2001.12/21-31

一寸法師 - 01/12/30 16:44:45
遊歩さまからコメントがありましたので、1994年1月8日付、当時の日本司教協議会・正副会長が新求道共同体のリーダー(グレゴリオ神父)に宛てた書簡のコピーを入念に読み返してみました。
この書簡はA4判の用紙2枚で、冒頭は「新求道共同体の歩みに関する日本司教協議会常任委員会の覚え書きー」という書き出しで始まっています。
この「覚え書き」に対しグレゴリオ神父から深刻な困惑を表明する手紙が届き、それに応えた書簡のようです。
どのような「覚え書き」なのか分かりませんが、書簡の中にある「貴方達に対しても自分の教区の信徒達に対しても、具体的な指針を与えるでしょう・・・」という文章から察しても、かなり強固なものであるように思われます。なお、この書簡の初めには「長崎にて」とあります。



遊歩 - 01/12/28 21:34:05 電子メールアドレス:zabier@tctvnet.ne.jp
一寸法師さんの情報が正確であれば、すべての責任(善・悪とも)は、T教区教区長とその顧問団にあると思われます。


一寸法師 - 01/12/28 20:32:54
カトリック日本司教協議会が真正面から取り組まない限り、対岸の火事視が続くでしょう。司教団は無責任だと思います。
1993年9月に流した常任司教委員会(当時の委員長は島本要大司教)の文書や1994年1月8日に新求道共同体のリ−ダー(グレゴリオ神父)に送った当時の日本司教協議会・島本要会長、浜尾文郎副会長の連名の書簡を思い起こしてみるべきです。
後者には「ヨ−ロッパの非キリスト教化した国々で有効な方法は、日本のような宣教の処女地の国々においても適しているという保証はありません。
従って、貴方たちのやり方、日本での振舞い方が、その場所の具体的現実にふさわしいかどうかを見直すべきです」などと記してあります。
最後の方で前者について@この「覚え書」は,何かの場合の参照用として個々の司教の手元に残ることになるでしょうA神学院の厳密な性格については、長時間の話し合いの後、正確な理解に到達したものと思われますーなどと書いています。
こんな記録を残していながら、この事態になっても知らぬ顔というのは、どういう訳ですか。
いまこそ、その責任を果たすため神の前に立ち、正直な心で解決に立ち向かう立場にあるのではないでしょうか。
また、その「覚え書」とはどんなものなのか、公開を求める必要があると思います。


通行人A - 01/12/28 17:46:19
他教区では笑い話のタネ・・ですか・・。笑い話のタネを提供してしまったのは高松教区の責任でもあるけど、日本のカトリック教会自体も・・ではないの?
対岸の火事だと思って笑っていられない状況になったとき、今高松を笑い話にしている人たちはどう対処されるのでしょうか?
それとも所詮、自分の教区には関係ない事だとずっと思っているのでしょうか?


信徒会の役員 - 01/12/28 14:08:19
しょうゆ豆さんからお知らせいただいた桜町教会の会報「いずみ」の内容を見て、これは狂気の沙汰としか思えません。
「悪魔」とかいう言葉を使って会報に流し、それで平気でいる主任司祭や司教もおかしい。高松教区には常識というものが通じないんですね。
だからとんでもないことをしでかしてしまう。他の教区では笑い話のタネになっているそうですが、恥ずかしいことですね。もう高松教区から出ていきたい思いです。


@ぷー - 01/12/26 22:43:11
天正少年使節をもじって平成青年使節とでもしたのでしょうが、初老の谷口師をして、青年とは笑えます。平成中年使節では、かっこつかんわな。


傍聴人 - 01/12/26 13:26:24
高松・桜町教会の「いずみ」とかいう教会報の一部を見せてもらって、驚きのあまり開いた口がふさがりません。主任司祭や広報担当者は、事前にこの原稿に目を通したのでしょうか。
いくら主任司祭がネオだといっても、これでは宣教司牧のイロハが分かっていない、と批難されても仕方ありません。
日常のカトリック生活で「悪魔」という言葉は死後であり、卑語です。
また、セペ枢機卿にやたら歓迎されたように書かれていますが、団体で前もって連絡した後バチカンを訪問すれば、誰でも優しい言葉で歓待をうけるのは当たり前の話です。
それを自分たちだけのように言いふらすのはW赤ゲット”の恥さらし、というものです。


しょうゆ豆 - 01/12/26 00:26:41
高松教区桜町教会の教会報「いずみ」の12月号を読みました。その中に新求道共同体の方の投稿があり、「平成青年使節」と題されている。
その文中には「今は平成、高松教区長の深堀司教は、日本のカテキスタであるグレゴリオ神父のすすめにより平成13年7月20日、下田神父、谷口神父、岩崎神父、アンフーゾ神父の4名の青年使節をローマ教皇のもとに派遣した。」とあり、彼らは新しい高松教区に派遣される宣教家族と共に福音宣教省長官セペ枢機卿に会い、枢機卿は、次のように言われたそうです。
「私は日本の状況はよく知っている。日本に行きたい、桜町に行きたい、桜町を守りたい。」と、そして続きに、何から桜町教会を守られるのか? 
それは悪魔の罠から守るため、つまり日本の教会を悪魔から守るために来られるのである。
その時、通訳をして下さったグレゴリオ神父は後で、「彼は(カルジナル)は必ず日本にくるだろう。」と言い切ったのである。と書かれています。
セペ枢機卿はここに書かれているように桜町教会を悪魔の罠から守る為、日本の教会を悪魔の罠から守る為に日本に行きたいとおしゃったのでしょうか?
悪魔の罠ってなんでしょう?。福音宣教省長官セペ枢機卿は日本の教会を悪魔の罠から守る為にいつこられるのでしょうか。


〔あしたに向かって〕支援会 - 01/12/25 22:00:48
メリークリスマス! 神に感謝、皆様に感謝。


一寸法師 - 01/12/24 14:25:36
遊歩さまのコメントは説得力があります。ローマの判断を待ちたいと思います。しかし、わが国(高松)でこのことが表面化して、あまりにも時間が経ち過ぎました。
どこからも、対応策が示されません。だから信徒は知ったまま、見たまま「原理主義だ、カルトだ」との声が高まる始末です。
一番の問題は、新求道の道共同体がローマから公認されていない、ということです。宣教の地で、法を守らず、秩序を乱す活動団体を放置しておいた責任は免れません。
穿ち過ぎかも知れませんが、今年4月、福音宣教省長官が突如交替したことは、この非公認問題と無関係ではないと思っています。
あれからもう10ヶ月、どういう解決策を打ち出していくのか、このまま放っておけない情勢にあるのではないでしょうか。


遊歩 - 01/12/24 09:55:57 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
カルトと普通の宗教との違いは、カルトが排他的であり、自己に奉仕を強要する(自分たちのために金品を求める)のに対して、宗教は、開放的であり、他者への奉仕に尽力する点にあると思います。
新求道共同体がどちらに属するのか、検証する必要がありますが、現行のカトリック体制を肯定する限り、最終的な判断は、ローマにあるわけでしょう。
我々下々のものは、その判断に従うのが妥当でしょう。ローマの判断に先立って、カルト視するのはいかがなものでしょうか。
ただし、現状に至っても明確な判断を示さない教導職の消極性は大いに批判されるべきでしょう。


@ぷー - 01/12/23 21:57:18 電子メールアドレス:zk007jop@yahoo.co.jp
ネオ グループはこのクリスマスにもどこか、自分たちだけで集まり、集会をもつのでしょう。
言っても無駄だとは思いますが、世間の良識はあの集団は原理主義組織であるとあなた方は認知されてしまうと云うことをよく覚えて於いてください。
あなた方はよりよい社会の建設のために、何かしてますか?反対に紛争のネタをまきちらせているだけではないですか?


応援団長 - 01/12/23 20:55:23
原理主義組織の新求道共同体が、どれほど怖い組織であるかということについて、高松教区の信徒は行き着くところまで行かないと分からないのでしょうか。
彼らの秘密行動、つまり集会が、どんな内容のものであるか、それは原理主義思想を洗脳する独特なプログラムに従って進めています。
かつてテレビで放送された、あのオウム真理教を見れば分かるでしょう。
参加している信徒は、そのことに気付かないか、もう全てが正しいと思い込んでしまっている、それが洗脳と言うものなのでしよう。本当に恐ろしいことなのです。


つぁいす - 01/12/23 11:18:22
http://www.kimai-net.gr.jp/ohchi/dali-index.htm 香川県大川郡大内町三本松1172番地・[大内町役場・企画財政課]/*
一般雑誌に「原理主義組織」だと紹介されていた新求道共同体(俗称ネオ)の準拠点地はこの町のようですね。
しかし、このHP内には意図的にか?「ダリ彫刻の森」に深く関与したはずの谷口幸紀神父の名が見当たらないのが少し気にかかります。


傍聴人 - 01/12/22 20:40:13
新求道共同体が原理主義組織であることが国際ジャーナリストによって知らされ、私のところにも問い合わせが相次ぎました。
そこで改めて10年前、この活動を始めたキコ氏が高松に来た時のヴィデオを借りて見ました。彼の身振り手振りのしぐさ、その語り口は、原理主義思想に燃える者の姿そのものです。
すぐ隣にいながら、遠くにかすんで小さくなった深堀司教の様子を見て「これは怖い」というのが実感す。不可知論者だったというキコ氏ですが、論議が通じる相手ではなさそうです。
終始威圧的で、「私の話を聞け」という感じ。高松のネオ司祭や新求道の道の人たちは、キコ氏をそっくり真似しているようです。
そこが原理主義組織の恐ろしいところ。まともに話が通じる相手ではない、ということです。


一寸法師 - 01/12/22 12:52:59
クリスマスを迎えて祈りながら、しみじみと思いにふけっています。
高松教区(深堀司教)は、過去にこれほどさまさまな汚点を抱え込んでいるのに、どうして改心に向けて謙虚な姿勢に立ち返れないのでしょうか。
いつも神様と向き合っている立場の人たちが・・・。どう考えても合点がいきません。
神様、どうか高松教区で働く人たちが人間のかたくな心を捨て去り、このとき、改心への導きと癒しの恵みを与えて下さい。アーメン


桃太郎 - 01/12/22 02:38:47
司祭が信者にむかって悪魔と言うのも悲しいが、ネオ信者が同じ教会の信者に向かって悪魔と言うのを聞くのはもっとつらい。私は二度その現場に居合わせました。
話は変わりますが深堀司教様が退かれても高松教区の司教を引き受ける人がいないと言うのが全国的な意見だそうですが、ネオ信者とそうでない信徒が分裂した教会(小教区)の主任司祭になられる神父様も大変でしょうと思います。
このような状態では。役員さんの言われるように、ネオ神父なら反対者を黙殺するからやれるでしょうが。


@ぷー - 01/12/21 22:37:11
他者の意見を悪魔など決めつけることは、大変失礼極まる発言であります。そうゆう場合には、どうして悪魔の発言であるのか、ネオ司祭に説明をもとめましょう。
感情的に発言しているだけであり、納得いく説明はきっと出来ないものと思います。


信徒会の役員 - 01/12/21 21:34:42
日頃の信徒会活動でネオ司祭との交渉が決裂したり、ネオ活動に反対しているとわかると、彼らはその相手を一方的に”悪魔”だと決め付けてしまいます。
以後、対話が途絶えてしまう傾向があるようです。常に自分たちの優位性を主張し、それに同調しないと知ると排斥しようとします。
主任司祭がネオだと独断でものごとを進めることが多くなり、ついていけない信者は教会を離れていくから困るのです。
自分たちに迎合する者と、そうでない者とでは接しかたが違います。ネオ司祭の言動には二面性があり、やはり原理主義「ファンダメンタリズム)を彷彿させるものを感じます。


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