10/11 オンタリオ湖、トロント



1年中春か秋のような気候が続くサンノゼでは、日本で見られるような美しい紅葉というものは期待できない。すっかり今年は紅葉を見るのを諦めていた僕だったが、思いもかけずカナダでそれを見ることができた。ラッキー(^^)

今日はナイアガラの滝の下流に沿って移動し、オンタリオ湖(ナイアガラの滝は、五大湖の一つエリー湖から、同じく五大湖の一つオンタリオ湖に注ぐ川の段差が産んだ滝)の湖畔に沿ってトロントへ移動だ。

 ナイアガラの滝では相当の水量が流れ落ちているが、実はその下流は意外と川幅が狭い。そのため、そこでは右の写真のような激しい急流が生まれている。

 この激流に沿って設けられた遊歩道を歩いたが、本当に流れが激しい・・。この流れが巨大な石を動かし、砕き、これからもこの川の姿を変えていくのだろう。
 昔はこの上で綱渡りをしたり、この激流の中を泳いだり、ボートで下ったり・・と、数多くの冒険野郎が挑戦したらしいが、いずれも失敗は死に直面するものだったらしい。そりゃそうだ。

さて、この川がオンタリオ湖に注ぐ辺りの街が「ナイアガラ・オン・ザ・レイク」だ。カナダがイギリスの植民地だった時代には、アッパーカナダ(今のオンタリオ州)の首都だったこともある街で、緑の多いキレイなところだった。

ここには、18世紀末にイギリス軍が建設した要塞「フォート・ジョージ」があったので、見学した。

 周囲を木製の柵で囲まれたフォート・ジョージは、北海道の五稜郭のような形の郭を四隅に持つ四角形の要塞で、国境線を超えて攻めこんでくるアメリカ軍に対する防御を目的として建造されたらしい。

 要塞の中では、当時の兵士の生活などを説明した展示があり、母国(イギリス)から遠く離れたこの地で、母国を懐かしみながら有事に備えていた兵士達の生活を垣間見ることができた。

 このフォート・ジョージを見てふと気付いたのだが、カナダではあちこちでイギリスの国旗を見る。しかしアメリカの国旗を見ることはほとんどない。新聞も、なぜかイギリス国内のスポーツの結果はすごく詳しく載っている。トロントからナイアガラへ行く時に使ったハイウェイの名前は「クィーン・エリザベス・ウェイ」だ。

これはカナダという国の生い立ちが深く関係してるようだ。つまり、イギリスとの戦争に勝利して独立したアメリカとは異なり、カナダはつい最近までイギリスの植民地だった国であり、イギリスから自治を認められて平和的に独立した国であるということだ。フォート・ジョージは、このカナダの歴史を調べるきっかけを与えてくれた。

もうちょっと詳しく言うと、やはりアメリカ国内にも独立反対派(旧イギリス国王に忠誠を誓う人達)というのがいて、彼らはアメリカが独立した際にアメリカから現在のカナダへ逃れてきた。そして先に入植していたフランスとの間で戦争となり、イギリス軍が勝利してカナダを統一、そして国土拡大を図るアメリカとの間で戦争となったが、これをなんとか防ぎきった。しかしこのアメリカとの戦争時に、現地(カナダ)部隊が動きやすいように限定的な自治権を与えたのがきっかけで、カナダはイギリスから独立することになっていったというわけ。

こういう歴史的背景があるため、カナダは公用語が英語とフランス語の2つであり、イギリスに対して非常に親しみを持っているが、アメリカに対しては反抗心があるらしい。
(でもやっぱり現状はアメリカに頼り切った経済になっている。その証拠に、カナダの都市はアメリカとの国境から100km程度の範囲の中にしかない)

さて、そんなこんなでトロントに到着。
トロントでは、シンボルとなっているNCタワーに上った。
このタワー、中はアトラクションがいっぱいで、入場券はいろいろセットになったパターンがいくつかあり、どれを買ったらいいのかよくわからなかった(^^;
とにかく上に上れれば僕は良かったんだけど・・。

なんとか一番安いセットを買ってタワーの中へ。
ちょうど休日の午後ということで、中はお客さんでいっぱい。エレベータに乗るのにも20分街という状態だった。この写真でもわかる展望台に着くと、更に上にある小さな展望台へ行くためのエレベータを待つ大行列・・・。さすがに待ってると1時間はかかりそうだったので、行列には加わらず、この展望台からの眺めを楽しむことにした。

展望台からオンタリオ湖畔を見たのが左の写真。湖畔に近いところをハイウェイが通り、それよりも北側(写真では右側)にトロントの街が広がっている。

 ちょうど晴れた気持ち良い日だったが、見ての通り雲は晩秋や冬の寒い空に見られる雲だ。サンノゼではこういう雲を見ることはできない。

 
 こうして、僕の長い出張は終わった。
 なにせ荷物を小さくするために、下着は毎日ホテルで洗濯して使うというような大変な旅だったが、いろんなものを見ることができたのは収穫だった。

 翌日出張先を訪問した後、夕方にトロントを出る飛行機で僕はサンノゼへ帰った。


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