申入書提出後のようす
〈2000年〉

2月20日
ミサの準備をしていると、主任司祭が入ってきて、「もう準備しなくてもいい。すぐにかたずけて司祭館にはいりなさい」と告げた。
主任司祭は次のようなことを言われた。
「司教から電話があった。
『小豆島教会から拒否の手紙がきた。名前を確認したら全員だった。すぐとは言わん。様子を見る』と言われた。
役員会で出すなと言ったのに、この書類が出たというのは、どういうことか。
あなたたちは、重大な点を認識していない。
『私は、あなたがたを派遣する。あなたがたを受け入れるものは、私を受け入れることになる。あなたがたを受け入れないものは、私を受け入れないことになる』
と聖書にもあるとおり、みなさんが、司教が派遣する司祭を拒否するということは、司教を拒否することである。
司教を拒否することは教皇を拒否すること。
教皇を拒否することは、キリストを拒否することである。
これは、司教に対する宣戦布告。
弓矢をひくことになる。
私がお願いすることは、『そこまで考えていませんでした、すみませんでした』と言って撤回してほしいということ。
お詫び状を書いて、署名捺印して、手をついて謝ってきてください。
しなければ、私は御聖体を移し、ミサはしない。
『みせしめ』のために、私はたもとを分かつ。
自らを破門することになるよ。
みんなが死んでも葬式をせず、教会を閉鎖します。
私は司教代理ですよ。
この司教代理の教会が全員こんなことをしたということの重大性をわかっていない。
みんなは、新求道共同体を恐ろしいものだと思ったかもしれない。
でもヨーロッパではこれが常識なんだ。
彼らは悪魔でも、人喰い鬼でもない」

主任司祭が帰った後、信徒は次のように話し合った。
私たちは、新求道共同体の司祭に関して、司教様に申入書を提出したんだ。
神父様には関係ないこと。
まず、どうしてこうなったのか、聞くのが当然じゃないか。
求道体の問題を聞くのが司教じゃないか。
それを、一方的に通告するのは、おかしい。
これだと、どんなにひどい神父でも正しいということになる。
信徒からの声を聞くべきだ。
話し合いの後、全員一致で、撤回しないと決めた。
3月2日
小豆島教会の信徒会役員と、高松番町、桜町教会の信徒は、司教と「小豆島教会のミサ中止問題や共同体のこと」について懇談会を開く。
司教は、これは主任司祭が判断したこととして、逃げの姿勢。
「主任司祭にミサ再会を勧めてほしい」と頼むと、「それはできない」を繰り返す。
高松の教会の信徒が、「もう教会には行きたくない」というつらい思いを訴えるが、「根拠のないものは聞く必要はない」と、退けた。
最後に、「小豆島教会信徒は全員撤回しない」と伝えて帰る。
3月20日
主任司祭は、ミサの再開を望んで教会を訪れた信徒を前に、「今日から、一人一人に電話をして撤回させていく。撤回したものだけにご聖体をさずける」と告げる。
それは、信徒にとって踏み絵であった。
高齢者は葬儀をしてほしいために取り下げた。
他の人たちは、「司祭のいうことを信じられないのですか」と言われて言葉をなくし、撤回したと見なされた。
信徒たちは、30年間苦労を共にしてきた司祭を拒みきれなかったが、本意ではなかった。
司祭との板挟みで苦しみ、怒りをあらわにしたり、泣いた。
司教は「小豆島教会の問題は解決した」と、バチカン大使に報告した。
7月23日
臨時信徒総会。
主任司祭は、信徒会副会長に、「小豆島教会の平和のために、今後一切新求道共同体への反対運動をしてはならない。他の信徒も彼女の言うことに賛同して同じ行動を取れば、同じように扱われることになる。」と、言い渡した。
12月22日
撤回した信徒から、「私は、あなたのことを忘れた日はない。昔に戻りたい」という連絡があった。
その後7名の信徒は撤回せず、申入書を取り下げる文書は出されなかった。