
ニューヨークからワシントンD.Cに移動してきた。JFK空港から飛行機で1時間半くらいでDCA(レーガン)空港に到着した。
ワシントンD.Cは、アメリカ50州のどこにも属さない、連邦政府直轄のエリアだ。日本にも昔は律令体制における朝廷直轄地とか、守護地頭や御家人を置かない将軍家直轄地というのがあったが、明治維新の廃藩置県後は廃止されている。首都機能が東京という自治体の中にあるため、東京都が突出した権限を持つ自治体になってるのは皆が知ってる通りだ。アメリカは、首都機能(ワシントンD.C)と経済の中心(ニューヨーク)が分離している。
朝起きて朝食を食べると、すぐにホワイトハウスへ向かった。ここは朝から内部を見学するために長蛇の列ができるということだからだ。しかし時すでに遅く、ホワイトハウスのまわりには200mほどの列ができていた。
まぁこれくらいなら旅行シーズンに比べたら遥かに少ないので待っても良かったのだが、あまり時間もないのでホワイトハウスの外観だけを見て(中庭はなにやら工事中だった)、ワシントン記念塔へ向かった。
ワシントン記念塔は、ワシントンD.Cの街中のどこからでも見えるように街全体が設計されているというくらいにワシントンD.Cの象徴となっている美しい塔だ。現在は外装の点検工事中だったが、エレベーターで記念塔最上部へ上ってワシントンD.Cの街を見渡すことができた。
次に向かったのはリンカーン記念館。
その強力な指導力で南北戦争に勝利し、黒人奴隷を解放した後、暗殺されてしまった偉大な大統領を称える記念館だ。リンカーンの像のまわりの壁には、あの有名な名文句
"Goverment of the people by the people for the people shall not perish from the earth"
(人民の、人民による、人民のための政府は、地球上から滅び去ることはない)
で締めくくられるリンカーンの演説が全文掘り込んであり、それを壁に寄りかかって座りながら読んで行くと、彼がどれだけ強い信念を持つ人間であったか、そして彼が持っていた信念がどれだけ純粋なものであったかがひしひしと感じられた。
ここまで純粋な信念を堂々と貫くことがどれだけ大変なことか・・・。大人になった自分を省みて、リンカーンの偉大さをあらためて感じた。
ついでなので、記念館の1Fの資料館で見た、リンカーンの別の演説の一節を引用する。
"I intend no modification to my personally expressed wish that all men everywhere could be free."
(私は、全ての人間が自由になれたら、という私自身の願いを変えるつもりは全くない)
今でこそ当然のことだけど、当時はこんな考えは多数派じゃなかった。しかし、これを全国民に対して堂々と言ってのけるという彼の強さはどこから来ていたのだろう??とても考えさせられた。
さて、その次は地下鉄で東へ移動して、アメリカの国会議事堂の見学に行った。これまた威厳のある美しい建物で、入口のホールにはアメリカの独立戦争にまつわる絵画や像が多数展示されていた。
ガイドツアーはガイドつきとガイドなし(自分でパンフレットを見ながら勝手に見学する)があったが、どうせ英語でぺらぺら説明されてもわからんので、あまり人の並んでいないガイドなしの方に並んでさっさと内部へ入った。
パスポートを提示して申し込めば、審議中の本会議場にも入れたようだが、時間がないのでやめておいた。ちょっと残念。
お昼になったので、国会議事堂内のレストランで昼食。そして、一番楽しみにしていたスミソニアン(いくつもの博物館が集まったところの総称)へ向かった。もちろん目指すは人気ナンバー1のスペースエアロ(航空宇宙)博物館だ。
実は僕は大学に入るまでは宇宙開発のエンジニアになるのが夢だった。だから、宇宙開発に関する知識は結構あったりする。
航空宇宙博物館は、米ソの宇宙開発の歴史や世界の航空機の歴史を豊富な展示物(ほとんどが燃料を入れれば飛んで行くという実物!)を使って紹介する楽しい博物館だ。アメリカ空軍が全面的にバックアップをしているらしく、かつては軍事機密だったものも展示されていたりする。まぁ、はっきり言って「宇宙開発でも航空軍事力でもアメリカはナンバー1なのさ!」と言ってるような展示が目立つ。
博物館に入ると、僕は初めて遠足に行った子供のようにはしゃぎまくっていた。「本物のアポロ着陸船だ!ゴダードの実験用ロケットだ!旧ソ連のソユーズもある!ナチスドイツのV1号、V2号まである!どうやって手に入れたんだ??」てな具合で、すっかり興奮してしまった・・。展示物の説明を読まなくてもそれが何かがわかるというところがオタクっぽい気もする・・(^^;
大学でちょこっとだけロケットエンジンの勉強もしたので、本物のロケットエンジンを見て「これがノズルの冷却ラインで、これが液体酸素供給ラインで・・」というのがわかるのは、エンジニアの端くれとしては嬉しかったかな(^^)
でも、こういう興奮も宇宙開発の部を見てるだけだった。
航空機の部は、太平洋戦争に関する展示が大半を占めていて、アメリカがどのように日本軍を撃破していったかを誇らしげに展示している。ミッドウェイ以降は戦う前から勝敗は決していたような戦いばかりなのに・・。日本に空襲で落とした焼夷弾をタイプ別に「これはこれくらいの威力があって、よく使われた」なんていう説明つきで展示していたり、日本軍の戦闘機を撃墜しまくったおじさんを「エース」と称えていたり・・。しまいには、原爆の映像が出て、「太平洋戦争は突然終わった・・」なんて書いてあって、「まるで他人が原爆落としたかのような言い方だなぁ・・」と、すっかりイヤな気分になってしまった。
そういう展示を日本人の僕が見ていると、まわりのアメリカ人はみんな視線を合わせないように静かに通りすぎて行った。あれは気を使っているのか?気まずいのか?考えさせられた。
そうこうしているうちに夕方になってしまった。僕は慌ててもう一つの人気博物館である自然史博物館へ走ったが、30分だけ恐竜やマンモスの化石を見ることしかできなかった。残念!
スミソニアンにはまだ十以上の博物館がある。やはり1日や2日じゃとてもまわりきれない・・(^^;
また是非来てみたいと思った。