2001.8/11-31

アサさん - 01/08/19 08:06:52 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
曾野綾子氏の名前が神学院建設のHPに出ておりましたが、コメントは一切ありませんでした。そこが怪しい。
私の教会の共同体の活動の初期には、教皇様の文書やら、そうした権威づけをする資料を良く見せられた。
逆にそんなことをしないと「?」と思われるような活動なのだろうか?と逆に疑問を持ったもの。人を導く活動というもの、文書ではなく人が証しするものとこころえています。



すちーぶ - 01/08/19 07:20:07 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
じゃじゃまるさん。了解しました。


じゃじゃまる(追加) - 01/08/19 01:59:52
加えて述べさせてもらえば、高松の神学院建設に関わった曽野氏個人に対し、裏取引があることは考えられる、という論法になりませんか?
以前の投稿で、だーさんがこのあたりをとても心配しておられたと思います。
小豆島の方がおかれている状況から、僕自身もなるほど、と思いました。
すちーぶさんの言うことは正しいのかもしれないけど、投稿の全てがレスを期待してるとは思えないし、意見を残してくれることも感謝すべきことだと思うんです。
僕もいろいろ勉強になってるし。


じゃじゃまる - 01/08/19 01:49:58
2ちゃんねるを持ち出すことや、曽野氏のことを「と思う」という、事実確認がされていないような投稿のほうがどうかと思うんです、私。
なぜなら全て悩みの中におられる高松の方々に関わる事柄だからです。
すちーぶさんが曽野氏をあまり快く思われていないのはご自身の投稿からわかりますが、あなたが著作うんぬんおっしゃった匿名の方は、客観的なご意見を述べられているに過ぎないと思います。


すちーぶ - 01/08/16 17:29:31 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
ああ言う世界の人に友達はいないので、へたな事は書けないけれど、複数の版元と取り引きしている、有名人であれば、大抵は裏取引しているだろうね。
このごろの曾野氏、見てごらん。新しい著作出すのでなく、過去の著作の焼き直しじゃありませんこと??


- 01/08/16 17:09:28
すちーぶさんよ、それはいわゆる取引があってのことではなかろうか。
元締めでもいれば権の半分はないも同然。芸能人の売名行為に等しいものであれば理解も難くない。


すちーぶ - 01/08/16 15:34:25 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
実は、ざらにあるんです。この手の事例が。大抵は泣き寝入り。著作権裁判すれば大抵は肖像権として勝利しているものですが。 書かせて貰ってなんぼの世界。
版元に睨まれたら、はい、それまでよ。昔はともかく、腹の座った有名作家っていめのかしらん。


- 01/08/16 15:26:40
曽野氏については賛否両論耳にするが、よく知りもしない団体に名義を貸すということが考えられるだろうか。
勝手に名義を使われたとする仮定もいささいか稚拙に思われる。
勝手に使用された場合は名義冒用で立派な犯罪であるが、果たして件の団体がそこまでするだろうか。
あるとしたら極めて無知か極めて悪質であると思う。


すちーぶ - 01/08/15 10:19:23 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
曾野氏・について。私は、好きな部類の著作者ではないです。
2.有名人であれば、無断で名を使われたり、高松がどういう所か分からずに名を貸したか、だと思う。
一旦・掲載されてしまうと、抗議しても連中は削除する玉ではない。従って、曾野氏も、動きが取れないのではないか。
3.聖書に基づく「よきさまりあ人」。殺人犯であろうが政治犯であろうが、とりあえずは保護する。聖書の掟を実行したまで。
曾野氏の本音は、もうそろそろ出て行って欲しいのではないかな。


アサさん - 01/08/15 08:02:51 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
曾野綾子さんと言えば、国際宣教神学院(高松)の建築推薦人に名前が掲載されていましたね。
フジモリ大統領をかくまったり。どういうお考えをお持ちなのでしょうか?


- - 01/08/15 00:00:54
聖母マリアの被昇天この日、御神は、聖母を御子との限りない取り次ぎの仲介者として天に召し抱えられた。
終戦記念日として人類に永遠に記憶されるであろうこの日に、全ての卑小なる、うじ・虫けらであるこの人類の罪過を御子の御憐れみに寄りすがりて捧げ奉る。アーメン


8月14日 - 01/08/14 23:18:27
+平和と善 
今日は、コルベ神父様の霊名の記念日ですね。日本のカトリックは相変わらずの封建社会で確固たる聖域なき構造改革が必要です。
真っ先に改革が必要なのは、お金しか頭にない高松教区でしょう。
お金を強要する宗教は、宗教ではない。と新聞紙上で明言しておられる曾野綾子氏の一言を引用しておきます。
カトリックは、カトリックであることを誇りに思うべきできですが、同時に自らを戒め奢ってはならないとも思います。
この掲示板の参加者のご意見を拝見する限り、私たちの信仰の一つの形である「殉教」が亡失されてしまったように思えます。


すちーぶ - 01/08/14 09:56:31 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
アサさんへ。とあるプロテスタントで経験したことですが、英語教師として派遣された女子大学生が、日本語会話が出来ない。
英語がしゃべれない国だからして、文化力が低いだろうと思ってた。
で、私は、我が輩は猫である。小泉八雲の幽霊シリーズなどの英文翻訳を差し上げたら、もう一度日本語(会話ではなく)を学んでから来日するとのこと。潔かったです。
今回の問題で、文化差別は、そして、ぶつかりあいは、あるでしょう。しかしながら、そこにベクトルを振っては駄目ですよ。
洗脳方法は、警察官がえん罪を起こす場合、軍隊が軍事教練を行う時、こういう事例における、科学的なやりかたとして確立しているはずです。
従って、その兆候を早急に見つけること。論文において99%おかしいと思っても、慎重さを求める所以です。


アサさん - 01/08/14 07:10:28 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
ヨーロッパから来た宣教家族の一人が「日本人の信仰は生ぬるい」と言うのを聞いたことがあります。それを自分たちが立て直すんだ!という固い決意なのでしょう。
しかし、「生ぬるい」という自分たちの勝手な日本的霊性を理解しているところに傲慢さを感じる。上から見下ろす考え方がここに見て取れる。
神社仏閣に囲まれて育った人間と、煉瓦のバジリカに囲まれて育ったということも人間の精神性の違いに結びついていると思う。


だ - 01/08/14 00:41:01 電子メールアドレス:nori@norisan.net
ホームページアドレス:http://www.christianorder.com/editorials/editorials_2000/editorials_feb00.html
原文はこのあたりでしょうか??
http://www.christianorder.com/editorials/editorials_2000/editorials_feb00.html


すちーぶ - 01/08/13 21:13:03 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
洗脳から逃れた某氏がそこから逃れて、英文・スペイン文を密かに翻訳した結果によれば、彼らがカルトであることが可能性として99%、濃厚だと言う、ことにはなるだろうと思います。
私個人は、ここはもう少し、慎重に見る必要はあると思います。


ぷー - 01/08/13 20:59:40
スチーブさま、書き込みごくろうさまでした。要するにネオはカルトであるということですな。


- 01/08/13 18:26:08 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
敵側からの論、バチカンからの正式な命令書 これらは、あすぴろさんちのメーリング・リストで、報道しますから、そちらに移動して下さいませ。


- 01/08/13 18:22:32 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
分派のように その2
私は、自分の状況は稀で変則であると考えて来た。いや、とんでもない (Yeah right)。私に起こったことは多くの他の人々にも起こってきた。多くの夫婦が、時には殆ど分派の様であるとの印象を与えるこの奇妙な組織によって彼らの結婚を破滅させられてきた。 あらゆる夫婦関係の基礎は情緒的で心理的な親密さにかかっており、共通の目的によって一体となっている。それにも拘わらず、数十年にわたってこれら中枢的必要性は夫婦自身に反対する外部者によって操られて来ていた。これがどんな破壊的効果をもつか想像してごらんなさい。分かれてしまった他の夫婦と私たちの違いは彼らにはキリスト教の何の影響も残っていないことだ;彼ら完全にキリスト教を見捨てた。何故なら長年の帰属の後に人はNCの道をキリスト教と同一視するようになり、それで一つ{訳者註.NC}を離れることは他方{訳者註.キリスト教}を諦めることを意味する(私のばあいが例外に見えるかもしれない理由である)。NCによって”汚染された”他の夫婦の場合は教会との結びつき蛾の子っていない無神論者になっている。私がガルバテラで子供達に交教要理を終えていた時、私が言っていたことを想像して下さい”結婚の不解消性を守るためは、カトリック教会は英国国教会分派ヲ堪え忍ぶ方が良いと思った。” NC共同体の実効的指導者達は数百万の追随者が居ると言っている。それは本当だ。しかし、辞めて行った人々の数は構成員の数の少なくとも5倍であるとの事実は誰も言ってはこなかった。そしてどのような我慢ならぬぬ状況下で彼らは去ったのか。大抵彼らは全く信仰を残していなかった。 私が家から投げ出されグループを離れたとき少しばかり調査をすることを始めた。彼らのグループは無害で自発的なものであり聖霊によってのみ導かれてい(これが基礎であると私は思う)との印象をすべての日に与えようと望んでいる事を発見した。それどころか彼ら教会内の教会のように組織されている。彼らは担当者をすべての単一共同体内に持っている。カテキストと呼ばれる担当のリーダー達(すべての単一小教区中に居る)は司祭より遙かに価値があると見なされ、地域の「カテキスト」首位者達は地域の司教達より重要とみなされている。彼らは地域別や国別の区割りをもち、それらは教会の公的支部に秘密の打ちに加えられている。多くの司教達は公的には仲裁しようとしない、何故なら彼らはNCは公的には認知されていないといっている... Christian Order 2000年2月号


分派活動1 - 01/08/13 18:20:45 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
分派のように
共同体の構成員になると我々は家計収入の少なくとも10%を処分するよう義務を負わされた。しかしこの金は貧しい人々の所へ行くどころか、所謂 ”巡回説教者”カテキスト達の所へ行き、それで彼らはヨーロッパ中へ出かけてより多くの共同体を設立できた。彼らは衣服、自動車、家から子守りまで、すべてを持っていた。 私の母が死んだ時、一つの最も心事がたい事が起こった。 私は泣いていて妻にその晩、私と共に祈ってくれるように、私を悲しみの中に一人で置き去りにしないように頼んだ。妻は共同体の兄弟姉妹達がキリストにおける本当の家族であり、彼と祈るために行かなければならないと返答した。 私の長男と次男はこの期間中ずっと私を”お父さん”と呼ばなかった。彼の組織に何時も反対しようとしてきたことに対して私を罰する彼らのやり方である。次男はまだ大変若いのに既に2人の娘がある。彼は見込みのあるNCの徴兵係に帰られていた。彼は私に2番目の孫を見せようとさえしなかった。 NCを批判する者は誰でも人権を認められない。この組織に浸透している熱狂はそのような高さにあるのでそれが創り出している多くの原理主義者の偽カトリック達は、軽蔑されているムスリム原理主義者とそれ程違っていない。彼らは私の長男を信仰深く信頼に値すると考えている;彼は彼の共同体(12年間在籍)の責任者に任命された。 私は復活祭を恐怖と共に思い出す。それは参加することで自分自身を吟味する時であった。すべての事は現実の小教区共同体から切り離された。厳重で絶対的な断食の義務的2日間があり、歌の徹夜がそれに続いた。次にアガペ(それは要するに朝6時の莫大な量の食事である)が続いた。我々の胃は突然莫大な量の食物とブドウ酒を飲食した後腹いっぱいとなるのだった。何人かは気分が悪くなり、他の人は酔っぱらうのだった。その後、我々は復活祭をすべて眠るのだった。我々はNCでない親類や友人と30分でさえ過ごす事は出来なかったであろう。 共同体は我々が至高の高さに達するだろうと我々に信じさせた。彼らは神(結局じっさいには彼らの組織を意味する)こそ貴方が真に愛する唯一のものでなければならぬと言って彼らの教えをたたき込んだ。もし貴方の配偶者が邪魔するならば彼見下せ。そして。誰に対しても同じ事−子供達、兄弟姉妹、両親も含めて−道から分離させようとする者は誰でも。


だから? - 01/08/13 18:19:07 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
家族の解体 その3
私は地域の司教に苦情を言いに行った。彼はNCのリーダー達は不幸にももうそれ以上耳を傾けようとはしないので彼はそれ以上何も出来ないと私に告げた。私はガルバテラの私の主任司祭であった司教のところに行った。彼は私の妻がNCであるのでそれに対してどうすることも出来ないから、法律上の別居の訴訟手続きを始めるのがおそらくより良い考えであろうと私に告げた。 私は新任の小教区主任司祭の所へ行った(彼も数ヶ月後に司教となった)。彼は誰もが私の言う事を聞こうとしないであろうと告げた。実際にはそうではないのであるが、私が気が来るっていると思うだろうし、その上NCは余りにも協力であり、そして私は彼らの否定的局面をかつて指摘した少数の人々の中のたった一人であったから。 私は職場付きの司祭の所に行った。彼はこのように考えるのは全く私一人であり私はそれに慣れなければならぬだろうと告げた。私は当時家庭問題担当の司教(現在彼は他の担当である)の所へ行った。彼私に(個人的)に事件全体は私がかつて想像したより遙かに深刻であり彼はNCに対して決して公の発言をしないつもりだと話した。 私は妻に、戻ってきて私と暮らすように何回も頼んだ(私は正式に手紙で頼みさえした)そして、毎回妻はそうすることを拒絶した。或る時妻は外科手術を受けなければならなくなった。私は一晩中妻の側に居ることを申し出た(それは認められた)そして妻はそれに賛成しているように見えた。けれども共同体からの兄弟姉妹は私を付き添いから遠ざけた;彼らは私が妻と親密になることを妨げるめに、病院に夜付き添うことを望んだ、なぜなら心理的にこの時は妻にとって特に害を受け易く脆い時期であったからである。


その2 - 01/08/13 18:16:04 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
家族の解体 その2
彼らはカトリックであることを誇っているといっても、彼らの会合の一つに参加することと教会の秘蹟の何か一つに参加することとの間で、対立がおこる時、彼らは何時も彼らの活動へ参加することの優位性に個室する。学校や社会での責務、芸術、スポーツ、愛、政治或いは憎まれている文化的興味がメンバーの時間と競合するに違いない時は何時でもカテキスト達は”それらの事は幻影だ”という。 結婚の契約は神聖で解消すべからざるものであり、支持されてきた−彼らは迷っている配偶者に結婚を救うことを忠告するだろうと私は考えていた。然し違っていた。私の場合、彼らの有力なリーダーの一人で弁護士のフランコ・ボルダッジオは彼らが何と嘘吐きであるかを明らかに示した。彼は私と多数の司教達(とかくするうちに関与していた)に、結婚を救うために彼らは喜んで私を家に送り返すだろうと(過剰な熱心さで)約束した。妻が私と共にNCグループのない小教区に通うか、私と別にNCの在る小教区に属するかを選ばなければならない時に、これら全ての事が起こった。彼女は私を家から放り出して分かれることを選んだ。このすべてにNCのリーダーたちの道徳的と物資的な支持があった。 1992年4月22日午後5時に聖レオナルド.ムリアルド教会で当時の主任司祭ドメニコ.パルアスコ神父は、私のNC団体への反対は教会への対立となったということで、家、子供達、妻から離れて渡しの余生を過ごすように命じた。この決定はローマ司教区の最高カテキスト達によってなされたもので、それは最終的なものであった。私の司教と管区司教はそうしないように(ドメニコ神父に)懇願したことを私的しておきたい。然し、彼は私に彼は自らの両親に従っただけと答えた(むしろ彼は団体の最上者に従っただけであった)。


家族の解体 - 01/08/13 18:16:03 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
家族の解体
人々は自分自身をその重荷から自由にするように、徐々に要求される。すなわち人々が道に引きずって行くことが出来なかったすべての愛する物がなくても良く暮らしていくことである。持つとも注目すべき義務、それは正義にもとることであるが、すべての人の結婚の行き着くところは運動によって統制されるか、最高指導者で、独身男子のキコ・アルグレイヨと元修道女で現在独身のカルメン・エルナンデスによって唱えられた聖職者的、及至、宗教的聖別を押しつけられることである。 年が経るにつれて新加入者達は堅固なグループに堅く結びつけられる。ここから同族結婚−グループ内で結婚する義務が−課せられる。彼らはハッキリと言う。 ”イスラエルの娘達と結婚せよ。”若い男か女がグループ外の誰かと婚約するとき、彼か彼女はグループ外に居る相手を彼らの仲間に入れるのに聖子する迄、その人は絶えず悩まされるであろう。もし問題の外部の人が運動の側にななければ、法外な心理的な苦しみによってグループ内の人はその地上の祝福を諦めるように余儀なくされる。何故ならば彼らは結局この人にNCが1つのそして唯一の真のキリスト教であることを確信させたからだ。 結婚した夫婦にとっても同じことである。とはいえ、配偶者の一方だけが彼らの組織の奴隷にされた時(貴方が考えるよりもっと頻繁におこっていること)、もし他の配偶者がその共同体を指示するか尊重しないならば、リーダー達は彼らを永久に別居(事実上離婚)させることさえ出来る。私は決してNCの道を大切にしなかった。そして、たとえ何年かの間加入したとはいえ、私の結婚を救うためにしたのだ。しかし、その結婚は道の狂気によってむしろ解かれてしまっていた。或る日、妻は正直に私に言った。”貴方の宗教と私のとは二つの大変違ったものだ”そこで私は妻が実際上他の宗教に属したような態度をとろうと試みた。しかし、私が夕方仕事から疲れて家に帰ると誰も家に居ようとしないことに気付いた;一人は御言葉の祭儀に出かけ、他の一人は会合の準備に、他のものは歌の準備に...彼らが属していた違った共同体の多様な会合によって各人違った場所へ出かけて行った。私はこれらの事実をこれ以上私自身から隠すことは出来なかった(毎晩、私は犬のように家で独りで食事をした);彼らは家庭という共同体をその核心で破壊することができたのだ。


こちらがわの意見までは流して見ます - 01/08/13 18:13:04 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
巧妙な操作と統制 その3
開始の時から直ぐに、彼らが我々に教えていることと違った何かを我々に告げる誰に対しても用心すべきであると、彼らは教えた...或る神秘的な危険なことが身に及ぶかもしれないと殆どほのめかしながら、カトリック教会の中に彼らを憎む多くの人々が居ること、又、彼らが初めての世紀のクリスチャン精神の真性、誠実な、本物の再発見者であると、彼らは我々に告げた。多くの人々が運動を離れ去ろうとしたが、この世界の外側には破滅と不幸しかないであろうということてで誰もが離れるのには耐えられなかったと、初めの頃彼らは我々に教えた。 我々が実際に友情を作り、保つのに、今日の世界で経験している困難さを彼らは完全に悪用している。数多くの会合を持つことによって新参者が団結するように、彼らは無理強いする。外面からどのような友人を持つことなく年が過ぎ去って行くように、彼らはそうする。彼らが提供するものが、この世で唯一のものであり、重要であるように見えるように彼らはそうする。彼らは入会者を駆り立てて、文化、芸術、スポーツ、政治等へのどのような興味も無くするようにする...すべて他のものは第2に来るのだ。 担当のリーダー達は最初はほのめかし、後には心からの信念、即ち通例のミサに行くカトリックは”二流”のクリスチャンであると主張する。


洗脳を抜くのは大変 - 01/08/13 18:10:13 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
巧妙な操作と統制 その2
妻と私は何時も喜んで子供を持とうとしていた。しかしながら私々のRh因子不適合のために、妻の妊娠のうちの2回は流産となった。医者達でさえこれ以上野妊娠は流産になるだけだろうと我々に告げた。それにも拘わらず担当のカテキスト達の熱狂的献身によって、妻は私に相談することなく、無責任で馬鹿げた決定をした。我々は流産の生産ラインになるよう運命づけられた。 担当のカテキスト達は、彼らは教皇の無条件の指事を享受していると請け合い確認したが、しかし私には彼らが教えいることは教皇が教えていることと同じであるとは見えなかった。例えば、私が教皇のように跪いて祈ろうとした時、彼らはそれは禁止されているからとして妨げようとした。NCが教えている事柄でさへ多くの点でカトリック教会の新しい公教要理の中のものからはそれている。 運動に通った3年後に、私は担当者達がもっている説得能力を実感した。私は又、彼らの”家族”という概念は伝統的なクリスチャンの家族と殆ど共通点がないことを悟った。彼らは、家族の長となる一人のカテキストによって導かれる30人か40人から成る唯一の家族を造り出す。”夫婦”という基礎は存在しない。その代わりに、彼らはその創立者キコアルゲイヨの直接の指示である全体的ピラミッド子う゛う−彼ら自身の構想を喪っている。 これらの年月の間に、私はリーダー達が各個人の−身上の生活を支配出来ることも認めた。第一に、彼らはグループの努めの量を増すことでこれを行った。しかし多くの場合彼らは公の告解と”監視”から生まれる心理的支配を通じてそれを行った。


- 01/08/13 18:07:39 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
打ち壊された−家族
私は高校を卒業し、53歳で、州の機関で管理職として働いている。私なは妻と3人の息子(29歳、27歳、19歳)があり、モンタニヨラ「ローマの近郊」の綺麗な家に住んでいた。私は政治に熱中していて(私は15年間地区の議員であった)私の小教区で各種の事業に参加していた。私野カトリック教会への信仰は揺るぎないものであり、殆どいつも聖体拝領に行っていた。新求道共同体{訳者註:以下NC(Neocatechumenate)と略す}についての私の経験は、私の生活を徹底的に変えてしまった。何故ならば私は今、何も持っていないからである。 巧妙な操作と統制 12年前(1985年)私の全家族はガルバテラ「ローマの他の部分」のNC共同体に入った。担当の最高職務者は当時も今もバチカンラジオのジャーナリスト、ロベレト・ピエルマリニ氏である。カテキスト達は20年以上にわたって続いている仕事を始めた。彼らは独特の型の編成を経るように要求した。我々が参加した時、私(私はカトリックアクション、公教要理を教えること、クルシリヨ等の多くの経験をつんできていた)には疑似プロテスタントであると目立って明らかであった多くの概念で彼らはすぐに我々を質問攻めにし始めた。それにも拘わらず、私は良い信仰でそれについて行った。というのは、私の主任子細(彼は今司教である)がカテキスト達に小教区に来る許可を与えており、私には彼らの先導に合法性が会えられたと思われたからである。 私は彼らの教義教育の方法と彼らの確信に引き寄せられた。彼らの言っていることはすべて予め放送されていなかったという印象を与えた。私は彼らに惹かれた。何故なら彼らはこれが唯一の現実のクリスチャンになる道だと言っていたからである。 この項  続く。


だ−さん - 01/08/13 11:33:00 電子メールアドレス:nori@norisan.net
ペンネームでも本名でも、人様の掲示板に書き込む場合一般的には到達製のあるメールアドレスを入れるのが普通です。もちろん特別な事情がおありになるのなら別ですが。


. - 01/08/13 11:13:54 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
私のいわんとしている日本語分かりませんか。
1.洗脳者されている方の自主性にまかし、2.それを拾って報道し、3.討論材料として提供し、4.福音の教会を建て直し、5.もって、イエス・キリストの御福音に役立てさせていただく。
この思想以外の方法で運動を進めることも可能だと思う。
だとしたら、些末なことを言い合って、互いに傷をつけあうより、必要な討論をすべきではないか。この仕事は遊びではない。


ちょっと気になった - 01/08/13 10:27:40
MIについてはこのサイトには直接関係がないのですが、勘違いをされると困るので書きます。
どなたがこれを書き込んでいるのかはすぐにわかったけど、とんでもない間違えですね。
>せんだって、バチカンから、正式な修道会の認可がおりましたので、1500人弱いる祈りの会員は、修道会と名乗ってよくなりました。
信心会だったのがもう一つ上の位に挙げられ「信心会」が取れたと言う話です。
修道会と名乗ってよいなんていう話、会報にもどこにも書いていないですよ。会報、よく読みましたか?
修道会と言うのなら「誓願」はどうなっているんですか?私、修道会に入った覚えはありません。
こんな恥ずかしいことを書かないでください。コルベ神父様とマリア様が驚かれます。
さらには修道会の神父様方やブラザー、シスターにも大変失礼です。
もう一つ、この会に入っていることをあなたはあちらこちらで書いておられますが、これはステータスでもなんでもないですよ。
同じ会員としてあなたが誇らしげに書いていているのを見ると悲しくなります。


koji - 01/08/13 10:01:33
ネオに限らず、小教区を妙なモノが席捲しているということはよく在ることです。
我慢したあげくに、カトリックそのもに懲りるよりも、距離を於いて自身の信仰を保つことも一つの方策でしょう。そう、金太郎飴の図柄が壊れないようにね。
私自身とご覧の皆さんへ・・・ あなたの独善と傲慢が、誰かを小教区外へと追いやっていませんか?


. - 01/08/13 07:55:54 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
洗脳とを解く仕事と言うことですか。結論は。いろんな分野の人がいて、それぞれで働く。コリント1−12、27節から31節、参照。
1.洗脳を自主的に解きたい本人、あるいは家族が解きたいとして来た場合、それをする専門の司祭又は精神科医、これらの人がいて、
2.その情報を貰ってマスコミリークし、
3.実態を克明に学ぶことによって、
4.使徒2章43節の祈りの教会を復活させ、
5.もって、福音宣教のお役に立つこと。
何度も申し上げていること。これは、他の多くの異端にも通じる方法でして、辛い支援を続けて行かなくてはならないのです。
私は、第2番目のマスコミリークを、これも自主的に担当し、目下、あすぴろ神父さんのメーリング・リストにて、報道しています。3の情報がよせられはじめています。


MIについて - 01/08/13 07:40:09 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
もちろん、現場の信心会会員です。註を入れなかったので、誤解されたようです。
せんだって、バチカンから、正式な修道会の認可がおりましたので、1500人弱いる祈りの会員は、修道会と名乗ってよくなりました。


M.I.は・・・ - 01/08/13 00:49:09
司祭や修道者以外の御発言で所属団体を名乗る必要があのでしょうか?しかも某修道会会員ならO.F.M.Conv.のはず。
ちなみに、同会会員が作成する文章は、書き出しの文句が決まっています。
M.I.(信心会会員)ならばわかりますよ。知らない人が見たら混同していまいそうなので、書きました。
苦労して小教区を立ち上げ運営してこられた方々の思いを十分理解された上での諸氏の御発言だと思いますが、ダメだから消滅させてしまえ。
という論理は、第2バチカン公会議精神と、今一度、御自分所属の小教区に置き換えてお考えになってみてはいかがでしょうか?
しっかりしたカトリック信仰が形成されていれば、異端的な神学を許容してしまう事は無いはずです。
ネオは、日本のカトリックの弱点を知った上での宣教展開であり、人間的&神学的によほどしっかりした信徒でないとネオを拒否できない恐れがあります。
また、カトリック系カルト対策で、ミイラ取りがミイラになった例があるので、ネオ対策の場合も注意を要します。


にゃお - 01/08/12 23:47:00
某汚れなき聖母の騎士会員の方へ
貴方の文は、ぶっしゅ氏に対する意見を述べているように見えるが、コンパッションを求める前に意見が中途で頓挫しているやうに見受けられる。
貴男の論旨を整理して再度投稿を要望するものである。


けがれなき聖母の騎士修道会会員番号3502 - 01/08/12 21:49:27
なるほど「コメント:」「私が書いたのは、嫌ならクリスチャンなんて辞めてしまえ!程度のことです。」
これはカトリック信徒であるとするならば、絶対に言ってはならない台詞です。
「少なくとも、自分が支持しない団体の行事に参加することや、経済的支援をすることはナンセンスということができます。」
この意見は全き正しいし、そうすべきです。
「こう考えることができなくなっていることが哀しいのじゃあありませんか。」
これが洗脳されていると言うことなんです。「だから「依存症」と書くのです。」依存症どころではないはずです。
私自身が自主的に創価学会の洗脳から逃れたのだから、洗脳からのがれる苦しみが分かっているからこそ、支援の輪に参加したいのです。
「組織が解体することを覚悟して、最悪の場合、ゼロからの出発をすれば良いじゃあありませんか。小豆島教会なんて一度解体してしまいなさいと私は書いてるのです。」
但し、旧約聖書の10人だけまともならと言う説ではないけれど、あなたの意見、も少し、コンパッションやって貰えないか。
教会堂は解体してよいししなければならないにしても、使徒4章32節の教会は解体してはなりません。
普通、洗脳を受けた方は、元のキリスト教には戻れない心となっています。
けがれなき聖母の騎士修道会員3502


ぶっしゅ - 01/08/12 21:21:57
私が書いたのは、嫌ならクリスチャンなんて辞めてしまえ!程度のことです。
少なくとも、自分が支持しない団体の行事に参加することや、経済的支援をすることはナンセンスということができます。
こう考えることができなくなっていることが哀しいのじゃあありませんか。
だから「依存症」と書くのです。組織が解体することを覚悟して、最悪の場合、ゼロからの出発をすれば良いじゃあありませんか。
小豆島教会なんて一度解体してしまいなさいと私は書いてるのです。


すちーぶ@常識として - 01/08/12 19:32:08
司教様が洗脳されてない限りどちらも、なしえないはずですが。


ぷー - 01/08/11 16:50:56
高松教区の現状では、ネオ司祭を受け入れることは、同時に、ネオ運動も受け入れることになり、小教区がネオ化してしまうことを意味します。
そうではなく、ネオ司祭は受け入れるが、ネオ運動は拒否することが出来たらいいんですけどね。あくまで、従来の小教区の方針にはしたがっていただくとゆうことです。


すちーぶ - 01/08/11 15:19:10 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
某氏の論文にもあったように、新求道共同体の洗脳からはずれると、大部分の方は、信仰を失って行く。
教勢の衰退を招く。主の教会の衰退は、すなわち、イエス・キリスト様の宣教命令が進んで行かないだけでなく、私たちカトリック教会が行っている福祉活動にも響いて行く。
教会が衰退したからと言って、私には関係ないと、決して言えない。
又、教会員の多様性は福音活動をする為の、神様から与えられた多様性であり、生活・文化の中心で働かなくてはならない。
金太郎飴の部分における多様性は認められない。なんとなれば、受洗しているからだ。


koji - 01/08/11 13:20:01
気に入らなければ、関わり合いにならないのが一番ではないですか?
ぶっしゅさんの仰るようになかたちで、信者が離れていくのを防ぐというのであれば、教区、小教区はその機能をもっと簡略にして、信者の登録とその維持に務めるべきでしょう。
所謂、「教会」は多種多様で良いのでは?


すちーぶ@神によりたのむ - 01/08/11 07:26:29 電子メールアドレス:stephano@nyc.odn.ne.jp
簡単に言うならば、「ねお」から離れた健全な兄弟といかに連携を保ってカトリックの福音主義(カリタスなどの運動)が再開出来るように、主の教会に立ち戻れるように。
福祉の仕事・福音の仕事をするには、人がいる。教勢です。
また、「ねお」の洗脳にやられた方で、洗脳から抜けたいと自主的に言ってくる場合、その家族が依頼してくる事例。これから増えると思う。
自分自身を基準にするか神を基準にするかが、問われているわけです。
何せ、洗脳が入ると、それ意外の論を聞いて見ると言うような健全で冷静な思考が途絶えて、外に漏らすと不幸になると信じ切ってますから、洗脳を抜くには困難を極めることとなりましょう。
★直接に現場で仕事する方、それをマスコミリークする。仲間の援助で教会を建て直し、もって、神の福音に持っていく。
統一協会対する杉本牧師、あの戦いは、実に有名ですよ。私たちだって、祈りさえあれ゛、可能だと思います。


アサさん - 01/08/11 06:57:07 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
私の場合、ぶっしゅさんのお書きになった1)お金を出さないという部分はまずやるべきことだと思います。
ネオカテクナートではお金が大変重要なシンボルです。お金を絶つというのは重要です。
次が、できるだけ広く情報を集めて公開するということです。ネオをやるやらないは基本的に自由です。
しかし、充分な情報も無いままに引き入れられるのは、サギにあったようなもの、どこの世界にもインフォームド・コンセントは必要です。


アサさん - 01/08/11 06:52:17 電子メールアドレス:ashoichi@opfri.oita-ri.go.jp
ネオカテクメナートの神父を受け入れるかどうかという判断が信徒側によってなされるかどうかは難しいところです。
現状では、選ぶことはネオであるか否かかかわらず、本当に信徒と交わることのできない司祭でも受け入れなければならない。難しいところです。
ネオのカテキストと話したことがありますが、最初に導入する教会の大きさは重要で、できるだけ小さい小教区が望ましいと言っておりました。
その方が、グループを形成しやすいと。
つまり小さければ小さいほど、そこから除外されることへの恐れが人にはあります。そこを突かれるのだと思います。
「新求道共同体が親密であればあるほど、うらやましくなって入ってくる」とも言っていました。
これは人の疎外感を利用しているのですね。


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