2004.2
判断の甘さが招いたこと - 04/02/29 11:16:23
深堀司教と、それを取巻く人々の判断の甘さで、多くの教区民が苦しんでいる今の状況を本人たちは認識しているのだろうか?
と疑いたくなると同時に、教区民に嘘をついて建設られた神学院を早くクロスすべきだだと思う。
●ここ(高松の神学院)で育った神父を他の教区が受け入れない。
それは、神父として認められない何かが欠如しているのを、上層部の教区長の方たちも分かっているからだと思うのは私だけでしょうか?
信者の中でも、高松の神学院から出た神父と、色々な会で育った神父との違いを指摘している者がいる。
神父の資質の違いを信徒の間で取り沙汰される自体おかしい現状を、深堀司教他取巻きの方々は認識しているのだろうか?
●世界的にNCとの不和、分裂が取り沙汰されている現在、この布教の地でもNCの活動が新興宗教?
とこれ以上言われないためにも、カトリック信者としての態度を示さなければならない時期が遅ればせながらきていると思います。
●本当になぜ高松の教区民だけがその犠牲者にならないといけないのだろうか?とてもつらいことです!
† この教区に早くキリストの良い知らせが届きますように・・・・・・
疑問! - 04/02/28 23:42:32
不正・人権侵害など、悪いことをした者は誰でも何らかの社会的な制裁を受けます。
なのにどうして深堀司教は聖職者ということだけで、お金の不正をし続けながら司教の座に居続けているのでしょうか?
お金に関わっている谷口神父がしているから私は関係ないと思っているのでしょうか?
しかしもう今は、信者から見れば深堀司教も谷口神父も同じ穴のムジナで聖職者とは思えません。
今でも思い出しますが、谷口神父もこのホームページで3年ぐらい前(’01/02/05)の書き込みで聖職者としての守秘義務を怠っています。
もう2人とも、聖職者を自分の意思で辞めるべきです。
▲『不正で建てられた神学院から出てくるNCの神父を私の教会に受け入れることは出来ません。』と言えば、また小豆島の教会のように司教の権限で教会が閉められ、また真実を述べた者に対し、ご聖体をさずけないのでしょうか。
▲もうそんなことが許されるべきではありません。 ※ 自分の教区ではないからと他人事のように思わないで下さい。
日本のカトリック教会が新興宗教に間違われないためにも、悪と立ち向かい、正義と平和を求めることが出来ますように。
そして多くの人々にキリストの福音を述べ伝えることが出来ますように。
- 04/02/27 21:28:44
松本智津夫(麻原彰晃)は最後まで自分の殻を破ることはなかった。深堀司教も同じ穴のむじなだ。墓に入るまで、本当のことをしゃべらずにいるのだろうか?
高松教区一信徒 - 04/02/26 23:46:50
04/02/25 13.00.47コメントさん他人の罪にばっかり気をとられていらしゃいますが・・
と言うことは、深堀司教様が本当のことは話せないであろうと森岡さんが想像していることは、それが本当なら深堀司教様の罪ということですね。なるほど.....
通行人C - 04/02/25 18:12:17 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
四旬節は、教会共同体全体が、神と隣人愛との方へ方向転換するときだと思います。そのためには、先ず権威ある者が回心しなければならないと思います。
記録したことに責任を担う・・・森岡 源三 - 04/02/25 13:56:00
今日(25日)、「灰の水曜日」のごミサにあずかりました。真理を求めていくと、心に響くものがありますね。み言葉がよかったし、神父さんのお説教もジーンと心に響くものがありました。
ところで、私(森岡)が実名で書き込みしているのは、記録したことに対し責任を担うためなのです。お互いに自分を表に出し、向き合って話が出来るようになるといいですね。
- 04/02/25 13:00:47
四旬節、ちょうど良いからこの犠牲を捧げてください。
本当のことを話せないであろう、と「想像」しているあなた他人の罪にばかり気をとられていらっしゃいますが四旬節は己と出会う時間です。良きご復活のためにご準備あれ。
深堀司教の沈黙が続いています・・・森岡 源三 - 04/02/23 18:49:00
深堀敏司教が信徒の人権を侵害した裁判で、私(森岡)は、神学院設立(建設)の経緯や資金の使途について「本当のことを包み隠さず説明してほしい」と、長期にわたり粘り強く訴えました。
事実は深堀司教の心の中に閉ざされたままで、今もって語ることが出来ない、語れない日々が続いているのです。
事実を語り、過ちを自認すれば、教区立の神学院は廃止しなければならない憂き目を見るだろうし、教区民に、社会にもっと大きな恥を晒すことになるからだと、私は想像しているのです。
従って神学院が存続する限り、沈黙以外になすべき方法がない、というのが偽らざる心境ではないでしょうか?
この25日は『灰の水曜日』、そして四旬節・・・・本当のことが言えない深堀司教も、また教区民にとっても針の筵に座る思いで、実に悲しく、辛いことなのです。
- 04/02/22 16:10:21
他教区の信徒さん〜「カトリック教会の長い歴史の中にはこういうもアリ。」 絶対に許されません。
イエスは、人の上に立つ者は人に仕える者となりなさいと仰いましたが、高松教区でNCとそれに洗脳された教区長らのやった事は、キリストの愛と謙遜の精神に基づいた行為だと言えるでしょうか?
同じ信仰仲間が苦しむ姿をその傍らで気味の悪い笑顔で笑ったり、また全く無関係を装って涼しい顔をしているおかしな信者を作り出すのが果たしてまともな宗教だと言えるのでしょうか?
神学校の問題についても、不正行為で神父を養成する機関を建設しても神は喜ばないし、これは主と宣教先の日本人に対する冒涜行為という他ないでしょう。
自共同体の出世と勢力拡大に端を発した、高松教区の信徒に対する人権軽視についても同様。
福音宣教の大義に基づき、人の模範となるべく回心を得た信者ならば、あらゆる罪を憎み、如何なる不正からも我が身を離し、キリストの喜びの教えに従う努力をするのがキリスト者としての当然の努めではないでしょうか。
NCは、旧約上の愚かしいイスラエルの民と同じ過ちを辿ろうとしていると思われます。
あのキリストでさえ、その御言葉によって多くの大衆が集まり人々に生きる勇気をお与えになりましたが、その一方で、同じように多くの人がキリストのもとから離れ去ったと聖書は伝えています。
宣教とは、される側の人の大事な一生が掛かった真剣勝負の業・場であるのです。そういうところに野心に満ち溢れた偽カリスマらが出る幕はありません。
それと同様に、愛の持ち合わせが無い偽カリスマらに真の意味での教会は建てられず、ましてやそんな連中がまともに教区運営が出来るはずがありません。
高松教区の今の現実がその真実を示しております。
高松教区民の一人として - 04/02/22 13:37:04
「あなた(森岡さん)の捧げられた大きな犠牲と、苦しみ、神様が必ず報いてくださることを私は信じています。これからも真実を述べ伝えてください、心から支援しています、」と、
2/18に他教区の信徒さんから書き込みが入っていましたが、森岡さんには、大きな霊的な力を頂いたことと思います。教区民の一人としてとても感謝しています。
森岡さんがずっと真実を述べ伝えて下さっていなかったならと思うとゾッとする思いがしています。
(高松教区の今の現状)これからは、森岡さんへの霊的支援だけでなく、真実をより多くの人々に告げ知らせることが出来るよう、微力ですが共に頑張っていきたいと思います。
森岡 源三 - 04/02/21 21:17:02
皆様の貴重なご意見にじっと耳を傾けております。ありがたく、感謝しております。
私も、人間としての弱さや限界を直視しながら、誠実な心が保ち続けられるよう、いつも祈っております。
皆様のご意見を教訓として、あしたに生かしていきたいと願っておりますが、高松教区の運営に関することと、日本におけるNCの諸問題につきましては、いかなる困難に立ち向かおうとも徹底した姿勢で臨む決意に何ら変わりはありません。
- 04/02/21 19:25:13
主の平和! このホームページは国内外のカトリック信者だけではなく、四国在住の非信者さんたちも閲覧されております。
私の知人の中にもここへお見えになられている非信者さんがいます。
以前そういった方と直接お話を伺う機会が御座いましたが、この場所でNCの問題点を問うている方々の主張は疑うべくもなく正当なもの。
さらに、NCの問題点を鋭く究明されている森岡さんたちの洞察力とその堂々たる姿勢には全面的に共感を覚えるとのことで、同情的なご意見が多かったです。
また、四国のカトリック教会の危機を前に、他の教区に属している日本の信者たちの不甲斐なさにも呆れ果てておられました。
そして現在のNCの跳梁は、カトリックの古い体質に拠りすがった右傾勢力がみせる最終的な悪あがきに思えるとのことで、みなさん存外にお詳しいご様子。
高松教区のみなさん、とりわけNCに苦しめられている人たち、どうぞご安心なされて下さい。
あなたたちはまったく孤立無援の状態などではなく、宗派を超えた大勢の理解者が教会外の中にもおられますことをお忘れなく!
- 04/02/21 16:58:34
“大多数の信徒は司教側又は無関心派”と裏方さんは書かれていますが、司牧者に対し、何々側とか言う事態おかしいですね。
だから、司教はNCでない私たちを“側”でないから追い払っているのでしょうか?そうだとしたら、司教として、司牧者としては失格ですよ。
また今回の維持費の値上げで、各教会では高松教区の管理のずさんさを思い知ったことと思います。
少なくとも今現在、教区民の多くが無関心ではいられなくなったことは確かです。教区の不正が表面化することは、そう遠くないことだと確信しています。
- 04/02/21 15:48:51
裏方さんのような方がいるから、だんだん教会が暗くなり、生きた教会にならないのです。 そして、キリストの良い知らせを述べ伝えることが出来ないのです。
- 04/02/21 15:41:19
「深堀司教様はとてもすばらしく、人間的にとても深い方で謙遜を生きた方」と書き込みした方がいますが、では、言いたい!
深堀司教が、人としての最低限守らないといけないことが出来なく、信徒の名誉を傷つけたのです。これは、まげることの出来ない事実です。
△少なくとも、深堀司教が良い人間かどうかというよりも、よい司牧者かどうかということの方がより大切です。
よい司牧者だったら多くの教区民(羊)が教会から離れていったりしないはずです。
△私が、このホームページを見ているのは、真実が知りたいし、この場を借りて真実を述べたいだけです。
そして、高松教区内で起こっている真実を、より多くの民に知ってもらうことです。.....
△森岡さんに対しての中傷がありますが、私は気にしていません。それは、森岡さんの書かれていることはすべて真理に基づいて書かれているからです。
△このホームページに対しても批判をしていた人がいますが、私は、ここでしか教区民が意見を言えないという、高松教区の異常さのほうが問題ではないでしょうか?
裏方 - 04/02/21 12:13:46
私は森岡さんの書き込みに対し、別人さんのような印象をもつ人が出てくることも致し方ないことなのかな と思います。
また、このHPで主張されていることに「よく分からない」といった人が出てくるのも 不思議ではありません。
NCに関心がない、又はよく知らない人から見れば、NCに対し厳しい批判を加える人たち をなんでここまで言わなければならないのか?
この人たち恨み辛みの固まりじゃないか?といった印象を持つのかもしれません。 何かが変わりつつあるのは、確かですが、その変化は微々たるものです。
まだ高松教区において、大多数の信徒は司教側又は無関心派ではないかと思います。森岡さんや日向さんの活動を迷惑に思う信徒もいるでしょう。
しかしながら、森岡さんや日向さんの主張に共感を示す信徒が少なからずいるということもまた事実なのです。この事実から、すべては出発しているのです。
通行人C - 04/02/21 11:10:44 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
司教の本分は、もっぱらお祭りを行うこと、教区長の本分は、教会行政。ぜんぜん違う仕事を一つの「職」に負わせることがもともと無理なのではないでしょうか。
餅は餅屋に、と世間では申します。
テオトコス - 04/02/21 00:59:51
良い木は、良い実を結び、悪い木は、悪い実を結ぶ。今の高松教区を見ていると、良い実は結んでおらないですね。教区内は、問題ばかりです。
教区長は、悪い人ではないでしょう。情緒は、横に置いておいて、考えれば、これだけの問題を作り上げた教区長は、長としての能力はありません。
高松教区を統治する統治能力は、ないといえるでしょう。
- 04/02/21 00:34:38
深堀司教様はとても素晴らしい方です。司教としてはもちろん、人間的にもとても深い深い方で、謙遜を生きている方です。
だから尚更このHPに漂う痛みを理解したいと思いましたがどうしてもできませんでした。ネットの世界の不幸がここにあります。
判断の甘さが招いたこと - 04/02/29 11:16:23
深堀司教と、それを取巻く人々の判断の甘さで、多くの教区民が苦しんでいる今の状況を本人たちは認識しているのだろうか?
と疑いたくなると同時に、教区民に嘘をついて建設られた神学院を早くクロスすべきだだと思う。
●ここ(高松の神学院)で育った神父を他の教区が受け入れない。
それは、神父として認められない何かが欠如しているのを、上層部の教区長の方たちも分かっているからだと思うのは私だけでしょうか?
信者の中でも、高松の神学院から出た神父と、色々な会で育った神父との違いを指摘している者がいる。
神父の資質の違いを信徒の間で取り沙汰される自体おかしい現状を、深堀司教他取巻きの方々は認識しているのだろうか?
●世界的にNCとの不和、分裂が取り沙汰されている現在、この布教の地でもNCの活動が新興宗教?
とこれ以上言われないためにも、カトリック信者としての態度を示さなければならない時期が遅ればせながらきていると思います。
●本当になぜ高松の教区民だけがその犠牲者にならないといけないのだろうか?とてもつらいことです!
† この教区に早くキリストの良い知らせが届きますように・・・・・・
疑問! - 04/02/28 23:42:32
不正・人権侵害など、悪いことをした者は誰でも何らかの社会的な制裁を受けます。
なのにどうして深堀司教は聖職者ということだけで、お金の不正をし続けながら司教の座に居続けているのでしょうか?
お金に関わっている谷口神父がしているから私は関係ないと思っているのでしょうか?
しかしもう今は、信者から見れば深堀司教も谷口神父も同じ穴のムジナで聖職者とは思えません。
今でも思い出しますが、谷口神父もこのホームページで3年ぐらい前(’01/02/05)の書き込みで聖職者としての守秘義務を怠っています。
もう2人とも、聖職者を自分の意思で辞めるべきです。
▲『不正で建てられた神学院から出てくるNCの神父を私の教会に受け入れることは出来ません。』と言えば、また小豆島の教会のように司教の権限で教会が閉められ、また真実を述べた者に対し、ご聖体をさずけないのでしょうか。
▲もうそんなことが許されるべきではありません。 ※ 自分の教区ではないからと他人事のように思わないで下さい。
日本のカトリック教会が新興宗教に間違われないためにも、悪と立ち向かい、正義と平和を求めることが出来ますように。
そして多くの人々にキリストの福音を述べ伝えることが出来ますように。
- 04/02/27 21:28:44
松本智津夫(麻原彰晃)は最後まで自分の殻を破ることはなかった。深堀司教も同じ穴のむじなだ。墓に入るまで、本当のことをしゃべらずにいるのだろうか?
高松教区一信徒 - 04/02/26 23:46:50
04/02/25 13.00.47コメントさん他人の罪にばっかり気をとられていらしゃいますが・・
と言うことは、深堀司教様が本当のことは話せないであろうと森岡さんが想像していることは、それが本当なら深堀司教様の罪ということですね。なるほど.....
通行人C - 04/02/25 18:12:17 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
四旬節は、教会共同体全体が、神と隣人愛との方へ方向転換するときだと思います。そのためには、先ず権威ある者が回心しなければならないと思います。
記録したことに責任を担う・・・森岡 源三 - 04/02/25 13:56:00
今日(25日)、「灰の水曜日」のごミサにあずかりました。真理を求めていくと、心に響くものがありますね。み言葉がよかったし、神父さんのお説教もジーンと心に響くものがありました。
ところで、私(森岡)が実名で書き込みしているのは、記録したことに対し責任を担うためなのです。お互いに自分を表に出し、向き合って話が出来るようになるといいですね。
- 04/02/25 13:00:47
四旬節、ちょうど良いからこの犠牲を捧げてください。
本当のことを話せないであろう、と「想像」しているあなた他人の罪にばかり気をとられていらっしゃいますが四旬節は己と出会う時間です。良きご復活のためにご準備あれ。
深堀司教の沈黙が続いています・・・森岡 源三 - 04/02/23 18:49:00
深堀敏司教が信徒の人権を侵害した裁判で、私(森岡)は、神学院設立(建設)の経緯や資金の使途について「本当のことを包み隠さず説明してほしい」と、長期にわたり粘り強く訴えました。
事実は深堀司教の心の中に閉ざされたままで、今もって語ることが出来ない、語れない日々が続いているのです。
事実を語り、過ちを自認すれば、教区立の神学院は廃止しなければならない憂き目を見るだろうし、教区民に、社会にもっと大きな恥を晒すことになるからだと、私は想像しているのです。
従って神学院が存続する限り、沈黙以外になすべき方法がない、というのが偽らざる心境ではないでしょうか?
この25日は『灰の水曜日』、そして四旬節・・・・本当のことが言えない深堀司教も、また教区民にとっても針の筵に座る思いで、実に悲しく、辛いことなのです。
- 04/02/22 16:10:21
他教区の信徒さん〜「カトリック教会の長い歴史の中にはこういうもアリ。」 絶対に許されません。
イエスは、人の上に立つ者は人に仕える者となりなさいと仰いましたが、高松教区でNCとそれに洗脳された教区長らのやった事は、キリストの愛と謙遜の精神に基づいた行為だと言えるでしょうか?
同じ信仰仲間が苦しむ姿をその傍らで気味の悪い笑顔で笑ったり、また全く無関係を装って涼しい顔をしているおかしな信者を作り出すのが果たしてまともな宗教だと言えるのでしょうか?
神学校の問題についても、不正行為で神父を養成する機関を建設しても神は喜ばないし、これは主と宣教先の日本人に対する冒涜行為という他ないでしょう。
自共同体の出世と勢力拡大に端を発した、高松教区の信徒に対する人権軽視についても同様。
福音宣教の大義に基づき、人の模範となるべく回心を得た信者ならば、あらゆる罪を憎み、如何なる不正からも我が身を離し、キリストの喜びの教えに従う努力をするのがキリスト者としての当然の努めではないでしょうか。
NCは、旧約上の愚かしいイスラエルの民と同じ過ちを辿ろうとしていると思われます。
あのキリストでさえ、その御言葉によって多くの大衆が集まり人々に生きる勇気をお与えになりましたが、その一方で、同じように多くの人がキリストのもとから離れ去ったと聖書は伝えています。
宣教とは、される側の人の大事な一生が掛かった真剣勝負の業・場であるのです。そういうところに野心に満ち溢れた偽カリスマらが出る幕はありません。
それと同様に、愛の持ち合わせが無い偽カリスマらに真の意味での教会は建てられず、ましてやそんな連中がまともに教区運営が出来るはずがありません。
高松教区の今の現実がその真実を示しております。
高松教区民の一人として - 04/02/22 13:37:04
「あなた(森岡さん)の捧げられた大きな犠牲と、苦しみ、神様が必ず報いてくださることを私は信じています。これからも真実を述べ伝えてください、心から支援しています、」と、
2/18に他教区の信徒さんから書き込みが入っていましたが、森岡さんには、大きな霊的な力を頂いたことと思います。教区民の一人としてとても感謝しています。
森岡さんがずっと真実を述べ伝えて下さっていなかったならと思うとゾッとする思いがしています。
(高松教区の今の現状)これからは、森岡さんへの霊的支援だけでなく、真実をより多くの人々に告げ知らせることが出来るよう、微力ですが共に頑張っていきたいと思います。
森岡 源三 - 04/02/21 21:17:02
皆様の貴重なご意見にじっと耳を傾けております。ありがたく、感謝しております。
私も、人間としての弱さや限界を直視しながら、誠実な心が保ち続けられるよう、いつも祈っております。
皆様のご意見を教訓として、あしたに生かしていきたいと願っておりますが、高松教区の運営に関することと、日本におけるNCの諸問題につきましては、いかなる困難に立ち向かおうとも徹底した姿勢で臨む決意に何ら変わりはありません。
- 04/02/21 19:25:13
主の平和! このホームページは国内外のカトリック信者だけではなく、四国在住の非信者さんたちも閲覧されております。
私の知人の中にもここへお見えになられている非信者さんがいます。
以前そういった方と直接お話を伺う機会が御座いましたが、この場所でNCの問題点を問うている方々の主張は疑うべくもなく正当なもの。
さらに、NCの問題点を鋭く究明されている森岡さんたちの洞察力とその堂々たる姿勢には全面的に共感を覚えるとのことで、同情的なご意見が多かったです。
また、四国のカトリック教会の危機を前に、他の教区に属している日本の信者たちの不甲斐なさにも呆れ果てておられました。
そして現在のNCの跳梁は、カトリックの古い体質に拠りすがった右傾勢力がみせる最終的な悪あがきに思えるとのことで、みなさん存外にお詳しいご様子。
高松教区のみなさん、とりわけNCに苦しめられている人たち、どうぞご安心なされて下さい。
あなたたちはまったく孤立無援の状態などではなく、宗派を超えた大勢の理解者が教会外の中にもおられますことをお忘れなく!
- 04/02/21 16:58:34
“大多数の信徒は司教側又は無関心派”と裏方さんは書かれていますが、司牧者に対し、何々側とか言う事態おかしいですね。
だから、司教はNCでない私たちを“側”でないから追い払っているのでしょうか?そうだとしたら、司教として、司牧者としては失格ですよ。
また今回の維持費の値上げで、各教会では高松教区の管理のずさんさを思い知ったことと思います。
少なくとも今現在、教区民の多くが無関心ではいられなくなったことは確かです。教区の不正が表面化することは、そう遠くないことだと確信しています。
- 04/02/21 15:48:51
裏方さんのような方がいるから、だんだん教会が暗くなり、生きた教会にならないのです。 そして、キリストの良い知らせを述べ伝えることが出来ないのです。
- 04/02/21 15:41:19
「深堀司教様はとてもすばらしく、人間的にとても深い方で謙遜を生きた方」と書き込みした方がいますが、では、言いたい!
深堀司教が、人としての最低限守らないといけないことが出来なく、信徒の名誉を傷つけたのです。これは、まげることの出来ない事実です。
△少なくとも、深堀司教が良い人間かどうかというよりも、よい司牧者かどうかということの方がより大切です。
よい司牧者だったら多くの教区民(羊)が教会から離れていったりしないはずです。
△私が、このホームページを見ているのは、真実が知りたいし、この場を借りて真実を述べたいだけです。
そして、高松教区内で起こっている真実を、より多くの民に知ってもらうことです。.....
△森岡さんに対しての中傷がありますが、私は気にしていません。それは、森岡さんの書かれていることはすべて真理に基づいて書かれているからです。
△このホームページに対しても批判をしていた人がいますが、私は、ここでしか教区民が意見を言えないという、高松教区の異常さのほうが問題ではないでしょうか?
裏方 - 04/02/21 12:13:46
私は森岡さんの書き込みに対し、別人さんのような印象をもつ人が出てくることも致し方ないことなのかな と思います。
また、このHPで主張されていることに「よく分からない」といった人が出てくるのも 不思議ではありません。
NCに関心がない、又はよく知らない人から見れば、NCに対し厳しい批判を加える人たち をなんでここまで言わなければならないのか?
この人たち恨み辛みの固まりじゃないか?といった印象を持つのかもしれません。 何かが変わりつつあるのは、確かですが、その変化は微々たるものです。
まだ高松教区において、大多数の信徒は司教側又は無関心派ではないかと思います。森岡さんや日向さんの活動を迷惑に思う信徒もいるでしょう。
しかしながら、森岡さんや日向さんの主張に共感を示す信徒が少なからずいるということもまた事実なのです。この事実から、すべては出発しているのです。
通行人C - 04/02/21 11:10:44 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
司教の本分は、もっぱらお祭りを行うこと、教区長の本分は、教会行政。ぜんぜん違う仕事を一つの「職」に負わせることがもともと無理なのではないでしょうか。
餅は餅屋に、と世間では申します。
テオトコス - 04/02/21 00:59:51
良い木は、良い実を結び、悪い木は、悪い実を結ぶ。今の高松教区を見ていると、良い実は結んでおらないですね。教区内は、問題ばかりです。
教区長は、悪い人ではないでしょう。情緒は、横に置いておいて、考えれば、これだけの問題を作り上げた教区長は、長としての能力はありません。
高松教区を統治する統治能力は、ないといえるでしょう。
- 04/02/21 00:34:38
深堀司教様はとても素晴らしい方です。司教としてはもちろん、人間的にもとても深い深い方で、謙遜を生きている方です。
だから尚更このHPに漂う痛みを理解したいと思いましたがどうしてもできませんでした。ネットの世界の不幸がここにあります。
欠陥が多い経済問題評議会・・・森岡 源三 - 04/02/08 20:28:44
深堀敏司教が信徒の人権を侵害した裁判の中で、私(森岡)は「高松教区には教会法で定める経済問題評議会がないのでつくるべきだ」と主張したところ、「財務委員会がその役割を果たしているので必要ない」と反論して憚らなかった同教区・深堀司教ですが、ついに昨年10月、同評議会の規約をつくり発足させました。
ところが、その規約の内容と評議員の人選に重大な欠陥があることが分かりながら、司教は改めないまま“暴走”しているのです。
まず人選のことから指摘しますと、教会法492条の(1)には「…経済問題及び国家法に精通し、かつ、人格高潔な、少なくとも3名のキリスト信者によって構成される」とありますから、てっきり各県1名づつ5〜6名位を任命するだろうと思っていました。
それが任命したのは最低の3名だけ。
香川(信徒数1593人・29.9%)からは桜町教会の2名、徳島(727人・13.6%)から1名と偏っていて、愛媛(2174人・40.7%)と高知(843人・15.8%)は除外してしまいました。
つまり教区の過半数を占める56.5%(26教会の内14教会)の信徒を無視したことになるのです。
しかも桜町教会から任命した1名は司教と雇用関係にある教区事務局の職員です。
教会法同条(3)には「司教の第4親等までの血族及び姻族は、経済問題評議会の構成員となることができない」と定めているほどで、この立法倫理から考えてみても、当然避けるべきことなのです。
このように不公平で偏った傀儡の委員構成で、大切な財産取得・管理・譲渡・運用などのまともな評議が出来るでしょうか?
不法行為を重ねて神学院を設立して以来、全てに狂ってしまった高松教区の“暴走”は、とどまるところを知らず、さらに激しくなるばかりです。
教会は誰のもの? - 04/02/07 00:11:39
NCの方々が、教会(教区)は司教のものなのだから、一部の信徒がつべこべいう筋合いはないというが、では、そもそも、教会は誰のものなのだろうか?
教会は、司教のものでもなく、信徒のものでもなく、教皇のものでもなく、三位一体の神のものであると思う。
「あなたはペトロ。私はこの岩の上に、私の教会を建てる」と主は言っている。ここで、「私の」と教会の所有権をは主ははっきりと主張されている。
森岡 源三 - 04/02/03 12:23:13
高松教区の運営全般については推して知るべしですが、私は、真の司牧活動についても「疑義有り」です。
例えば深堀司教は昨年1年間、26教会をいつ、どのように司牧訪問して、教区民とどのように対話されたのでしょうか?聞いてみたいと思っています。
望むべくんば、教区報などで「〇〇教会を司牧訪問して」というシリーズでも企画してみるのも一案でしょう。
因みに、今回の教区維持費の負担額改正(松山教会の場合、信徒数が教区内で最高の1019人で年間805,000円アップ)についても、2週間ほど前に信徒会長を通じて「小教区の司牧訪問を兼ねて説明に来て下さい」と要望したのですが、何の返事も聞いておりません。
? - 04/02/03 00:53:44
興味があるのなら、このページで公開されている資料などを読めばいいのに。
真ん中 - 04/02/02 17:17:35
実際にどこの教会のどんな司祭のどんな問題があるの?司祭は公人だから公表しても良いのでは?
表? - 04/02/01 15:50:58
決められた役割が果たせていない、自ら公言した仕事ができていない、あたえられた任務に対して知識が乏しい、これじゃ「ろくろく・・・」と言われても当然で、仕方ないでしょう。
ネオの司祭同士が、そんなことを言い合っているんですよ。