが、やっぱりなによりも楽しかった思い出しか浮かんできません。
初めて会う後輩のスタッフ達はみんな温かかったし、やさしかった。
どの後輩も周りを盛り上げれるし、周りに気を使えるし、はっきりと意見を持ってるし、なんかすごく居心地がよかったし、本当に尊敬できる仲間だと思っていました。
四年になってオリキャンが終り、空手部に入部しました。少林寺拳法は1年の頃から続けていたけど
さすがに片道一時間の西条へ練習に通う訳にもいかなくなってきたので、少林寺拳法を練習しに空手部に入部したようなもんです。
他のクラブを辞めた僕を快く入部させてくれた先輩方や同級生の増田には本当に感謝しています。特に増田は今でも親友の一人ですが、僕が入部することで、キャプテンとしていろいろやりにくくなっただろうに嫌な顔をせずに、僕に気を使いながら一生懸命後輩達の指導にあたっていたので本当に申し訳なく思っています。本当にごめん。ありがとう。
そしてその頃もう1つ大きなことがありました。テニスを続けたい一心で後輩達とサークルを結成したのです。テニスサークル「オムニテレイン」。
最初はオリキャンの知り合いを集めて結成した小さな集まりでしたが、今や30人以上のメンバーを抱えるサークルに成長しました。
0から作るサークルは、場所もないし、メンバーもいないし、コーチもいない。練習方法はわからないし、ボールもない。
でもやっぱり楽しかった思い出しかないです。いっぱい揉めたし、雰囲気が悪くなることもあったけど、仲間達がちゃんと意見を言ってくれたので、それなりに対応できたのではないかと思ってます。
僕は初代のメンバーではあるけど、僕が作ったサークルだとは決して思わないし、誰か個人のおかげだともあんまり思っていません。
サークル運営においても、いいところは残せばいいし、悪いところは変えればいい。メンバーにとって重荷になるんならサークルがなくなるのもしょうがないと思っています。
学校の支援のないサークルである以上、後輩達がみんなで支えあっていかないと簡単に潰れるでしょう。
だからこそ後輩達には自分たちがつくる自分たちのためのサークルであることを自覚して頑張って欲しいと思っています。
五年になり、六年になりそろそろ勉強を始める時期が来て、それでもサークルに行きたいと思える自分がとてもうれしく思えました。
このサークルもまた僕の大学生活に絶対欠かすことのできない大事な場所であると思っています。
楽しかったことはまだまだたくさんあります。というかやっぱり楽しかった思い出しかないです。
広島を離れる友人達、もうしばらくは一緒に遊ぶことのできる友人達,後輩達などみんなに本当に
本当に感謝しています。
ありがとう。
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