Opinion newspaper NO.2
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神学院検証レポート第2号(2001年5月15日号)が発行されました。 主な内容は次のとおりです。
「ミレニアムの虚構」第3版、「神学院検証レポート第2号」をご希望の方はメールでお申し込みください。 |
![]() 聖マルタン聖堂壁画 ノアン・ヴィック (フランス) |
「ミレニアムの虚構」を読んで 私はこう思う 247通の手紙から<下>|
母体組織に感じる怪しさ 高松教区・香川 〔信徒〕 やむにやまれる思いで書いている渦中教区の信者です。私はNeo神学院建設に反対。なぜなら教区財政や将来の展望云々の理由は勿論のこと、それ以前にこの神学院の母体組織に感じる怪しさにあるからです。この神学院がこれなら納得、またありがたいと思えるものならば、司教があのような姑息な手段まで使い、(M氏の冊子に記されている)信徒を欺いていたことおも寛大でいられたかもしれません。 しかし、高松では学院設立宣言当初より一部の信者の中では”おかしい”の声はずっとありました。疑問解明のために乏しい情報の中、手探りの状態で年月を重ねたのです。 ’93年の常任司教委員会のこの活動に対し注意を促すかのような文書は何故出されたのか、この道をあゆんでいたが、やめてしまった人達の嘆きの声など。’00年(Christian Order)2月号、この中の記事の冒頭に〔この運動は多くの人から教会内のトロイの馬(内部からの破壊活動工作団)と見なされている〕と書かれています。 このような冊子が出る背景にNeo運動に感じられる異端性、秘密的・閉鎖的グループの姿を見るのです。この活動が日本中に蔓延したならば私はカトリック教から離れたい、そんな気持ちにおそわれることがあります。だから正面きって反対するのです。 |
私はあしたを心配する 高松教区・愛媛 〔信徒〕 神学院のことは何も知りませんでしたが、有志の呼びかけで開かれた「真実を知る集い」に参加し、また資料を見てよく分かってきました。 話を聞いているうち、ある年輩の人が声高に「あしたのことは思いわずらうな。お金のことは心配しなくてようのでは…」と言われて、聖書にある通り、そうなのかとも思いました。でも、「お金が足りない」と緊急募金まで行われたそうです。また、その集いに来られた建設担当の神父さんから「お金が集まらないなら、それも神様のみ旨。行き詰まったら、そのとき神学院は閉鎖します」という意味の無責任な話を聞いて、本当にむなしくなりました。 神様を信じていても人間ですから、あしたのことを心配するおは当たり前ではないでしょうか。その人が言われるように「思いわずらわず、心配しない」というのが本心なら、そう思う人たちみんなが貯金でもはたけば、何億円でもすぐに集まると思います。 |
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カルト的な臭いがする 大分教区・大分 〔信徒〕 教理を習った神父から「新求道共同体はカルトのようなところがあるかもしれません」と聞きました。 実際に高松に行って叙階式のミサに参加したり、活動に加わっていた友達の話を聞いてみると、やはりカルト的な臭いがするように思います。その理由は@所属教会からグループで出て動くことA活動の内容を明かさないB祭儀に異様な一面を感じる―といったところです。そのことについて友達は「実際に参加した人でないとわからないと思う。無理に思い込ませるようなところがあって、二面性があるような感じ…」と話しています。これって、本当にカトリックなのでしょうか? |
ヒエラルキーは「逆三角形」 東京教区・東京 〔信徒〕 「司教が派遣する司祭を拒否することは司教を拒否すること。司教を拒否することは教皇を拒否すること。教皇を拒否することはキリストを拒否することである。直ちにこの申入書を撤回しなければミサもあげず、教会を閉鎖する」などという聖職者は、全くカトリックのヒエラルキーが分かっていないと思います。こういう非常識な発言をする聖職者こそ処分されるべきです。 ヒエラルキーは「逆三角形」なのです。法王の定義は「神の僕の僕」で、これは『天国で一番上になりたい人は、人一下になりなさい』。つまり『全ての人に仕える人になりなさい』という聖書の教えに基づいています。東京都などと違って、なかなか他の教会に移るのも難しいと思いますが『わたしのために二人集まるものがいれば、そこに私がいる』といわれる主イエスの言葉「見えざる教会」を信じ、ガンバッテください。シャローム! |
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司祭の数より”質”が問題 教区表示なし 〔匿名〕 神父や修道者は、従順の誓願をたてているので、上長に従わねばなりませんが、信徒は、従順の誓願をたてているわけではないので、司祭達に対して自由に意見が言えます。(中略) 一番大きなポイントは、もし、高松に大神学校ができたとした場合、そこ出身の司祭の質です。司祭の数だけ増えても司祭の質が上がらなければ、カトリック教会の質の底上げにはならない、ということを真剣に考えて下さい。(中略) 一期工事だけでも10億円必要と言いながら、献金が1億円しか集まらなかったということに関してですが、金は、他人に頼るのではなく、自分で出すものです。教会が決めたら信徒は無条件に金を出すと認識を持たれているなら、その認識は改めるべきでしょう。自立している修道会とは違って教区司祭は、信徒からの献金でお給料をもらったり、生活しているのです。しかも、教区司祭には、清貧の誓願はありません。今、世の中で一番金持ちなのは、宗教者と言われています。信徒は度重なる献金のおかげで、貧乏になっていくばかりなのに…。 |
実態を把握したい 浦和教区・群馬 〔信徒〕 全国いろんなところへ巡礼しましたが、高松教区はおろか、四国へ行ったことがありません。チャンスがありましたら、是非行ってみたいと思います。 さて、「新求道共同体」のこと、初めて知りました。世も末なので、いろんなことが起こりますね。私個人としては現在、教区の青年の集い「宣教司牧評議会・青年部会」のスタッフとしてお手伝いしております。そちらの大変さを知り、正しい方向へ向かうことを祈り、なおかつその共同体の実態を把握したいと思い、冊子を申し込みます。 |
ついに新求道共同体の司祭を派遣 拒否した小豆島教会へ |
【高松】新求道共同体の司祭の司牧を拒否します―と昨年2月、全世帯25人が署名して司教に「申入書」を提出し、 いまだ6人が撤回しないことを表明している香川・小豆島教会へ、ついに新求道共同体の司祭が派遣されました。 事前に信徒たちへは何の説明もなく、この問題で司教は「大聖年のうちに…」と回答していた司牧的な訪問を怠り、 あらためて、”牧者の心”が問われています。 |
![]() 新求道共同体の司祭が赴任した小豆島教会 |
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大聖年の訪問なく問われる“牧者の心” この司祭の異動は3月19日の「聖ヨゼフの祝日」に、ほかの同共同体司祭4人を含む6人の異動と合わせて内示。4月5日の聖香油祝別ミサのあと正式発表しました。 小豆島教会着任した司祭は’99年5月に叙階されて2年足らずの神父(38歳)。 4月22日の主日のミサのあと着任あいさつをしましたが、同席紹介したのは前同教会主任司祭の神父で、この日司教は高知・江ノ口教会の着任式に出席しました。 司教は’00年6月24日、愛媛地区から出された嘆願書に対し、教区信徒協を通じ次のように回答しています。
この間、’00年11月3日「聖マルチン」の記念日に小豆島「マリアの園」の改修工事起工祝別に訪れ、三本松教会の信徒を含む数人との交わりがありました。 ゆっくり散歩する時間的な余裕がありながら、小豆島教会全信徒への呼びかけはなく、信徒たちをがっかりさせました。 司教への「申入書」を撤回しない6人は、自分の所属する教会で1年以上もご聖体の恵みにあずかれず、信徒の一人は今年3月、主任司祭にあて「申入書を取り下げない信徒にも等しくご聖体をさずけてほしい。病気で不自由な信徒の家庭の訪問を…」と手紙を書きました。 しかし、この要望を含め司牧について、いまだ何も聞かされていないようです。 「申入書」を取り下げない信徒たちは「特に病者の訪問が実現するよう祈っています。回答書では『早い時期に訪問を…』と言われながら、大聖年はとっくに終わりました。距離的にもすぐ近くなのに、この問題が起きて1年以上も司牧的な訪問がないというのは”異常”です。今となっては教会を失った思いですが、イエス様にはより深く結びついてゆきます」と、教会に行けなくとも、ひたすら強い信仰に生きる思いを語っています。 |