2005.5

およよ 2005/5/27 (Fri) 04:57:13
自宅で正餐?ただの”聖体拝領ごっこ”にしか見えせんね。司祭以外、誰が何と唱えようが、祈ろうが、パンは、パンのままだし、決してキリストの御体にも御血にもなりません。
まさに無意味な事だと思います。これらの行為は、異端と言っても言い過ぎではないでしょう。


通行人C 2005/5/26 (Thu) 17:43:47 ↑なるほど、「後門の狼」ですか。


越智零 2005/5/26 (Thu) 12:24:07
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/manila/manila166.html
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/manila/manila167.html


オホーツク人 2005/5/25 (Wed) 23:09:37
勇気ありますね。ご苦労様です。・・・ふむ(上記HP見たぞ!)・・・こうなると、立派な1教派1教会ですね。
このHPでは、人間関係を修復する、教会の太っ腹(?)さを回復する・・・などあまりにも重大な数々の事を扱っています。
拘り(こだわり)だけじゃないのヨ。どうぞ、カトリック小豆島教会の「和」のためにお祈り下さい。


火の洗礼を祈る小羊 2005/5/25 (Wed) 19:39:09
はじめまして。偶然、皆様のことを知りました。私は、自宅で聖餐式を行っているものです。
皆さんがそこまでしてカトリックに拘るのもどうかなあ、と思いました。
まったく門外漢の意見で参考にならないこもしれませんが。
ご存知とは思いますが、ネラン神父の見解http://homepage2.nifty.com/ghp/keiyaku-neran.htm
私の聖餐式に対する見解http://homepage2.nifty.com/ghp/keiyaku.htm


しょうゆ豆 2005/5/18 (Wed) 00:08:45
今、ここのコメントを読んで、えっつと思いました。オホーツク人さんはこの15日に受洗されたということなのでしょうか?
それならこころよりお祝い申し上げます。嬉しいです。
実は、小豆島の今回のことを知らせてくださった信者さんも聖霊降臨の祝日に受洗されていたそうで、神様の計らいのように思えますと、とてもお喜びでした。
らすかさすさんや三重県人さんがおっしゃっておられるようにわたくしもそう思います。


三重県人 2005/5/17 (Tue) 22:32:02
オホーツク人様のおっしゃる通り、私も「早く小豆島教会すべての信徒に御聖体がゆきわたりますようにお祈り申し上げます。」なぜならば、病身でなくとも、事故その他でいつ命に危険が及ぶとも知れない、危険と不安に満ちた今の世の中ですから。
あわれみに満ちた神に感謝申し上げるとともに、さらにもう一つも二つも、いえもっと沢山うんと我まましてお願い申し上げます。
イエズス様のおん体である聖なる教会が、頭であられるお方の、すべての者への無償の慈しみによって、常に公であり一であり続けることを信じております。


まさふみ 2005/5/16 (Mon) 11:56:40
はじめまして、まさふみと申します。ネオについて知ったのはつい昨日なので…今かなり動揺しているのですが本当に凄い、としか言えませんね。
何も知らずに教会に言ってました。所属教会が小さい所でほぼそんな情報も入ってこないしネットも繋げてないので。
うちは入ってないでしょう、多分。
すいません、かなり動揺していて何を言うか分からないですが;もぅだいぶネオ関係の方々が侵食されているようですね。
これからどうなるのでしょう。周りの知り合いも気づけばネオ派が多い状況で。いつの間にやら僕も入らされそうで怖い。
神学校もこれを知る前に見た事があります。今は思い出して涙が出てきます。
あれだけ広い土地で綺麗な学校でネオ派の神父がこれからどれだけ増えるのかが想像したくないですね、やはり。
あ、では簡単な感想でしたが失礼します。


オホーツク人 2005/5/15 (Sun) 23:20:34
それは本当にお祝いするべき事です。
 聖霊降臨の主日である今日(5月15日)、私自身が受洗しました。
私自身の喜び以上に、真の和解への第1歩が踏み出された事にまず1回「万歳!」と申し上げます。
 早く小豆島教会すべての信徒に御聖体がゆきわたりますようにお祈り申し上げます。


らすかさす 2005/5/15 (Sun) 22:53:22
しょうゆ豆様、心温まるニュースをどうもありがとうございました。小豆島教会における本当の和解に向けた第一歩がしるされたようですね。
今日、溝部司教さんの教書を読みました。
私には、司教さんのご方針が「危篤状態を脱した高松教区の容態安定と体力回復をまずめざす」というものであるもののように思えました。


しょうゆ豆 2005/5/15 (Sun) 21:55:52
今までご聖体をいただけなかった小豆島の信者さんから電話を頂きました。 
今日、聖霊降臨の主日に小豆島教会の新主任神父様が、病身であるその信者さんのお宅を捜し迷いながらたずねて来られ、その信者さんのご家族はご聖体を頂くことが出来ました。!!!
神父様とじっくりとお話も出来、いろいろと熱心に聞いてくださったそうでとてもお喜びでした。
そのお話の内容を私もうかがって、わたくしは感想を一言で申し上げるなら「あーーー、よかった」でしょうか。
胸の深いところからゆうくりとおしあがってくるような感謝を感じています。 ありがとうございました。


オホーツク人 2005/5/14 (Sat) 17:19:28
しまざき様、コメントありがとうございます。


しまざき 2005/5/14 (Sat) 09:21:22
「聖マルチンの家」は、ドミニコ会が経営している歴としたカトリック系の施設です。
なお、北条市は、今年の1月1日から松山市と合併しました。


オホーツク人 2005/5/14 (Sat) 00:11:10
ネオに関わる問題から外れるかもしれませんが、お尋ねします。愛媛・北条市の老人ホーム「聖マルチンの家」ってカトリック系でしょうか?
 職場(町役場)で配られた自治労(連合系)の全国版機関紙「じちろう」に「仲間が残る施設にするため風通しをよくしていきたい」という見出しの記事が載っていました。
「私たちは施設の方針についていけないのではなく、施設が考えていることがわからない」という職員の皆様は、自治労(最近はお役人だけではなく、公共性の高い職場の人
も取り込んでます)の助けを得ながら戦ってます。
私も困ったセリフも書いておきましょう。
「職員が次々に辞めることは施設に責任は無く、すべて職員の側に責任がある」・・・施設長
最近20ヶ月のあいだに21人退職するは、職員の皆さんが頑張ろうとしても無力感が漂うは・・・・連合系労組の旗に囲まれなきゃだめかしら?
風通しの良い「聖マルチンの家」になる事をお祈り申し上げます。


横浜から 2005/5/12 (Thu) 08:12:06
そうですか、高松教区はやはり大きな問題を抱えていますね。


しょうゆ豆 2005/5/11 (Wed) 15:15:16
掲示板のページが随分進んでいるのに驚きました。ずっと心にかけてくださっているみなさまありがとうございます。
先日、4月24日に小豆島に新主任神父様が行かれるということを知っていましたので、小豆島の聖体をいただけない信者さんに電話で様子を聞いてみたのですが、信者さんには司祭からも信者からもこれといったお知らせは無かったそうです。
何も変わっていないということでした。
連休に遊びに来ていた子供の友人が壁に張ってある「高松教区報」の中に司教の予定表を見て言いました。
「6月12日司祭叙階式って、まさか、あの神学院からの?」「そう、あの神学院からの」 「続けてやって行くって?」「そうなんでしょうね、叙階するんだから」 「高松教区司祭の身分で?」「それしかないんじゃない」 「へー、ひでえな―、やっていけねーだろ、高松教区司祭ということだからいずれみんな高松に帰ってくるってことでしょ、ネオの神父は高松教区お抱えの自前の神父ということでしょ、生涯保証を高松教区の信徒がやっていくってことでしょ」「そうゆうことだと思うんだけどね」
「年とったら施設やら世話人やら、すでに30数名?出てんでしょ、バカにならないよ、いろいろと…あー…おばさんたちはその頃にはいないか! 神父さんたちと同年代あたりから後ろの連中がしょっていきゃいいってことか!」「そうなるかしらね、私たち深堀司教のときから神学院反対の意見表明文を署名捺印して出してるから、控えもあるし反対者に協力や支援を求めることはしないでしょ」
「だいたい高松教区司祭、なんてインチキだよね」「そう思うでしょ」 「教区司祭を育てるなら東京と福岡があるもんね、信者を欺いてるよ、信者は教区司祭と聞いて邦人の教区司祭と同じように思ってんじゃない、でも、そのことはこれまでに言ってきたんでしょ」「うん……でも、わかってんだかどうだか、あの神学院が宗教法人法に触れているのに建設されているってことも含めてね。はっきり言って違法ってことを。前司教は宗教法人法に縛られたらカトリック教会は何も出来なくなるなんてこと言ったんだから」 「まともじゃ考えられないよね。何で宗教法人法があるかってことだよ、教会内にもコンプライアンスの部署が必要だよ。
結局、司教が代わったからといって問題の本筋はそのまんまっていうことか」「今のところはね」ほんの一部なのですがこんな話になっていきました。


三重県人 2005/5/3 (Tue) 20:36:12
司式をした方が、とびっくりしてざっと調べました。
少し違うようですよ。ボストン大司教であった時に、立場を利用して子供に性犯罪を犯す神父に、毅然として態度で対応せず、もみ消し隠蔽を続け、小教区から小教区へと移動させ、被害を拡大させ、事件が明るみに出て自身の管理責任が問われて2002年に辞任。とのことでした。
自分が下手人だったわけではありません。(事態の忌々しさは変わりません。)その続きが理解を超えます。
その後ヨハネパウロ二世によって、ローマのバジリカの一つ、サンタマリアマッジョーレの主席司祭という名誉ある地位に任命され、その地位にあることから、葬儀にさいしてミサの司式を行った、ということでした。
アメリカのスキャンダル、文字通りの意味で小さい者たちに暴行を加えてつまづかした司祭達は、それこそ石臼がふさわしい位なのに、まだ所属修道会などによって国外に匿われたりしているようです。
組織の体面、長である自分のメンツ、これらを正義と真実より大事にする、という点でボストンの事件は共通点があるのでしょうね。


ゆりこ 2005/5/2 (Mon) 01:08:43
ネオの問題に対する教会の態度をずっと見てきました。
故ヨハネ・パウロ2世の追悼ミサを性的虐待をしたというロー枢機卿が執り行っているのを見て、カトリック教会自身が大きな問題を曖昧なまま片付ける、また見過ごす、はたまた許す傾向にあるのではないかと考えるようになりました。
許すこと、理解しあうことはは勿論必要でしょうが、問題が起こればそれへのけじめをきちんとつけるべきだと思ってしまうのは、おかしいのでしょうか?


きび 2005/5/1 (Sun) 21:21:54
三重県人さま。ご心配をおかけしすみません。今メッセージを読み、頭が冷静になったところです。
気をつけます。ありがとうございました。


三重県人 2005/5/1 (Sun) 15:29:06
管理人様、関係ない話をしすぎましたから、も一つ投稿。なぜ典礼の乱れと神学院建築に共通点があるか?
日本の司教様達司祭様達に、教皇様から典礼が任されています。信徒から献金が任されています。
任された預かり物でしかないのに、(そのつもりがないのにうっかり、だと期待しています、)結果としては私物化したような用い方をしている(第一の共通点)。そして、それを指摘されると(おそらく自分でも気付いているから)権柄づくになったりヒスになったり、はたまたダンマリを決め込んだりする(第二の共通点)。
私が分からないのは、なぜ、他の司教様達司祭様達は見て見ぬ振りをなさるのでしょう。
高松教区の件に関して、不当にも命(のパン)を失わさせられつつある人々に対して、いつ良きサマリア人が現れるのでしょうか。


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