2003.5/1-5/10
あしたに向かって - 03/05/09 17:25:06
「真の勇気と信仰とは、真実を見つめ、正しく判断することである。」と、ある信徒が述べておられました。
海神セレス - 03/05/09 01:42:51 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
私が、未だに今治市民・今治小教区在籍信徒である理由ですが、現勤務先のCホテル(松山市)の方針変更により正社員登用が延期されており、「契約社員」の身分のままなので、社会保険が付いていません。
そのため、住民税・国保税の安い今治市に住民票を置いたままにしています。
それで、今治小教区に教会籍を置いたままにしています。
また、この事態を危惧している教会委員諸氏からは、半年毎に経験者採用実施中である、今治国際ホテル(今治市)やリーガロイヤルホテル新居浜(新居浜市)等々の大規模名門ホテルや、外食産業への応募を勧められています。現状報告でした!
海神セレス - 03/05/09 01:19:37 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
私の発言の趣旨は、高知市での中島町小教区(オブレート会士)と江ノ口小教区(高松教区司祭)での信徒の「棲み分け」状態に倣って、松山市周辺での「ネオ問題」への対応策を提案しているのです!
(道後小教区に、ネオ支持信徒を封じ込める作戦なのです!司教交替後に、小教区の担当割を再検討すれば良いのですから・・・。
大分教区一信徒 - 03/05/08 13:05:22
久しぶりにこの掲示板を覗きました。栗林さんの長文に感銘しました。コピーして何度も読んでしまいました。私は新求道共同体に関して、同様の考え方を持っています。
栗林さんのお書きになったことが本質であると思います。失礼ながら、大分教区の周りの方々に紹介したいと思いますがよろしいでしょうか?
あしたに向かって - 03/05/08 10:46:27
私たちの願い:
「私は、真実とは何か、真理を求め、真理に生きるとはどういうことなのか、ということについて自分に問いかけていこうと思いました。
自分の周りで起きたこと、あったことの事実を正しく伝えて、その真理にすべてを委ねたい(森岡さんの陳述書より)。」
その事実がたとえ厳しくとも、正直に見つめ、みんなで共に話し合い、解決していきたい。それが私たちの願いなのです。
森岡さんたちを支援する会
あしたに向かって - 03/05/08 10:37:00
ついに裁判へ:
神学校の建設が強行された翌2001年3月9日、森岡さんたちは、司教に対して「高松教区立神学院および教区運営をめぐる名誉毀損訴訟」を起こされ、神学校建設に関わる数々の不正(議事録の偽造、会計処理の不明な点など)が明らかになりました。
私たちは、この間の森岡さんたちの苦難と苦渋を見て、同じ信徒の立場から森岡さんたちをしっかりと支え、自分たちの意見を表明していこうと立ち上がり、今年6月、日本司教協議会総会に高松教区の窮状報告を提出しました。
その後、高松問題解決のため、臨時司教総会が開かれることになったということは、カトリック新聞でも報道されています。
【教会憲章12条】 - 03/05/07 23:28:48
によりますと、『教会を治める人は霊を消すのではなく、教会の刷新と発展のためなら、霊の促しからくる提案や企画を喜んで受け入れ、△ 反対に教会の一致と平和を乱し、全体の益にならないようならば拒否するように。』と、統治者向けにはっきり記されているようですね。
信徒 - 03/05/07 22:44:54
「小教区の和」って具体的になんですか?
あしたに向かって - 03/05/07 19:26:52
嘆願、申し入れ、調停申立へ:
2002年2月、ついに愛媛地区信徒協役員会が深堀司教に対し、「新求道共同体の司祭の派遣を拒否する自由をください。」という趣旨の嘆願書を提出。
主任司祭の定年を控えた小豆島教会では、全信徒が「派遣を拒否します。」という申入書を送付しました。結果小豆島教会の信徒は、ミサ、葬儀の停止という処分を受けました。
3月には校舎建設のため大々的に寄付を募っていた神学院の問題などについて高松教区信徒協臨時役員会が開かれ、司教は「多くの不備な点や間違いを改めながらやっていきたい。」という答えられましたが、未だ何一つ実行されていません。
その後神学院の建設計画が強引に押し進められるに従って、さまざまな疑問が表面化したため、愛媛の森岡源三さんたち二人が、「神学院仮校舎建設の差し止め、ならびに神学院の建設計画を司教区信徒会役員一同の同意が得られるまで停止すること」を求めて調停を申し立てたところ、司教は同年7月から2度にわたって、森岡さんたちを断罪し、著しく名誉を毀損した文書を教区すべての聖職者に送られ、教会全信徒の前で読み上げ、2週間にわたり掲示するよう命じられたのです。
また、あなたの背後にあってあなた方の行動を促し、あるいは黙視してきた人々にも当てはまります」と、他の信徒にも通告されました。
あしたに向かって - 03/05/07 16:26:20
高松教区では:
1990年、新求道共同体のための高松教区立国際宣教神学院が教区長深堀敏司教によって設立され、ここで養成された司祭が各小教区へ派遣されていきました。
神学院卒業または新求道共同体に参加している司祭が派遣された教会の多くでは、まず一年以内、早くて数ヶ月の間に必要もないのに聖堂が改装され、「わたしは教区の司祭なので新求道共同体ではありません」と言っていた司祭までもが宣教家族と言われる専属のグループを呼び寄せ、大々的に「新求道の道」の活動を開始しました。
新築予定のある教会では司教の勧めで一方的に新求道共同体方式に建て直され、信徒の要望が全く反映されない聖堂ができあがってしまいました。
新求道共同体関係の司祭が派遣された教会では数多くの問題が起こり、特に人間関係は深刻で、分裂し、深くできた溝は容易に修復できない状況にまで陥っています。
各教会からは信徒の訴えが相次ぎ、司教に適切な処置を求めましたが、「信仰の従順によって司教に従いなさい。」とただ見ておられるだけでした。
あしたに向かって - 03/05/07 15:56:32
「真実を求めたい」
12月8日付の「展望」で、佐藤敬一司教の寄稿が掲載されましたが、私は信徒の立場から高松教区の事実についてここに申し述べます。
その前に次の文書を確認したいと思います。
1993年9月、日本司教協議会常任司教委員会から「新求道共同体について」という文書が全国の司教、司祭に配布され、その中に、次のように述べられています。
「周知のように、小教区は、実にさまざまな司祭、信徒の集まりから成る地域共同体である。
そこにはさまざまな活動があり、互いに補い、支え合って、一つの全体を作り上げているが、個性的なグループが生まれ、他への配慮や尊敬を欠いたまま独自の行動をするならば、小教区の和は乱され、混乱が生じ、小さな小教区の場合には、修復しがたい分裂が起きる恐れがある。」 (つづく)
信徒 - 03/05/06 17:11:27
> 同封の原稿「真実を求めたい」を、12月22日付のカトリック 新聞に掲載してほしい。 このHPにも掲載していただけるとありがたいのですが。
- 03/05/05 22:51:28
(信徒 - 03/05/05 11:59:11「この正直かつ冷静な文章と このHP&掲示板の論調に乖離を感じてしまうのは何故?」)
どこかの共同体とは違い、極めて健全に思えますが何か?・・・権威と人数を頼みに、メンバー全体へ思想・論調統制を強いるのがカルトの特徴なんだよね。
@ぷー - 03/05/05 21:44:55
(「一般の法律での審理を続けるなら、原告に教会法上の制裁を加える可能性もある」これは教会のお礼参りですか。)
いや、被告の方々にはお礼参りという意識はなく本気でそう思っているのだと思います。もっとも結果的には原告を恫喝していることになるのですが。
何でも自分たちに都合よく宗教的事柄に結びつける「ネオ思考」に汚染されており、そして全くそのことに気がついていないのですね被告の方々は。恐ろしいことです。
さらに言うなれば、一体原告の行為のどの部分が教会法に抵触するのかきちんと被告の方々は説明すべきであると思います。
たぶん納得いく説明はできないのではないでしょうか?単なる「ふかし」ではないでしょうか?
信徒会・役員 - 03/05/05 15:35:04
カテドラルの桜町教会で復活祭に2名ですか?なんとも寂しいことだね。
信徒 - 03/05/05 12:00:24
「一般の法律での審理を続けるなら、原告に教会法上の制裁を加える可能性もある」
これは教会のお礼参りですか。
信徒 - 03/05/05 11:59:11
この正直かつ冷静な文章と このHP&掲示板の論調に乖離を感じてしまうのは何故?
栗林 孝充 - 03/05/04 22:48:15
下の一文、読み難いほど長くってごめんなさいね。
「一般の法律での審理を続けるなら、原告に教会法上の制裁を加える可能性もある」と、最終弁論の準備書面で書かれてしまった私からの「遺書」として、ぜひ、ご一読下さい。
栗林 孝充 - 03/05/04 22:19:13
「衆生無くして、仏無し」 「前代未聞の」、この裁判を通して伝えたかったこと この一文を、高松司教深堀司教 との係争中に、その輝きを失っていったもの、また、私の元を去っていった全ての未来… 愛してやまない妻のしげみ、愛しい娘 愛、修道女志願だった娘 舞、涙もろい程心優しい息子 健太郎、そして…。
今や私の姓すら捨てて生きることを選んだ息子の孝臣と娘の史記に捧げる。
1、はじめに 「前代未聞の裁判」…上意下達が徹底し、上位の者が言うことには絶対服従であると思われてきた「カトリック教会」…もっとも、こんな見方が一般社会の共通認識であること自体が、カトリック教会の特異性を雄弁に物語っているとも言えなくは無いのだ。
そのカトリック教会において、絶対的な権威と権力を持つ司教を一信徒が告訴したのだから「前代未聞」と言われても致し方の無いこの裁判は、一貫して今回の裁判を「自分が所属する聖域において、宗教事案として扱うことを望んだ」深堀司教側と、「あくまでも社会通念上、一般民衆にも理解し得る形での審判を望んだ」我々原告側の間の溝が埋まらないまま、最終段階を迎えようとしている。
これが宗教界において発生した事案であるが故に、ごく一般の社会で、宗教など気にも留めない生活をされている普通の人々から見ればかなり特殊性を帯びたものであることは否めないにしても、それをさらに特殊な環境へと問題を送り込もうとする姿勢、今回の場合であれば、「教会法」に基づく宗教裁判にその審判を求めようとした深堀司教の姿勢は、反って我々原告が「一般社会通念上にも適合する程度の」通常性を、常に維持させる結果となった。
また、このような深堀司教側の「一般社会からの切断操作」への指向性が強烈であったにもかかわらず、我々原告に対して、多くの信者さん、あるいは関係者の方々から広範な共感が寄せられたことは、カトリック教会を構成する組織の中にも一般の社会と時期を同じくして、これまで閉鎖的であったカトリック社会を、成熟した社会構造として形成する方向へ向けての大規模な地殻変動が起きつつあることの予感を感じさせてくれたのだった。
言い換えれば、従来カトリック教会を構成してきた近代の社会構造が堅持していた機能は、成熟した社会構造へと変革を遂げようとしているその過渡的状況の中にあって、従来のようには単純には機能しなくなってきており、その機能を無理に作動させようとすると、多くの人が傷つくことになるということが明確になったのだ。
しかし、それと同時に我々原告を支持し、声援を送って下さった方々の中にも、かつての「幻想的機能」を振りかざしたような論述を繰り返す状況も併存する今、今回の裁判で私が炙り出したかったことを明示する必要を感じてこの一文を書き上げようと思ったのである。
それは、今回の裁判とその経過が白日の下に晒したのは、かつてのカトリック教会と我々が生きる現代の社会とが、同時に過渡的状況にあるが故に失われて行く村落共同体的な幻想と記憶にすがる年長世代の「実存の問題」と新しい社会的規範を求める潮流の二つが混同されて存在している実態のみならず、これから我々が向かうであろう成熟した社会が、この二つの実態が、成熟した社会を存続させて行く上でも大きく関わってくる「神学的な問題」をも提起しているのだという確信にも近い予測からだと言い換えることも出来るのだ。
その回答困難な問題に真正面から立ち向かい、議論をするためにこそ、今回の裁判は提訴され、そして長い時間をかけて審議されてきたと言っても過言ではない。
その点においても、我々はかつて経験したことのない経験を重ねつつあるのだ。
現在が過渡期であることは紛れも無い事実である。
ただ、過渡期を単なる危機だと捉えるか、あるいは新たな規範なり倫理を生み出す絶好の機会だと捉えるかによって、その後の対応が全く違ってくるのではないだろうか。
そして、それは西暦2000年、記念すべき大聖年に始まったのであった。
2、始まりはいつも突然に 教皇ヨハネ・パウロU世は、2000年1月の聖地巡礼、そして大聖年を祝うその年の3月のミサで、歴史上画期的な二つのことに言及された。
その一つはキリスト教だけが「真理」を独占しているのではなく、他の宗教であっても同様に「真理」を共有しているのだということだった。
さらにもう一つは、過去2000年の間にキリスト教徒が犯してきた間違いが存在したことを認めたことであった。
但し、この間違いはキリスト教の教義が間違っているのではなく、正に教義の不完全な理解が故に間違ったのだという認識の元に発せられたのであった。
言い換えれば、キリスト教の教義を完全に理解し、実践することによって、この間違いは完全に克服できるという認識があってこその発言なのだ。
この点に注目し、我々はこの発言が如何に重いものであるかを知るべきなのである。
今回の裁判に至る直接的なきっかけは、この教皇ヨハネ・パウロU世の演説にあるのだ。
ところが、同じ年の3月20日 カトリック高松司教区 信徒使徒職臨時役員会において討議された内容(内容に関しては同役員会の議事録が、もう一人の原告森岡源三さんの手による『ミレニアムの虚構』と題する冊子に掲載されているので、ここではこれを詳しくは紹介しない)は、前述の教皇ヨハネ・パウロU世の演説とは懸け離れた内容であったことを記憶している。
ただ同役員会においての討議内容に関してこの場では詳しくは書かないにしても、前述の役員会が時間的に限られたものであった上に、「新求道共同体に近い司祭」が、小豆島教会の信徒と軋轢を生じさせていることの議題がこの会議の中で大きく取り上げられ、高松司教区、あるいは現代の日本を席巻している「パブリック・マインドの欠如」にまで言及し得なかったことは、本来普遍的宗教であるキリスト教の信者である我々が、キリスト教がなぜ普遍性を持つに至ったかを再認識する機会を見逃したという点において、極めて残念なことではなかっただろうか。
なぜならばキリスト教が普遍的宗教になり得たその教義こそ、現代の日本に欠如している「パブリック・マインド」を回復させる大きな要因であると確信しているからなのだ。
そして、この時点で「普遍性」について、出席役員が考えるに至っていたならば、もっと早くに今回の「間違い」の原因が明らかにされたのではないだろうかとも思う。
キリスト教の持つ普遍性からもたらされる「パブリック・マインド」の欠如こそが、小豆島の信徒と司祭の分裂を招いたのだし、この「パブリック・マインド」の欠如を再認識しなければ、小豆島の問題の本質も見えてはこないはずなのだ。
今回の裁判の、その審議の席上でも何度も言及したことだが、改めてこの場で明らかにしなければならないのは、私個人は「新求道共同体」に対して、これを是であるとの認識も非であるとの認識も持っていない。
これを今回の裁判の根源的な理由にしてしまうことは、少なくとも私の中では否定的である。
ただ、だからと言って小豆島教会の信徒の苦渋が軽微なものであるわけでは決してない。
これもまた、「新求道共同体」に所属する人々の「パブリック・マインド」が完全に欠如していることに端を発するのだ。
この点は「新求道共同体」に所属する人々は強烈に認識すべきことである。
3、公の精神 個の負担 では、「パブリック」とは如何なるものであるか。
ここで言う「パブリック」とは、異なる集団に属する人たち、あるいはどの集団にも属さない人たち(これが新求道共同体に所属する人々とそうでない一般の信者のみならず、カトリック教会の信徒と『無神論者』を標榜する人々との間をも指すことは自明である。)とが、互いに侵害しあわないで共生するためのルール、あるいは想像力の領域である。
元来日本人は、この「パブリック・マインド」=公の概念に関して不毛の民族である。
これは日本が自分の所属する集団とは無関係に、他人と知り合えるようなコミュニケーションの伝統が無いことによる。
これに対して、キリスト教の教義の中でも聖パウロが抽出した「隣人愛(カリタス)」の教義は、親族や親しい者を愛する自然感情ですらもエゴイズムとして退けることによって、異民族・異教徒が集う社会においても別の宗教集団を付加するのではなく、その異質な集団に対してキリスト教の教義の浸透度を高める結果となったのではなかっただろうか。
具体的には教会に、あるいは教会の特定の集団に所属する人間が、その教会、あるいは教会の特定の集団に属さない人々にどのような配慮をもって接するべきなのかを教義として明示することによって、高度に複雑な社会との両立を可能にしたのである。
ところが元々は普遍的な宗教であったはずのキリスト教であってさえも、日本においては極まれな例外を除くと、特殊な宗教集団を形成して外部に対しては極めて鈍感になってしまう。
我々の周辺に、特定の司祭が司牧するが故に、その教会の信者足り得ている信者が如何に多いかを見ることからも、これは自明であるだろう。
「真理」は、それが権威ある者が発したから「真理」であるのではない。
また、それを受け止める集団にとって、受け止めることが共通認識として期待されるものであるが故に「真理」であるわけでもない。
このような「真理」の概念、加えて言うならば「公正」の概念は、どの宗教集団にも人格にも属さない「神」の視線によって判断される「正」や「義」があり得るのだという発想無くしては有り得ないのだ。
過去の日本の社会において形成された村落的集団の内輪の視線とは無関係な「正」とか、「義」の概念が元々希薄であるのは、このキリスト教的な隣人愛の教義への認識、理解が希薄であったからに他ならない。
来るべき成熟社会への到来に先駈け、キリスト教徒こそがこの概念を浸透させるためのリーダーシップを取るべき立場にあって、そのキリスト教の教義への信奉をさらに強調した教皇ヨハネ・パウロU世を頂点とするカトリック教会の内部に存在する小宇宙的な集団が、お互いに自分達が言いたいことを言い合っている現状は、極めて遺憾であると言わざるを得ないのだ。
4、昔の人間が劣っているなんて、誰が言った イエスが生きた時代…少なくとも今から2000年前のユダヤの社会…においてさえも、自分が所属する社会や世界を一貫した理論において理解するための手がかりが存在したのではなかっただろうか。
所属する集団の内側に居るのならば自然感情的な親しみも許容されるが、それが一歩外へ出れば「エゴイズム」に転化するのだ。
例えば、同じ集団に属さない人間(これは「新求道共同体」に所属する人のみを指し示しているのではない。あるいは「我々原告を支持する会」に賛同して下さっている人にも言えることなのだ。)を差別したり、抑圧したりする振る舞いを、抑止するどころか「親しき者を守るため」という理屈で正当化さえしかねない。
イエスがこういった問題に直面したのは、それまでのユダヤ社会とは違って、イエスの生きた時代のユダヤ社会は、階層分化や異民族の混在などによって、複雑化が進行していたのではないだろうか。
現代の日本、そしてこれから日本が進んでいく社会が、これ以上に複雑な様相を呈しているのは、およそ想像に難くない。
それから考察しても、その「説教」の善し悪しを問題にする以前に、社会の基本的なメカニズムについての教養が必要であって、それを持っているかどうかによって、主観的にそれがどんな良きことを目指した振る舞いであっても、その帰結が全く違ったものになってしまう可能性があるということを、今回の裁判の経過で明らかにしてきたつもりである。
この事実を分からない人物が「宗教的に尊大な目的」を語ることがいかに寒々しいことであるか、これを我々は徹底して自覚する時期に来ているのではないだろうか。
5、「これは本当の話だ」と、オオカミ少年が言いました さて、もう一度2000年3月20日に開催された高松教区信徒使徒職協議会 臨時役員会の席上に目を向けてみよう。
この席上、深堀司教は自ら近年そして将来に渡って、司祭数の不足が深刻であることから、「新求道共同体」と呼ばれるカトリック教会内部では比較的新しい集団の運営によって、1990年に開設された「国際宣教神学院」を、高松教区立の施設として建設する意向であることを明らかにした。
ところが、この計画案に対して信徒の中から、高松教区における新求道共同体の活動が各地の教会内部で様々な問題を起こしていること、特にその集団の特異性になじめない従来の信徒と、熱烈な活動が故に、ともすると閉鎖的に成りがちな「新求道共同体」に所属する信徒との間で摩擦が生じていること、深堀司教が同神学院に開設した1990年時点での説明においての神学院の位置づけと、2000年神学院建設を決定したの時点での神学院の位置づけ、即ち運営建設にかかる経済的負担が高松教区の信徒に及ぶかどうかの点に関して微妙に食い違いを見せている箇所が存在すること、さらには同神学院の建設決定の経緯において、宗教法人法に定められた所定の手続きを経ていなかったのではないかという疑義が生じていることなどが明らかにされた。
これに関しても多少の考察を加えておく必要があるだろう。深堀司教がこの会議の席上言及しているように司祭の不足は、これは紛れも無い事実である。
この司祭の不足を痛感していた深堀司教が、現在の日本ではめっきりその数が減ってしまった司祭志願者を、現時点においても比較的多数輩出している「新求道共同体」という組織に目を向け、この組織の運営のもとで神学校を高松教区に設立することで、司祭の不足を軽減させるという考えの元に、今回の計画は進んだのであった。
ここで我々が特に注目しなければならないのは、日本のカトリック社会の中では司祭志願者が減ってきているにもかかわらず、何故「新求道共同体」においては、それが未だに多数の司祭志願者を輩出し得るのか、という点ではないだろうか。
日本においては、「司祭になる」ということは余り魅力を感じ得ないことであっても、「新求道共同体」の神学生たちにとっては、それは魅力あることであるということなのだ。
少なくとも深堀司教はこの点に注目し、「新求道共同体」への依存を強めたことは、本人の言にも明らかなことである。
言い換えれば、現況のカトリック社会とは極めてその性質を異にする「新求道共同体」においては、司祭志願者数においても明確な特異性が存在すると言うことができるのだ。
この特異性が故に「新求道共同体」はその活動過程において様々な波紋を各地に及ぼしている。
「新求道共同体」の持つ、現在も司祭志願者を豊富に輩出する程の特異性こそが、各教会内部で発生した分裂、混乱の原因になっていることは何とも皮肉なことである。
ところが、この「新求道共同体」の持つ特異性に対して深堀司教は余りにも表面的で杜撰な理解しかしていないし、この「新求道共同体」に進学院の運営を委ねる理由に関しても稚拙な説明を行ったに過ぎなかったように思う。
6、言うは易く、行うは難し 深堀司教は、この臨時役員会の席上において、「1992年の司教教書に書いた」ので、「高松教区信徒には理解してもらったと思っている」という発言をしているが、これは相手の理解を求めることを目的に「表現する」ことと、自己のカタルシスだけを問えばそれで良い「表出する」こととは明らかにその使命が異なるということを全く認識できていなかったか、あるいは故意に曖昧にしたかのどちらかによるものである。
「表現する」ということは、その語源的な意味において「外へ押し出す」ということである。
よって「表現する」という行為が成立したかどうかは、その相手が理解して、理解によって動機付けられたかどうかによって測られるのである。
一方、「表出する」という行為は、元はフロイトの精神医学に由来した言葉であり、「表出する」という行為が成功したかどうかは、「表出した」人にカタルシス(精神浄化)が起こったかどうかで測られるものである。
カタルシスとは、ギリシア語で「すっかり吐き出す」という意味であることからも、これは理解出来るのではないだろうか。
問題はこれを混同すると、実際にどういう教義を語るかという「表現」の次元の問題と、どういう内発性に基づいて教義を信奉しているのか、という「表出」の次元の問題とが区別出来なくなってしまうことである。
もっと端的に言い返れば、「言語」の次元と「動機付け」の次元は、明確に区別する必要があるということなのだ。
正確に言えば、「言語で表現された」が故に「動機付けられた」場合と、むしろ逆に「動機付けられた」が故に「言語で表現する」場合とは、完全に区別する必要があるということなのである。
元来表現に用いるための言語には限界が存在する。
この限界は、かつての原始的な所属集団においては、例えば「顔見知りである」といったような面識圏であるが故に補完されてきた。
しかし、近代以降の複雑な社会において「言語」は文脈から切り離された普遍性を獲得する一方で、文脈自体が自由性を持つが故に選択的なものになっていった。
すると、人はたまたまその「言語」を用いたに過ぎず、「言語」と「動機付け」は全く別の次元に存在することの方が、むしろ通常である場合の方が多い。
これを「新求道共同体の特異性」に適用させて言い換えれば、「司祭志願者の数が多い」ことは、「新求道共同体の高い霊性が故に、司祭志願者を多数輩出する」こととは別次元の問題であると言うことが出来るのだ。
我々は「表現」と「表出」とが未分化だった伝統社会に生きているのではなく、「表出」と「表現」とが進化的に分化した複雑な社会に生きているのだということにもっと敏感であるべきである。
深堀司教が進化した分化社会の構造が故に「表現」と「表出」は必ずしも一致するものではなく、「司祭志願者の数」と「新求道共同体の霊性の高さ」とが必ずしも一致するものではないと気付いて下さったとしても、あくまでも「信仰従順によって、これを受け止めて欲しい」とおっしゃられるなら、「新求道共同体」には特殊な霊性が存在すると確信できるまでの道筋を、万人に共通の前提として提示しなければならない。
この道筋には、少なくとも「権威に裏付けされた承認」の必要もないし、間違った教義も解釈も存在し得ないはずである。
物理的な現実の社会と、この集団と現実の社会との関係における淡々とした解釈だけが存在するのだ。
だとすると、物理的に現実の社会に存在する法律を軽視したような態度や、従来の信徒との間に混乱を発生させる事実が存在することはもっと解せない。
「何が一番すごいのか」という特異点だけが先行して、その動機付けや思考の経過が明らかにされないことが大きな疑問として残るのだ。
7、近代日本が近代化した理由 深堀司教がこの「新求道共同体」に依存した道程は、正にこの日本が先の戦争の後、近代化を目指して辿ってきた道程と符合する。
日本は後発近代国家である。科学は常に国力増強のために、国家的に動員され、その結果真理探究のための理学よりも、工学重視の伝統を持つ国である。
この伝統の下では、「正しい」かどうかよりも「役に立つ」かどうかが重視される。「真理の探究」よりも「利便性」が重視される。
西洋近代科学の伝統はこれと全く逆で、「真理の探究」を重視する。
これは科学的探求の動機が、完全なる神の御業を知ることと結びついていた、ギリシア哲学以来の伝統によるものである。
一時は科学の発達で、宗教的な迷妄が啓かれて人々が正しいことを認識するようになる、と単純に考えられてきた時代もあった。
実際、かつて日本を震撼させた新新宗教団体が薬物を用いた「イニシエーション」で体得させていた神秘体験は、実は薬物などを使用せずとも一定期間完全に外界と遮断するだけで容易に体験させることができる場合もあることが明らかになってきた。
そして、それが実は脳内生成物質の為せるわざであって、その物質の名称すら特定できる現在の科学の発達、その状況下にあっては、神の存在する領域は益々狭隘になっていきつつあるようにも思われる。このような具体的な事例にも示されるように、「世界」についての因果的認識が発達すれば、信仰は不要になるものと考えられてきた時期があることは否定できない。
実際近代においては、マルクス主義者もそのように考えてきた。
しかし、その後の哲学や社会学の展開の中で、コーザリティ(因果性)による宗教の排斥は有り得ないということが分かってきた。
これは、スコラ神学において明確に意識されてきた「世界」の背理こそが、近代科学の発展のベースなっていることに準拠しているのである。
かくして、西洋近代科学の伝統は堅持されたのである。
しかし、近代科学が神の領域の存在を常に意識しつつ発展している現在においてさえも、「役に立つ」かどうか、即ち「司祭の数的不足を充足させる」ことに重点を置いているのが、カトリック教会の重鎮である深堀司教の行動であるし、本人の言でもそれが明示されているのだが、この深堀司教の行動自体が「真理の探究」から懸け離れた、さらには本来社会現象から明らかにされるべき「真理」を曖昧なものにしてしまっているのである。
もし、この行動が「司祭の数を増やす」という「大いなる目的」のためには、多少の犠牲を払うことも必要なのだ、という考えのもとで行われたのだとしたら、これはかなり危険なことである。
なぜならば、このような思想こそがかつて日本を震撼とさせた「サリンばら撒き」の根源に存在した思想ではなかっただろうか。
「司祭の不足を解消するためには、多少の無理も承知で導入する必要がある。そのためには多少、法律の規定にも目をつむらざるを得ない。」
8、罪を定める神、それを赦す神 我々が生きる日本の社会には、元来一神教的な神は存在しなかった。
だから神によって定められた「罪」への意識も希薄である。
また、誰に指摘されようが「私はこれを信じるのだ」と言い続けられるような内的な堅信も従来では存在し難かった。
日本の社会は一神教的な神が存在した伝統が無いが故に、宗教的倫理観が欠如した社会である。
この日本の社会が倫理の代わりに持っていたのは、自分の所属する集団のメンバーによって良きことこそ良きことである、という内部への視線によって規定されてきた、善悪の判断のものさしである。
いわばそれは、所属集団の視線によって自らを持する「外的な確かさ」、即ち道徳であった。
所属社会の中にあっての「良心」といった抽象的な概念は、神のまなざしといったような固定的なものさしに基づく「倫理」と、集団に所属するメンバーの視線によって判断される「道徳」という排他的な二つに分類できる。
しかし、かつての日本のように、その所属する集団にほとんど流動性が見られないような場合には、この所属集団のメンバーの視線によるものさしもある程度固定されたものであったが、近代に至って各地の流動性が高まり、また、都市化した社会に見られる各所属集団のディスコミュニケーションは、従来存在したはずの集団のメンバーによる視線を脆弱なものとした。
かくして神無き=倫理無き社会において、道徳の母体である村落社会が消失した時に残ったのは、何が良心のものさしとなるのかという、大きな問題である。我々信徒は、このものさしを明確に持っているだろうか。
「新求道共同体」の行うミサは奇異だから、「新求道共同体」は分裂を引き起こすから、その「新求道共同体」の運営による神学院は、従って認められない、と言うのでは、正に日本的=神無き国が従来持っていた所属集団の視線に基づいた判断を下しているに過ぎないのではないだろうか。
ここで、現在のヨーロッパ社会であってもキリスト教的な、即ち一神教の倫理観は希薄になってきているのではないか、という指摘があるだろうから、これに対して考察しておく。
確かにヨーロッパの国々であっても、人々が毎日の生活の中でキリスト教的な「倫理」を意識して生活しているとは思いがたい場面に、いくつも出合う。
少なくとも外観上はキリスト教が直接的に西欧諸国に生活する人々の個人主義や「パブリック・マインド」を支えているとは思えない。
しかし、現在の社会状況が過去の社会状況が開いた可能性領域の中から偶発的に選択されたものだとすると、直前の過去に存在したものに前提付けられつつ、現在が偶発的に積み上げられてきたものが歴史、伝統だということになる。
よって、この前提と選択を溯れば、キリスト教的な隣人愛の教義を前提として、同じ所属集団に属さない、あるいはどの所属集団にも属さないものたちとの共生に必要なルールや作法を見出す「パブリック・マインド」の形成に、キリスト教が影響しているのではないかということは理解できるのではないだろうか。
この「共生に必要なルールや作法」は、私が今回の裁判で問い掛けたかったことの大きなキーワードとなっていくので、ぜひ御記憶いただきたい。
今回、裁判でまで争わざるを得なくなった問題の核心は、これが「日本」という神無き国で発生したが故に、ここまで大きな問題と化していったのではなかったかということを提示しておこう。
それは同時にこれまでの「キリスト教」の布教とその教義の浸透が、余りにもひ弱であったことの証明に他ならないのだ。
9、良きこととそうでないことの区別 さて、深堀司教は今回計画された「国際宣教神学院」の建設、しかもこれを高松教区立として建設することを「信仰従順」をもって受け止めるように、という発表をした。
権威あるものの発言として発せられたこの言葉は、「良きことをしたいのに、何が良きことか分からない」という問題を抱えたままの信徒にとって、これは巨大な吸引力をもって響いたに違いない。
なぜならば、何が良いことなのか分からないという問題は、信徒が良きことをしたいという存在である限りにおいて露になることなのだ。
このような良心を抱き続ける人間こそが良心の何たるかに真正面から向き合い、そして悩む。
それに判断を下せないからこそ、信徒は判断を下し得る存在(教導者)のもとに集っているのであり、何が「良きこと」なのかを選ばせるかはその教導者次第なのである。
この判断を下し得る人物が本当に正しいのかどうかが自明であるのは、この教導者のさらに上位に存在して、多くの教導者に「内的な確かさ」を等しく与えるさらに大いなる教導者、言い換えれば一神教の神が存在する場合か、もしくはこの教導者に「外的確かさ」を与える「所属社会に認知されている共同性」の後ろ盾が信頼されている場合である。
だからこそ、深堀司教の代弁者は「司教が選んだ司祭を否定することは、その司教を選んだ教皇を否定することである。ひいては神を否定することにもつながる。」というロジックを披露するのである。ならば深堀司教の代弁者であるその司祭に、私はお尋ねさしあげたい。
「私もあなたと同様、神の被造物である。あなたが、神が私に賜うた私の思考、精神を含めたその聖性を否定されるのなら、同様にあなたの聖性も否定されるのではないだろうか。」
10、衆生無くして、仏無し 日本は一神教的な神の存在しない国であった。
この国で「所属集団であった村落共同体的集団」が消失していく時、奇妙な思考が増殖して行くことがある。仏教には「不殺生戒」が存在する。
人間の命が尊いように、「一寸の虫にも五分の魂」があると説く。
しかしこれは「存在の大いなる連鎖」という観念に基づき、神に近い知的存在を差別的に優遇する西欧的な人間主義に対峙するものである。
と、同時に論理が逸脱すると「虫を殺すような人間は、その罰として殺されて仕方の無い人間」という思想に転化しうる構造を持つ。
ところが実際には仏教思想が人間殺戮の思想に転化しないでいられたのは、仏教がいつの時代も血縁集団や村落共同体と共にあったからである。
確かに仏教がこの国の個別の所属集団と共にある限り殺戮の思想には転化し得ない。
なぜならば、この所属集団、例えば血縁集団や村落共同体は現に存在して自らを生かしてくれるものであるが故に、その集団は良きものとなり、同時に自らが生きることもまた良きこととなるからである。
「衆生無くして仏無し、衆生無くして仏を求めるは、水の中で渇と叫ぶが如き也。」 これを異教徒の戯れ言と一笑に伏すのだろうか。
ならば、2000年に教皇ヨハネ・パウロU世の行った演説で言及された、「真理の共有性」に関してどのような意見をお持ちなのか尋ねたい。
11、私がこの裁判を通じて言いたかったこと だからと言って、深堀司教が行ったことの非を挙げつらね、「新求道共同体」を徹底的に非難し、そして「国際宣教神学院」を直ちに閉鎖して、神学生はすべて追放するべきである、といったような短絡的な行動に出てみても、何ら解決には至らないのだ。
それは畢竟、件の「新求道共同体」という組織が排他的な、秘密主義的な色彩を濃厚にさせて活動していたことを、再度我々が踏襲するに過ぎない。
そうではなく我々信徒は、さらに思考を進め「セカンドステージ」へと進まねばならないのだ。なぜならもはや神学院は現実に稼動しており、その存在は実際のものだからである。
この現実を直視して最善の解決策を模索せずに一方的な排除を主張し、攻撃を繰り返したのでは、それこそ神のまなざしに基づいた倫理の欠如を信徒自らが露呈しているのだと言わねばならない。
その存在の特異性からいっても際立っている「新求道共同体」とその周辺の人々が引き起こした一連の事件から、我々信徒はいくつかのことに目覚めるべきなのだ。
それこそが今回の裁判を提起して、私が伝えたかったことの真意である。
今回の裁判は、深堀司教のとった行動の中に、我々原告への「名誉毀損」の事実があったか、無かったかを争う裁判であった。
これに対して、深堀司教を始めとする「新求道共同体」が運営する「国際宣教神学院」の建設に対して積極的な人々は、我々原告が「新求道共同体」の在り方や同共同体がキリスト教の教義を実践する方法、例えば従来のやり方とは異なったミサを行うとか、特定の集団を形成して、他と交流を持つことに積極的でないとかの特異性に根本的に反対しているが故の行動がこの裁判だと考えた。
しかし、これは繰り返すようになるが間違いである。
少なくとも私は、「新求道共同体」が如何なるものであるか詳らかに知るものではないし、「新求道共同体」が行うミサを見たことも無いのだから、これに反対する根拠など持ち得ないのである。
しかし、「新求道共同体」によって、大いなる変革がもたらされ、私たちを取り巻く環境が一挙に刷新されるというような夢想の果てのような考え方には反対する。
そんな期待は、加速度的に進化し、複雑さを増している現代の社会構造と科学技術の発達によって急速に狭められて行きつつある神の住むはずの領域における輝きが一気に失われていくことに疲れ果てた世代の人々が見る「見果てぬ夢」に過ぎない。
夢見ることが悪いとは言わないが、夢はいつまで経っても夢のままなのだ。
もっとも唾棄すべきことは、日本のような「宗教的倫理観」の欠如した国において、それまで良心の尺度であった「村落社会の視線」を堅持してきたその村落社会自体が崩壊する時、空白になった良心の尺度の置き場所に「ニセモノの尺度」を振りかざす者によって「これが正しいことである」という思想を植え付けられ、現在の輝きを失った社会の歪みに耐えかねて、一挙に社会構造を刷新するような幻想を夢想し、その夢想を現実化しようとする時に、それ以前のものをすべて破壊しようとする行為そのものこそをである。
それは一歩間違えれば、地下鉄の車両の中で毒ガスを撒き散らす行為とあまり差異のない思考に基づく行動なのである。
12、「本当の理由」というだけの理由は何処にあるのか 深堀司教が、あるいは「新求道共同体」のメンバーが声高に「司祭の不足の解決」を叫んだとしても、少なくとも私は正に愚鈍な者のように脱力してそれを傍観しているだけだろうが、決して地下鉄の中で毒ガスを撒き散らすのと同等な思考…何がなんでも自己の思考に則して、人々を実行に走らせるような行動には陥らない。
これはどうしてなのか。確かに私も「過去」を思い出して、「古き良き時代」に思いを馳せることが無いわけではない。
深堀司教の心の中では、多くの司祭志願者が司祭となり、熱意に燃えて、そして日本国内の宣教に駆け回った日々の記憶があるのだろう。
しかし、残念ながら私や私と同等の世代にはそれが無い。はじめから「司祭は不足」していたし、教会の活動は停滞し、信者数は伸び悩んでいた。
結局、それぞれが思い出す「古き良き時代」の相違は、それから生じる「喪失感」の質を異ならせ、それがさらに回復されるべき「自意識」や「自尊心」という行動の動機付けとなるものの相違となって現れるのだ。
だから、深堀司教が必死に考えて下さった司祭数の増加であってさえも、悪くすれば単なる個人的自意識に過ぎず、思い出を懐かしむ繰り言の域を出ない。
つまり、如何なる「喪失感」も、それは「失われて行くものの記憶」と共にしか存在し得ず、シンボリズムが次々と移り変わって行くシステム下では、どのような喪失感であってもたかだか「世代的」なものに過ぎないというように言い換えることが出来るのである。
記憶を持つ世代が、記憶を持たない世代に「喪失の哀惜」や「苦痛に満ちた断念」を押し付けるのはよくあることである。
だからこそ、「失われて行く世代」の「幻想」の質が問われるべきなのではないだろうか。もはや「幻想」が戻らないのなら、「現実」もまた戻ることは有り得ない。
これを端的に言い表した祈りを思い出す。 変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることの出来ないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を、われらに与えたまえ。(ラインホールド・ニーパー)
13、輝く未来へ、君と手を取り合って行こう。 もはや戻ることの無い「幻想」をただ回顧するだけではなく、変わり行く未来に備えるためにこそ、かつての「幻想」と今こそ向き合うべきなのだ。
我々が今日生活を送っているのは、すべてが条件次第、文脈次第で評価されるしかないような複雑なシステム下の社会である。ところがこの条件や文脈すらが流動的なものであるがため、何が正しく何が間違いかが明確でなくなってくることは否定できない。
このような清濁混在した社会において相対的に問題なく生きて行く知恵こそが、我々に必要とされているのだということを自覚しなければならないのだ。
この知恵が無いと、人は条件や文脈の不透明性を覆い隠した「夢想の世界」にその安住の地を求めるようになる。
そのような夢想は、現実の複雑さを覆い隠すことを前提としているのだから、一般的でも普遍的でもないことは自明である。
だからこれを無理に推し進め、選択を迫るならば期せずして、別の前提を生きている他人を傷付ける結果となる。
したがって、現代の複雑な社会構造を生き抜くための知恵とは、混濁した現代のシステム下で「相対的に」自分が過ちを犯しているのだという疑問を持たず、「相対的に」他人を傷付けずに生きて行くにはどうしたら良いか、という「共生のための知恵」であるということができる。
この「共生のための知恵」が必要とされるのは、「一般社会(深堀司教の言葉を借りれば『世俗の社会』)と宗教界」である場合もあるし、「従来のカトリック社会と『新求道共同体』」である場合も発生するだろう。
声高に一方の主張のみを繰り返した深堀司教と「国際宣教神学院」の計画を推進する人々は、現代の社会構造の不透明性と相対性に耐え切れない程度に、この「知恵」を欠いていた。
しかしこの「知恵」を欠いていたのは、何も彼らだけではなかった。
全てが相対的であり、条件付であることに耐えられない程複雑な社会に生きているのは、まさしく私たち信徒自身も同様であるのだ。
我々は常にカトリック社会という閉鎖された空間にのみ生きているのではない。同時に複雑なシステム下の、相対的な現代の社会にも生きているのだ。
もっと言えば、誰もが内なる宇宙の主体であると同時に、外側の宇宙を形成する一部である。この双方はすべて連鎖していて、すべてに対して責任を負っているのだ。
全宇宙の中で、地球に生命が生まれて来るような現象が起こり得る確率を考えたことがあるだろうか。それこそ「奇跡」という言葉にふさわしいほど低いのではないだろうか。
そして、様々な遺伝子の組み合わせの中から、「あなたと私」という人間の全ての特徴をもった生体を完成させる可能性は、もっと「奇跡」というにふさわしいのだ。
だから、内と外に同時に存在する人間一人が今ここに生きている、という事実はそれだけで「奇跡中の奇跡」である。
「あなたも、そして私もその内なる聖性を神に与えていただいた特別な存在である」と信じるための動機付けは、もはやそれだけで充分ではないだろうか。
そう信じてこそ、実存の社会の中で、実存的人生の混乱に色々な人間が陥っている現代にこそ、我々信徒にできることがあるはずだ、と気付く契機となるのである。
そのことこそ、「司祭を増やす」こと以上に、「神学院」を建設すること以上に、我々に必要とされていることなのである。
14、あとがきと、そして…御礼の言葉 以上のように考察を進めてみて、我々信徒が、あるいは教導者の皆様が今後、具体的にどのようにしていけば良いのか、ということに関してもいくつかの方策を列挙することが出来る。
一例を挙げれば、キリスト教、特にカトリックの世界を魅力溢れるものにするにはどのようにしたら良いのか、とか、次代を担う子供たちを教育するべき「親の世代」の教育こそが重要であり、そのような教育システムはどのようにしたら良いのか、といった議論が自由闊達になされる必要がある。
なぜならば、「親の世代」である我々と、来るべき未来に生きる子供たちの間にも、「思い出す古きよき時代」の相違が存在するからである。
極端な言い方かもしれないが、ある日突然私たちの子供がその髪を金髪に染めて、そして体中に鎖を巻きつけたようないでたちをしたとしても、何ら驚くには値しないのだ。
なぜならば、彼らが生きている社会ではそうすることが余りにも当然であり、子供たちがその社会から完全に隔絶されて生きることなど不可能だからである。
その「若い世代」に明確な回答を返せないままに、私たち「親の世代」がおろおろするようなこと…「ウチの子に限って…」というような、そんないい加減な対応しか出来ないようなことだけは避けなければならない。
せめて「報いた一矢」が、「そんなことをしていたら、地獄に行くよ!」でしかなかったとしたら、誰がそんな物騒な「シュウキョウ」に近づきたいと思うだろう。
クリスマスが近づくこの時期、街は十字架のペンダントを首からぶら下げた若者で溢れかえる。その姿を見て眉を顰め、眉間にしわを寄せて批判したりしてはならないのだ。
なぜならば、現代の社会に生きる「次代を担う若者」が捉える十字架の概念は、まさしくそれであるのだから…。
いい加減に生きているようにしか見えない「若者」であってさえも、それぞれの十字架を背負って生きていることには間違いはないのだ。
その過酷な「現実」を、自分が栄光のうちに生きていた世代の「幻想」の中で判断し、一方的な押し付けをすることは、厳に戒めねばならない。
実際には、この一文は以上のような点を具体的に、さらに深く検討することで終わる予定であったが、それを明示することは今回はせずにおこうと思っている。
なぜならば、私が比較的論じやすい論壇を維持することは、かえって信徒の皆様の自由な議論を損なうと判断したからである。
これに関しては要請があれば、いつでも書き進めたいと考えている。
また、今回の裁判を続けるのに大いなる力をお貸し下さった愛媛法律事務所の東 先生には言葉に尽くし難い感謝を申し上げる。
実際、この一連の騒動の最中、もうこれ以上失って惜しいと思うものなど、何一つとしてないような状況にまで至った。
裁判における「上申書」の中にも記載したのだが、一時は精神的にもかなり参っていたように思う。
しかし、失うもの以上に、同時に私は多くを得ていたのかもしれない。
何くれと無く声援を送って下さった友人小笠原さんには、友というだけではない、もっと上位の概念を基底とした心の交流を見出させていただいた。心から感謝している。
彼はカトリック信者でもなければ、キリスト教の信者でもない。しかし、彼との出逢いは、やはり神の御計らいによるものなのである。
神は如何なる状況からも善を導き出される…この裁判の係争期間は、それを信じ直すに充分過ぎるほどの膨大な時間を費やした期間だった。
この期間を多くの友と過ごすことが出来た私は、余りにも幸せな信者である。 皆様の上に神の祝福が豊かにありますように!
(校了 2002年のクリスマス前夜祭を祝う日の前日、その夜明け頃に)
復活祭にもかなりの受洗者がいたそうよ。ネオ組はさっぱりだったそうだけどね - 03/05/04 20:21:11
さくらまち じゅせんしゃ2名っす
信徒会・役員 - 03/05/03 19:26:48
そんなに大げさなことではないけど、深堀司教をはじめ、ネオ組の神父たちが勝手気ままなことばかりするので、修道・宣教会の司祭たちはあきれ返って、相手にしたくないって感じじゃないの。
本来の宣教・司牧はよくがんばっていて、復活祭にもかなりの受洗者がいたそうよ。ネオ組はさっぱりだったそうだけどね。
通行人C - 03/05/02 09:52:32 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
↓平成の十字軍勃発って感じ。
海神セレス - 03/05/02 00:46:38 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
今治小教区在籍者が言うと差し出がましいのですが、道後小教区の司教区直轄化は、時間の問題なのでは?
(結局、今治小教区同様、特定の教会委員による独裁状態の慢性化と言う問題が深刻なので、カンフル剤が必要なのでは?)
そのため、ドミニコ会支持信徒を松山小教区へ移籍させて、替わりに司教区・ネオ支持信徒を道後小教区に移籍させる事により、松山周辺でのドミニコ会支持信徒と司教区・ネオ支持信徒の棲み分け状態を造るべきです!
(そうしないと、伊予市の郡中小教区等々の残存ドミニコ会司牧小教区を守れません!)
高松司教区・愛媛地区は、非常事態(戦時下)なのですから・・・。