what's ET
ETってなんだろう?そんな疑問にお答えするページです。
まず最初に…ETの結成について

ETとはeita&taroの頭文字を一つずつ取ってETになったという経緯がある。
結成は2002年秋。お互いに同じバイトをしていた二人が音楽について熱く語り、それぞれの個性を尊重し、それを
どうにか具体化出来ないものだろうか?と最初にスタジオに入ってインスピレーションを元に何も考えず即興音楽を
演奏したところ、あのah!yeah!ETという曲が生まれた。
それを録音し、家で聴き直してみるとこれがなかなか良かった。それをライヴハウスに持っていったところ、ライヴ出演が
決まった。それがあの2002年12月の柏ZAXでのfirst liveである。


ET(の中のeita)の世界観

ETというバンドはかなり個性の強いバンドである。現在3人編成で活動しているが、その3人それぞれの音楽
に対するキモチは半端なものではない。ここではeita(guitar)について詳しく紹介したいと思う。
eita(つまりはココのHPの管理者)はこれまでコピーバンドを中心とした音楽活動を展開してきた。しかし、何か
今まで演奏してきたものに違和感を感じるようになった。そうだ、これはオレじゃない!!
それを同じバイトの先輩であるtaroさんに相談するようになった。「じゃあ何か二人でやってみよう!それも
自分の感情を奥底から引き出して感性で音を奏でよう!!」みたいな事を言っていたと思う。それって凄いことだ!
そうだ、オレには今まで音楽の原点である自分の音を弾いていなかったんだ。と感じるようになった。
それがきっかけだった。


eitaの音楽の歴史表

1995年  
 初めてギターを買う。同じ部活の仲間と一緒に練習をする。初めての曲はスピッツの空もとべるはず。
           当時は立って弾くことができなかった。早く松本孝弘を弾きたい。ただそれだけだった。
           ちなみにこのとき一緒に練習していた友達は今はスタジオミュージシャンをやっているらしい。

1996年  
 初めて路上ライヴをする。このときは爆風スランプの旅人よ!だった。この当時、路上をしている人は
           サムシングエルスくらいしかいなかった。なのでけっこうレアな存在であった。
           結構沢山の人に声を掛けられた。その中には雑誌の記者や怪しいおっさんとかもいた。
           初めてのスタジオ入りは松戸森のホール21だった。


1997年   
初めてバンドを組む。ブランキーのコピーバンドをやっていた。それ以外で普通にスタジオ入って演奏するだけの
           仲間とかを作って週一で遊んでいた。

        
1998年   
だんだんギターが弾けるようになってきた。この時期が一番ギターが上手かった。たぶん今よりも…(なんでだろう)
           雑誌の応募をして女の子とバンドを組んだ。この年は色々な仲間を集めたくて沢山の人と会ったりして色んな所で
           仲間探しをしていた。結構マジだったと思う。しかしバンドは一年もしないうちに解散してしまう。
           そういう意味で98年はターニングポイントになった。


1999年   
前年の出来事や受験も重なり、98年ほどの活動はしていない。が、しかし演奏するということよりも、音楽を聴くという
           意味では今までにないくらいの幅広い音楽を聴いていた時期だった。そしてまたバンドをしたくなった。


2000年   
軽音楽サークルに入った。音楽の幅が飛躍的に増えた。年に5回のライヴをし、年一回の合宿で鍛えられた。
           サークルというところは本当に好きな奴らの集まりなので音楽馬鹿の友達が多くなった。
           この年にバイトでtaroさんと出会う。


2001年   
今使っているギターを購入する。サークル以外での音楽活動は無し。年に5回のライヴ。

2002年   
大学構内の池前ライヴに出演。今までに経験無いくらいの人が見ていた。たぶん2・300人はいたに違いないだろう。
           秋にET結成。この年はETとサークル合わせて7回のライヴに出演する。今までで一番多い。

2003年   
サークル活動を休止。ETメインでの活動。大学祭は出演予定。


ETの音楽活動の歴史表

2002年10月    ETとして始めてのスタジオ入りをする。コンセプトは自分の中にある感情に任せて音を出す事。
            初めて出した音、それはah!yeah! ET。本当はもっと昔から一緒に何かやってみようという話は
            あったが、ちゃんと活動を始めたのがこれからだった。

2002年11月    柏ZAXのライヴ出演の決定。eitaはサークルの大学祭出演もあり多忙な日々を送る。

2002年12月    初ライヴ出演。この当時、ライヴハウスのオーナーに「コミックバンド」と思われている。しかし、決して
            コミックバンドではない!コンセプトである奥深くに眠る感情・感性で奏でる音がまだ未熟であったのは
            違いない。だが、このライヴを境にETの新しい新境地を切り開く事になった。

2003年1月     第二回ライヴ出演。2人編成から3人編成へと変わる。そして音楽性の深みが増した。アクティヴに行動あるのみ

2003年7月     渋谷lamamaに出演交渉。しかし、音楽性の違い・値段交渉の食い違いにより出演断念。。
            大阪難波bearsに出演決定。が、しかし千葉県在住という事で初めて遠征ライヴを断念。音楽性を認められたことが
            大きな第一歩であった。

2003年8月     高円寺2万ボルトに出演決定。ライヴ。


2004年2月     吉祥寺スターパインズカフェからの出演依頼。。 出演決定する。セカンドアルバム発表予定!!