名前:小澤 仁
年齢:27歳
身長:177cm
体重:55kg
特徴:日焼けにつき色黒。
静岡県浜松市出身。
平成7年浜松北高校卒業。
名古屋の河合塾(千種校)における1年間の浪人生活を経て
広島大学(歯学部)に入学。
大学卒業後、一年間の研修医を経て、浜松市で歯科医師として就職。
幼い頃から、自他ともに認めるがき大将であり、
先生を困らせていたような気がする。
小学校1年生の頃から剣道をはじめ、泣きながらも週に3回も練習に通ったのが
良くも悪くも一番の思い出である。
高校時代はわりとひかえめであまり目立たない存在であったと思うが、
祭りずきな性格からか学校祭や体育祭のなどにはまっていた。
そのおかげで見事に大学入試に失敗した、後悔はないけどね。
受験失敗よりもセンター試験の点の悪さにショックをうけかなり落ち込んだ。
浪人時代は結構必死に勉強し、そのかいあってなんとか広島大学に合格し、現在に至る。
大学入学後はオリエンテーションキャンプ、硬式テニス、少林寺拳法、空手と
多くのことに取り組み、充実した毎日を送ってきた。
これらにより出会った多くの友人達は僕にとってかけがえのないものになっている。
僕は小学校1年の頃から高校1年まで剣道をしていました。
今思えば、昔見学に連れて行かれた剣道場でうかつにも
「おもしろそう、やってみたい。」といってしまったのが失敗でした。
この頃の僕はがき大将で日々サッカーに、野球にと遊びまわっていたのですが、
このうかつな一言により、週に3回も練習に通わなくては行けなくなってしまったのです。
毎朝起きるたびに、今日は練習のある日かない日か真っ先に考えたのを覚えています。
昔から泣き虫だった僕は泣くことが自分の身を守る手段だと考えていたので
練習中にしょっちゅう泣いていました。
気合(掛け声)だけはなかなかのものだった僕の泣き声はかなり大きく、みっともなかったと思います。
(小学校6年のころまでないていましたから・・)いま思うとかなり恥ずかしいです。
しかし、「継続は力なり」とはよくいったものでそんな僕でも高校に入ると
なんとか2段まで取ることができました。
剣道があまり好きではなかった僕が中学、高校と剣道部に入った理由は
自分でもよくわかりませんが剣道を続けたことは僕にとってプラスに
働いていると思います。
何度もやめたいといった僕を支えてきた両親に感謝しています。
高校で剣道をやめた僕は、大学に入りまた武道をしたいと思うようになりました。
そこで僕が選んだのは少林寺拳法部でした。
少林寺拳法はちょっと宗教的な匂いがしますが、その基本理念や技術には
かなり惹かれるものがありました。
都合により1年間しか続けられませんでしたがここで会った
仲間達も友達思いのいい奴ばかりでした。
その後は歯学部空手部に所属し、わがままを言いながらもなんとか
少林寺拳法と空手の中間のような練習をしてきました。(他の部員はもちろん
ちゃんとした空手の練習をしていましたよ。)
僕はあまり筋肉質でなくわりとひょろひょろとした体型なので
あまり強くはありませんが武道をやってきたことは僕の誇りであり、
生活の上でとても役に立っていると思います。