2002.8/11-20

- 02/08/20 19:47:49
久しぶりに書き込みします。ずっとこのゲストブックを見てきました。でも最近はすごすぎます。私の小さな教会〈高松教区ではありません)もネオのせいで分裂しています。
ネオの人たちは固く結束していますがそれ以外の信徒がいくつにも分かれてしまっています。このまま行くと私の小教区も高松のようになってしまうのでしょうね。
とても信徒のHPの書き込みとは思いたくない内容です。しかし辛さや歯がゆさが少しでもわかるだけに批判することもできません。
このようなことがなくなるためにも、司教団には毅然とした態度と指導を心から願いたいです。


助っ人 - 02/08/20 13:40:41
そうなると、日本でネオだという人は「ネオの仮面」をかぶって、ネオのように振舞っているというわけですか?つまり「似非ネオ」ということですか?似ているけど本物じゃない。
まやかし、偽者ということですか?なるほど、ネオに詳しい方が次のように話していました。「いつもこそこそして、内密に動いています。自己欺瞞、嘘が多いです。
あるときは目立つように、都合が悪くなると引っ込んでしまうのです。いいかっこしいが多いのが特徴です」と。やはり本当だったのね。


- 02/08/20 10:25:30
この不毛な言い争い、どうにかなりませんか。


助っ人 - 02/08/20 08:19:02
ネオの人たちは、どうしてそんなにねちこいのですか?。こころの深いところに、何かが潜んでいるとしか思えませんね。もっとも日本には、本物のネオはいないということの証でしょうね。


- 02/08/19 23:56:19
はあ?ネオとそうじゃない人を分けてそこまでするか?結局、お金のことばっか言ってるのは、あなたじゃない。


出稼ぎ・旅行 - 02/08/19 13:48:39
ネオの人は、「お金に執着してはなりません」ということだそうです。
ところが、高松教区のネオの人たちがいるある教会で献金額を調べたところ、信徒一人当たりの献金月額は3380円なのに、ネオの信徒のそれは2565円ということを聞いて、びっくりしました。「収入の3%が基本的義務。10%が努力目標」で計算すると、ネオの人たちの収入は、これ、どうなっているのかしら。
口先ばかりで調子のいいことを言って、実践が伴わないのは、どうしてなのかしら。ネオだと名乗る人たちの心は痛まないのでしょうか、お伺いしたいものです。


- 02/08/19 10:36:50
↓何にも知らないくせに、内容の部分だけとって嘘を言わないで。じゃあ、日本には本物のネオの人なんていないと思う。
今いる宣教家族だって、全て持ち物を売り払って来た人なんていないと思う。
ただ、タンスやベット、冷蔵庫なんて日本に持って来れないから、売ってお金に替えて、日本での生活費にあててるだけと思う。


出稼ぎ・旅行 - 02/08/19 08:20:52
ネオそのものが、「持ち物を全部売り払いなさい」といっているのです。そのようにしない者、またそのようにする意思のないものは、本物のネオではありません。
キコさんが、そのように強要しているのです。


- 02/08/18 23:25:45
宣教家族になる時に、持ち物を売り払えなんて言われていません。それをいうならバチカンのお宝を売り払えば多くの貧しい人を救えるのでは?
パパ様はあのような生活をおくっていますけど、キリスト教の清貧から1番離れているって理屈と同じなの?
お金持ちはキリスト教の清貧から離れていて貧しい人は近いわけ?単純すぎー!


出稼ぎ・旅行 - 02/08/18 20:59:36
Kさんのことですね。「ネオとの関係を邪推しておられるのでしょうか」なんて、Kさん一家は完全なネオ家族です。イタリアで裕福な暮らし?とか。おかしいですね。
彼らは「宣教家族?」として派遣されるとき、持ち物を売り払って、パパさまの前でそういうことを誓願して外国に派遣されたのだと思いますが、財産を隠していたのでしょうか?
何年か前のこと、他にも「宣教家族?」だといって高松教区に来て暮らしていた家族の主人は「2年ぐらいしたら帰るので、それまでは息子達が私の家や財産を守ってくれています」という話を聞いたことがあります。
その通り、自国に帰って裕福にお暮らしだそうです。
彼らは「宣教」という言葉をを隠れ蓑にして、留学のような思いで、物見遊山、外国旅行を楽しむために来たのではと疑問視されているところもあるようです。
Kさんだって10年ほど、日本で自分の技術をフルに生かして、かなりのお金を稼ぎ持ち帰ったと聞いています。
Kさんの場合は、出稼ぎということになるのでしょうか。いま、香川県内に来ている家族はいかがでしょうか。


- 02/08/18 16:02:53
ローマの一等地に居を構えるなんてことは、キリスト教的清貧に反するのではないでしょうか?
ネオは口では、貧しくなれ、物欲はいけないなんていっているのに、いっていることとやっていることが全くくいちがっているのではないでしょうか?


↓ - 02/08/18 00:30:20
何が言いたいのでしょう日本で不自由していて、ローマで裕福になれたことを嫉んでおられるのでしょうか。
それとも当該人物が高松弁を話していたことで、ネオとの関係を邪推しておられるのでしょうか。あなたの発言意図と文章との脈絡が何も伝わらない文章です。


テレビ番組より - 02/08/17 22:38:28
8月16日「金曜エンタテイメント」をみてびっくり!ローマの子沢山の家族が紹介されていましたが、なんと元日本在住の宣教家族だったんですよ!
日本にいた頃はなんだかんだとお金を周囲から援助してもらっていたのが、いまやローマの一等地に堂々と居を構えるまでになっていたんです!
日本では高松にも居住していたとのことで、その家の娘は高松弁をしゃべっていたとか!


ひどいぞ - 02/08/17 10:04:00
「私の教会に、司教様が来られたのは何十年前かな」(8月11日・高松教区女性信徒)――本当ですか。これはひどいですね。
各教会でもF司教は小教区を司牧巡回する回数が極めて少ないという話をよく聞きますね。司牧を忘れて、何を考えているのでしょうね。
そんなことも気にすることなく、司教叙階記念の「特別お祝い献金」は、ちゃんと集めているようですよ。
各教会のミサで『霊的花束』を捧げているのだから、お金は遠慮してもよさそうなものなのにね。手段を選ばず、お金を集めるとは、なんとがめついじゃないですか。
「教区の日」にもまた集めるので、お祝い金は何十万円にもなりそうですね。信徒会も変なことばかりに気を使って、大切な『司牧』のことを忘れるようでは、本当に困ったものですね。


維持費袋の様式変更について - 02/08/16 09:06:40
1999年の途中以降、維持費袋の形式が変わった(領収印の廃止、「3%をめやす」という言葉の削除)のには、次のような事情があったものと記憶しています。
まちがっていたら、どなたか訂正をお願いします。  
月定献金の義務性(つまり、一般に言う「会費」としての性格)を強調すると、領収関係をきちんとしなければならず、従来の維持費袋のような形式が求めれらます。
そうなると、国税当局の見解では、献金袋が印紙税の課税対象(1袋のつき年400円)である「受領の事実を連続的に記入する通帳」ということになる。 
もちろん、国税当局の見解には、異論もありうるでしょうが。


ひどいぞ - 02/08/15 20:26:03
維持費負担のこと、オリーブさんは、個人単位の負担が当たり前のように述べていますが、高松教区では今度の教区報で初めて「今後の対応・課題」として提案しているに過ぎません。
それも会計担当司祭の意見として「・・・移していただきたいと思います」と言うことでしょう。
小教区でなんら説明も話し合いもしないで、今まで世帯単位で納めていた家族に「だから封筒を二つに」というのは性急過ぎると思いますよ。
第一、神父が先頭にたって「教区が破綻しそうだから、それ総収入の3%が義務だ。やれ10%だ。個人単位だ」なんて息巻くこと自体、どこかが狂っているとは思いませんか?
こんな、やぼったいこと言わなくても、上手に導いていつのまにか集まってくる、これが「みんなの心を知っている」まことの司牧というものではないでしょうか?
無理して教区報なんかに出さなくとも、こんなことは財務委員会や司祭集会で「どのように周知していくか」について充分に話し合えばよいこと。
大げさに出したことで、ネオ問題も絡んで、信徒の疑問や反発を招いたのではないでしょうか。どう考えてもやり方が稚拙だと思います。


桃太郎 - 02/08/14 22:17:56
オリーブさんへ:あなたのご意見はまったく正論です。しかし、教区報に出たから、はいすぐに・・・ではおかしいでしょう。
司牧者はよく考え自分の小教区の方針を決めたなら、自分の小教区の信徒に説明し期間を決めてから始めるのが普通です。
本来なら年度始め、皆の献金袋が新しくなるときに本年度からこうしてくださいと言えば混乱は少ない。司牧者は賢くあってほしい。
信者それぞれの家庭によってそれぞれ事情が違う事をしていてほしいものです。幸いにも?高松教区の小教区の信徒数は少ないのですから。


献金 - 02/08/14 18:19:27
プロテスタントでは収入の10%の維持献金が義務づけられている教派も多いですよ。
教団によっては源泉徴収票の提出までさせられる所や自動車の営業マンさながらの納入実績グラフが張り出されるところもあります。
カトリックの一世帯平均が3000円ぐらいなら、プロテスタントでは1万円ぐらいはざらでしょう。そうでないと牧師の家族まで養っていけませんからね。
(日本キリスト教団や聖公会みたいな大きなところは知りませんが)今までのカトリックがお金のことにうるさくなかっただけのことですよ。
下の方で司祭の妻帯制について提案されている方がいましたが、妻帯司祭が認められれば、恐らくネオの独身司祭よりもカネはかかると思いますよ。
給料も地方公務員並には払わなければなりませんし、それにあわせて賞与も。
あと退職金給付の積み立てを一般企業並にするとなると、もう高松みたいな小さな教区は破産するしかありませんね。


通行人C - 02/08/14 16:46:30 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
教会の掟の視点からは、未成年であっても収入のある信者さんが個人的に応分に教会を維持するのは妥当なことだと思います。
しかし、収入の何パーセントと言う具合に、目安としてではなく、実質的な「課金」をするとなると、「宗教法人法」第6条2項の「その他の事業」に相当することにならないでしょうか。
法的に処理すれば問題はないはずですが、支出先などかなり制約を受けないでしょうか。専門の方のご指導がいただければ幸甚です。


オリーブ - 02/08/14 11:43:03
こんにちは 桃太郎さんのコメントを読みましたが、知人の娘さんですが結婚されているのならば維持費の袋は2枚になるのは当然じゃないでしょうか?
私はネオの司祭ではない小教区でしたが、22歳になって勤めだしたら親とは維持費袋は別になりましたよ。
それでは配偶者が教会に来ていないから払わないというのと同じ理論ではないでしょうか?
信仰から払うというのも分からない話ではないのですが、ある程度の義務として何%の維持費を払うというのは務めであって信仰うんぬんのことばかりではないと思います。
確かにネオのやり方は問題ばかりですが、今回は桃太郎さんの知人さんの考えも正しくはないと思いますが。娘さんも結婚されているのですから、過保護すぎでは?とも思いますし。


ぷー - 02/08/12 21:48:50
とうとう4万回ヒットを得ましたね。それだけ多くの人の関心をこの問題は呼び起こしているのだと思います


桃太郎 - 02/08/12 14:59:02
昨晩友人から相談を受けました。
今日教会で(主任司祭はネオ司祭)「お宅は娘さん所と、2軒分維持費を払ってください、教区報にも出ていたでしょ」といわれ献金袋が2枚になるらしいと、でも娘婿は信者でないし、その分いくらかでも上乗せした気持ちで私の維持費を納めていたのにとのこと。
そこで、私の答えイイジャン!今まで納めていた金額たとえば3千円なら2千円と1千円に分けて入れたら。
維持費をいくら払えと言うより、信仰から差し出すお金に価値があると思いますが。説明もないままあの教区報で責められたのでは教会に行きたくなくなってもあたりまえ。
あの教区報は高松教区の決定事項なのでしょうか。


通行人C - 02/08/12 10:20:36 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
通行人Cは、教会法の専門家ではありません。行き摺りの無責任な野次馬です。一般論ですが、司教は、ローマ司教の家臣でもないし、ローマ庁の出先機関でもありません。
自分の教区の最高の牧者です。司教の第一の任務は、すべての教区民の最大の善の為に尽力することです。この責任を果たすため、範囲内での権限が神から委ねられています。
具体的には、教区民の需要に応じるために司祭、助祭などを確保し、養成する義務があります。もし神学校建設がそのために必要なら、そのための権限もあるはずです。
ただし、この義務と権限は、合理的な範囲内で、可能かつ最適であることが条件です。現在の日本の司教のうち単独でこの義務を果たすことができる人は、恐らく一人も無いでしょう。
ですから、司教団が力をあわせて福岡と東京に神学校を保持しておられるのです。
従って、この現行のシステムに協力しないということは、司教の任務に反していると言うべきだと思います。
なお、神学校だけではなく、既婚司祭や女性司祭が自分の教区民の利益のためにどうなのかと慎重に検討するのも司教の任務だと思います。


アホかいな - 02/08/11 23:13:35
今日問題の高松教区報臨時特集を見ました。アホかいな。
日本で聖地と呼ばれ、特別な教区であると格付けされている長崎教区の事例、大都会の大阪教区の改革をのせてどうするんやね。
高松は小さな小さな教区やで!それもネオのおかげで信徒は減る一方。この騒ぎで宣教どころやないと言っているのに。
今一番心配せんといかんのはどうやって宣教するかやろ!神父ばっかり増えて信徒がいなくなってどうするんやね!


- 02/08/11 21:52:19
通行人Cさま、下の質問に対し解説のほどを


高松教区女性信徒 - 02/08/11 21:10:22
皆さんにお聞きします。私の疑問間違っていますか。司教様は私には神学校を作る権限が与えられている。
といわれていますが司教に与えられた権限ばかりが表に出て、司教の義務も教会法にはきちんと決められていると思うのですが、たとえば「司教は年に一度自分の各小教区を訪問しなければならない。」とかそんなのなかったかしらん。
権利があれば義務もあると思うのだけど。私の教会に司教様来られたのは何十年前かな。


恐ろしい - 02/08/11 20:17:11
「神父」とは言いながら、言うことと、することが違う。これは福音宣教のイロハが分かっていないことの証拠なのです。本当に 恐ろしいことです。
維持費のことも、調子のいいことを言っているけど、それならまず自分の教会からやって見ることね。くどいようだけど、まず三本松教会で「3%献金」をやって見せてよ。
実現したら、そのやり方を教区報で紹介して下さい。「大ボラ吹き」の汚名返上は、そのときまでお預けですね。


@ぷー - 02/08/11 17:12:38
ルカ福音書(6.43〜6.44)に「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。木はそれぞれ、その結ぶ実によって分かる」とあります。
ネオの人はネオの道をこれこそ新時代にふさわしいキリスト者養成の道であると自画自賛します。
しかしながら、谷口神父という「実」を見るならば、ネオの道をネオの人が主張するほどの「良い木」であるとは、どうしても思えないのです。


献金袋 - 02/08/11 16:43:14
高松教区報第101号「教区会計の現状と今後」と題された教区司祭谷口氏の寄稿文の中で12項(このページ数のふり方もおかしい)上段に(そのために「各小教区の献金袋の表紙に3%の趣旨を明記すること」を強く求めたいと思います。)という記述があります。
しかしながら、以前の献金袋には全収入の3%を目安に献金することが、裏に書かれていたのではなかったかと思います。
確かその文言を削って新しい献金袋に作り直したのは、そのような文言があったら国税庁に献金袋が一種の通帳と見なされ、献金が課税の対象になる恐れがあったからではないでしょうか?
そのような経緯をきちんと知っていれば、上述のようなことを谷口氏は書かないはずなんですが。過去からの経緯をホントに把握しているんでしょうかねぇ。


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