2003.2/1-10
栗林 孝充 - 03/02/10 20:16:10
げ!これって、「テキスト」で入るんですね。読み難くて、ごめんなさい!!
栗林 孝充 - 03/02/10 20:04:32
あしたに向かって」を監修され、また、ご参加なさっている皆様には、心から御礼申し上げます。 「原告の一人・栗林」です。
さて、まず、当ページを監理なさっている方にお願い申し上げます。
先日メールにてお送りいたしました「論文」ですが、もし可能ならば、近いうちに時機を見て公表していただきたいと思うのですが、如何でしょうか?
と、申しますのが、先月1月21日、産経新聞社さんから、当方へ取材の意向が伝えられました。
これに対して、未だ当該裁判は和解にも、判決にも至っていないことを伝えた上で、当方がこの裁判を通して皆様はじめ、多くの方々にお伝えしたかったこととして、この論文だけを新聞社の方にお渡しいたしました。
そのため、これまでにお力添えいただいた皆様には、何らかの形で、目を通していただいて、皆様の自由な議論の礎にしていただければと思うのです。
それに伴いまして、一つお願いがあります。
公表をしていただく時には、最集段、「終わりに・・・感謝の言葉に代えて・・・」の部分で、この論文の著述を勧めてくださった方のお名前は、今後の皆様の自由な弁論に支障が発生するといけませんので、この箇所だけ実名を伏せていただけますでしょうか?
「あるカトリック上長」としていただければと思います。 次に、このページにご参集なさっている皆様にお伝えいたします。
このページの過去ログでもどなたかがご指摘なさっていましたが、私が現在教会にも顔を出していないことを心配下さる幾人かの信者さんから、時にお電話をいただきます。
この「教会に行っていないこと」に関して、いくつかお話をさせていただきます。
確かに、今回の裁判に至った当初には、私の過去の経歴(以前の妻が亡くなっていること)などをお調べになったり、身に覚えの無い様々な中傷をされるということもありました。
また、修道女会に参っておりました当時の「次女」・・・今は、転籍をいたしまして、私とは「縁も所縁もない、一女性」として生きております・・・に対してもある種の圧力があったことは事実ですが、これが教会へ行かなくなった理由ではありません。
私の所属する教会の信者の皆様は、恐らく私がどのような人間であっても、これをお許しくださるほど、それほど慈愛に満ちた方々です。
だからこそ、私が参ることで、不必要に「深堀司教、並びに彼に近しい方々」の神経を逆撫でして、何ら私とはかかわりの無い教会の信者さんにまで被害が及ぶことを回避したかったというのが、今尚、教会に行くことなく暮らす理由です。
確かに、今回の一連の騒動で失ったものは・・・かなり大きいとも思います。
事実先ほど申し上げた亡くなった前妻との間の長男と妹(即ち、私の実子二人です)は、今回の一連の騒動に嫌気が刺し、また、父親としての私に不信を抱き教会を離れるばかりではなく、今は亡くなった妻の実家の養子となって、私の元を去って行きました。
この事実に、妻は今も苦しんでおります。結果、妻の連れ子の内、年の長じた二人は私の元を離れて、自活の道を選びました。
これも、私の心情に配慮してのことでしょう。さすがにこの時は、神経を病みましたが、今は回復しております。
また、かつて笑い合った、仲の好かった司祭にお目にかかった折、「あまり会いたくない」と言われた時には、さすがに気持ちが沈みましたが、それも当然といえば当然のことだと思っております。 ご安心下さい。
私をこの世に送り出してくださった私の神は、私を結構図太い人間として御造りになったようです。
今回の論文は、皆様の自由な論議を損なうようなことは一切書かなかったつもりではおります。もし、前回、このホームページのメール機能を通じてお送りいたしました論文に関して、何らかのご批判があれば、何なりとお伝え下さい。これに関して、如何様にもお応えするつもりでおります。
その点を踏まえましても、以前、ゲストブックを通じ、皆様にお伝えしたかったことを纏めたことをお伝えした後にも、何のご返答もいただけなかったことを、とても残念に思っております。
また、時にこのホームページ上で個人的な事情や背景にまで、議論の場が導かれることには、とても心を痛めております。
もし能うなれば、私のような「電話帳のような神経」の持ち主はそう多くないことをご認識下さい。
それが仮に「被告」として裁判所でお目にかかる方とその協力者であっても、同じだと思うのです。
最後のなりましたが、皆様のお力添えを持ちまして、ここまで何とか「発狂せずに」やってこれました。
これも偏に皆様のおかげです。皆様方の上に、神様の祝福が豊かにありますように!
桜町の信徒・K - 03/02/10 08:22:31
いま、高松教区では、ネオが教会を根元から壊している。
@ぷー - 03/02/10 00:15:48
コメント11:48分みたいに問題提起者をトラブルメーカーと見なす人がいるのには困ったものです。
本訴訟の原告の方が神学院設立に異議を唱えたのは根拠があってのことであり、何ら司教に対しいいがかりをつけているのではないのです。
高松教区は大丈夫? - 03/02/09 14:29:26
昔どこかのサイトで、自身が所属する宗教組織の危険度の目安を、非常に分かり易く(チェック式?)纏められていたことを思い出しました。それによりますと。
@ 実在のカリスマ的指導者が中心にいて、メンバーは無条件に心酔している。
A 新しいメンバーの獲得に余念がない。
B 金儲けにのめり込んでいる。
C 質問したり、疑問を持ったり、反対意見を唱えることは認められず、罰せられるケースさえある。
D 瞑想や詠唱、体力を消耗させる労働など、精神を麻痺させるテクニックを用いて 疑いの心を持てないように仕組んでいる。
E 指導者がメンバーの考え方や行動、感情を細部に至るまで支配している。
F エリート主義的な発想に立ち、集団とそのメンバーと指導者は特別な高い地位にあると主張している。
G 自分たちは善、外部者は悪という「二分法」的な考え方に立ち、一般社会との軋轢を生み出している。
H 倫理に反すると考えられるようなこと(不正な目的の募金活動など)でも、目的のためなら正当化されると教える、または、ほのめかす。
I メンバーの罪悪感を煽って支配力を強めている。
J メンバーは集団に従属させられ、家族や友人との絆は断たれ、それ以前の個人的な関心事も忘れてしまう。
K メンバーは当然の義務として、集団の活動に法外なまでの時間を費やすことを求められる。
L 同じ集団のメンバーとの共同生活や、メンバーのみとの交流が奨励される、あるいは、義務づけられている。
コメント11:48分さんへ - 03/02/09 14:23:59
このホームページは、@教会を救う。Aこのホームページのお陰で、高松教区の悪いところを暴いて、苦しんでいる人たちの救いの糧となります。
B腐っているものを絶対に隠してはいけません。みんなに知らせるべきです。
マインド・コントロ−ルの三つのステップ - 03/02/09 13:53:06
破壊的カルトはメンバ−にマインド・コントロ−ルをかけるために、複雑で様々なテクニックを使っています。その中で代表的な方法を三つのステップで表わすことができます。
●1:だまし、 詐欺:
破壊的カルトは、人々が求めていて望んでいるものや人生の意味がそこで得られるかのように信じ込ませます。
伝道されている人々は、自分の成長や社会あるいは世界の平和がこのグル−プを通して実現できると思わせられてしまいます。
しかし自分たちの目的とそのグル−プの本当の目的が全く違っていることを知りません。
その環境の中で安心しながら信頼して、一生懸命このグル−プのために働いています。
そして知らない内にそのグル−プの考え方や感情を身に付けていき、簡単に言うとそのグル−プのメンバ−(信者)になります。
●2:依存、頼る:
徐々に環境をコントロ−ルしながら、破壊的カルトはメンバ−たちを外部 (家族や友達や普通の社会)の、グル−プに対する否定的な影響から引き離すようにします。
そうした環境の中でメンバ−たちはグル−プに対して少しずつ批判的能力がなくなっていきます。
最終的に、メンバ−たちはそのグル−プにすべて依存するようになっています。
●3:恐怖、脅し:
いったん依存する状態が完全にできてしまうと、破壊的カルトは自分たちのメンバ−の考え方、感情、行動を全てコントロ−ルすることができます。
メンバ−はそのグル−プの精神的な支えを失うことに対する恐怖がだんだん大きくなっていきます。自分で判断することが難しくなるのです。
メンバ−がそのグル−プをやめないようにするためにいろいろな脅しも使われます。
例えば「そのグル−プを離れたら、自分や家族が病気になったり、事故に遭う」とか「死んだら地獄に落ちる」などと信じ込まされています。
あるグル−プでは、(オウム真理教のように)脱会した人々に対して暴力を振るうことまでします。
そのような恐怖を植えつけることによって、結果的に、メンバ−たちをそのグル−プやリーダーに完全に服従させることになります。
(http://www2.ocn.ne.jp/~mind123c/ 抜粋)
- 03/02/09 11:48:39
このホームページ は 教会を壊す
恵子 - 03/02/08 20:46:29
通行人Cさま。仰せの通り、人の心の内は覗いて見ることは出来ませんが、言われることと、していることが違うこと。
右を向いてはキリストを宣べ伝えながら、左に向いては嘘をついたり、誤魔化したり、信徒が積み立てた「一粒会」のお金を勝手に使ったり・・・私は、こんな人の心の中にキリストはいないと思います。
神様はいつも人の心をきれいにする様に働いておられるというのに、なぜなのでしょうか?
通行人C - 03/02/08 12:02:32 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
恵子さん、少々勇み足ですね。人の心は誰にも分かりません。
恵子 - 03/02/08 07:43:54
「心さん」なのか「心からさん」のどちらかわからないけれど、高松教区(松山教会)の問題、信徒の悩み、よくわかります。
教会がとても冷たく感じます。"舌切り雀≠ノなったのか、それともされているのか知りませんが、神父も司教も周りはみんな無責任ですね。
身近なことでとても悲しく、一番見苦しいことは「深堀司教の心の中にキリストがいない」ことです。
心からさんに感謝! - 03/02/07 23:36:16
初めてコメントをのせます。私は松山に住む者です。心からさんのメールを読み、感動しました。
牧者(羊飼い)が、悪いことをしているのなら、四国の信者さんみんな(羊の群れ)が、良い方向に導いてくれる牧者を探さなければならないと思います。
今、この状況(高松教区内の問題)と出来事に、逃げない姿勢こそが大切なのではないでしょうか。
今後何をすれば?とは、私には分かりませんが、今の高松教区内には、私のように悩み苦しんでいる信者がたくさんいるのではないでしょうか。
日本という小さな布教の地で、カトリックという信仰が、一般的に“新興宗教では?”と、ゆがんだような捉え方をされだすのではないかと心配になります。
四国の地では、もうなっているかも知れません。この(高松教区内で起こっている出来事)ことを早く解決しないと、大変なことになるのではないでしょうか。
カトリック信者としては、つらいことです。でも、心からさんのメールで勇気を頂きました。
この大きな出来事を、唯一取り上げているのが、中外日報という、全宗教界を網羅する宗教の専門誌(新聞)です。おかしいと思いませんか?
どうしてカトリック新聞とカトリック雑誌が取り上げないのでしょうか。
これだけみんなが辛く、苦しんでいるのに、この大きな問題を、カトリック新聞等が取り上げないのは、上からの圧力と、逃げ道しか考えられない人たちがいるからではないでしょうか。
やはり、日本カトリック中央協議会の人たち(司教たち)が、自分の地位だけ心配しているからだと思いませんか。
聖職者が、一般の人のように、お金、地位、名誉という誘惑に負けたということでしょうか。
キリストが言動(言葉と行い)を通して、私たちに教えたように、牧者と羊も原点にかえらないといけないのではないでしょうか。
このままだと日本のカトリック全体が、大きなつまずきとなり、志願者も、信者も年々数が減ってくるのではないでしょうか。そして、教会にだれも来なくなるのではないでしょうか。
心から - 03/02/06 16:49:37
私は近畿地方に住んでいる者です。昨年の夏、帰郷した時に、松山カトリック教会のミサに行かせて頂きました。松山教会のミサに行くのは17年ぶりでした。
行ってみて、やはり近畿地方(全国?)でも耳にしている、高松教区で起こっている「出来事」は、本当なんだと、私の目と肌で感じ取ることが出来ました。びっくりしました。
信者さんの顔は喜びがなく、穏やかな顔をしている人は、一人もいませんでした。何かみんな緊張(ピリピリ)しているように見受けられました。
日曜の朝のミサ、10時のミサ、夕ミサとも、昔はミサ後神父様を囲み、みんな仲良く長い間話をしていましたが、今は、どのミサもサッと帰る人が多く、話している人は数人程度でした。
なので、私に声をかけてくれる人は一人もいませんでした。とても悲しいことです。
あの時ミサに来られてた信者さんに、「あなたは何のために教会に来ているのですか。」と聞いてみたかったです。また、びっくりしたのは、主日ミサに来られてた人数です。
17年前の半数に減っているように見受けられました。昔の10時のミサだと、お御堂に入れないぐらいでした。
やっぱり今、高松教区内でおこっている「出来事」が大きく、大きく影響しているからだと思います。
高松教区内の教会は、彼ら(深堀司教ほかネオの関係者)のせいで大きな、大きな分裂がおこっているのではありませんか。
直ちに、深堀司教を辞めさせ、ネオの神学院を排除すべきです。不思議です。どうして、高松教区の信者さんは、自らすすんで悪と立ち向かおうとしないのですか。
先ごろ、高知県の中島町教会は、信徒の総意によりネオの司祭を阻止したと聞きました。
これは、オブレート会の管区長が、信徒第一に考えて下さった結果だとうれしく思います。
これを機に、愛媛の信徒(ドミニコ会のもとで育った信徒)も、どうか信徒の総意でネオを排除して下さい。
昨年、ドミニコ会の教会(八幡浜教会、今治教会)を教区に返したそうですね。これは、ドミニコ会の地区長が、信徒第一に考えなかったことが第一の原因だと思います。
このことから、ドミニコ会の司祭の中に、信徒第一に考えてくれる司祭が何人いるか、疑問に思います。
ドミニコ会の司祭は、愛媛の信徒(ドミニコ会のもとで育った信徒)の苦しみが本当に分かっているのでしょうか。
ドミニコ会の司祭たちが、愛媛の信徒(羊)を守ろうとしないのなら、中島町教会のように、愛媛の信徒全員で立ち上がり、自分たちの教会を守ってほしいと切に願います。
先ごろ、松山教会もネオの役員が排除されたと聞きました。新求道共同体の人たちは、行く所があります。
しかし、彼らの“群れ”に入っていない人たちは、だんだん行くところがなくなっています。
だから、松山教会も、ネオのいるほかの教会も、早くネオの人たちを追い出してください。
そして、前のように教会が安らかな場として、またみんなが、にこやかに集える教会にしていってください。心から切に願っています。
▲追記:一昨日聞いたことですが、今治の未信者の人が、昨年のクリスマスに松山教会に行ったそうです。もちろんその人は、今治教会も知っています。
2つの教会を見比べ言ったことが、「やはりどこか違っていて......。」と思われたそうです。このことがどういう事か、全信徒が考えなければなりません。
通行人C - 03/02/05 18:07:42 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
[司教批判が圧倒的]さんのコメントのような情報は、カトリック系のマスコミでも伝えているのでしょうか。もしノーなら、何故なのでしょうか。
司教批判が圧倒的 - 03/02/05 13:19:26
中外日報・1月28日付の11面から・・・・・
カトリック高松教区で深堀敏司教を相手取って、森岡源三氏ら信徒二人が「名誉棄損訴訟」を起こしているが、教区内の有志信徒約三百人で組織する「森岡さんたちを支援する会」はこのほど、会員の意見をアンケート形式でまとめた。
「森岡さんらの提訴で教区運営の"でたらめ≠ウに気付いた」「高松教区は新求道共同体と縁を切り、大阪大司教区と会併すべきだ」など、ほとんどが 司教を批判する意見。
同会事務局はアンケートの回答全文を、19人の枢機卿、大司教、司教あてに送った。
‐ 無 ‐ - 03/02/02 20:56:34
妖夷幾処作群居 俗司姦民満市閭 遼有一士違世上 夕陽山下破天祈
傍聴人 - 03/02/01 20:21:10
「強い信仰を育てる」という2003年・深堀敏司教の"司教教書≠読みましたか?
「ロザリオの祈り」はよくわかりますが、「どのようにして」という、もう一つ強い信仰を育てるための具体的な導きに乏しいものを感じます。
「悪との戦い」とか「戦いに勝ちぬく」「破壊的な力」などなど、何か戦慄する信徒に檄を飛ばすような文言がやたらに多いのが気になります。
現代は、こんな堅い言葉よりも、もっと分かりやすく優しい言葉で呼びかける方が、信徒の心により強く響くのではないでしょうか?
ともあれ、この司教教書を読んで、「深堀司教は高松教区に着座して25年、何を、どのようにしてきましたか?」と尋ねたい。
- 03/02/01 00:02:12
司祭不足が叫ばれて久しい昨今、いくら売り込みに躍起になっても、どこの教区においても門前払いを受ける高松の神学院でつくり出されるネオ司祭。
それだけじゃなく、上辺を取り繕うみたく四国への土着化を狙ってみたところが、四国の利発な住民からズバリ本質を見抜かれ毛嫌いされているし。
高松の神学院は、弱小教区の財政を窮地に追い込むまでして維持する必要があるのでしょうか?
ネオ司祭は誰からも必要とされないばかりか、却ってその存在が日本のカトリックの一教区において住民の反発を招きつつあるという深刻な事実を、みなさんどう受け止められますでしょうか?