2003.1/21-31
@ぷー - 03/01/31 23:42:29 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
ネオの人は熱心に自分たちの道を歩んでます。しかしながら、熱心であることがいつも間違いないとは限りません。
例えが適切かどうかはわからないけど、オウム真理教の人たちだって熱心です。
またネオと非ネオとの棲み分けを目指すべきとの意見もありましたが、少なくともいままでの高松教区内でのネオの活動を見る限り、それは不可能だと思います。
ネオの人は(自分たちは気づいてないですが)自分たちの集まりこそ唯一最高のもので、この集まりに加わらないものは、キリストを受け入れない者であるといった価値観が刷り込まれています。
何とかして、小教区の信徒たちを皆、引きずり入れようとします。だからネオになじむ信徒となじまない信徒の間で深刻な分裂が起きるのです。
そしてそれだからこそ、中島町教会の信徒は、一致してネオ支持派司祭の着任を拒否し、松山教会ではネオを信徒使徒職団体から削除したのです。
問題は教皇庁が認可したとか何とかとゆう権威の問題ではありません。誰がなんと言おうともおかしいものはおかしいのです。これは良心の問題です。
- 03/01/31 20:36:51
いつか,えらい目に遭うでしょうよ とのことですが、もうえらい目にあってますな 笑。笑ってはいけませんな。
他人の本心など普通は誰にもわからないもの、深堀司教さんは今どんなことを考えているのでしょうね。
ところでネオの本質をもっともよく知っているのは、一度ネオに足を踏み入れその危険性に気づき脱退された方ではないかと思うのですがいかがでしょう?
ネオの本性を知らない - 03/01/31 18:50:27
新潟の佐藤敬一司教が新求道共同体(以下ネオと呼ぶ)を擁護していると言っても、同教区内でネオの活動を認めているのですか?
佐藤司教が本当にネオの本性を理解しているとは思えないのですが・・・・。どうぞもう一度昨年12月8日付・カトリック新聞の「展望」を読み返してみて下さい。
第一に、ネオの会則が承認されたことに引っかけて、自分がネオの司祭を受け入れていることを正当化しているに過ぎません。
ネオの活動の何たるかが分かっていないから、あんな論拠のない、極めて稚拙な文章になるのでしょうね。
それでいながら「共同体のカリスマは真性」などと、どの口から出た言葉なんでしょうか?
それに司教協議会の姿勢に対し「うわさ」などと無責任な"空気≠自ら天に吹き散らしています。
つまり、日本の司教区で、ネオの活動を分かったような振りして(本当は分からせてもらえていない)認めているのは高松教区の深堀敏司教だけなのです。
いつか,えらい目に遭うでしょうよ。
通行人C - 03/01/31 18:08:24 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
高松教区はネオの奴隷?さん、「情報の欠如」をいうのであれば、日本全国同じでしょう。
現在日本のカトリック教会がどんな問題を抱えているのか、どんな出来事があるのか、公式情報は何も伝えられていません。
奴隷?さんが書かれたようなことも殆どの人にとっては初耳でしょう。ネオに対して司教団がどの様に考えておられるのか、カトリック新聞にでも出ているのでしょうか。
根は深いようです。
高松教区はネオの奴隷? - 03/01/31 14:02:29
日本の司教団の中で新求道共同体を擁護しているのは、高松と新潟の2人の老司教様方だけ。
他の司教様方や一部の司祭は、早期の段階で新求道共同体組織そのものの野望を見破り、問題となる組織の方針や形態を全体像としてある程度把握していた。
また、高松と新潟の2人の老司教以外の大都市圏を管轄する司教様方を含めた司教団は、高松国際宣教神学院から輩出される新求道共同体の司祭の受け入れを完全拒否するだけに留まらず、実質上、新求道共同体の活動を今もって厳重に禁止しています。
悲しいかな、ほとんどの高松教区の信徒はつい最近まで、このような他教区の動向をなにも知らずに過ごしていました。
この場合、大本営報道管制ではないが、外界から発信される真実の情報を、一切、知らされることがなかったのです。
もし仮に早期の段階で、高松教区の大勢の信徒が他教区からの外部情報を入手していたとしても、信徒の司祭への依存の度合いを強固に蔓延させて組織体系を形成し、そこから利を得る新求道共同体組織によって巧みに情報を握りつぶされるのです。
そのことに関連いたしますが、ネオはまず、信徒の代表格級の人心を掌握管理し、取り込まれた信徒代表とネオ司祭が共同で一般信徒がネオ組織への疑問を一切懐かない様に働きかけますから、予備知識を有さず、なんの免疫もない平信徒はその時点でコロリと騙される訳です。
そのことは、後になって同様のことがありましたし、ネオ司祭が司牧に入った教会では、今もその悪習が継続されて続いています。
前述のように高松教区では、得手勝手な被告側の計画に基づく故意なる操作によって、時代に逆行するが如く信徒の自立を妨げられていますし、また教区内におきましては信徒の自立目的に信徒教育がなされていないので、そういう外部からの情報を元に、自教区の置かれている状況を適正に判断ができる状態ではありません。
新求道共同体と高松教区首脳による恐るべき情報統制技術は、北鮮並とも言えるでしょう。
まるこ - 03/01/30 22:24:49
「どなたか助言 お願いします」さん、辛いのはあなた一人だけではありません。あなたよりもっと過酷な状況下にいる者もいます。
あなた様ならきっとお気づきでしょうけれど、現実逃避を繰り返した成りの果てが、今の高松教区のみすぼらしい姿なのです。今後、この悪政がそう長く続くとは思えません。
確かに今の状況下では辛いことも多いでしょうが、目の前の理不尽な現実から決して逃げず、前向きに直視して共に頑張りましょうね。
まだ、事態収束後の事後処理という重大な課題も残っていることですし。
それと最近聞いた話、四国、とりわけ香川県下では、四国のカトリック教会を慄然とさせたネオの問題が、一般の方の間に物凄い勢いで広まって浸透しているそうです。
非信者さんは信者以上に鋭敏に教会の異常性を察しますからね。ネオ問題を抱える教会には、一般の賢明な方は誰も近寄らないであろうと推測する次第です。
ネオとの棲み分け? - 03/01/30 21:12:28
ネオの特性上、それは不可能でしょう。ネオを強力に推進される司教がいる教区では尚更のこと。
プル - 03/01/30 20:31:04
「どなたか助言 お願いします」様へ
ネオの総本山桜町教会では主日のミサはごく普通のごミサなので、苦にならないのですが、お嘆きになっているところを見ると主日のミサがネオの様式?で行われている(ギターやタンバリンでの演奏とか)ということなのですか?
それともネオのひとがいるだけでいやなのですか?前者ならほんとにどうしようもないですね。あなた様のためにお祈りするしかありません。
後者なら、私もネオに限らずいやな人はどこにでもいますが、できるだけその人のいいところを見るようにつとめています。
通行人C - 03/01/30 18:53:29 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
ローマが「オプス・デイ」を認め、「新求道共同体」を認可したと言うことは、従来の「小教区制」を抜本的に見直すサインではないかと思います。
ですから、今後は、非ネオとネオとの棲み分けが必要でしょう。小教区聖堂を二部制とし、たとえば、午前は、非ネオ、午後は、ネオが典礼を行う。
それができないところでは、力関係に応じて、聖堂と個人の大屋敷とに分けて典礼を行う。
大切なことは、信徒同志の交流と言うより、非ネオとネオとのグループ間の交流です。
お互いのグループが互いに対して開かれていれば、教会のカトリック性は、十分維持できると思います。教会堂に拘る時代は、もう過ぎ去ろうとしているのではないでしょうか。
どなたか助言 お願いします - 03/01/30 14:37:41
ネオの活動を全く排除してしまうか、条件付ながら認めるか。どちらがいいのかわかりません。やり方には全く賛同できませんが彼らは確かに熱心です。
それゆえ融和策をとる司祭もいるのだと思います。しかし一旦認めてしまったら、取り返しがつかなくなるのも事実です。
私の小教区では以前は教会の敷地内でのミサなどを禁じられていました。その頃は自治会館を使って集会をしていたようです。
近所の人から「あの人たちは教会の人らしいけど、一体何をやっているの?」と聞かれて困りました。
基本的に宗教がらみの活動はこの自治会館ではしてはいけないことになっています。現在はどうしたことか、教会でミサができるようになっています。
そのため自治会の人からあれこれ言われることはなくなりました。外に向かってはいいことだったかもしれませんが、内に向かっては亀裂を深めてしまっています。
もうどうしていいのかわかりません。
ネオは言うことを聞くとは思えないけれど、権威筋からこれからの活動について再度全信者に向けて文書でも出してもらわないと、普通のミサに普通にあずかりたいものにとっては、非常に住みにくくなってしまっています。
司教団の文書などでても、教皇様に認可されたのだから何一つ変わらないどころか、それを盾にさらに切り込んでくるでしょうね。
それでも何かしらのよりどころがほしいのです。すがる藁ってところかなあ? こんな気持ちでミサに出てご聖体をいただくのも苦しいのです。
できることなら今の小教区から出て行きたいくらいですが、これまで自分の教会と思って頑張ってきたし、信仰の仲間もいます。
何とか今は歯を食いしばって、石にかじりつくような気持ちで主日のミサにあずかっていますが、それもいつまで続けられるのか、自信がありません。
もう疲れきってしまいました。今はただただ、正しい方向へ進ませてくださいと神様に祈ることしかできない毎日です。
日曜日、教会から帰って鏡を見たら、妙に疲れて、やつれた顔をしていました。あれは喜びにあふれた顔ではありません。
ネオを受け入れられない私がかたくななだけなのでしょうか。
でも、これほどあちこちで問題を起こしている団体が、絶対的に正しいとは、どこをどうひねっても思い至らないのです…。
オホーツクの人 - 03/01/30 01:17:54
愛媛県出身移民の曾孫より、ネオに悩まされてる皆様にお見舞いを申し上げます。 はこぶねさん、秋田の件については下のホームページをご覧下さい。
http://www.bishop-jp.com/ このホームページで批判されてる今の新潟の司教様は、ネオ支持を言い(書き)表してしまいました。
ネオの本音を知ってるのか、知らないのか・・・・・・ ただただ、アッシジの聖フランシスコの平和の祈りを唱えささげるのみです。
赤マーク - 03/01/25 08:00:00
待てよ!!松山教会のこと。「主任司祭がネオの活動を禁止している。
だから教会の外に出て、毎週水・土曜日に各個人宅、その他で集会をしている」=カルトの何とかの新興宗教と同じじやん。だから政府の何とかにマークされるのよ。
カトリックで、こんなこといいのかなアー。ネオの会則でそんなこと認められてるのかなア―。
日本全国の、司教が許可していない教区内で活動しているネオにも同じことが言えるけど・・・。
はこぶね - 03/01/25 01:40:24
はこぶねは九州の某カトリック教会の信徒です。掲示板の書き込みは初めてです。
高松教区の方々の問題が一段落ついてから書き込みをしようと思いましたが、他人のパソから書き込んでいますので、いつまで使用できるか分かりませんので、取り急ぎ。
私は広島のマリアンオーソドックスカトリックにときどき秘密に通っている者です。
98年頃だったと思いますが、その共同体に自称エマニュエル・ミリンゴ大司教なる人物がバチカン当局の忠告を無視して来るということで、私はその共同体のミサに参加しました。
ミサはローマカトリックが昔行っていたラテン語のトリエントミサでした。
自称ミリンゴ大司教(黒人の初老?の人)は講演の中でカトリック内部の啓明結社などの黒い霧について話されました。
バチカンがマリアンチャーチを悪魔の教会といっても、彼はその共同体を聖母マリア様の御出現される教会として認めるということも言われました。
私はその時の話を録音して、所属の教会の司祭に相談したところ、テープをゆっくり聞きたいのでしばらく借りるとのことでした。
一週間後司祭が私のところに来て、「エマニュエル・ミリンゴなる人物はバチカンにもローマにもいません。あの教会はカトリックでない者が勝手にやっていることです。
今後あの教会に行くようなことがあれば、私はあなたをカトリック信者とは認めませんけど、、よろしいですか?」
気の小さい私は何も反論できませんでした。バチカンから遠く離れた東のはての島国で、入ってくる情報は日本カトリック司教団というフィルターにかけられるのですから、、。
しかし、ある日「エクソシストとの対話」島村菜津著という本に出会いました。その中で、ローマの黒人司祭エマニュエル・ミリンゴ神父?の紹介がありました。
これぞマリア様の御導きと思い、小学館の編集室にマリアンチャーチに来ていた黒人司祭の写真と講演内容のテープを送り、数週間して再度編集室に電話したところ、島村菜津女史の確認により、エマニュエルミリンゴ本人に間違いないとのことでした。
神父が嘘をついた?つかされた?だれに? 2002年?1年?5月頃、ミリンゴ大司教、統一教会のマインドコントロールにかかって、合同結婚式で韓国人女性と結構。
私の所属の教会の司祭がミサが終わって私に、「OOさん、新聞見ました?ミリンゴは背教しましたね〜」(おい!いないって言ったじゃないか、あんたは私をばかにしてんのか!)気の小さい私は口に出せませんでした。
それから数ヶ月経って、パパ様がミリンゴ大司教を連れ帰りました。独身という寂しさゆえに悪魔の罠にかかってしまったそうです。気持ちわかりますよね。
詳細は毎日新聞過去の記事で。 啓明結社については、「悪魔に愛された女」シスター・マリ・エメリー著。司祭に嘘をつかせるカトリックの上層部は要注意かもしれません。
こういった掲示板にもその手の人たちが参加しているのでしょうね。
秋田の聖体奉仕会のシスター笹川の行方を御存知のかたいましたら教えて下さい。明日ここにまた来れたら来ます。Ave Maria
@ぷー - 03/01/25 00:38:22
極悪非道とは言い過ぎで、単に被告側の人々はあまりにも世間知らずなのです。だから、いくらでも非常識なことを繰り返すのだと思います。
しょうゆ豆 - 03/01/23 22:19:17
極悪非道とはちょっと過激ではないでしょうか?
もっとも、神聖と考えられている組織の中でのことですから、一般の社会と比べれば評価レベルが違ってくるのかもしれませんが?。
苦しみの中の信徒 - 03/01/23 19:57:00
高松教区・深堀司教の教区の運営、神学院にまつわる嘘つき,デタラメ、不正の数々・・・これらの極悪非道を、正義の神は本当に赦されるのでしょうか?
もし赦され、見逃されるということになると、あしたの希望はズタズタに引き裂かれてしまいます。
しょうゆ豆 - 03/01/22 22:42:13
和解協議の概要は支援会の人たちには知らされましたが、その中では被告の深堀司教側はここにきてもまだ訴訟の取り下げを求めているようです。
訴訟に至ったのは、国際宣教神学院の建設計画の段階に違法があったこと、「教区立」ゆえの教区財政の先行きを危惧し、司教に神学校建築を中止するよう進言した事などにありました。
そして、その根底にそれまでの新求道共同体の活動方法、新求道共同体司祭の資質の問題、新求道共同体の宣教方法による信徒の分裂なども重く存在していた事は否めないことです。
訴訟は名誉毀損でありながら、その公判や審議の中で浮き彫りにされていったのは、高松教区運営の呆れるほどの杜撰さと教区長と神学院に深く係わる人たちのこれまた呆れるほどの無責任な姿勢と廉直さを疑う人間性でした。
小豆島の信徒が新求道共同体の司祭の派遣を拒否したことに対しての司教の対応のしかたもこれならしかりと思えるものです。
このような人たちに教区や小教区を牛耳られていいものでしょうか。信徒一人一人が目覚めた視線で中島町教会や松山の信者さんように対応してほしいです。