2001.6/1-30
神威 - 01/06/29 21:19:06
権力の盲犬がなんと多いことよ。
あんみつ - 01/06/29 00:20:10
山岸さん、あなたのご意見は、対処療法のような気がするんですけど。新求道共同体や、神学校の問題の本質をもっと考えたい。真実を知りたい。
山岸 史和 - 01/06/28 17:17:49 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
別のHP(カトリック系・プロテスタント系等々。)で、カトリック司祭の独身制と女性司祭叙階の問題が議論されています。
新求道共同体系の司祭の将来についての懸念ですが、何れ、この問題も絡んでくるでしょう・・・。
ギリシャ正教では、司祭までは結婚でき、主教(司教)と修道者は、独身との事です。
プロテスタントは牧師の自由選択で、女性牧師も多数輩出しています。
聖座での議論の行方次第では、更に問題が複雑化しますよ・・・。以上。
山岸 史和 - 01/06/28 17:05:41 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
補足ですが、我が高松司教区の場合、御指摘の通り、信徒の真実の声が、教会行政に反映されているとは言い難い状況が発生しています。
「小豆島教会をドミニコ会の担当に変更してください。」という意見具申をしても、即時実現とは、いきません。
しかし、その意見表明をすることそのものが、重要でしょう・・・。
その積み重ねで、司教区全体の小教区担当割の変更が、現実化することを、祈念しています。
(別件で、数名の信徒の方々が、教会当局への異議申し立てを、実行されています。それに倣いましょう・・・。)
山岸 史和 - 01/06/27 15:35:49 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
確かに、小教区の司祭任免権は、教区司教猊下の専権事項です。ですから、誰かが、信徒会長会議等々の機会を捉えて、猊下に意見具申は、実施するべきでしょう・・・。
私は、その様に考えているということですよ・・・。
ぷー - 01/06/27 12:40:40
(小豆島教会は、ドミニコ会の担当とするべきと考えています。)解決法を述べるなら、もう少し、現実的な方法を述べるようにしてください。
どこの小教区をどこの修道会の担当にするかとか、教区司祭担当にするかとか、決めるのは司教さんの専決事項であり、少なくとも現状では信徒は意見を述べる立場にはないのです。それに、いつまでも外国の宣教会に日本の小教区司牧を依頼するのもどうかと思います。
山岸 史和 - 01/06/27 01:31:20 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
私は、小豆島教会は、ドミニコ会の担当とするべきと考えています。坂出教会と新居浜教会、北条教会、道後教会、松山教会も、同様です。
なぜならば、ドミニコ会の修道院があるからです。他は、信徒会長会議・信徒総会での評決等々で、担当修道会を決定すればいいと考えています。如何でしょうか?
しょうゆ豆 - 01/06/26 23:44:38
如何でしょうかと私に言われているのではないでしょうが。山岸さんはきっと恵まれた環境の中にお住まいなのでしょう。
たとえば、四方を海に囲まれた小豆島の信者が一番近い宣教会司祭司牧の教会へ行こうと思ったらどれ程の時間と労力が必要か計算したことありますか?
自宅から港までの時間、乗船している時間、下船してから目的の教会までの時間、片道だけで3時間必要。
貴方のように若くて機動力もあるでしょう人ならともかくも、高齢者や病弱な人に薦められますか?
こんな難しい先のことより今は、神学院問題の納得できる決着がなされるのかどうかの方が気になります。
現状のままで「高松教区司祭」の身分とネオの霊性を持った司祭がどんどん増えて行ったら(老人問題にこだわるようですが)その司祭の終の住みかは?
その世話人は?その費用は?そしてその時の信者の数は?とついつい考えてしまうのです。でも私が心配する事ないか。
次の世代の今若い人たちが考えてくれる。
山岸 史和 - 01/06/25 22:47:32 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
新求道共同体の担当になった小教区と隣接の小教区では、信徒間の異動が、激しいとの話は、私も聴いています。
(今治教会の場合、新求道共同体支持者は、隣接の西条教会のミサに参加しているそうです。)
しかし、最終的には、高松司教区全体での、小教区の担当修道会の大幅変更しか、解決策は無いのではないでしょうか?
「修道院のある小教区は、その修道会が担当し、それ以外は、教区司祭・新求道共同体司祭の担当とする。」
という、大司教区で行われている担当割り方法を、導入せざるを得ないのでは?
「フランシスコ会がいい信者はA教会、ドミニコ会がいい信者はB教会、教区司祭がいい信者はC教会へ通われてください。」という方法です。如何でしょうか?
しょうゆ豆 - 01/06/25 12:21:41
言葉が変になっているのがありました。“ボケた、が勝ち”大切なところです。最初の書き込みの最後の部分。
しょうゆ豆 - 01/06/25 12:11:46
定年を過ぎていると言うのになぜ?。そんなに頑張ってくださらなくってもいいのに。
引かれて痴呆老人とその家族のメンタルケアの研究でもしてくださればいいのに。
高松城の内堀は深く、その君主は敏捷にして今だ元気か。
しょうゆ豆 - 01/06/25 12:07:50
昨年の始まりの頃、ネオ側から「次期高松司教には新求道共同体の司祭の中から」という嘆願書が出されたらしいといううわさを聞いた(事実か否かはわかっていない)。
でもこれを聞いたときには私はカッとなった。冗談はやめて!と思った。
しっかりとした宣教会、修道会系の司祭に養成され気遣われている小教区の信者さん達は今でもいいでしょう。
でもネオ司祭が派遣された小教区では、ネオと何があろうとも無関心、また自己中な信者以外は、個々の性格に応じた其れなりの怒りを持っている。
愛想を尽かして教会に行かなくなった人、他の小教区に行くようになった人、維持費を少なくしたり半額にしたと言う人それぞれにそれぞれの方法を取ろうとしていると聞いた。
しょうゆ豆 - 01/06/25 11:50:35
帰りの新幹線の中で高松の事を思い起こし考えていた、私は高松に行くまで「新求道共同体」「ネオ」などと言う言葉さえ知らなかった。
その頃は今のように情報も資料もあまりなかったのに、そのころから「おかしい」と感じた人たちはネオのどのような部分に「おかしい」の嗅覚を感じたのであろうか?と考えた。
夫と二人で桜町のミサに行った時私達の廻りと隣にずらりと腰をおろした外国人達がいた、なんとも落ち着きが無く品位を感じない。
ミサがおわって聖堂から出た夫が「なにもんや、あの連中は」と言った。後でそれが神学生たちだと聞いてビックリ。高松に神学院があるのだと聞いて又ビックリ。
でも、その時は「すごーい、高松教区って」と私は思ってしまった。
神学院設立の為にドット送りこまれたそのころの神学生たちに司教座のお膝元の方たちは嗅覚が働いたのかもしれない。
しょうゆ豆 - 01/06/25 11:36:30
兄から電話があり、高齢になった両親の所に行っていた。愛する母は痴呆症になり、世話し、話し、傍らで横になる自分の娘を他人と思っている。
若い頃は美人でチョト知的で陽気な・・・いっぱいよいところを持った母だったのに。なんとも悲しく、せつない、ほんとにせつない。
もしかして私もこうなるかも・・・そうしたらネオだの新求道共同体だのとカリカリ言ってるのが虚しくなった。
でも、私が取りだし手にしたロザリオを見た母が驚きの表情をして言った「しょうゆ豆子ちゃん?あなたしょうゆ豆子ちゃんなの!」と、どのように解釈したらいいのかわからない。
夫は「おまえ、お母さんのようにならんでくれよ」と言うが“ボケぁ匹・,繊
アサさん - 01/06/23 07:27:15 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
改訂版の「ミレニアムの虚構」をいただきました。お代を早くお送りしなければと思っています。
さて先日ある方から、キコとエルナンデスの両氏を招いた新求道共同体の集いのビデオをいただきました。
もう10年くらい前のものですが、うちの主任司祭が写っておりました。
改めて古くからこの運動にかかわっておられたことを知りました。
キコ氏は見た目では、本人も言っておられるように、お世辞にも気品に満ちたお方という感じではありませんが、カリスマがあるのでしょう。
この理屈抜きに人に影響を与えたり、動かしたりというカリスマを持った人は確かにいます。
しかし、本人の意思とかかわらずそのカリスマが一人歩きし始めると危険なことも多い。
歴史上そのような例が多々あったと思います。私はカリスマに頼るより、普通の人と人の関係を大切にしたい。
アサさん - 01/06/14 07:04:28 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
>これでいいのかも?これでいいような気もしないではないが、いけません。
うちの司教さんも、小教区訪問で、ネオカテの本拠地となっている所属教会にやってきて、「仲良くやっているので、問題はそれほどでもないのかな」と思ったらしい。
うわべでは本当の分裂は見えてこない。
山岸 史和 - 01/06/13 21:39:02 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
最近の所属小教区の傾向として、修道会支持者・新求道共同体支持者のカラーの違いを棚上げにして、小教区の行事等々には、責任を以て取り組もうという傾向が出ています。
修道会司祭・教区司祭等々、それぞれの個人的意見の相違は、当然ありますが、全体として、双方、中立的かつ平穏無事という状況ですね・・・。
これで、いいのかも?
あしたに向かって - 01/06/12 10:48:26
「ミレニアムの虚構」が6月3日に発行されました。お申し込みの皆さまへは届いていますか。まだ、到着していない方や部数に間違いのある方はご連絡ください。