2001.4/11-20

あしたに向かって - 01/04/20 22:49:01
ネオのカリスマの問題は、今まで、いろいろ情報として入ってはおりますが、なかなか公表できないでいました。
しかし、これらの英文の記事から、ぼちぼち紹介していけたらとも思います。従来のカトリックの信仰の内容と相容れない部分を持ち合わせているように感じます。



- 01/04/20 22:10:55
http://www.vatican.va/news_services/press/vis/dinamiche/e5_en.htm に英文記事のオリジナルがありました。


- 01/04/20 19:53:46
一つ質問があるのですが: 今まで私達が国内において信仰してきた事は、あの人達にとって全て否定の対象として受けとめられているのでしょうか。?


遊歩 - 01/04/19 11:09:36 電子メールアドレス:yugyosha@nyc.odn.ne.jp
この掲示板に現れた英文メッセージとその邦訳についてコメントします。
メッセージは一歩前進だと思いますが、事柄が上からのお墨付きで決すると言うのは、少々淋しいです。
より強力なお墨付きがでて来る可能性もあるでしょう。
権威を無視するわけではありませんが、やはり、最終的には、信者さん一人一人の幸せが判断の基準となるべきではないでしょうか。
どんな結論が出てくるのか予断は出来ませんが、恐らく、各地の権威者(司教)に判断を委ねるという事になるのではないでしょうか。
訳文では、「教会の牧者への服従」となっていますが、英文では「牧者」にあたる語は複数となっています。
また、「服従」と言う語は、英文ではsubmitで、誤訳ではありませんが、もう少し広いニュアンスがあるような気がします。
とにかく、結局は司教と信者との対話と言うことになるのだと思います。


あしたに向かって - 01/04/19 07:24:44
さっそく、お書き込みくださいましたゲストの方ありがとうございました。このホームページを見て下さっているみなさま、感謝いたします。


あしたに向かって - 01/04/19 07:19:53
「新求道共同体の道は教会の公認を求めている」の とても適切な翻訳が次のホームページに掲載されました。
http://hvri.catholic.ac/neocatechumenatus.htm を是非ごらんください。とてもわかりやすく訳してくださっています。みなさま、意見をお聞かせください。


- 01/04/18 23:13:11
高松教区で苦しんでおられる兄弟の皆様。未来の日本の子供たちの為にも、もう一踏ん張りがんばりましょう。私達も共に歩ませていただきます。
このまま見殺しにはさせません。同じ日本の信者ですから。


- 01/04/18 22:20:04
やはり、パパ様は本当の牧者であられたのですね。


あしたに向かって - 01/04/18 21:35:25
上記の英文の翻訳新求道共同体の道は教会の公認を要求している。
バチカン01年4月17日(CWnews.com) ヨハネ・パウロ2世教皇は新求道共同体について教会の権威への”服従”が重要であると警告した。
教皇からのメッセージは平信徒のための教皇庁審議会の議長である、ジェームス・フランシス・スタフォード枢機卿に宛てた手紙の中で述べられた。
そして、バチカンによって4月17日に公にされた。
スタフォード枢機卿は、平信徒運動が十分な教会法の認可を受けることができるように取り締まる新法令の準備を監督する最高責任者である。
これらの取り締まり法令の準備は、 ”微妙な”プロセスにあったが、今やそれは”最終的段階”に入りつつあると教皇は打ち明けた。
1967年にスペインの平信徒キコ・アルゲイヨによって創立された新求道共同体は、今や世界の100カ国で活動している。
教皇は、このグループが”おざなりなやりかた” を経てではなく、教会共同体側として”深遠な識別”を経て下ろされる公式な認可に備えるべきであると指摘した。
このプロセスのための理由は、その運動を”カリスマの正当性に関する判定”にゆだねることであると教皇は説明した。
そのような判断はカトリックの位階性(聖職階級組織)の義務である、そして、いかなる平信徒運動と言えども、その成功とか創始者のカリスマがどうであろうと、それ自らを”教会の牧者への服従”の義務から免除することはできないと教皇は付け加えた。


NECATECHUMENATE WAY REQUIRES CHURCH APPROVAL - 01/04/18 09:57:54
NECATECHUMENATE WAY REQUIRES CHURCH APPROVAL VATICAN, Apr. 17, 01 (CWNews.com) ・Pope John Paul II has cautioned that the Neocatechumenate Way about the importance of "submission" to the authority of the Church. The papal message came in a letter addressed to Cardinal James Francis Stafford, the president of the Pontifical Council for the Laity, and made public by the Vatican on April 17. Cardinal Stafford has been charged with the responsibility for supervising the preparation of new statutes to govern the lay movement, so that it can receive full canonical approval. The preparation of those governing statutes had been a "delicate" process, the Pontiff disclosed, but the process is now entering a "conclusive phase." The Neocatechumenate Way, founded in 1967 by the Spanish layman Kiko Arguello, is now active in 100 countries around the world. The Pope indicated that the group should now be ready for an official recognition which would come not through an "easy process" but through a "profound discernment" on the part of the ecclesial community. The reason for this process, the Pope explained, is to submit the movement to "judgment regarding the authenticity of charisms." Such judgment is the duty of the Catholic hierarchy, he added, and no lay movement, regardless of its success or its founding charism, can dispense itself from the obligation to "submit to the pastors of the Church."


今泉洋子 - 01/04/18 07:52:31
日向さんごくろうさま。この一年苦しかったね。なまぬるい信仰ではあなたは今立っていることはできなかったと思います。
でもイエスさまはあなたを支えあなたをきちんと立たせてくださっている。本当に神に感謝です。 
新求道共同体の問題はどうしておこたんでしょうという質問がありました。
新求道共同体に誘われる時「新求道共同体にはいりませんか」とは決して誘われません。
「とてもよい聖書の勉強会があるから参加しませんか」と誘われると思います。」
その聖書の勉強会では、人間の罪、自分が罪人であることを深く深く認識させていきます。
そこから始まりますので自分の持っているものを差し出す心の準備も養われていくのだと感じました。
差し出すことは悪いことではありませんが、目的が問題です。 
新求道共同体の指導者にある人が聞きました。
「なぜ最後の段階の部分を、これから新求道共同体の道を歩こうとしている人にはじめに話さないのか」と、答えは「はじめに話したらだれも入ってこない」だったそうです。 
嘘みたいな話しですが、スペイン人どうしの気楽な話しの中での会話です。
どうして高松教区がこのようなことになったかと考える時、それはやはり私たちにも責任があります。
もっと生き生きと教会が生きていたら、イエス・キリストをもと生き生きと証していれば、新求道共同体は入り込むことはできなかったのではないかと考えます。


- 01/04/17 23:36:12
あしたに向かって様、ありがとうございました。 しかし、このどうにもならないジレンマ・・・・・非常に悔しいです。 
日本カトリックの数百年の歴史が、あんな手段と形でもろくも踏みにじられたのですから。 
自分自身に対しても情けなく、今までの怠慢を反省する事しきりです。 
でもね、まあ見てて下さい。 土足で日本人の心と先人の偉業をなんの躊躇もなく荒らし、こんなに多くの人々を苦しめた人。
後でどんな言い訳をし、どんな顔するのか楽しみです。
あまり日本人を刺激しないほうがよかったのですけどね。


あしたに向かって - 01/04/17 21:40:16
これらの問題は、新求道共同体の情報がまったく一般信徒には入ってこなかったということです。
入ってみないと分らない、だから、一度聞いてみなさい、はいってみてください、といってすすめられたのです。
ヨーロッパでは、シークレットチャーチといわれる所以です。


- 01/04/17 16:03:07
これら諸問題は、日本の信者が無知無関心だったから起こったのですか? それとも巧みに騙されてそうなったのですか? どうぞ教えて下さい.


あしたに向かって  - 01/04/17 06:26:56
みなさま、ご復活のお喜びを申し上げます。 この、半年間、わたしたちとともに歩んでくださり、支えてくださいましたことを、心から感謝いたします。
今週以内にホームページを更新したいと思いますので、お待ち下さいませ。ご質問に関しても、お待ち下さい。感謝。


あけび - 01/04/16 20:57:20
しょうゆ豆さん:高松教区の内情をいろいろお知らせ(書き込み)下さいましてありがとうございます。『情けない』なんて言わないで頑張って下さい。
他教区の私達はこのホームページしか情報を知ることができません。無責任のようですが関心を持って読ませていただいております。
ローマから枢機卿が高松に訪問との事、何か進展があれば嬉しいですね。期待しましょう。


しょうゆ豆 - 01/04/15 23:41:24
みかんさんへ:コメントありがとうございました。いつも本当にありがとうございます。
高松に居る人達が対応すればよろしいのでしょうが、この掲示板を注目している私の廻りに居る方達は、残念ながらパソコンを操作されない方がほとんどなのです。
コメントは印刷しファックスとコピーで流れて行っています。
パソコンを持っている若い方たちはお忙しくて読むことは楽しみにしているようですが、書き込みするには勇気がいるようです。
お節介者のしょうゆ豆が一切を引き受けてと言いたいところですが、しょうゆ豆も結構雑用に追いまわされていますし、パソコンも初心者程度でパラパラッとはなかなかいきません。
それに歳なものですから一つの事をするのにすごく時間がかかってしまって、はがゆくって、はがゆくって、切れてしまいそうな時がたびたびです。
出来るだけ頑張って,しょうゆ豆の場合はこれからの状況をお知らせできる範囲でお知らせさせていただきます。と、書きながら…なんで私がこんなことをと、情けない。
でも、ゆきとどきませんが、よろしくお願い致します。


しょうゆ豆 - 01/04/15 22:34:16
主の御復活おめでとうございます。 
昨年の復活祭の頃は苦渋の谷間でもがいていましたが、今年は免疫が出来てしまったのか、未だに状況は混沌としていながらも落ち着き感謝の気持ちでお祝いする事が出来ました。アドレミナも終わり、日本の司教様方は高松教区の状況を訴えて下さったようですが、聖省での反応は平行線であったと東京の方から伝わって来たと聞きました。
中央協のHPに4/9付けで宣教省長官が変わったと書かれていました。 4/13の「ぷーさん」のコメントを読んで思いました。私も同じです、と大声で叫びたい、と。
近々ローマから枢機卿が高松へ来られると聞いたのですが、それが本当だと何のためでしょうか、気になるところです。
枢機卿と聞いただけで感激してしまい内容の吟味も無く司教の言いなりになってしまいそうな人達も居ます。
でも、ここに来て高松の中にこれまでの環境の中で冬眠状態にならざる得なかった、と思われる枝の芽が環境の異変に気づき芽を吹き出しそうになっています。
どうか、心無くむげに芽を摘み取ったり折って捨ててしまわれないよう、健やかに、たくましく、成長する事が出来ますよう皆様お祈りくださいませ。
国民の目の中村様、また他教区にあって高松教区を気にかけつづけて下さっている皆様方、本当に有り難うございます。 
そして、全信徒に向けて名指しで見せしめのごとき、さらし者扱いにされながらも司教に対し意見表明され続けて下さっている愛媛の森岡さんと、真意・真実を説明するに困難な状況の中にあって、ひどく傷つけられながらも細身の体で教区民ため頑張りつづけて下さっている日向さん、いつもありがとうございます。
何をどうしていいのか手立てがわからないけど、高松教区のことだから高松教区民がやらねばと、とにかく手探り状態ながら動き始めた小さな者達もいます。
“主は、小さな者を愛される”の言葉にわたくしは希望を置き道具になりたいと日々を過ごしたいと願っています。


みかん - 01/04/15 18:11:56 電子メールアドレス:bergamia@aquaphonia.net
ご復活おめでとうございます。
キリスト教情報によりますと、今年はキリスト教諸派の教会暦が一致して、全てのキリスト教が同じ日に復活祭をお祝いしているのだそうです。
新しい千年期の初めの年、偶然とは思えないのは私だけでしょうか(^^;
さて、その後心情面ではいかがされているか気になっていたところ、久しぶりにお邪魔してみて、先の書き込みはちょっと考えてしまいました。
中村様の問いかけに対しての投稿に、どんな思いで書き込みされたのかと、逆にご質問されているのは、もしかしたら先の名なしさんに苛立ちも感じられているのかなぁ、と。
切迫したお気持ちは察するに余りある、と申し上げたいのですが、正直、私たちの意見や考えをお伝えして、それがどのようにお役に立っているのかも気になっています。
中村様のご質問は、私たちも関心があることです。できたらここで知らせてくださるとありがたく思いますが、それはご無理でしょうか?
どうしてあげられる?何ができる?いま、どうなっている?疑問が膨らんできます。


あしたに向かって - 01/04/14 14:20:20
愛すべき兄弟、名無しの権兵衛さん、あなたは、どういう思いで先の書き込みをされたのですか?


あしたに向かってさんへ - 01/04/14 13:10:49
中村様の問いかけに、ひとことのご挨拶もなしではいかがなものでしょうか。


あしたに向かって - 01/04/14 09:03:36
聖金曜日、みなさまどのように過ごされましたか?わたしたちは、数人でみことばを分かち合いました。
ある者が「兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。」というみことばが心に留まったと言いました。
わたしたちは、「血と水」についてあふれるように語り合いました。ミサの「血と水」、最後の晩餐、そして、受難。
主、イエスが、弱くて未熟なわたしたちのために、命をかけてくださったその愛に行き着きました。
復活祭まであと何時間。今日を心から大切に過ごしたいと思います。


ぷー - 01/04/13 22:22:01
遊歩さんwrote: >論議の余地のある問題については、信者の見解を拘束する>ものではありません。批判や反対意見を述べるのはまった>く自由であります。
ところがネオ賛成派の人たちは司教さんが、(この神学校の建設は司教が最終的判断として決定したものです。
これは信仰として受け入れなさい)とゆうと、文字通りそのように受け取る人がいるわけなんです。
なんでもかんでも、司教さんが、ゆうことを疑問なくうけいれる.......楽ですが、思考停止してますよね。
何が議論できる問題で、何が信仰に属することなのか.... その区別は、日常生活を送る上での通常感覚によれば、簡単に理解できることです。


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