Boxingの部屋
●ボクシングと私
ボクシングは幼い時から好きでした。多分生まれた時から好きでした。車も大好きですが、それに劣らず(少し最近劣りますが)大好きで、ボクシングマガジンという雑誌は中島茂雄が金性俊からタイトルを取った時代(簡単に言うと具志堅の時代)からずっと買い続けています。時々車とボクシングの相関関係を考えるのですが、よく分かりません。大場政男が若くして愛車シボレーで高速道路で事故死したという悲しい過去の話もありますが、このあたり"スピード"という共通項があるのかもしれません。
私自身、ジム通いを始めたのはサラリーマンになってからです。幼い頃からジムで練習しておけばきっと今ごろは世界チャンピオンになっていたのではないかと、ふと思う事が時々あります。全くのうぬぼれだと人に言われます。一応目標はプロテスト合格までと考えていたのですが、29才過ぎた時、岡山に転勤となりあえなく断念しました。そしてもうすぐアマチュアの出場資格さえも断念せざるを得ない状況になりました。岡山でジムを見つけ、今では健康維持程度くらいで週2〜3回練習する位ですが、野生の勘だけは失わないよう、練習だけは続けています。
●思い出に残る名ボクサー
具志堅用高 ...いわずと知れた名ボクサー。最後にペドロフローレスに負けた 時はなんとも悲しかった。具志堅が負けるとは信じていなかっ た。
村田英次郎 ...
浜田剛
仲明信
辰吉丈一郎
●ボクシング日記
人生を掛けろ!(俺は練習が嫌いだ!!!)
今日は体調が悪い。しかし練習には来てしまう。軽い目にして帰ろうと思っていた所、マスボクシングのお呼びがかかった。嫌だとは断れ切れず引き受けてしまう。相手とは何度かやっているので手の内は分かっている。今日はディフェンス中心で軽く流しておこう...と考えていた。しかしそうとは問屋がおろさない。今日は運悪くトレーナーもどきが来ていたのだった。リングの上では予想以上に体が動かない。でも相手のパンチをかわす事は出来る...が下から大きな声が飛んで来る。「もっと左を出せ!入ってくる所に右だ!」。相手よりもトレーナーもどきに気を使いながら、しんどいながらも手数を出した。そして3ラウンド目に入ると結構ふらふらになってしまった。こういう時はクリンチで時間稼ぎをするのだか、下から大きな声が飛んで来る。「もっと打て!」。もう俺はこの時点で手を出す事が不可能になっていた。しかし下からは相変わらず、「もっと打て!」、「左を出せ!」との声が飛んで来る。そして最後には「お前の人生を掛けろ!」と言う声が飛んで来た。もう手を出す事の出来ない俺は(何で人生まで賭けないといけないんだよ)と思いながらも必死で手を出し続けた。そしてやっと終了のゴングが鳴った。その日はおかげ様でフラフラし食事も通らず、吐きそうな気分になってしまった。しかしふと思った事がある。世界戦の試合を見ていて、こんな事思った事ないだろうか?。最終ラウンドが来て、劣勢の日本人チャレンジャーがいたとする...「何で手を出さないんだ。もう一歩じゃないか!これに勝てば金も名誉も手にする事が出来るんだぞ!」と。そして「お前の人生を賭けろ!」と。でもほんと、しんどいんですよね。やってる方は。この気持ち分かります。マラソンランナーと同じです。余力のある選手は最後にラストスパートが出来る。ただほんと立っているのがやっとの状態の選手がいたら、最後まで立っていれた事も賞賛に値するのではないのでしょうか。マラソンなら最後まで完走した選手には拍手が送られます。しかしボクシングでは負けた選手に時には罵声が浴びさせられる事もあります。やはりボクシングは非情なスポーツなのかもしれない...
あの人は何処へ...
大阪でとあるボクシングジムに通っていた頃、一人眼光の鋭い青年がいた。彼はボクサーのくせにウェイトトレーニングをメインに練習してたっけ...。時々話をするに岡山の出身で、ボクシングの為に大阪へ出てきていたそうだ。彼のスパーリングは恐い。あんな強いパンチを受けると死んでしまうのでは? と思うほどである。近くで見てたらほとんど殺し合いだなとつくづく思ったものだ。そしてその彼はあれよあれよと勝ち続けた。そして西日本の新人王に輝いた。ほとんどがKO勝ちである。その当時の夢はというと「世界チャンピオン」になる事と語っていたのを覚えている。全日本新人王戦が府立体育館で行われる事になった。せっかくだから応援に行く事にした。(その新人王戦には後ほどチャンピオンになった畑山も出ていた。当然最優秀賞をとった。)彼の出番がやってくるのを待っていた。ドキドキしていた。まるで自分が試合をするかのように...。そしていよいよ彼の出番である。体つき、体格は相手より彼の方がガシッとしている。どんな戦いをしてくれるのだろうか...とわくわくしているとゴングがなった。最初は探り合いのジャブの応酬だった...さあこれからと思った矢先の事だ、彼がジャブを出した瞬間だった。それに合わした相手のストレートが彼のあごを打ちぬいてしまった。そしてダウンした...。信じられない光景だった。時間が止まってしまった。それでもなんとか彼は置き上がろうとしている。しかし彼の足元はフラフラしておりレフリーは迷いなく試合をストッブした。なんとも哀しい幕切れである。なんでや〜と思いながらなんとも無念の気持ちで帰途についた。そしてその後、「彼はいつから練習を再開するのだろう」と思いながら私もジムに顔を出したが、とうとう現われなかった。負けたら辞めようと考えていたのだろうか、それともジムに行きにくくなったのだろうか。その後、私は転勤となりそこのジムを離れるが、彼の消息は分からずしまいである。
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