2002.4/11-20

@ぷー - 02/04/20 22:14:29
結局のところ、マレーシアで、どんなネオの会議があろうが、セペ枢機卿がどんなメッセージを送ろうが、現在高松教区で起きている問題には関係ないことではないでしょうか?
それに、アジアで、何か大きな司教会議でもあれば、カトリック新聞が報道すると思います。
この会議について、カトリック新聞がなんのコメントもしないところを見ると、大した会議じゃなかったのではないですか?



なつこ - 02/04/20 20:17:26
4月28日にキコ氏が岡山に来る って話を聞いたんですが本当? 


プル - 02/04/20 12:15:12
<<やまびこ - 02/04/20 11:59:17神様が全てご存知のこと。お祈りのほど・・・。>>  
と、おっしゃるならば、このような公の場所に人をあしざまに言う様なことを書くのはいかがなものかと・・・


やまびこ - 02/04/20 11:59:17
神様が全てご存知のこと。お祈りのほど・・・。


プル - 02/04/20 07:37:03
<<- 02/04/17 22:54:39・・・マレーシアのアジア司教会議で読まれた「福音宣教省のセペ枢機卿からのメッセージ」>>  
この原文と、司教さんがたが写っている写真とは、是非見てみたいものです。
明日に向かってさんへ、もしこの書き込みをされた方がデータを送ってきたら掲載してくださいますよね?


プル - 02/04/20 07:34:31
<<やまびこ - 02/04/19 11:22:34・・・その後よく確かめたところ、>>  
これもせめてどんな風にして確かめたのか、もうちょっと書いてくださらないと。
こんな風に書くだけじゃ、世間もキリスト教の信者さんも信じてくれないでしょう。(普通の人なら)


プル - 02/04/20 07:31:12
<<どうしてやまびこさんは嘘をつくのでしょうね>><<傍聴人が書き込んだ文章のアヤ”>><<「嘘の父は悪魔だ」はこちらから熨斗をつけてお返しする>>  
んーーどっちもどっちの様な気がするのですが、どなたかどちらが正しいか証明する公式の書類のようなものを提示してくださいませんか?
過去ログを読んで思ったのですが,スキャナで読み込むとか、デジカメで撮影するとかして、こちらのサイトに掲載すればすっきりくっきりだと思うのですが、これじゃ、ただの悪口の言い合いですね。


傍聴人 - 02/04/19 17:24:44
僭越ですが、傍聴人が書き込んだ文章のアヤ”を見逃さないようお願いします。誤解を生まないために・・・。
ところで新求道共同体本部が巨額の費用を投じアジア各国から招いたマレーシアのコタ・キナバルでの”集い”は、何もキコ氏から「−道」の話を聞くためだけではなかったでしよう。
私も実は、同共同体の命運をかける重大な発表があると耳にしていました。が、セペ枢機卿のメッセージの中にもそれらしいことが何も述べられていませんね。おかしいですね。
もっとも彼らにとって朗報だったら、Tたちが帰るなり”錦の御旗”をこれ見よがしに振りかざすのでしょうから・・・。空振りに終わったということでしょうか?


- 02/04/19 15:32:18
マレーシアで開かれたNC主催の集会では、懸案の会憲のお披露目があるかと思っていたのですが、そうではなかったんですか?


やまびこ - 02/04/19 11:22:34
コタ・キナバルでのこと、あれはキコ氏の話を聞かせるために呼び集めた「新求道共同体独自の集い」に間違いござらぬ。
決して公のものではなく、従って深堀司教たちも任意に参加したというわけ。
その後よく確かめたところ、この集いは旅費もホテル代なども総て新求道共同体持ちで、だれかれなく招待状を送りつけたのだから、旅行気分で、面白半分に出かけた”人”も多かったと聞いている。
それを公の会議まがいに言い広めたりして、「嘘の父は悪魔だ」はこちらから熨斗をつけてお返しする。失礼だと、聖ヨハネが嘆いているよ。


- 02/04/19 10:15:04
著作権の関係であまり詳しくは紹介できませんが、ある信頼できる外電は、コタキナバルでの集会を、「新求道共同体が主催したアジアの司教、信徒、聖職者の集会」あるいは「"convivence"として知られる新求道共同体の集会」と呼んでおり、「アジア司教会議」という主催者側の正式名称(?)は使っていません。
セペ枢機卿の書簡にもこの正式名称(?)は出てきていませんよね。


- 02/04/19 07:17:07
やまびこさんは嘘をつかれたのではなく、傍聴人さんがかかれたことに相づちを打っただけすね。
先ほどのやまびこさんに対する書き込み失礼しました。傍聴人さんも確認は撮っておられないような書き込みですね。


- 02/04/19 07:13:53
やまびこさんは『マレーシアのコタキナバルで開かれたアジア司教会議』に出席した司教様は高松教区の深堀司教様一人だけだと言い切っていますが、それは本当ですか?
私は少なくとも他に二人、合計三人の日本人司教様が写っている写真を、出席した人から何枚も見せてもらいましたましたよ。何なら明日に向かってさんにお送りします。
嘘の父は悪魔だ(ヨハネ8:44参照)と聖書にありますが、どうしてやまびこさんは嘘をつくのでしょうね。それとも、傍聴人さんが想像で言われたことを事実と取り違えられたのでしょうか。
インド、台湾、フィリッピン、はもとより、インドシナ各国、チベット、タジキスタン、などまで広範囲にわたるアジアの司教、大司教、枢機卿ら120人余りが集まった会議で、その名前も正式に "Asian Catholic Bishops' Convivence" と呼ばれている会議が、何で「新求道共同体独自の会議」になってしまうのでしょうね。
それとも、アジアにはそんなにたくさんの共同体を支持する司教様たちがいるという印なんでしょうか?


しょうゆ豆 - 02/04/18 21:50:48
なんだか胡散臭い書きこみと思ってましたよ。今年もまた、5月に高松国際宣教神学院から3名の新司祭が叙階されることになっていますが、その内1名はマレーシア出身です。
セペ枢機卿の手紙からも、リー司教は新求道共同体がお気に入りのようですので、なんとか高松の神学院をご自分の司教区に神学生ごと受けいれ移してくださること出来ないものでしょうか?日本には合いませんもんね。


やまびこ - 02/04/18 19:00:04
「アジア司教会議」なんていうから、日本の司教さんたちも代表で何人か出席されているのかと思つたら、なあんだ、深堀司教一人だけだったのか・・・。
ネオがやるいつもの手の会議だね。この文章の中味は、何回も使い切った”出し殻”がまた出てきたという感じ。
どうもこれはネオのTかGのやりくちだね。セペ枢機卿もお気の毒な話だ。


傍聴人 - 02/04/18 12:47:46
これこそ新求道共同体が最も得意とするプロパガンダ・・・・・
「マレーシアのアジア司教会議・・・」で始まる書き込み、よく読んでみると何のことはない、これは復活祭直後にマレーシアで新求道共同体が組織・企画した新求道共同体独自の会議でのことであり、日本から司教の立場で出向いたのは高松教区の深堀敏司教だけでしょう。
同教区からは下田神父ら数人のネオ司祭が同行したとも聞いています。
まるで「アジア・シノドス」でも開かれて、そのときのメッセージでもあるかのように言いふらす思い上った広報作戦がこの運動の大きな欠点でもあるのです。
セペ枢機卿も福音宣教省長官という立場から、頼まれて儀礼的にこんな”お世辞”つきのメッセージを送ったのでしょう。
それにしてもヨハネ・パウロ2世書簡なども12年前(1990)の古いものを引用したりして、メッセージに何の新鮮味も感じさせない内容です。
何よりも宣教するアジア諸国の現実を見つめることなく、またそれが曖昧にされているという点で、このメッセージは深く考えられたものではなく、新求道共同体を推奨する一部の司教と新求道共同体のメンバーに限定して送られたものであるということを、この場で明確にしておきましょう。
私の想像ですが、おそらく実意のないこのメッセージは、セペ枢機卿の周りにいる何人かのネオ司祭たちがにわかに相談して文案を作り、それにサインを求めて届けられたものと見ています。
そんなものを何の意図があってこのページに掲載したのか理解に苦しんでいるところです。


しょうゆ豆 - 02/04/18 12:11:00
この会議を組織した…と、言う事は、新求道共同体主催の会議ということかな??  
ジョン・リー司教って、昨年12月の助祭の叙階式の時、来日していたマレーシアの司教さまでしょ。


ルル - 02/04/18 03:00:27
新求道共同体によってもたらされた多くの混乱と諸問題によって苦しめられている信者の方々が、いつも主イエズスと共に信仰と天への道を歩む事ができるよう主が新たな力と堅固な信仰を与えてくださいますように。
そして処女マリアもこの苦しんでいる信者の方々と共にいて下さり、その母性的保護と愛を持っていつも支え、慰め、励まし、守ってくださいますように。アーメン。
「私の救いと光栄は神にある。私の力の岩、私の逃れ場は神。民よ、あらゆる時に神に信頼せよ。その御前に心を打ち明けよ。神は、我らの逃れ場である」(詩篇62・8-9)


- 02/04/18 00:22:09
『私は、この会議を組織した新求道共同体の歩みの創始者たちと、この会議の実現のために惜しみない貢献をされた新求道共同体の兄弟たちに』・・・・・・・・・そうかーーー。


- 02/04/17 22:54:39
マレーシアのアジア司教会議で読まれた「福音宣教省のセペ枢機卿からのメッセージ」に日本語訳だそうです。
(ここから)公文書番号 1866/02 CONGREGATIO PRO GENTIUM EVANGELIZATIONE (福音宣教省)
司教職において尊敬すべき兄弟の皆さん、親愛なる兄弟姉妹の皆さん、私は、世界の人口の約三分の二を擁し、数千年にわたる文化と宗教的伝統を誇り、人類家族の歴史と遺産の大きな部分を占めているこの地上最大の大陸において、あなた方が新たな福音化のために祈り反省する機会となるこのアジアの司教達の集いに参加されたことに関して、主において大きな喜びを禁じ得ません。  
第三千年紀の初めにあたり、この広大なパノラマを前にして、教会は刷新された豊かな信仰の刈り入れについて大いなる希望を抱いています。
アジア大陸は、今や世俗化と伝統的社会の崩壊による迅速で広範な変貌を遂げつつありますが、人々は、個々人としても、また民族としても、無意識のうちにとは言え、神について、人について、また罪や苦しみや死の問題からの解放に導く道についての真理を知ることへの期待に生きています(ヨハネ・パウロ二世回勅「救い主の使命」45)。
このようなわけで、教皇様がかつてアジアの司教会議の作業の結論として述べられた「二千年の年月を経て、今なお人類家族の主要な部分がキリストを認めていないという理由からだけではなく、教会と世界が新たな千年紀の扉を開くあたって、宗教的確信とそこから湧き出る道徳的真理が特に危機に瀕しているという理由から、この時代に新たに福音を宣言することは極めて重要である」(ヨハネ・パウロ二世使徒的勧告「アジアにおける教会」29)という言葉が、今私たちの記憶に強く蘇ってきます。  
福音宣教省は、あなた方の宣教の熱意と、福音化の使命を遂行することにおける惜しみない努力についてすでに知る機会を持っていました。
いつの時代にも、福音に対してより忠実であるよう生命に刺激を送られる聖霊は、第二バチカン公会議を期に、命の充満と平和を探し求めている現代人に教会が答える助けとして、有効な手段をお与えになりました。そのような手段の一つがこの新求道共同体であります。  
「現代の社会と時代に対して有効なカトリック的養成の一つの道程として」(ヨハネ・パウロ二世書簡「オグニクアルヴォルタ」1990年8月30日:AAS 82, 1990, p.1515)、新求道共同体の道は、成人を対象とした求道共同体を形成し、司教区規模の信仰の生涯養成の場として、司教に奉仕することを願っています。
それは、今なお教会につながっている人々の信仰をさらに強め成熟させる傍ら、小さな共同体を生きることを通して、信仰から遠ざかっていた人々を信仰に呼び戻し、小教区内においてキリスト教入信の手引きをすることに貢献します。  
牧者とともに、信徒、特に家族を巻き込んだこの特別な形態の洗礼後ならびに洗礼前の求道共同体は、キリスト者が少数派であるために信徒全員が一体となって福音化の仕事に参加しなければならない大陸において特に、大きな希望を与えています。
それは、キリストにおける新しい命を十全に生き、キリストを門として(ヨハネ10:9参照)、また彼だけが人間に人間自身の神秘を掲示することのできる者、人類を救うことのできる者、として証する大人のキリスト教共同体を形成します。  
したがって、崩壊家庭の立て直しや、修道生活への召命、そして世界のさまざまな地域に開かれた「レデンプトーリス・マーテル」教区立国際宣教神学院を通してもたらされる叙階の秘蹟への召命など、約30年ほど前からあなた方自身がその直接の証人である豊かな改心の果実をもたらしたこの共同体の道について、より深い理解を持つことは大切であります。いかにしてアジア大陸を福音化していくべきかを考えるとき、我々がその使命の喜びと力強さを再び発見し、この告知が我々の時代の人々にキリストの死に対する勝利を体験させることができるよう段階的で漸進的なカテケージスの形で表されたものであることを知るためには、まず我々自身があらためてこのケリグマの告知と改心への呼びかけに耳を傾ける必要があるでしょう。  
私は、この会議を組織した新求道共同体の歩みの創始者たちと、この会議の実現のために惜しみない貢献をされた新求道共同体の兄弟たちに、心からの感謝を捧げたいと思います。また、この機会を借りて、貴方たち旅人のカテキスタ、司祭、宣教家族たちが、福音化というこの貴重な働きにおいて司教たちと地域教会に対してなされた奉仕に対して、感謝の意を表したいと思います。  
私の心からの感謝は、この会議の招待状に名を連ねることを望まれたカオシュンの司教ポール・シャン枢機卿と、セブのリカルド・ヴィダル大司教とに対して、また特に、ご自分の司教区に皆さんを兄弟的歓迎をもって受け入れてくださったコタキナバルのジョン・リー司教に向けられます。  
司教職において兄弟である親愛なる皆さん、私は皆さんと祈りにおいて強く結ばれています。
この復活節に際し、キリストは復活したものとしてご自分を弟子たちに現わされ、彼らをすでに黄金色に実っている畑に収穫のために送り出されたように、あなた方にもご自分を現され、貴方たちに託された職務を果たすために新たな力を与えて慰め促してくださいますように。  
この会議に先立ってヨーロッパの司教たち、アフリカ、中東、そしてアメリカの司教たちと既に持たれた同様の会議の場合と同様に、主があなた方に兄弟的交わりの体験を生きることを許してくださいますように。
また、「人間性の再生のための教会の使徒的使命において協力するものすべての者に霊感を与える母性的愛の模範」(ヨハネ・パウロ二世回勅「救い主の使命」92参照)である処女マリアが、あなた方とともにいて、その母性的保護をもってあなた方を励ましてくださいますように。
ローマにて、2002年4月2日 福音宣教省長官クレシェンツィオ・セペ枢機卿


@ぷー - 02/04/17 21:17:53
その八幡浜に来た宣教家族が、どんな3K仕事でも嫌がらず、キリストのために笑顔でこなしていくならば、本物でしょうが.....。


いりこ - 02/04/16 17:22:18
聞いてはいましたが、八幡浜にも宣教家族(8人家族)が来ました。どんな仕事をするのでしょうか。
いまどきこんな田舎で働くところもなかなか見つからないと思いますが、生活は大変でしょうよ。司教さんの指令で来た、とかだそうです。
ここはいつも来る人が10人ぐらい。神父さんが2人と家族で2倍になりました。


旅人 - 02/04/15 08:36:26
旅先で小耳に挟んだことですが・・・松山でネオ活動にとっても熱心だった二人のSrが先ごろ愛知と兵庫へ異動したそうですね。
そのうちの若いSrは,D修道会のj神父と”ひとつ”になって松山教会にネオを導入した人だそうです。
ネオの集まりとか叙階式には必ず姿を見せていました。こざかしいSrだそうで、10年前、高松での全国集会のときのビデオを見ると、その様子がよく分かります。
この異動で松山のネオ信者たちは、かなりショックを受けているそうです。この異動の裏には何か深い訳がありそうです。ではまた次の旅先から・・・


一寸法師 - 02/04/13 20:31:56
葉桜様、いろいろご教示いただいて感謝しております。
新求道共同体の問題について私は@この活動が宣教の地の日本(人口に対する信徒比0・3%)には適応していないAインカルチュレーションがこの活動のカテゴリーにはないーという視点から捉えています。
「高松教区の問題ー」というのは,宗教法人の代表でもある教区長(司教)が、とんでもない過ちを犯したことによって、高松教区にこの活動が入ってきたからです。
日本の司教達が同じ徹を踏むことのないようにと訴えているのです。何卒ご理解下さい。


プル - 02/04/13 12:11:54
<<傍聴人 - 02/04/13 11:47:30>>さん ALL了解です。


傍聴人 - 02/04/13 11:47:30
ブルーさん、維持費のことなどはあなたが所属されている教会の信徒会長か、地区の会長に尋ねてみて下さい。
昨年の教区信徒協総会に出席した方ならちやんと答えてくれるでしょう。北条教会の件は、同教会の会報「風早の里」(復刊33号・3月10日発行)に詳しく報告されています。
各教会に送られていると思いますが、なければ直接取り寄せて見られるようお勧めします。電話は089−992−2008です。


プル - 02/04/13 08:18:50
<<ネオ司祭が@ 信徒は教会の求めに応じて必要なものを出すべきだA維持費は全収入の3%納める義務がある―などと斟酌することなく性急に強要すればするほど,>>
本当にこんなことを言っているのですか?桜町教会のT主任神父が言っているのを聞いたことは、一度もありませんが。


プル - 02/04/13 08:15:40
<<信徒会長はネオ司祭が 北条教会に派遣されるのであれば、松山教会と合併するといい、シスターは、今までどおり、ドミニコ会司祭の 司牧を希望する、ネオ司祭の 司牧は拒否したいとの意思表示をした>>
これを正式な文書で教区内外に周知するといいですね。明確な意思表示として。情報公開の時代ですから。
少なくとも北条教会の信徒会長さんは信徒会名義で四国の各教会に「こんなことを司教さんに言ってきたよ」という文書を流してあげたらいいと思う。


@ぷー - 02/04/12 23:56:08 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
葉桜さま、あなたの一念はよく理解できました。ところで、懸案の北条教会の動向について、情報を得たところです。
先日深堀司教のところへ、北条教会の信徒会長とドミニコ宣教修道女会のシスターが訪れ、信徒会長はネオ司祭が北条教会に派遣されるのであれば、松山教会と合併するといい、シスターは、今までどおり、ドミニコ会司祭の司牧を希望する、ネオ司祭の司牧は拒否したいとの意思表示をしたとのことです。
とりもなおさず、シスター方が態度を明確にしたことは画期的なことであると思います。
(北条教会は近辺に聖カタリナ女子大を抱えておりますので、シスターが多いわけです)シスターが司教に意向を伝えることは、管区長の許可なしにはできないことです。
つまり、この意思表示は、管区長の意思でもあるわけです。ドミニコ修道女会は態度を明確に表したと評価しております。
余談ですが、男子の腰抜けドミニコ会よりも修道女会の方がよっぽどしっかりしております。イエス様の最後に付き従ったのは女性であったことはむべなるかな、です。


葉桜 - 02/04/12 22:16:16
あしたに向かってさん。《キリストの愛に基づいて、『救いを求めて歩み続ける・・この悲しみ、この苦しみを共に分かち合い、支え合いたい》
そう思えばこそ、ネオに苦しめられている方々のために、昨年から今年にかけて、神父様にごミサをなんど捧げていただいたでしょうか?
そしてそう思えばこそ、はるばる高松まで出むいたのです。これは愛ではないのでしょうか?  
一寸法師さん。《私たち信徒の知識ではとても及ばないことであり、ある一線を越えたことは専門家に委ねたい》 
私も不勉強な信徒ですが、以前書き込んだ内容くらいは書くことができます。
一線を越えているかどうかわかりませんが、「あいしん」で昨年5月から連続で、ネオ問題を取り上げ続けてきました。
現在翻訳掲載のイタリア語の文献の著者たちはすべて専門家なのです。ですから紹介したかったのです。
今回のコメントの中で欠けている点を指摘させていただくと、新求道共同体が高松教区に浸透する以前に、「教区立」神学院問題も、それにかかわる「信徒の思い、悩み、悲しみ」もなかったことです。
新求道共同体こそがこれらの諸問題を高松教区に生ぜしめたのであって、他の原因はありません。
客観的に他の教区から観察していると、あまりに「高松教区のことは」「高松教区の問題は」とそれのみにこだわりすぎているようで、まるで「高松教区教」みたいで思わず引いてしまいます。
「教区内外の様々なお立場の方々から広くご意見をお寄せいただ」くのならば、もう少しただいま申し上げた諸点を考慮していただくほうが、今後のためにも有益でしょう。
私たちは、信仰における兄弟姉妹なのではありませんか?その方々が苦しんでおられるのを、何とて放任しておくことができましょう。
どうぞ、私のこの一念はご理解ください。高松教区の兄弟姉妹たちに、良き日よ、来たれ!さようなら。


プル - 02/04/12 22:10:26
ネオに反対している人を「あの人は悪魔だ」というのではなく、「悪魔にだまされている」という様にいってませんかね。
私は後者の表現でいわれたことがありますが、この二つの表現はだいぶ違う様な気がしますが、うーーん彼らは「あの人は悪魔だ」とはいわないとおもうなぁ。


@ぷー - 02/04/12 12:55:31
通行人C様、ネオは普遍教会から断罪されていないはずだ、とのことですが、アメリカ軍のアフガン侵攻も断罪していませんね。
アメリカの司教団にいたって は、容認しております。ネオにより、傷つけられた「心の傷」は、なかなか説明しがたいもので、ネット上の書き込みに表しがたいことが、多分に背景としてあるのです。
いくら説明したところで、男性には陣痛の痛みが理解できないことと同じです。
ですから、「納得し難い」とのことですが、実際に、高松教区のネオ司牧教会を訪れ、ご自分の眼で、実態を確かめられることをお勧めいたします。


一寸法師 - 02/04/12 12:55:07
通行人様、「ごきげんよう」なんて寂しいことをおっしゃらないで下さい。高松教区のことは、神学・教義的な面でも言及せざるを得ない事態に至ることも当然あると思います。
が、そのことの集中議論になりますと、私たち信徒の知識ではとても及ばないことであり、ある一線を越えたことは専門家に委ねたいと思っています。
高松教区の問題は「教区立」神学院と、それに係わる教区の運営全般について教区・小教区の現状と問題点、信徒の思い、悩み、悲しみなどが次々に浮かび上がってきています。
その都度、教区内外の様々なお立場の方々から広くご意見をお寄せいただき、真実を求めて客観的な思考力を養いたいと望んでいます。
ですから、ここぞと思われるポイントには、どうかコメントを続けて下さい。


桃太郎 - 02/04/12 03:09:01
天空の光翼さん、あなたはキリスト信者ではない方ですね。キリストの教えを信じる者は、自分を「天空の光翼」としょうし、他人を「堕天使」などと呼ぶことはありえません。
もっとも、近頃のネオ信者さんは、ネオに反対する人を「悪魔」と言いますから・・・困ったことです。


通行人C - 02/04/11 21:19:35 電子メールアドレス:ypepito@hotmail.com
私も議論をするほど暇ではありません。しかし、反ネオの方々は、ネオが間違っているから反対しておられるのではないのですか。
嫌いだから出て行け、というのではないでしょう。そうでありますのなら、どこが間違っているのかだれでもが納得するように説得されるのが筋でしょう。
納得しがたいと申し上げている私の発言を姑の嫁いじめと受け取られるのは、如何なものでしょうか。
わたしの知る限りネオは、普遍教会から断罪されていないはずです。では、お邪魔虫は、これにて退散いたします。ごきげんよう。


桜吹雪 - 02/04/11 21:00:41
エンリコ・ゾッフォリ神父著「新求道運動の異端」第1章に「あがないの否定」と書かれています。
「我らの罪のあがないなるイエズスの聖心」という、イエズスの聖心の連祷をひくまでもなく、キリストは十字架のご受難とご死去によって世をあがなわれた、というカトリックの根本的な教義を否定するなら、新求道共同体はカトリックではありません。
いわんや、キリスト教ですらありません(あいしん93号参照)。ところで、どうして日本では、ゾッフォリ神父の著作のようなネオの教義等の誤謬を告発する書籍を翻訳出版しないのでしょうか?
イタリア語で、もう14冊も出ているというのに! 


しょうゆ豆 - 02/04/11 20:37:27
人当たりがよくて、優しくて、話しが上手で、いい人だ、などだけが、司祭としての資質とは思えません。
キリストの代理者としての司牧のこころをもち、たしかなみことばを教え導き伝えてくださる方、司祭として尊敬できる方、告解しても、つぐのいに祈りではなく献金する事を告げるような司祭を信頼する事はできません。 
複数の人の前で自分を卑下しさらけだしてしまうようなグループ集会のネオ方式では自己を偽ってしまわないでしょうか?聞かされる方も、私ならいやですね。  
1対1で安心して心から赦して下さい、清くなりたい、と願い出ることの出来るとき、見えない神の愛を、その司祭を通して感じることが出来る。 
高松教区の憂鬱の大部分は、教区長への不信感とネオ司祭が信頼できないことだと私はおもうのですが。


桜吹雪 - 02/04/11 20:32:57
通行人Cさんへ。≪余計なことでしょうが≫余計なことです。姑の嫁いびりに類似のあなたのコメントに今後も答えないのは、ひとえに私の雅量と心得てください。
あなたと論議しているほど私は暇ではありませんから。


しょうゆ豆 - 02/04/11 20:16:19
天空の光翼さん、「にっくらしい しょうゆ豆たちメ」と思われてのことかと思ったのすが、そうでもないようで。
でも、下のコメントは個人に向けられた誹謗中傷にとれます。あなたのお名前には似合いません。


あしたに向かって - 02/04/11 18:31:08
ご復活の祝日を境に、高松教区では、7つの教会が新求道共同体の司祭の司牧になりました。これから、高松教区が、どのように走っていくのか予測がつきません。
しかし、少なくとも、これまで新求道共同体が引き起こしてきた問題は何ら解決されず、今なお信徒の心を傷つけ、人間関係の溝を深め続けていることは、確認されています。 
私たちが今心に留めたいことは、キリストの愛に基づいて、「救い」を求めて歩み続けるということではないでしょうか。
 「主は、従う人に目を注ぎ、助けを求める叫びに耳を傾けてくださる。主は助けを求める人の叫びを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。」 詩編34−16,18  
このみことばを信じて、私たちの現状を訴え、決して希望を失わず、この悲しみ、苦しみを共に分かち合い、支え合いたいものです。
そうすれば、きっと、主は私たちに「道」を示してくださるでしょう。今こそ、主にすべてをゆだねて信頼し、ともに歩んで行きませんか。


傍聴人 - 02/04/11 16:51:35
司教座の高松・桜町教会は、名実共にネオ所属の主任司祭になってから「教会へ行きたくない」という信徒が増え続けています。
はっきり口に出さないまでも気持ちのどこかにそんな思いを抱いている信徒は意外に多いのだと聞いています。
その一つの表れと言うか、当然の結果として、教会の維持費が減ってきています。因みに2001年度の月定献金・維持費納入(袋)は142口で、一人月額平均3,757円です。
信徒総数794人比は17,9%、主日に訪れる平均300人に対して47,3%という低率。司教座としてはなんとも恥かしい数字です。
だからと言ってネオ司祭が@信徒は教会の求めに応じて必要なものを出すべきだA維持費は全収入の3%納める義務がある―などと斟酌することなく性急に強要すればするほど,信徒は教会から離れていくことになるでしょう。
誠に悲しいことですが、ネオの司祭は"司牧のこころ"が養われていないということなのです。
それと同じく『福音宣教』という基本的な使命を怠り、種の播き方も知らない愚かな言動には、まったくあきれ返るばかりです。


通行人C - 02/04/11 11:23:15 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
桜吹雪さんへ。余計なことでしょうが、ネット上の議論では、相手に容易に反論されるような論拠は、かえって相手の真実性を明らかにするだけです。
「栄光の賛歌」と「信仰宣言」について2度ほどお書きになっていますが、どれも決定打ではありません。典礼憲章違反とのご指摘も今一説得力に欠けます。
親ネオ司教の影響についての「疑念」も根拠を明示しなければ、かえって中傷だと言われるでしょう。
議論の勝ち負けは問題ではないと思いますが、ネオに反対されるのであれば、もっと説得力のある論議が必要だと思います。


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