現実は終わらない


早いものですでに十回目である。いつまで続くかも分からないページのくだらない雑文をご愛読していただける皆様に感謝。

百回目あたりになったらプレゼント企画でもしようかと思っているのだがこのペースで行くと2年ほど後の事である。その頃は大学生になっているか浪人生になっているか、ページ自体なくなっているかのいずれであろう。たぶん最後の線が一番濃い。

そもそもこのようなページはあくまでもデータの塊であってデータが消えても人は生き続けるわけである。「無限城」と言う人物はこのページと共に出来た人物でありこのページが無くなれば無限城はいなくなり別な名前の人物が生まれるのである。だから私がネット上から消えたとしてもそれはどうでもよい事なのである。ただ、データが無くなっただけなのだから。などとほざいてみたり。

さて本題

私はまだ見ていないのだがマトリックスという映画がはやっている(いた)。あの弾をよけるシーンで有名になった映画である。そんな事はどうでもいいのだが、設定は確かコンピュータにて仮想現実を見せられている話しだったと思う。

この設定を読んで、私はこれが本当に出来るのならなんと良い事だろうと思った。このなかでそう思った人はけっこう多いのではなかろうか。すべては夢の中の出来事。しかもそれを感じる事は無い。自分の好きなように頭の中だけで生活が出来る。ふむ、なんて素晴らしいのであろう。

しかし、それが本当に快楽に繋がるのであろうか。完全なるリアルティの世界。それは自分の力でコントロールできるのだろうか。五感すべてが機能しおいしいものを食べればおいしいと感じ、快感をも感じる事が出来るとする。しかし、同時に苦痛も味わう事になる。いくら完全なリアルティだろうが、それはあくまでもデータの固まりでありデータが無くなればすべては夢になる。

そう考えると、けっこう怖いのではなかろうか。私は書いているだけでもけっこう怖い。リアルティの世界にのみ閉じこもろうとするのならばそこでの出来事が現実になる。現実の世界ができものの世界になるのではないのだろうか。体に栄養を送りこめさえすれば体が朽ち果てるまで自分の好きな世界に閉じこもれる…。それが現実になったとき、それは麻薬のようになるのではないだろうか。少なくとも私がこのような世界に生まれたのならば、仕事もせずリアルティの世界に閉じこもってしまうと思う。さらには自分が好きな芸能人と全く同じ行動が出来るような世界が作られればどうだろう。あこがれている芸能人そのものになれるのだ。そうしたら自分とはなんなのか、と思ってしまうだろう。現実に戻ればその芸能人は自分ではない。しかしもう一つの世界では自分が芸能人なのである。そんな世界が来たら、精神病院と哲学者が儲かるだろう。いずれにせよ、そんな世界でまともな生活が送れる訳が無いと思う。

よく少年犯罪で現実の世界とゲームの世界の区別がつかないからうんぬんと言うがそれはあくまでも元々危ない奴がゲームを持っていただけの話しであるが(だいたいその理論で言えばもっと殺人鬼が増える)この世界の場合本当に現実と仮想の区別がつかない恐れが高い。

ここまで書いてきて、本当の現実とはなんなのだろうかと悩んでしまった。もしかしたら、私も高度な技術によって作られたデータの塊かもしれない。神とは私達をプログラミングしデータを取りつづけているのかもしれない。心霊現象とはそのプログラムのバグかもしれない。などと言う不毛なことを考えてしまった。

もし、この考えが正しくても、私には明日がある。いくらプログラミングされた世界であろうと宿題があるのは事実である。私達にとって現実とはプログラミングされてあろうと無かろうと今の生活を続けていくことに他ならない。なんだ、そんな事か。なんだ、いろいろ悩んで損した。

分かったのはいいのだが、ここにある課題はどうにもならない。やはり一生自分の好きな世界に閉じこもっていたいような気もする。

ドラえもんの誕生が一刻もはやく来ることを望む。のび太くんはここにいます。ゑ、ドラえもんはおまえだって。ほっとけ。


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