北京旅行記(7/23〜7/26)


「世界遺産を見に行きたい!!」それはそんな単純な一言から始まった。そしてそのための目的地を考えている最中、一つの国が私の頭に浮かんできた。それは中国。
中国は私にとって憧れの地である。中学生のころから中国の歴史の深さやおもしろさ、あの広大な土地にひかれていた。加えて中国には、世界遺産は「万里の長城」をはじめ、数多くの名勝旧跡が点在している。
さっそく友達と旅行日程と旅行目的場所を相談の上、北京4日間の旅行に決まった。その名も「街が好き!りんりん北京4」。ちょっとふざけたツアー名だが、なるほどっ、パンフレットに「三輪車や徒歩での観光となりますので歩きやすい靴と服装のご用意をお勧めします」と書いてあるだけあって、歩いて歩いて歩きまくった旅行だった。(笑) この旅行、日程的には4日だが、往路上海経由午後発、復路上海経由午前発だったため、実質北京の観光できたのはほとんど間の2日間だけだった。しかし今から思ってみても、あれは本当に2日間だけだったのだろうか?と思えるほどいろんな所をまわった充実した旅だった。


7/23

15:35発の中国国際空港に乗って経由地の上海へ。関空から上海までの道のりは約1時間半。前にセブ島に行った時、フィリピン航空の飛行機が相当ゆれてえらい目にあった私は、今回はしっかりと酔い止めを飲んで参戦。しかし全然、内装もきれいで不都合に思ったことは一つもない快適な空の旅だった。
上海で入国審査の手続を受けて、乗り継ぎの手続をした後、18:00に上海を出発し、19:50北京に到着した。空港を出ると、現地ガイドの李さんが待っていてくれた。どうやら今回このツアーの参加者は私たちだけらしく、すぐにそのままホテルへと向かった。タクシーを待っている途中、李さんに笑いながら、「本当は学生さんでしょう?」と言われてしまった。そういえば、大学の中国語の中国人先生にも「日本人は中国人に比べてすこし子供っぽく見えます」と言われていたので、日本人はやっぱりどこかのほほ〜んと育っているので、そんな風に見えてしまうのかなぁ、と思ってしまった。
ホテルまでの道中、自己紹介と中国での注意事項などを李さんが話してくれた。中国では生水は飲まないし、そういった習慣もない。水の質が硬質なのでお腹をこわしてしまうのだ。だから、ミネラルウォーターを買って飲むことを勧められた。その時ちゃんとペットボトルのふたが開けられていないことを確認するようにとも言われた。なぜなら、いったん空けたペットボトルにそのまま生水を入れて売っていることもあるらしい。その話を聞いてビックリしている私たちに李さんは、「もっと怖いこともあるので気をつけて」と言ってくれた。
ホテルは王府井大通りから一つ横の筋にある「鶴松大酒店」というホテルだった。実は北京に行く前、ガイドブックなどを買ってくまなくチェックしていたのだが、どこにもこのホテルの名前が載っていなくて(笑)、正直、「やばいところだったどうしよう・・・」と思っていたのだが、行ってみると綺麗なところだったので安心した。だが、どうやらホテル側の手違いで、その日ダブルの部屋が空いていなかった。李さんがホテル側と交渉してくれたのだが、やはり無理なので、その日はツイン(二人用の大きなベッドのある部屋)に、簡易ベットを追加して寝ることにした。そしてその日は、長旅の疲れもあったので、そのまますぐに就寝した。寝る前に中国語の教科書を開いたりして発音練習などしたもんだが、どちらも記憶があいまいで発音の仕方が怪しい部分が多かった気がする。


7/24

中国二日目の朝。7時起床で朝食を食べた後、8時にガイドの李さんとホテルのロビーでおちあった。これから楽しみにしていた北京の旅の始まりである。
出がけに李さんがペットボトルの水を私たちにプレゼントしてくれた。中国にまだなれていない私たちのためにわざわざ買ってきてくれたようだ。
タクシーで天安門広場へ。ここは両側に中国歴史博物館と人民大会堂が、正面には道路をはさんで故宮の正面入り口である天安門がある広い広場で、その広場の中央には人民英雄記念碑が建っている。人民英雄記念碑の前には、数人の子供達が中国の国旗を持って炎天下の中微動だにせずじっと立っていたので、ややギョッとしたが、李さんによると、最近はこんなことはなくなってきたのだが、もうすぐ毛沢東主席の記念日があるのでやっているのだろうとのこと。それに中国では国の幹部になるには、子供の頃からそのような組織に入る必要があるらしい。要するにエリートコースの子供たちなのだろう。
道を渡って天安門へ。正面には毛沢東主席の肖像画がかざられており、天安門の両側には野球の観戦台のような朱色の階段が壁ぞいに続いていた。故宮の周りには堀があって、天安門の前には5つの橋が架けられていた。まん中は皇帝用の橋だそうで、すこし橋の幅が広く作られていた。天安門をぬけて故宮博物館へと入る。皇帝の玉座などを拝観した。おりしも観光シーズンで、拝観場所にはたくさんの人が群がっていた。そんな中、しかし私は「ラストエンペラーの世界だっ」と一人興奮ぎみで、強引に人の波を押しわけて写真を撮ったりなんかしてた。
故宮は外朝と内廷にわかれる。外朝は皇帝が政務を執行する場で、その中心に太和殿・中和殿・保和殿がある。それをすぎると今度は皇帝の私的な生活の場である内廷で、西と東に別れている。ここはどちらに行っても造りはほとんど変わらないらしいので、東の方の邸宅に行くことにする。その途中、9匹の龍が描かれた九龍壁を見る。どうやら中国の王族の人達は、9の倍数が縁起のいいものとされているらしく、その9匹の龍の中心には皇帝を表す黄色の龍が描かれていた。
東の内廷に入る。ここからは文化物の保護のため、靴の上から草履みたいなものを履いての拝観になる。ここでは、清朝の文化物の展示がされている。ただ、清朝滅亡近しと見た宦官達によって盗難された物が多く、清朝滅亡後中華民国政府による財宝の点検作業は困難を極めたらしい。
最後に珍妃井を見た。西太后の専制を反対した珍妃が、西太后の命を受けた宦官によって落とされた井戸である。西太后は暴虐で、妊婦の腹は蹴るわ、邪魔な東太后は殺すわ、言うことを聞かなくなった自分の子供もついでに殺すわと、かなり好き放題やってた人で清朝滅亡の原因を作った張本人でもある。その西太后の暴虐ぶりの証しの一つとしてこの井戸は有名なようだ。
ここで故宮から抜ける。ちなみに故宮の後ろには景山公園が少し小高い山の上にある。しかもその山は人工の山で、故宮の堀を掘った時に集めた土で作ったものらしい。改めて故宮の巨大さに驚かされる。
外にはクーラーのきいたお土産屋が並んでいて、そこで少し休憩をとった。といっても周りは日本人の観光客ばかり。(笑)お茶を飲んでいると、となりのおじさん達が「日本人ですか?」話しかけてきた。どうやら教師の人達らしく、西安、上海、そして北京とまわってきているらしい。私たちは今回北京しか回る予定がないと言うと、それぞれの都市で雰囲気が全く違うから是非行ってみるといいよと勧められた。
ちょっと時間があったのでお土産を見てみることにした。中でもハンコがとてもかわいらしかったので、作ってもらうことにした。実は母が中国に行った友達からのお土産にハンコをもらっていて、それがかなりかわいらしかったので、密かに目をつけていたのだ。しかし、ここで私は重大なことに気がついた。そう、カードごとお金をホテルに忘れてきていたのだ。仕様がないので友達に借りる。しかし、一文無しで北京の街にくりだすとは・・・。私って一体・・・。
お土産を見てまわった後、李さんが、向こうの端に清朝最後の皇帝、宣統帝溥儀の甥の方が来られているので、記念に一緒に写真でも撮るといいですよ、と言ってくれたので、写真を撮ってもらえるようお願いにいった。そしたらおじいちゃん心良く握手しながら受けてくれました。(慣れてるのかな?)
故宮を出た後、近くのレストランで昼食をとる。伝統的な広東料理が、次々と本当につぎつぎとっ出てきた。正直二人で食べきれるような量ではありません。(笑)チャーハンもあったけど、本当にこれだけで充分ですからっ、という感じだった。でもおいしかったのでよしとする。

ここから三輪車に乗って、大柵欄まで散策の旅である。この三輪車がまたおもしろいっ!!中国は自転車大国とよく言うけれど、この三輪車のお兄さん、かなりのプロだった。(笑)三輪車は人力車の自転車バージョンみたいなもので、後ろの屋根つきの荷台には二人分の席がある。当然前からしたら、後ろの幅は2倍になるのだけれども、このお兄さんそれでも道の細い所をスイスイとうまくすり抜けながら走っていく。邪魔な他の自転車があれば、手で制して「どけどけっ」と言いながら走っていく。しかし、実際後ろに乗っている私たちは「ぶつかる〜!!ひぃ〜!!」と何度も体を堅くしながらヒヤヒヤしていたのだが・・・。三輪車は故宮を抜けてやがて庶民の下町へと入っていった。なんだか中国の映画にでも出てきそうな雰囲気でまたドキドキしてきた。
大柵欄(タ−シャンラン)に着く。ここでは、庶民が買い物するような店が道の両側に立ち並び、服やら薬やらいろいろなものが売られていた。ここで友達が飲むヨーグルトを発見して買いたがったが、李さんに、「お腹を壊しても責任とれないからあまりこのような屋台では買わない方がいい」と言われたので断念していた。
大きな薬屋さんを見つけたので入ってみる。牛黄やら減肥に効く薬やらいろいろあったのだが、そこで私はナイスなものを見つけた。それは銀行の出張所である。これでやっと両替できる!!というわけで友達に1万円借りて(ああ、情けない・・・)両替えした。(だって、これから商店街とかまわるのにお金なかったら買い物できないじゃないかっ)
そこから少し歩くとまた道の両側に石造りの建物のある、庶民の町並みになってきた。そこで李さんが、家の前にある石碑が、四角いものは先祖が武官で、丸いものは先祖が文官であった家だと教えてくれた。
さらに歩いて、今度は瑠璃廠(ルーリーチャン)へ。瑠璃廠は骨董品を売る店が並んでいる通りなのだが、基本的に書道関連の物品や扇子や茶器など中国系の商品が並んでいる店がほとんどで、偽物をあつかっているので値段も手ごろでお土産にはよいところらしく、どの店に入っても、だいたい同じようなものが並ぶ。だから、品物で自分が気にいったものを探すという旅になるだろう。ただ、ここで気をつけなければいけないのは、日本人だとわかると極端に値をつり上げられるということである。これまたガイドの李さんが人のイイ人で、「女の子二人だと危ないから」と気にしてくれて、買い物の最後までつきあってくれた。たまたま二人だけのツアー客だったとはいえ、ちょっと申し訳なく思ってしまった。(かなり歩き疲れてそうだったしなぁ・・・)ここで、あるお店に入る。扇子を見ているとお店のおっちゃんが英語で話しかけてきた。このおっちゃん、また英語うまくて、聞き取りやすい流暢な英語で喋ってくれたのはいいのだが、うちら二人がろくに会話をかえせなかったので、おっちゃんに「大学出てるのになんで英語喋れないの?!」と言われてしまい、かなり凹んでしまった。やっぱ英語喋られないってのはイタイよなぁ、と反省。そういや前に韓国行った時もそう思ってたのに、留学でもすればいいんかなぁ、と考えさせられた。
ここからタクシーで、今度は王府井大通りへ。王府井大通りは、道幅も広く、その両側には綺麗な百貨店が立ち並んでいる、北京一の繁華街である。が、しかしここで雨が降り出した。出かける前に見てきたYAHOO天気予報で今日は雨だと知っていたので、一応傘を持ってきてはいたのだが、とりあえず雨宿りをかねてある百貨店に入った。その時、少しお手洗いに行きたくなったので、綺麗な百貨店でもあったので、行くことにした。そこで私はカルチャーショックをうけることになる。中国のトイレ事情はすごい。旅行前に聞いていた話では、扉の全くないトイレでみんなして平気でやるとか、トイレの下に一本通った管があって、そこにみんなして排泄するとか(必然的に前の人の排泄物が自分の真下を通ります)・・・。ところが実際行ってみると、想像していたような場所はなく、トイレにお姉さんがいて綺麗に整備してくれている所ばかりだったので、「なんだあれは昔の話で今はそんなところほとんどなくなってきているのか。北京って都会だしね〜」と、私はタカをくくっていたのだ。それで、ガイドさんの声も無視して適当に百貨店の中で見つけたトイレに入ってみると、そこで私が見たものは、扉はあるけれど、カギをかけない、また、扉が壊れていても直されていない状況のトイレ達と、スカートを上げた状態で平気で出てきているお姉さん達の姿だったのだ。もう「あちゃ〜っ」って感じだったね、あれは。(笑)よく考えたら、今まで行ってたトイレって、李さんが「お手洗いどうですか?」と聞いてくれてた所ばかりだったので、観光客がよく行きそうなトイレは整備されているのだろう。
そんなこんなで雨もなかなかやまないので、少し早めの食事をとることにした。今夜の夕食はあの四川料理!!辛いの有名どころです。(笑)ここのマーボー豆腐と、ピリ辛の豚肉とピーナッツを炒めたものがまた最高にうまっ!!って感じでかなり満足。しかしここも二人で食べきれるような易しい量ではなく、とてもじゃないけどはいらかったので、残念なことに残してしましました。この旅行中、食べに行ったレストランは本当にどこもかしこも、「こんなに食えるかいっ」という量が出てきたところばかりで、ほとんど残してしまったので、今この日記を書いている(腹がへっている)私からしてみたら、本当に口惜しい思いです。
この後、オプショナルツアーで、中国雑疑団を見に行きました。正直ちょっと疲れていたので、この時の本心は「もう早くホテル帰りて〜。」だったのですが、これがまたいい期待の裏切り方をされて、最高におもしろかったりしまして。(笑)最初に出てきたのは獅子(獅子舞で二人がかりで操ってます)と丸いボールのようなものを持った少年。少年が獅子を操る演技です。これまた獅子舞の動きがうまいのなんのって。最後は獅子舞2匹が一つの大きなボールに玉乗りしてブランコみたいな板の上を渡っていきます。こちらはいつ落ちてしまうんじゃないかと息を飲みます。しかしそこはプロ。うまく最後まで渡りきって開場は拍手でつつまれます。しかしまだまだ次々といろいろな演技が出てきます。体が極度に柔らかい演技。中国駒の演技。縦に並べた輪をくぐっていく演技。ひとり片手に4枚は回す皿回しをしながらのアクロバット。一台の自転車に16人が乗っていく演技。端からみていても相当すごいことをやっているのですが、みなさんさすがプロ。笑顔で軽々とこなしてゆきます。まるで世界丸見えテレビ特捜部でも見ているような気分です。もう最高におもしろくて、疲れも忘れたあっという間の2時間半でした。これはまた今度中国に行く時にも見たいなって感じです。さすが中国、おそるべし。
雑疑団を見終えて、興奮も冷めやらないまま、タクシーに乗って王府井大通りのあたりまで戻ります。実は、李さんが、おごるから飲みにいきましょうと誘ってくれたので、これから中国の庶民が行くようなところで飲みにいくのだ。これも、たまたま二人だけのツアーで、ガイドの李さんと仲良くなれた役得ですね。(笑)この時間になると屋台が道路の端にずら〜っと並んでいます。主に肉類のバーベキューのお店がほとんどで、日本の焼き鳥みたいなもんかなぁ?って感じです。(けっこう羊とか内臓系のものが多かったけど)しかし、ここら辺はお腹を壊してしまう可能性があるのでちょっこり諦め(泣)、あるお店の中に入りました。そこは店の中のまわりにいろいろな料理屋が並んでいて、個人で好きなものを見て買って、まん中の飲食スペースで食べるといった感じのお店で、でかい屋台村?といった感じのお店で、私はまたひとりで「中国でこんな体験ができるなんて」と感動してました。(笑)しかし、夕食のマーボー豆腐がまだ効いていて、お腹はまだまだいっぱい状態だったので、ここは軽食系のみを頼むことにしました。実は李さんもお腹いっぱいだったらしい。(笑)「好きなもの頼んでいいよ」と言われたので。(笑)ここで食べたのは、点心類(栗羊羹?・胡麻だんごの揚げないバージョン)・亀ゼリー・果物のシロップづけ(緑色のタピオカの中にキュウイフルーツの種みたいなものがはいってるもの)・中国版葛湯(これまた黒密とかトッピングがのってておいしいんだ)とビール(なんちゅう組み合わせ?!(笑))。聞けば、李さんは内モンゴル出身の人で、出稼ぎ労働者らしい。日本語は短大時代に学んだもので、今は仕事をしながら北京大学に通い法律を学んでいるという勤勉な人である。仕事もこの2年の間に5回転職しているとか。そんな李さんの台詞は「若者には可能性がたくさんあります」とのことだった。
私の感想は、中国の人はみなやる気に満ちあふれている、ということだった。気が強くて、性格のきつい人が多そうな印象はあるけれど、みんなチャンスを逃さないということにかけては、必死に生きることができる人たちなんだろうと思う。日本は会社という組織にかこまれてしまって、なんだか知らず知らずの内に、それに慣れてしまって、ただ漠然と日々を過ごすというころが多い気がする。私が中国が好きなのは、中国のそういった勢いにあこがれているからなのだろう。
ただ一つ気になることがあった。亀ゼリーを買いに行く時、思わず私が話した日本語を聞いた、雲南省の格好をしたお店のお姉さんが「リ−ベンレン(日本人)?!」と、ものすごく嫌そうな顔をして私を見たのだ。李さんの話によると、やはり中国の人たちは表面上はどうあれ、日本人を嫌っている人が多いそうだ。南京での大虐殺から、特に最近では教科書問題など確かに嫌われることはしているのでどうしようもないのだが、そのことに対して私自身が何かしたわけでもないので、謝るのもおかしい気がして、そんな話になった時、なんだか物悲しい気になった。
夜も遅くなってきたのでホテルへ戻る。明日の朝は7時にホテルのロビーで待ち合わせだ。早く起きなければならないのですぐに就寝した。


7/25

この日は6時に起床。今日は万里の長城を見に行くという大イベントがある。まず朝市を見に行った。少し前までは、道にたくさんの露店が出店しているような形式の朝市だったらしいのだが、最近は大きな一つの屋根のある倉庫みたいなところで、たくさんの露店がひしめきあってあるような形になっているらしい。朝早くてあまり開いているお店は少なかったが、野菜や果物、香辛料や肉類が露店の中に、ずら〜っと並べられた姿は圧巻で、特に野菜とかがすごくおいしそうだった。朝市を利用する人は、主に商店の人たちが自分の店に陳列するものを買いに来るらしい。つまりその分安いので、普段の買い物とかに使うとかなりお徳そうなイメージをうけた。
その後、公園を散策に行く。公園には、朝だというのに、たくさんの人でいっぱいだった。太極拳をするグループ、中には呼吸法の武術や、槍を片手で弾きながら回しているおじいちゃんや、京劇の歌の練習をしているおじいちゃんなど、みんなとても楽しそうだった。
ひとまわりした後、朝食を食べに移動した。この日の朝食は四合院(しごういん)という民家にて中国庶民の朝食を食べれるらしいのだが、まさか、本当に民家に入り込んで朝食を食べられるとは思ってもみていなかった。(笑)石造りのちょっと清時代を思わせるような伝統のありそうな一階建ての民家の中に招き入れられた私たちを待っていたのは、その家のおやじさんと、人のよさそうなおかみさんだった。丸いテーブルに座るよう促され、待っていると朝食が出てきた。メニューは、キンピラゴボウをすこし塩辛くしたようなものと、昆布を細く切ったもの、それに揚げパンを細かくしたものと、中に野菜を細かくしたものをつつんだ餃子と、ピータンの煮物、そしておかゆだった。ここで李さんが「中国では、たくさんの人たちで朝食を食べます」と言って、私たちは、李さんと、その家のご主人と、車の運転手さんと、あわせて5人という、ちょっと怪し気な雰囲気の中で朝食を食べた。(笑)この朝食の中で私は揚げパンが結構お気に入りで、ひとり遠慮もせずにパクパクと食べていた。でも正直ピータンはちょっと怖くて手をつけられなかったのね。(笑)そしたらしばらくしておかみさんが、ピータンも食べてみて、と指で勧めてきた。内心「げっ、しまった」と、思いながら一つだけ恐る恐る口に入れたら、これが結構卵味で(卵なんだけど(笑))醤油味で味付けしているのかな?というわけでなかなかおいしくてよかった。しかし面白かったのが、私がピータンを食べる瞬間のこと。おやじさんから、李さんまでみんながみんな固唾を飲んで私のこと見てるもんだから、下手に不味くても多分何も言えなかっただろう。(笑)おそらく日本に来た外人さんに納豆食べさせるような感じなんかなぁと思った。(笑) それからおかみさん、今度はピータンをおかゆに入れてみて新たなジェスチャー。(笑)お互い国の言葉分からない者どうしだけど、なんとなく通じるのが面白い。というわけで、どはっとピータンがゆにして食べました。その後、おかわりはいかかですか?とまたしきりに勧められたけど、もう本当にお腹いっぱいだったのでそれは辞退した。(これもジェスチャーです)帰り際におかみさんが、魚のキーホルダーをくれた。中国では、旅の無事を祈るという意味らしい。
さあ、これから本日のメインイベント万里の長城へ出発である。大体北京市内からだと、車で1時間半ほどかかるとのことなので、私たちは車で少し休んでいた。しばらくしてふと目を覚ますと、向こうの方にうっすらと山が見え出した。山が見えた瞬間、なんだか万里の長城がもうすぐのような気がして、また一人で興奮しだした。私たちが行ったのは八達嶺(はったつれい)の万里の長城で、数ある万里の長城の中では、観光客用によく整備・修復されたところであるという。そして観光シーズンということもあってか、現地はやはり大勢の人でにぎわっていた。八達嶺の万里の長城は、男坂と女坂とに別れている。女坂の方が坂が緩やからしいので、こちらの方を選んで登っていったのだが、途中からいきなり急になってきて、これが、本当に緩やかなのか?!という思いでいっぱいだった。(笑)しかも、長城の一番上のあたりでは、人が密集していて、ちょっとした渋滞をおこしていて全く動けなくなってしまった。坂も急だし、神戸の将棋倒し事件のこともあるので、ここは慎重に慎重に登ることにした。
万里の長城を登りながら、実は私はひとつのことを気にしていた。それは、「石」である。この旅行に行く前に、上司の人に、お土産に万里の長城の石をリクエストされていたのだ。しかし、かなり綺麗に清掃、整備されているこの八達嶺の万里の長城で、そのようなものが、転がっていようはずもなく、しょうがないので見張り用の穴が空いたところに欠片がころがっていので、それをこっそり頂いて帰ることにした。しかし、正直なところ、あんまし箔がないかも・・・。(司馬台の万里の長城だったら、石なんてゴロゴロ転がってそうなんだけどなぁ〜)
大体のところまで登り終えて、写真もバシバシ撮れたので満足状態で帰る。途中ガイドの李さんとはぐれるというアクシデントが生じたが、友達が見つけだしてくれたのでよかった。
この後、昼食に近くにあるレストランに入ったのだが、私は車にやや酔ってしまい、ほとんど食べることができなかった。ここでは、なんと日本人観光客用に赤だしのみそ汁が出されたので、疲れたお腹にやさしくとてもおいしかった。食後にレストランの一階にあるお土産もの屋で、パンダの傘を買った。これも北京市内で結構みかけていて、おそらく中国人に大はやりな代物であろうとみたので、とりあえずお土産に・・・。(いやいいネタになるかなぁって(笑))
午後は国営のお茶を作っているところを訪れた。ここでは、お茶の飲み方の作法から、いろいろな一級品のお茶を飲ましてくれる。ここで飲んだ今年の春につんだ新茶の烏龍茶が渋みがなくて甘い香りがして本当においしくて、帰りぎわに一つ購入した。あと、茶器セット一式もできれば欲しかったのだけれど、私がほしい色のやつがかなり高い代物だと言われたので、一つだけ茶杯を買うことにした。日本に帰ったらまたこれで飲もう。
天壇公園に訪れる。天壇公園は、故宮の南側にある庭園で、天と地を祭る、五穀豊穣を祈願する場所である。円形の丸い建造物が続くが、なんと建物に使用されている石は大理石で、しかも手すりや階段にはめ込まれた石の数は、全てが9の倍数であるという徹底ぶり。ここには、いろいろな仕掛けがあっておもしろい。道の上に敷かれた皇帝専用の大理石のひとすじの石畳の上を歩き続けていると、幸福が訪れるとか。(その両隣りにある細い石畳は宦官用で、縁起が悪いのだそう)また、大きなホールのような建物の中では、壁際でささやくと、その反対側でもはっきりとその声を聞くことができるとか。(回音壁と呼ばれる)また、ある所で手をたたくと、3回こだまして音が帰ってくるとか、、、。ここで、天壇の最上段の中心部に円形の石がはめ込まれており、ここを観光する中国人の人は決まってここの上に乗って撮影するというので、私たちも挑戦してみたのだが、これが競争率が激しすぎで、みんな並ばないわ、順番無視するわの大混雑。(笑)結局5分ぐらいず〜っとあわあわしてたら、これじゃいかんと思った李さんに、引っ張られるように強引に乗って撮影成功。う〜ん、中国って、、、と思った一瞬だった。
天壇公園を後にした私たちは、紅橋市場と免税店へ。紅橋市場はいろんな生活雑貨が、かなり安く手に入る。とりあえずお土産物屋さんに足を運んだ。そこで李さんが2008年オリンピック開催の記念カンバッチを買ってくれた。どうやら話を聞いていると、「これは絶対価値がでるもので、こんな所で見つけれたのがラッキーだった。」とかなり興奮ぎみのご様子。(笑)そしてひと通りみてまわった後、免税店に行ったが、これまた私たちには全くといってイイほど興味のないものばかりだったので、ほとんど素通りで帰ってきてしまった。(笑)
この後、北京ダックを食べながらの京劇鑑賞があったのだが、次回公演まで時間があるので、その付近をうろうろすることになった。そこで、私はあるものに目をつけた。それは「ケンタッキー」。実は大学時代に、中国語の先生に、「他のところ(マクドとか)は味はあまり変わらないけど、ケンタッキーはなんだか鳥の味が違うような気がします」と言われていたのだ。それで常に機会があったらっ!!と虎視眈々と狙っていた私。もうこんな時は、この後に北京ダックが待っているとかどうとか、全く関係なしになります。それでガイドの李さんも巻き込んで強引に潜入。(笑)んでお味は?と言うと、あんましよく分からなかったです。よく考えたら日本でもほとんどケンタッキー行ったことのない私。味のくらべようがありません。(笑)まあ、李さんに言わせると、「中国のケンタッキーは日本のにくらべると、鳥の大きさが小さい気がします。」ということだそうだ。まあ、これもいい経験になったと思う。
京劇鑑賞。何しろ、北京ダックや軽食を食べながらの鑑賞で何となくリッチな気分。(笑)まず私たちが店内に入った瞬間、おじいちゃんらしき人が、京劇で歌うような声で叫んでくれた。それにあわせて店内の人たちがあちこちで同じように叫んでくれて、店内はもう大合唱状態。加えて、開場が中国の映画に出てきそうな、かなりいい雰囲気。李さんに聞くと、ここは昔からの劇場なのだそう。京劇の開演は40分後らしいので、その間中国の伝統的な楽器による演奏を聞きながら料理をごちそうになる。どうやら日本人観光客が多いらしく、音楽も全てが日本の歌だった。(途中ジングルベルとかあったけど(笑))料理もうす味で、いろいろな種類がひとり分ずつお姉さんが切り分けてくれて出してくれるので、とてもおいしかった。そしてお待ちかねの北京ダック登場。これも皮がパリッとしてて、甘い味の味噌にあっておいしい!!かなり幸せな一時を過ごした後、京劇の始まり。
ここで私は、一つの京劇を鑑賞できるのかと思っていたのだけれど、でてきたのは、手品とか雑疑団とかで、京劇時代は「覇王別姫」でグ美人(漢字なかった)が剣舞を披露するところや、戦いの模様のみを切り取った部分を上演するだけだったので、ちょっと残念に思った。これも結局観光客に分かりやすいように一番派手な見せ場だけをだしているのだろう。帰りに李さんに聞いてみると、中国の若者達があまり京劇を見なくなってきていて、ほとんどが観光客メインになっているという。有名な京劇の達人達もほとんど亡くなられて、今はスターと呼べれる人もほとんどいないのだそう。なんだかせっかくの文化が徐々に失われていくようで残念に思えた。
帰りの車の中で、京劇の話の延長から武術の話になっていった時、李さんが「日本には合気道という武術があるでしょう」と言ってくれたので、私たちは驚いた。日本でもマイナーであまりよい印象を持たれていない場合が多いので、正直中国の人が知っているなどとは思っていなかったのだ。どうやら中国の有名なある武道家が、日本に渡って合気道から学ぶところが多く、それを活用して自分の技にも取り入れたのだという。ちょっとうれしくなって、「私たち大学の武活で合気道部だったんですよ」と言ったら、「それを早く言ってよ〜」と言われてしまった。(笑)
ホテルに帰る。この時点で夜の11時ぐらいだったと思う。だけど、明日は朝の8時に北京出発のため4時半起床と言う超ハードスケジュールのため、12時すぎぐらいに就寝した。


北京最終日

この日は5時半にホテルのロビーに集合だった。それまでにチェックアウトを済ませておかなければならない。機内食がでるとはいえ、それまでには大分時間があるので、ホテルでお弁当を作ってもらった。
空港へ向かう。さすがに李さんも眠たそう。(笑)空港使用料90元を支払い、搭乗手続をするために空港の中へ。李さんとはここでお別れ。本当に4日間お世話になりました。機会があれば本当にモンゴルに寄らせてもらいたいと思います。(馬で草原を駆抜けたい〜。パオにも住んでみたい〜。( ̄〜 ̄))
それから飛行機に乗って上海へ行く。ここで、出国手続を済ませ、関空に向けて出発。飛行機の中から、中国の大地を眺めていると、帰りたくないという思いがこみ上げてきました。そして、今度こそは絶対に上海や西安にも行ってやるぞ、という決意を再び固めるのでした。

関空から列車に乗って、大阪の我が家に着いたのは夕方の4時ぐらいでした。ほんの朝まで中国にいたのになんだか不思議な感じで、まわりで喋っている人の言葉が全て中国語に聞こえたり、普通に町中を歩いているのになんだか異世界にでもいてるような気分になりました。
でも正直な話、日本に帰ってきて、日常というものを嫌と言うほど肌に感じて、なんだか気分がよくなかった。今回の中国の旅で、そりゃ中国にだってそこに住んでいる人たちの日常っていうものがあるのだけれど、下手な見栄も飾りもなく、強く生きる国民性っていうのかなぁ、そんなものに触れてこれた日々は、私にとって大きな刺激となりました。何よりも、ひとりひとりが目標をもって生きていることがすごい。ガイドの李さん(多分私より年下っぽい)ともいろいろな話ができたという点だけでも、今回の旅は大きな目標を達成できたと言えると思う。今は本当にいろんなことをやってみたいし、自分自身を延ばしていきたい、そう思っています。


以下に、一緒に中国に行った友達のメールを抜粋させもらいました。


『金曜日、普通に仕事に行って、なんというか、ものすごく日常で、不思議な感じでした。 体は自然に日常のように動くのだけど、「こんなこと毎日していたのよね」なんて、思うのです。いわば、旅行して、だだっ広い中国を見て、良い意味で、神経質と正反対の国民性というかなんというかを感じて、その対極性にとまどっていたのですね。ほんと、良い旅をしました。良かった。
ちょこちょこ、世界の近現代の歴史を復習しようと思います。中国と日本を中心に、その時代の風潮、その時代の常識、とかも。『教科書問題』これも、「政府の主張」と「多くの新聞の主張」それらに惑わされることなく、(というのも難しいけど)その他の史料・資料から、自分の生きていない時代の真実に近い情報を探すのも面白いだろうなー。なんて。根気のない私がどれだけ続けられるのか、ギモンですが…。(^^;』


彼女にとっても、今回の中国旅行はよい経験になったようです。中国もう一度必ず行きたいと思います。その頃には、日中関係がもう少し改善されているといいなぁと、願いつつ・・・。






















ちょっこり独り言

●●人生の野望その1●●
中国で働く、もしくは、留学する。
●●人生の野望その2●●
実家に戻り音大入学のため特訓。後ピアノの先生になる。
●●人生の野望その3●●
結婚してふつ〜に暮らす。んで子供独立後に日本家屋の(ここ重要)一軒家建てて暮らす。