人がつく嘘って大きく分けて二つです。
”自分を守る嘘”
”自分を良くみせる嘘”
この嘘って他人にだけではなくて
自分に対しても知らず知らずつく事があるんです。


三つの世界
自分や自分を取り巻く空間とか世界とかを
意識的に三つに分けて物を考えているんです。

一つは、仕事の中の自分・・
これは自分の時間であって自分の時間では無い空間です
立場として誰々の部下だったり誰々の上司だったり
もちろん経営者だったり

二つ目は、家庭の中の自分です
この空間は誰々の子供だったり兄弟姉妹の中の一人だったりします
もちろん家庭を持っている人は妻だったり旦那様だったりです

三つ目は上の世界とはまったく違う自分だけの空間、時間です
それは、仕事にもじゃまされず・兄弟とか家族も関係ない
自分だけの趣味の時間だったり空間だったりです
この世界にストレスは無いんです


この三つの世界(空間)の大原則は
お互いに絶対に干渉し合わない事なんです
そしてそれぞれの世界を大事にする事なんです
この中の上の二つを大事に出来ない人は三つ目は出来ないんです
この三つの世界を混同したり、同一視したりしたら
問題が起こるのです (^◇^;)


痛みの物差し
たとえば痛みの度合いを表す物差しがあったとして
10の痛みを知っている人の物差しの長さは10
3の痛みしか知らない人は・・それが10の痛みと思うのですが
10の痛みを知っている人にとって3の痛みは
まだ我慢出来る痛みなのです

痛みの度合いを表す物差し・・
変な話だけど
お産の時の痛みって想像に絶するんです(笑)
私は2回経験したのですが・・
その2回目の時に、まだまだ。。こんなもんじゃないはず・・
なんて思ってるうちにポロって産まれちゃったんです
それは身体の痛みの話だけど
精神的にも同じことが言えると思うんです
辛い経験をすると、無意識に免疫のようなものができてる気がする
辛い経験に慣れは決してないはずなんだけど・・
逆に、どん底まで辛い経験をした時は
これから先、これより辛い事はきっとないはずだから
って這い上がる勇気が湧いてくる
苦しい時ってそんなことでも思わないとね・・・ヘンかなぁ〜


大切に生きる
大切に生きるって。。
建て前では、後悔しないように!・・かな?
どんなに一生懸命やっても後悔するかしないかは別なところにあって
後悔って結果論でしかないんですよね・・

小学生の頃の私は、早く中学生になりたくて背伸びしてた
中学生になったらなったで、高校の自由な雰囲気に憧れたし
高校では受験から解放されることばかり考えてた
大学時代も早く一人前になりたかったし
就職してからは早く結婚したかった
そして今は・・・急ぎすぎた自分を後悔してる

その時にしかできないことっていっぱいあったはずなのに
肝心のその時は先のことばかり考えてて
楽しいことも急いで通り過ぎちゃった
それって過ぎてからじゃないと気づかないことだったのかな〜
他の人はもっとその時を満喫してたのかな・・
なんだか人生の何分の一かは素通りしてしまった気分
この頃やっと今の自分を大事にすることに気がついたんです
これが大切に生きるってことなのかどうかはわからないけど
私は今を受け入れることが大切だと思ってる

その年代や時代で気が付く事も違うし
たいがいは後で振り向くと
あ〜すればよかったとか、こうすればよかったって思うことばかり
その時に、そう思うのは・・きっと成長したからだと思うし
人って後悔とか失敗とかがなければ成長しないものなのかもしれない
だって失敗とか後悔とかしたら 今度は気を付けようって思うから
でも、時間の経過だけは・・戻せないから・・
小学生や中学生に戻る事は出来ないけれど・・
きっとその時に感じた事や経験した事が全部
今の考え方とかになってるんじゃないかな〜

後悔なんかその時は分からないし、してもいいから
大切なのは、
その時間、その空間で自分がしたいと思う事に向かって行く事かもしれない
だって未来なんて誰にも解らないから・・
考えると、小さい頃や思春期などにして来た事って
なんとなく今につながっているから
きっと 今している事も未来につながっていると思う


無駄なもの
人が生きて行くなかで無駄なものなんて一つもない
それは遊びでもお酒を飲んでバカ騒ぎしても
ダラーっとテレビを見ていても
誰かと喧嘩しても
みんな自分の血となり肉となり知識と経験として蓄えていってる

今まで生きてきて
つらかったことや悔しかったこと、いろいろあったけど
そのどれもが今日のために必要だったと思ってる
これからもたぶんいいことばかりじゃないかもしれないけど
きっとそう思えるようにしたいと思ってる

きれいごとかなぁ。。