2002.9/1-10

@ぷー - 02/09/10 23:06:50 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
教区の日にはあまり期待はもてません。教区当局はこのネオ問題を、「一部の煽動者が繰り広げているネオや神学院への低レベルの中傷」ぐらいの認識しかないと思います。
もし本当に、この問題を真剣に考えるのであれば、この問題に関する専門の分科会を設けるべきです。
しかしながら教区当局はネオ問題が存在すること自体を認めないので、そんなことはしないのではないかと思います。
(もっとも、ネオ問題分科会を設けるならば、発言に関して一定のルールを設けないと、親ネオ反ネオ入り乱れての大口喧嘩となり、収拾がつかなくなる恐れがあります)
結局のところ、今回の教区の日は、(意地が悪い見方であることは承知で)、司教叙階25周年を期にしての現体制の強化を狙った極めて政治色の強いものであると思います。
つまり、高松教区は何の問題もないことを内外にアピールすることが狙いではないでしょうか?どなたか教区の日に参加される方がいましたら、感想を聞かせてください。


『教区の日』のお願い - 02/09/10 13:58:26
高松教区は「教区民の一致と平和」を祈り、実践しようという『教区の日』(9月22日)が近づいてきましたが、今年はどのようなテーマで話し合われるのでしょうか。
このページでネオがいる各教会の分裂、混乱、教区の責任者達の不正、ネオに加わっている司祭の未熟さに起因する宣教司牧の怠慢、小豆島教会ではご聖体拝領が許されないという悲惨な事態他、様々なことが明らかになりましたが、一体、この病根はどこにあると思われますか。
このようにカトリックの信頼性や倫理性が喪失してしまった原因は何だとお考えでしょうか。信徒をはじめ、司祭、修道者たちはどうすればよいと思索しているのですか。
今年の『教区の日』は、これらのことについて 真剣に討議してもらいたいと、切に願っています。


しょうゆ豆 - 02/09/07 21:57:12
賛成!! 無名さんの意見に賛成。


- 02/09/07 20:56:02
T神父のことは「もう、これっきりにしたい」と誰もが思っていることでしょう。
そうなるためにTに限らず、ネオに所属する司祭で日本で働きたいと希望している者は、全部再教育すること、それが約束されるようだったら「これっきり」にしましょう。
具体的には2年ほど東京と福岡の神学院で日本の神学生と交わりながら、足りないところを学ぶことです。
とりわけTのようなレベルの者は「高度な道徳観と倫理観」を叩き込むこと。さらにネオの洗脳をといて、ネオ独特の「独善的・急進的・自己中心的」の「3的」を排除すること。
皆、充分な教育を受けないまま、中途半端で司祭になり、年齢が高くても幼児性が抜けていないので常識性に乏しい。
そのまま「叙階」しているから、変な自己過信にはまり込み、始末が悪いのです。
だから彼らの再教育には時間をかけて、じっくり取り組んでいかねばなりません。「指導者達よ、しっかりしろよ」と叫びたい。


@ぷー - 02/09/06 21:25:17 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
むしろ、ネオの導入に反対している司教が複数にのぼることに留意すべきであると思いますネオ導入に賛成する司教と反対する司教の差は何でしょうか?


しょうゆ豆 - 02/09/06 20:51:34
キリスト者でなくても、このような場で,個人の過去のゴシップ的出来事を取り上げるのは決して適当なことではないと思います。
しかし、現在のT師が司祭叙階後、聖アウグスチヌスとまでは言わなくても、それなりに謙虚で信頼でき,尊敬できる方であったなら、過去にどのようであったろうと、問題にされず、かえって賞賛されていたかもしれません。
現在のT師は、あたかも司教代理かのようで、その言動は信徒にかなりの影響をあたえているでしょう。だから、それなりの責任をかせられて然るべき方と思います。
このような状況の中で、過去のことまで引き合いに出され、揶揄されるような司祭が教区の中枢にいることが問題なのだと思います。
現在のT師をみんなが,実際に見聞きするなかで、過去のことにまで至ってしまったのだと推測しますが、でも、このようなお話は、みんないやがっています、もう、これきりにしてください。


逃げ口上 - 02/09/06 20:12:32
神様はどこにおられますか?イエス様はどこにいらっしゃいますか?みんなの心の中にもおられるでしょう。
それは一人ひとりの良心と言うものの中におられると言うことでしょうね。だとすればT神父の良心の問題です。
10年以上も同棲しながら神父になることを志し、そのチャンスがきたから女性にサヨナラして神父になった、こんなくだらない話ですが、ネオに所属する神父にこのような人がいると言うことは、皆が知っておくべきでしょう。
飼牧とはどういうことかを考えるためにも。知れば知るほどひどいようなのです。汚い事から逃げないで真正面から向き合いましょうよ。
カトリックの信仰にとって都合の悪い事だからと逃げないで下さい。逃げるとますます泥沼に入っていきそうです。


通行人 - 02/09/06 12:41:35 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
「・・教皇ヨハネ・パウロ二世も後押しし、同司教(平山司教)もかかわっている新求道共同体の活動を紹介しながら、ここから多くの召命が生まれていることを示し・・」
(『カトリック新聞』02年9月8日号3面)その他にもネオを積極的に受け入れている複数の司教が司教団の中にいることが、日本の教会の現実です。
こういう状況の中でネオとどのように正しく関わっていくかが「あしたに向かって」難しい課題でしょう。


- 02/09/06 11:53:54
私も下の意見にまったく同感です。


- 02/09/06 00:16:38
私は、このページの意見を見たり、自分なりに調べたりしながら、ネオカテクメナートが非常に問題であるということは解っています。
ですから、定期的にこの書き込みを見ながら、事態が改善の方向に向かうように願っているのです。
しかし、最近では読むに耐えない内容が非常に多いです、特にT神父の個人的な過去のことがワイドショー的に取りざたされています。
このページに書き込む多くの人にとって、T神父とは誰の事か特定されているのでしょう。
(私は顔も知りませんが)なぜ、今の問題と直接関係の無い事がここで取り上げられるのでしょうか?
たとえ、その事が事実だとしても、個人の過去の問題(すでに神様がお赦しになっている事かもしれません)を多くの人が閲覧するこの場で発表する事は、キリスト者として正しい行為ではないと思います、イエス様は姦淫をした女を私刑にしようとした人々に「罪を犯したことのない人からこの女に石を投げなさい」とおっしゃいました。
このような書き込みが削除されずに掲載されているようでは、このホームページ全体の信頼性・キリスト教的正当性が失われて行くのではありませんか。
管理者の方は、「不適切な内容の書き込み・発言はご遠慮ください。管理者が不適切と判断したものについては削除いたします。」とうたっているのですから正しい判断によって対処していただきたいと思います。
もしT神父の言動に間違いがありそれを指摘したいならば、神学校入学以前と言う遠い昔の事ではなく、現在皆様が現在、実際に見聞きした事例に限って発表するべきではないでしょうか。


ネオ情報 - 02/09/04 21:02:04
高松教区でネオに参加して活動する信徒が、このところ減り続け、ひところ130人もいたと言われていたのが最近は100人を割るほどになりました。
その一番の原因は「ネオの進む方向が自分に合わない」、次に「司祭の資質の低レベル」、「司祭の視野が狭く独善的」、「平気で嘘をつく」〈これは特定の神父〉という理由が多いようです。
また司教座の桜町教会では最近起きた事務局人事のごたごたに失望して離れていく信徒もいます。
これとは別に松山での民事裁判で、いままで内密にしていたことが分かってきたことや、この間、教区報に書かれてあった維持費の義務のことも災いになっていることは確かなようです。
今、新たに参加する若者がおらず、活動する人が固定化して、おじいちゃんや口やかましいおばあちゃんばかりが目立つようになったのも一因と言われています。
信者が賢くなってきて「聖書の勉強会」という見え透いた口車に乗らなくなってきました。
会則がバチカンで公認されたというのに、高松教区のネオはこのままジリ貧の一途をたどっていくのでしょうか。これからも独自の情報を集めてみます。


@ぷー - 02/09/03 22:29:05
教区報第101号「教区会計の現状と今後」と題された教区司祭谷口氏の寄稿文について蒸し返します。
収入の3%以上を献金として差し出すことを信徒に義務づけるとのことですが、どうやって収入の3%以上献金していることを確認するのでしょうか?
谷口神父さんの言うとおりにするならば、まず、信徒は年間総所得額を教会に報告し、それに基づいて、教区は信徒1人あたりの献金最低額を算出し、毎月その金額以上納めていることを教区は確認し、収入に変動があれば、それに応じて調整をしなければなりませんが、そこまでするつもりでしょうか?
谷口神父さんのいうことは非現実的なのです。


パウロ某 - 02/09/02 08:27:18
久しぶりに書き込みをします。T神父については彼の旧友の「つのだ」という人からメールが来ていました。
さて、そのメールによると、T神父は同棲しながら常に司祭になりたいと言っていたそうです。
よくT神父への批判に対してアウグスティヌスの例を挙げている方がいらっしゃいますが、アウグスティヌスに内縁の妻がいた当時、彼は叙階を考えることはおろか洗礼も受けていなかったのですよ。
ところがT神父は司祭になりたいという希望を持ちつつ同棲していたそうじゃないですか。アウグスティヌスとT神父では全く事情が異なると思います。


- 02/09/02 06:16:23
長崎の島本大司教様が亡くなられましたね。ご冥福をお祈りします。



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