2002.10/21-31
しょうゆ豆 - 02/10/31 11:28:30
昨日の裁判の進行協議には,被告側から被告の深堀司教のほかにオブザーバーとして谷口神父と教区担当税理士が出席していたそうです。
過日、和解の道を整える最低限度の作業として9月20日までに被告深堀司教から提出された書類のコピーをわたしたちも参考のため見させていただきました。
それは、裁判所と言う公の場所に提出される会計書類とはとても思えない稚拙で杜撰なものでした。
その上,その中には神学院が設立された1990年から1994年までのデータ―は教会本部では把握していないと言う谷口神父作分の文書がありました。
それなのに今回の協議の日になって1992年〜1994年の収支について、下田神父(前教区会計担当)がまとめた台帳や預金通帳があったので今その整合性を確認しているのでまとまれば提出したいと申し出があったそうです。
ある方に聞いたのですが、このような場合裁判所は正確をきすため、それらの書類を提出させ調査するそうです。それにしても、前回の協議から70日も経過しているのです。
9月20日からでも40日あったのです。どうして、どうしてこの間にその帳簿が見つからなかったでしょうか!?!?。
並の見識さえうたがいます。資料を小出しにしながら引き伸ばし作戦ということでしょうか。
日本国憲法 - 02/10/30 20:02:45
第89条〔公の財産の支出・利用提供の制限〕
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
・最高裁判例による政教分離の考え方 出典:行政「政教分離にかかる最高裁判例集」
政教分離は憲法上の重要問題の一つであって、その内容については、従来、厳格分離説と限定分離説の間で、学説、裁判例が入り乱れて千差万別の状態であった。
しかし、昭和五二年七月一三日に津市地鎮祭事件の大法廷判決が出され、政教分離に関する緩やかな審査基準として「目的効果基準」を採用し、その後、同旨四件の最高裁判決が出された結果、政教分離の判例法理は確立している。
その内容について津市地鎮祭事件大法廷は、要旨を次のように判示している。
「憲法二〇条及び八九条が定める政教分離の原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものであるが、国家が宗教となんらかの関わり合いをもつことを全く許されないとするものではなく、宗教との関わり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、その関わり合いがわが国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、相当とされる限度を超えると認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。
そして、憲法二〇条三項は、国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならないと規定するが、ここでいう宗教活動とは、前述の政教分離の原則に照らしてみれば、およそ国及びその機関が宗教との関わり合いをもつすべての行為をさすものではなく、その関わり合いが先にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。
そして、ある行為が先にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するにあたっては、当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか、その順序作法(式次第)が宗教の定める方式に則ったものであるかどうかなどの当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならないものと解すべきである。」
・日本国憲法 第20条〔信教の自由、政教分離〕
1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
【日本国における政教分離】
信教の自由を保障するために、政治と宗教が相互に介入し合うことを禁止すること。
日本国憲法は厳格な政教分離の原則を採用し、国や地方公共団体が特定の宗教に特権を与えたり、財政的援助を供与したり、自ら宗教的活動を行なったりすることを禁止(20条、89条)。
要参照 ⇒ http://www.kimai-net.gr.jp/ohchi/
しょうゆ豆 - 02/10/30 17:12:22
森岡さんに、本日の進行協議の結果をうかがいました。 12月17日に再度協議が行われるそうです。 お話をうかがいながら、その内容に吐き気をおぼえました。
被告・司教側の、なんと姑息でいやらしいやり方、人としての倫理観など微塵も感じられない。下の下の下のゲ!。
これでよくぞ恥ずかしげも無く宗教家をやっていられるものだ!!!。あきれてお話にならない。
人が野心野望におぼれるとこれほどまでに陰険で見苦しくなるものかと、哀れを感じる。人の誠実をこともなく裏切る。最低。
内容の詳細はこの憤りが収まるまでしょうゆ豆は書けません。
- 02/10/30 08:20:27
裁判のこと、随分と長くかかるのですね。
キリ子 - 02/10/29 18:58:25
明日〈30日)のこと、どんな結果になるのかしら。深堀司教さんが訴えられている裁判のことです。
判決に行くのでしょうか、和解へ話し合われるのでしょうか、信徒の一人としてとても気がかりで、今夜眠れないほどです。
証人尋問で、あれほど司教さんの嘘やその場しのぎの驚くような発言があったそうなので、信徒の方のよほどの譲歩がない限り『和解』の話はむづかしいということを聞きました。
本当のことはどうなんでしょうか?明日、どなたか分かり次第知らせて下さいね。
しょうゆ豆 - 02/10/29 12:23:56
神学院が金食い虫であることは、「あすなろ」さんが、7月14日の長い長い投稿の中で、くしくも吐露しています。
「もう十年以上にわたって、あの金食い虫の神学校を〜〜〜〜〜〜」と書き込まれています。
この投稿文のなかには、アフリカ、中南米の教区と高松教区を比べてバランスシートが云々などとも書かれていますが、このズレた感覚を疑います。
これまでも、こんな風に煙にまくような云い方や、やり方をしてきているのでしょう。
これから先、益々見通しの暗い経済状況のなかにあってどのように神学院運営をやっていくのでしょう。
しょうゆ豆 - 02/10/29 12:13:26
岡山でまた集まりがあったのですね。年一度,3日間の全国集会はずーと以前からあるようですね。平日の日に仕事がある人や幼い子供のいる人はどうしているのでしょう?。
残される者達は大変でしょうに。遠くから来る人は旅費などもしんどくないのかしら(余計なお世話でした)。ネオをやめたと言う人の手紙にネオはお金がかかると嘆いています。
集会で集められた献金は花代やローソク代等を除くと神学校に入るとも書いています。
もっとも、ネオの信者の指導が出来る司祭を育てる神学校とあらばネオのひとたちにとっては致し方ないことでしょうが。
しょうゆ豆 - 02/10/26 22:04:55
5年間はネオは猫をかぶるでしょう…。 しかし、どのように装うとも、今まで高松教区を脚台にネオがやってきたことの足跡は消す事は出来ないでしょう。
ネオのソフトで最も得意とすると言う売り文句で、教会を離れている信者を呼び戻す、と強調するが、それなら ネオゆえに教会を離れ、又去って行ってしまった信者がいることはどう思っているのか!!。
この人たちはみな人柄には品性を備え、とても誠実な奉仕の精神で活躍し、弱者にはいつくしみをもって接し、いつも敬虔に祈り,熱心に教会に通っていた人たちだったのに…。宣伝するなら自慢のソフトとやらでこの人たちを返してからにしていただきたい。
桜町の人が云っていた。そろり、そろりと教会から遠のく信者は今では増える一方、主日のミサはパラパラ、ミサに行っていると云う人も聖体拝領のためだけ、平安もなければ、喜びも無し、終われば教会をそそくさと後にするだけと。
- 02/10/26 18:55:03
最近ネオが猫をかぶっていると言うのは全く同感です。うちの小教区の司祭は表面上はネオではありません。(精神的にネオに取り込まれているのは明らかです)
信徒は完全に分裂しています。彼らは反対論があってもだんまり、行事には妙に熱心に出席、ネオでない主任司祭にも信じられないくらい密着してる。
いったに何のためにいい子になっているのか、本当に気味が悪いです。年をとったから丸くなった? まさかね。
しかし広島教区内の教会で堂々とネオの集会をしているなんて、広島の司教様が知らないはずはないんじゃない。
あの方はネオには大反対なのだし、何か次の手を考えていてくださるかも。そうでなければ直接訴えますよ。
信徒会・役員 - 02/10/26 11:32:43
岡山は確かに、地理的に見ても便利な場所でしょうね。
でもよく考えてみると、ネオ活動を公に禁止している広島教区の管内を会場にする神経はどうかしていると思いませんか?
F司教やネオの司祭が多く参加しているというのに・・・。前にキコ氏が来たときも同じ場所でした。ほかに貸してくれる施設がないのだと聞いています。
話は変わりますが、このところ、ネオの人たちは猫かぶりに静かなようで、気味が悪い感じですよ。それだけ秘密裏に動いているということでしょうか?
桃太郎 - 02/10/26 08:57:24
「ネオ被害妄想」なるほどな!これを書き込んだ方が高松教区の方でないことをせつに祈ります。
あなたが言うように「たかがネオ」なんですが司教を取り込んで司教の権威を後ろであやつるネオはカトリック信徒にとって「たかがネオ」とは言っておれないでしょうな。
プル - 02/10/26 08:29:01
たしか数年前、ネオの活動は岡山では禁じられたため、岡山からはるばる高松まで、ネオのミサにきている人もいると聞きました。
それから岡山で集まっている場所は、数年前からずっと使っているようですよ。
夜の食事が遅かったり,にぎやかだったり、ふつうの集まりではないので他に場所を提供してくれるところがないのだと思っていました。
一信徒 - 02/10/26 07:52:59
被害妄想だなんて、ちょっと言い過ぎではないでしょうか?
どうしてネオのことが問題になるのか、それは高松教区でネオの活動を背景に起きたもろもろの出来事を知ればよくお分かりになると思いますよ。
何よりも深堀司教が訴えられている裁判の内容を調べて見られるといいでしょう。彼らがネオと共になにをしてきたか、しているか。
特に深堀司教と、下田神父の証人尋問で証言した事柄です。私もネオにそれほどの関心をもっていなかったのですが、二人が証言した記録を見て驚きました。
牧者がここまで落ちたか、という嘆き。その証言記録は、信徒会の役員の方に頼めば手に入るとのことですよ。それを見れば「なるほど」と思われることでしょう。
- 02/10/25 23:32:17
皆さん考え過ぎですよ。岡山は、集まるには、地理的にちょうど良い所だからでしょう。
ネオの活動している地域で、ネオみんなが集まるには岡山がちょうど真中あたりになるからでしょう。たいした意味ないですよ。
でも、ひょっとして、皆さんネオ被害妄想になっていませんか。精神的に、ちょと危ないかもしれませんよ。たかがネオではないですか。(ネオとは関係のない者より)
鹿嶋高樹 - 02/10/25 09:03:57
高松は、もうエネルギーを注入する必要がないネオ地域と考えていて、岡山を次の重点地域と考えているのでしょう。
それに、地元では「信仰」の深さを観察するには、ちょっと近すぎるかも。遠くでも万難を排して出席するのが、熱心な信者のすること、つまりは、踏絵のようなものかも。
愛媛からの発信 - 02/10/25 08:55:54
ネオ司祭が主任司祭になって、まず最初に必ずどこの教会でもすることが、御聖堂の改装です。
新居浜もそう、西条もそう、赴任して半年もたたない今治でも非常のときのために信徒がコツコツためた300万を遣われたとか、そのうち八幡浜教会もネオ仕様の御聖堂に改装するでしょう。
まるで主任司祭になった力をそれでしか表す事が出来ないように。
そして日曜日になると信徒が花を摘んできて、祭壇上に並べられ、なんとなく今までと違った雰囲気でミサが捧げられその雰囲気に信徒は迷わされます。
- 02/10/25 03:08:56
この週末はネオの集会ですか…。やっぱりね。それにしても、なぜ岡山なのでしょうか?
キコが来たのも岡山だったし、岡山に協力な支援者が出現したのか他のところから移転したのか、高松じゃ目立つからか。
岡山県内のある教会からはシスター達がネオを時間をかけて静かな圧力で追い出したと聞いたけど、また侵食が始まったということ?
鵜の目鷹の目 - 02/10/24 23:45:50
新求道共同体(通称ネオ)ご一同様は本日、岡山に御集合。全国から集まった仲間と新しく出された規約の勉強会のためのお集まりと思われます。・・・・
なぜ岡山なんでしょうね。高松で堂々とお集まりになり一般信者にもお聞きになりたい方はどうぞとご案内があればいいのに。
なぜ岡山なんかな?F司教も出席しておられるのでしょうか?
キリ子 - 02/10/23 19:03:07
通行人C様はウイットに富んだお方なのですね。前の書き込みを見て、思わず吹出してしまいました。バチカンの人選ミスということではなかったのかしら?
通行人C - 02/10/23 15:01:52 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
F司教様も「司教候補者に選ばれるような優れた司祭」であったのではありませんか。
傍聴人 - 02/10/23 14:12:40
牧者でありながら、人権侵害するような現職の司教が、またその背景にあって、司教をそのようにそそのかす新求道共同体がどういう傾向のものであるか、司教候補者に選ばれるような優れた司祭なら、よく熟知していることと思います。
こうなればやはり、信徒から名誉毀損事件で訴えられている深堀司教の裁判がどういう結末になるか、ということではないでしょうか。
教皇は先ごろ「人権侵害するような司祭の居場所はありません」と宣言していますから、バチカンの出方に注目しておきましょう。
宗教専門紙「中外日報」によると、10月30日に「判決か和解か」の結論が出るとのことです。
鹿嶋高樹 - 02/10/23 03:23:35
また、誤解される可能性のありそうな表現をしてしまいました。
「私は、信徒が次期司教について影響できとは思っていません。」と書きましたが、私が言いたかったのは「信徒が次期高松司教に誰が着座するかについて影響することはできないけれど、次期司教候補に含まれる可能性のありそうな神父へ、高松教区の詳しい状況と「ネオ」について、よりよく理解して貰えるように働きかけることは出来ると思う」ということです。では。
キリ子 - 02/10/22 19:01:07
鹿嶋様。
「新しい有能な司教が着座して状況が好転し、カルトが一掃されて信仰生活が平穏になるように祈ります」との嬉しいお言葉とお祈りをいただき、鹿嶋様に感謝,神に感謝です。
「カルトの一掃」はとても困難なことでしょうが、私たちも頑張ります。あなたさまの貴重なご意見は私たち教区民の大きな励みです。ご教示のほどお願いします。
hp紹介『カルトに傷ついたあなたへ』 - 02/10/22 16:52:30
カルト、マインド・コントロールとは? 人に「これは自分で選択した」と思わせながら、実は第3者が巧みに選択の方向を操っている状態をマインド・コントロールといいます。
例えば、こんなケースを考えてみましょう。あなたは旅から帰る電車で、たまたま隣り合わせた人に声をかけられ、おしゃべりするうちに仲良くなりました。
駅に着いて別れを告げようとしたところ、良かったら自分が入っているサークルに来ないかと誘われます。
その人とはとても気が合うように思えましたし、親切にしてくれたので、その好意に答えたいと思い、約束をしてあなたはそこへ出かけます。
サークルに行くと周りの人はその人と同じように親切で、初めて来たあなたを歓迎してくれます。
みな初対面の人とは思えないほど気さくで親しみやすいので、あなたは次第に心を開いていきます。
その場にずいぶん馴染んだように思えたその時、今度はサークルの人が、「人生の勉強をする素晴らしい研修会があるけれど、あなたも参加しない?」と誘います。
そのサークルの人たちはみな研修会に参加しているそうで、こんなに魅力的な人たちが受けているなら、自分も受けてみてもいいかなと思い、研修会について相手に尋ねます。
しかし、サークルの人はにっこり微笑んで、「研修会の内容は、先に知ってしまうと"なんだ、そんなことか"ってしらけてしまうかもしれないでしょ?
でも、行ってその場であなた自身が体験してみることで、本当の価値がわかるようになるのよ」とあなたを諭します。他の人に尋ねても、同じような答えが返ってきます。
少し不安になりましたが、「でも、ほんと、すごくいい研修会なんだから」「あなたみたいな人が行ったら、きっと素晴らしい発見があるはずよ」と言われ、好奇心をそそられます。
一度くらい行ってみてもいいかなと思い、研修会の費用を尋ねると、予想外に高い値段です。
あなたはまた躊躇しますが、「でも、私は受けてみて、お金には変えられないと思ったわ。」
「人生観が変わるんだもの、少しくらいお金をかけても、それだけの価値はあるわよ」と周りから言われ、軽い混乱を感じながらも、"でも、こんな素敵な人たちみたいになれるんなら、試しに一度くらい…"と思い、参加を決断します。
そして次の週末、あなたは…。 これは、自己啓発セミナー系カルトや宗教系カルトにありそうな、ほんの入り口をシミュレートしてみたものです。
あなたはこれを読んでどう感じたでしょうか?"最初から胡散くさいじゃない"と思ったでしょうか?
それとも"私もこういう人に出会ったら、案外危ないかも…"と思ったかもしれません。
少々わざとらしい状況に感じるかもしれませんが、実際には、親切にされ、話して気の合う人に対して、あまり邪険な態度を取れるものではないのではないでしょうか?
以上のケースでは、周りの雰囲気に同調する、親切にされたらお返しをしたくなる、一度体験すると、自分が選択した結果を肯定したくなる、希少価値の高いものに魅力を感じるなど、人間に自然に備わった習性を利用して、相手を自分のペースに引き込んでいます。
社会心理学の分野ではこれらの、人が他者にどう影響力を与えるかという観点から研究がなされてきました。
マインド・コントロールはこの社会心理学を巧みに利用し、相手に違和感を与えないようにしながら、確実に相手を操作=コントロールする方法を編み出しています。
しかし、上記のケースだけなら、一度この状況からぬけてしまえば、まだそれほどの影響力を及ぼすことはなさそうです。
けれど、マインド・コントロールを使うカルトでは、さらに段階を深め、次第にきつく人間を縛り上げていくようになります。多くのカルトがその切り札に使うのは恐怖感です。
「あなたは、他の人が滅多に聞けないような真理を知ってしまった、だから、あなたはそれを人々に伝える責任がある。そうしないと大変なことが…」
「あなたは今まで、つまらない人生を歩んできた。でも、この教えを知ってあなたは生まれ変わった。
それなのにあなたは、またつまらない、価値のない以前のあなたに戻ろうとするのか…」
「この教えを実践しなければ、終末の闘いに生き残ることができず、未来永劫、地獄の苦しみを味わうだろう…」
このように、その集団と出会う前、出会った後のあなたの姿や状況を故意に色分けして、あなたが以前の状況に戻れない、戻りたくない気持ちにさせることで、カルトは半永久的にあなたを拘束することになります。
(カルトの特徴) カルトがどのような方法で人を縛り上げていくのか、以下の一覧で確認していきましょう。
1. あなたをカルト以外の他の人たちから引き離し、環境を操作します。
2. カルト以外の他の人たちと話したり、カルト以外からの情報が入らないようにします。
3. 不十分な食事やカルト内での過剰な活動によって、あなたを衰弱させます。
4. 精神的に萎縮させたり、自尊心を砕かせたりします。
5. 不安、恐怖、混乱をかきたて、あなたがカルトへ服従することによってのみ、喜びや確信が与えられるようにします。
6. 訓練の中で誉めたりけなしたりというように、飴と鞭を巧妙に使い分けます。
7. 儀式化された集会で仲間からの糾弾、問い詰めなどの圧力を与え、あなたに罪悪感を起こさせたり、人前で懺悔するように仕向けます。
8. リーダーはあなたやカルト全体を支配しているように見せかけ、あなたが心身ともにカルトに服従することで運命が決まると主張します。
9. 祈祷や印刷物の書き移しなど、単調な作業や同じことを繰り返す活動に従事させます。
10. 自分自身、家族、以前の価値観に決別するよう仕向け、それまでの生き方を否定します。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1847/ 抜粋
AKI-san - 02/10/22 15:46:08 電子メールアドレス:akihiro_jp2001@yahoo.co.jp
”鹿島”さん、本当に貴重なご意見有難うございました。やはり日本を離れ、国の外から母国を見ればこれほど物の見方が異なるものか、と共感しました。
私も同じく海外に長く居住するものとして、母国の教会の現状は些か気になります。
かような反応を示される方々が多いこの掲示板、私たち”部外者”にとっては「茨の道」と言えなくもないようです。どうか、このまま暖かく見守って下さい。
そして現状の中で自己を失いがちな母国の兄弟・姉妹たちに、声を掛け続けてくれるよう、祈ります。
私も同じキリスト者として、何かできることを聖霊のお導きのもと、探してみたいと思います。私の好きな聖句の一つを貴方に捧げます。 ”それから、イエスは皆に言われた。
「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(新共同訳ルカ9章23節)”
鹿嶋高樹 - 02/10/22 13:56:05
「軽はずみな書き込み」と言われた対象は、私の書き込みらしいと思います。そういうご意見があっても良いと思いますが、それは誤解に基づいているように思います。
私は、信徒が次期司教について影響できるとは思っていません。私の書き込みは、現在の司教では状況を好転させることができないという認識に基づいています。
次期司教になり手がなければ、現司教が続けることになるだろうと思います。
それは75歳定年をとっくに過ぎているのにも関わらず、今も司教座に座っていることから想像されます。情報の効果的な宣伝を考えると、対象を考える必要があると思います。
一般大衆への情報伝達も無視できませんが、もっと実効がありそうに私が思うのは、現在の司教団を形作る各司教とともに、将来の司教団の一員となる可能性のある(つまり日本の教会の将来を担うであろう)司祭(ローマ留学経験のある日本人司祭)へ働きかけるのが、長い目で効果的だろうと思ったということです。
こういう考えが、信徒を動揺させる「軽はずみな書き込み」だと判断されるなら、私は何も言うことがありません。実際、私は単に状況の深刻さについて問題が大だと思っているだけの、高松教区とは直接的関係のない、ただの外国居住者です。
「部外者は黙れ」ということなら、意見を述べることを控えることにします。
黙していても、新しい有能な司教が着座して、状況が好転し、カルトが一掃されて信仰活動が平穏に行われるよう祈ります。
信徒会の役員 - 02/10/22 12:42:09
信徒が献金する「一粒会」の規約のこですら望みがかなえられないというのに、信徒自らが後任司教の選任について、どうこうできるものではないでしょう。
適任者がいないかと、調べ探してどうなるというのですか。軽はずみな書き込みで、信徒を迷わせないで下さい。
高松教区では、一部の者を除いて、司祭や修道者の意見すら聞き入れられないという「バチカン公会議以前」の古い"教義”が深く根付いていて、何か言おうものなら「信仰従順」だと抑えつけられてしまいます。
それが罷りとっているのですから、私たちはいまの時代にとても不思議なことだと嘆いているばかりです。
通行人 - 02/10/22 12:11:38 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
問題は、信徒の「生殺与奪権」を持つ「司教」が遠い遠いところで密かに決められ、肝心の信徒や教区の意見が全く反映しないことにあるのではないかと思われます。
今回の高松教区問題は、カトリック教会の組織的欠陥が焙り出された点に意味があるようです。
鹿嶋高樹 - 02/10/22 10:01:52
私は「教会法」は学んだこともなく、知りません。
私の「意見」は、教会法に基づくものではなく、両司教のことばとして書かれた「万が一......」という部分に注目した結果の意見です。
その部分への個人的意見としては、「教会法」を学ばなければ意見を持てないという訳ではないと思います。
傍聴人 - 02/10/22 08:25:08
鹿嶋さん。あなたはカトリック新教会法典をご存じでしょうか?教区長である現司教が他の教区の司教〈教区長〉を兼任することは認められていないと思います。
だから広島や大分の司教がそのことを聞かれて怪訝に思われるのは当然のことです。まして、大分の宮原司教は教会法の専門家だと聞いています。
高松教区の司教が退任して、後任が見つからないときは教会法では『教区管理者』を選任することになるのだと思います。この件、よく確認してみてください。
鹿嶋高樹 - 02/10/22 05:59:46
外国在住の私よりも、日本の方々の方が必要な情報を入手するのは簡単だろうと思います。
広島司教と大分司教が、「万が一のことがあったとしても兼任はご免こうむります」と言ったとすれば、イエスの弟子として、イエスの弟子の共同体の一員としては、不適格な方々のように感じます。
イエスの使徒の後継者としての司教なら、共同体の危機の解決のためには、困難も試練として受け入れる、という態度が期待されると思います。
「触らぬ神に祟りなし」の態度は、イエスの使徒としては相応しい態度とは言えないように思います。
いずれにしても、高松教区の現司教の退座の後には、臨時であれ兼任であれ、新司教が着座することは確かでしょう。
そして従来の習慣から考えると、ローマ留学経験のある司祭か司教が候補となるだろうと思います。
40代のローマ留学経験のある神父は、日本(教区司祭と修道会司祭を含め)には何人ぐらいいるのでしょうか?
全聖職者の経歴が公表されていれば良いのですが、日本の教会は、情報公開などに無関心なようなので、調べるのも簡単ではないようですね。
調べるとすれば、各司教館事務所へ問い合わせることだろうと思います。カトリック新聞あたりには、そのような情報は保存してあるのでしょうか?
他に可能性があるとすれば、東京の協力者にお願いして、カトリック新聞や中央協議会へ問い合わせて、必要ならば、実際に行って調べることでしょう。
関心のあるF子 - 02/10/21 13:41:27
高松教区の新司教を選任するに当たって「高松教区の現状について理解してもらうように…」誰が、どこの誰に働きかければ良いのでしょうか?
一番効果的な方法を教えて下さいませ。
すぐに教区全信徒に呼びかけて実行に移ります。
後任司教になり手がない場合、大阪教区については経緯から見てまた別の話でしょうが、広島の三末司教さん、大分の宮原司教さんは、いずれも「教会法の視点から考えられないことであり、万が一のことがあったとしても兼任はご免こうむります」とのことです。
とあらば、さて、どのようにすればよいのでしょうか?名案を授けて下さいませ。
鹿嶋高樹 - 02/10/21 10:32:12
近い将来、日本で必要と思われるのは3司教だろうと思います。長崎大司教、高松司教、東京補佐司教。長崎は多分現職の司教が着座するだろうと思います。
それでもやはり3司教が必要になることは変わりません。
これまでの通例から判断すると、ローマのウルバノ、ラテラノ、グレゴリアン、プロパガンダなどの大学へ留学し、神学や教会法などを学んだ経験がある、多分40代かせいぜい50代の神父が候補になるのではないかと思います。
そういう条件に合致した日本の神父にも、今から高松教区の状況について理解して貰うように働きかけることも考えても良いだろうと思います。
傍聴人 - 02/10/21 08:24:37
高松教区の司教になりてがないというお話。例えば、新求同共同体に所属している神父が「高松教区の新司教」になることになったら、どうしますか?
プル - 02/10/21 07:18:13
なるほど、次の司教様のなり手はいないかもしれませんねぇ。いなくてもそんなに困らないのかしら。それとも、もっと困ったことに...。
私はもっと困ったことになるような気がします。全く監視する人がいなくなるのだから。
鹿嶋高樹 - 02/10/21 00:27:38
「権威」や「虎の威」が何を指すかにもよって解釈が変わると思いますが、私が知るところによると、谷口さんは「国際ビジネスマン」と「神父」との間の期間には、「山谷」で生きていたはずです。
そういう意味では、深堀司教に「見出される」までは、教会権力として生きるつもりはなかったのではないかと思います。
私が直接知っている「谷口幸紀」という人は、随分昔のことなので、その当時のことについて、しかも「私」という個人が見たことしか言えません。
高松教区の神父としてのことは、私は直接的にはまったく知りません。だから、直接ご存知の皆さんの評価について、何の言葉もありません。
そういう評価を批判するつもりもないし、そういう立場にないことは重々理解しているつもりです。
私の投稿が「谷口擁護論」として理解されたとすると、それはまったくの誤解です。「感情的になるな」とも言いません。
当事者にとっては、もちろん感情が入るのが自然だと思います。
私が言いたかったことは、高松教区(だけとは言っていない)の問題は「複合汚染」のようなものだということです。複数の問題が絡み合っているように見えます。
私から見ると、一番の問題は「司教」の判断能力、管理能力、のようです。そこ(司教)が変わらなければ、何も変わらないと思います。
今の高松教区の現状では、新司教にはなり手がいない可能性もあるでしょうが、なり手がいない場合、大阪の司教か広島の司教か大分の司教が兼任することも可能性としてはないとは言えないだろうと思います。
そういう「隣の司教」が、問題点と解決策を理解しやすいような解説を含む「理解要請文書」などを作って送り、「今後」に備えることも考えると良いだろうと思います。
不正や不法や経済的な問題は、論理的ないしは法律的に解決がつく可能性があるだろうと思いますが、秘跡授与拒否の問題や「ネオ」の問題などは、教会法など宗教(団体)の問題だろうと思います。
こちらの方は、裁判などでは解決がつかないという可能性があるだろうと思います。教区権力の教区管理の方法は、第二バチカン公会議の精神に反しているように感じます。
聖職者の「奉仕職」が忘れられているように感じます。「従順」は「盲従」ではありません。
司祭としての資質に欠ける神父であっても、その秘跡の有効性は否定できませんが、尊敬や従順は、お金でも強制でも買うことはできません。
特に信仰者に要求される従順は、イエス・キリストへの従順が第一でしょう。そして、聖霊の導きによる良心への従順でしょう。