もう一つの真理
自分が信じている事が必ず正しいとは限らない。例えば、私は日本人ではないのかもしれない。1+1=2になるのは人が勝手に決めた事であって本当は3かも知れない。だれだ、答えは田だなんて言う奴は。
なんて書き始めると、気が違ったかと言うつっこみがあるかもしれないが元々狂っているので心配は無用なり。
私の手元には「空想哲学読本」という本がある。正確に言うと、「性格改造マニュアル」と言う本もあるが、今回は前者の本について。どちらも昨日古本屋で手に入れたものである。よくこんな本買うよなあ<私。しかも試験準備期間中に。ほぼ徹夜でどちらも読んだが。
この本は題名からして哲学的思想の本である。各章にはウルトラマンでアリストテレス(?)がわかる、エヴァンゲリオンでデカルト(?)がわかる、ときめきメモリアル(爆)でカント(?)がわかる、などと分けられている。私は真っ先にエヴァから読み始めたのだがとにかくさっぱり解からない。まず、デカルトからしてどこの誰なのか知らない。出てくる言葉が「物心二次言論」とか「方法的懐疑」とか「凡神説」とか「自己啓発セミナー」などである。さっぱりわからない。あ、最後の奴は「性格改造マニュアル」のほうだった。
結局、読んでみて思ったのはどうでも良い事をずらずら考えてみる事が哲学の基本だという事だ。つまり、1足す1は2になる事になんの疑問も持たなければ、それでいいのである。むしろ、そんな事に疑問を持つ方がおかしい。しかしどうしても考えてしまう人間もいるのである。相対性理論は実は相対性ではないのかもしれない。UFOはプラズマなのではないかもしれない。宇宙はないのかもしれない。私は本当はいないのかもしれない。KKさんは本当は女の人で、竹子さんは男の人かもしれない。もしかして私はネットワークのなかで意識としてだけ存在し、すべてはバーチャルリアリティなのかもしれない。試験は本当はないのかもしれない。などである。へたすると精神病院行きである。むしろ行け。
どうでも良い事をずらずら並べるなら、別に哲学的思想だけではない。アインシュッタインの思想なぞ、はっきり言って私たちにどんな関わりがあるのかさっぱり解からない。何を言いたいのか少しもわからない。未来にタイムスリップできると言いたいのか、人間は実は宇宙人であると言いたいのかもしれない。世界のすべてを公式に当てはめて預言者になりたいのかもしれない。ここまで来るとやはり哲学の世界に行ってしまうのではないだろうか。
ふたたび話は哲学のほうに行くが今度は、自分が信じている事が必ず正しいのか。と言う事を考えたい。例えばここにかわいい女の子がいるとする。しかし、もしかしたら違う人にとってはブスなのかもしれない。私は蛇はおいしいと思うが、違う人にとっては怖いものなのかも知れない。私が間違っているのかもしれないし、私が正しいのかもしれない。こんな疑問はどうでもイイのかもしれないしどうでもよくないのかもしれない。まあ、ここの読者は半減するのは間違いないような気はするが。今、自分が何を書いているのかすらさっぱりわからないし。
つまり、自分が正しいと思ったら、それは正しいのと同時に間違っているのである。絶対の真理などないのである。信じたくないのなら別にイイ。今5分で考えた事だからだ。唯一の絶対の真理は私はかっこいいと言う事である。彼女募集中。ああ、火炎瓶を投げないで。もう一つの真理。今回も駄作。