プロフィール

      氏 名:荒木義文
      出 生:1947年、愛媛県宇和島市で出生
日本での居住歴:愛媛県宇和島市、今治市、広島県大竹市、大阪、札幌

      職 業:パーフェクト リバティー教団(PL) 布教師
   南米在住歴:1972年10月から83年3月までアルゼンチン在住
           1983年からペルー在住

      家 族:妻(日本生まれ、南米育ち)
           子供2人(長男は、74年アルゼンチン生まれ、長女は95年ペルー生まれ)

 かなり間の抜けた人間で、72年アメリカ経由で初めてアルゼンチンに行くことになったとき、航空チケットに書いてあった11:30という出発時間を午後の11時半と思いこんでいて、空港に行ったら、そんな飛行便はありませんよといわれてしまいました。なんと、実際に飛行機がでた時間は、こんなチャンスもしばらくないだろうと、ロス郊外のディズニーランドで遊んでいたのです。ロス在住の友人達からは、それだけ暢気だったら、南米大丈夫だよと、変な励ましを受けました。

 アルゼンチン時代は、ハイパーインフレ、テロ活動、軍事クーデター、アルゼンチンとイギリスのマルビーナス(フォークランド)戦争など、いろいろありました。75年だったでしょうか、アルゼンチンで開催されたサッカーワールドカップでは、アルゼンチンが初優勝、街中、車のクラクションと鍋をたたく音ですごい騒ぎでした。当時すでに、インフレはひどくなっていたんですが、国民の不満をそらす意味でも、成功したようです。ちなみに、アルゼンチンの決勝進出を可能にした対ペルー戦は、6対1かでアルゼンチンの圧勝だったのですが、ペルーチームにかなりお金がまかれたという話があります(真偽のほどは分かりませんが)。

 ペルーにきてみると、ちょうど10年遅れでアルゼンチンの歴史が繰り返されたような感じで、改めて、ハイパーインフレ、テロ活動の洗礼を受けました。軍事クーデターではありませんが、フジモリ大統領自身が軍隊を動かして国会解散、司法介入など、クーデター的なものを起こしました(92年4月)。一時は、南米のベイルートといわれたテロ活動も、92年9月でしたか、センデロ・ルミノッソというテログループの幹部グループが逮捕されて収まりました。かなり落ち着いてきたなと思っていたら、MRTAという別のテログループによる、日本大使公邸人質事件が起こったりして、日本の人たちには、ペルーは大変ということになっているようです。

 時々、日本に一時帰国すると、大変ですねといわれますが、本人は、それほど大変とも思っていないんです。日本語もかなりおかしくなっているようで、数年前帰国したときに、熱海に行く用事がありました。駅前でペルーから働きに行っている日系人の人たちと落ち合い、タクシーにのり、運転手さんに行き先を告げると、「あんた日本語うまいね。どこで勉強したの」と言われてしまいました。