エッセイのページ
西暦2,000年に思う
西暦2,000年1月1日の朝が開けた。この日がくるのを世界中の人々が、 固唾を飲んで見守っていた。Y2K(コンピュータ誤作動)問題があったからだが、コンピ ユータ技術者をはじめ、多くの関係者の懸命の努力によって、世界の混乱と危機は回 避され、到る所で新ミレニアムを祝うイベントが盛大に開催され、お祭り騒ぎになってい る。確かに人類の歴史上2000年と新ミレニアム(千年紀)は十分お祭りに値するものであ ろう。なにしろ1000年前の日本はまだ平安末期、源平合戦の前の時代である。時代は それから鎌倉、安土桃山、徳川時代をを経て、近くは明治、大正、昭和と長い時を 刻んできた。人類は良くぞかくも長く生きながらえてきたものである、と思う。 20世紀は「戦争の世紀」とも「科学技術の世紀」ともいわれている。二度にわたる世 界戦争を経験したし、科学技術の分野では、多くの発明、発見を行い、宇宙飛 行を可能にするまでになった。またコンピユータ社会の進展は、人間の生活様式を一変させ ている。さらに近年の情報技術産業の進展、いわゆるデジタル革命はとどまるところを 知らない。産業構造の変革はいうに及ばず、”グローバル””リストラ”を 合言葉に進められてる現在の変革は、国の文化、人間性さえ変えずずにはおくまい。 私は61歳で定年退職後パソコンを習い始め、今ではすっかり、”オタク族”になって しまったが、ウインドウズの画面を通して見る世界は、豊富な情報、ニュースの配信、 第三者とのコンタクト(eメール)、物を書くことなど、 大抵のことは可能で、それはそれですばらしい。 21世紀の100年、200年は技術が益々発展・深化し、将来どのような世界になるのか想像する ことは困難である。 ただいえることは、コンピユータと人間が上手に共生出来るまで、今後さまざまな社会問題が 発生してしてくるのではないかと思われてならない。例えば教育問題、コンピュータ の世界は英語を基本においている。マニュアルを見てもこれが日本語かというほど日本 語と特殊な技術用語(英語)が混じって使われている。私など古い人間にはこれはとても日本語と は思えない。多分、言語もグローバル化していくのであろう。 情報社会は人間生活のさまざまな領域で格差を広げるであろうと思われる。新時代を生きる 各分野のリーダは、多くの人が人間らしい豊かさ、幸せさ、充実した生活を享受できる社会 システム作りを考えてもらいたいものである。 (1月11日)
お花見 3月5日小雨の日、典子と花見に行く。竹橋で会って北の丸公園の中を散策し、科学技術館、 武道館を道って、千鳥が淵に出、靖国神社に向かうというのが最初のプランであった。ところが、 雨が予想外にしとしと降り、おまけに道を間違えてしまった。歩いてきた道を引き返し、 たまたま会ったお巡りさんに道を尋ねると今歩いていった方向でいいという。道が物でふさいで 行き止まりになっているというと、側を通り抜けけられるという。4,5年前、この道を 歩いたときは左右にこんもりとした緑の森が広がって、何ともいえず静けさがとても良かった。 そうゆう風景はぜんぜん消えていた。(やはり違う道だったんだ!)(私は左足に障害があり、 再度お巡りさんのいうとうり道を引き返す勇気はなかった。雨の中を長い間歩き回るのは耐えられ なかった。 竹橋の方角に戻り、タクシに乗って千鳥が淵に出、公園を30分散策した。 雨の千鳥が淵には花見客はほとんどいなかった。 桜も五分咲き程度で残念ながら満開とは行かなかった。 去年京都の八坂神社の桜を観にいったときとは格段の違いであった。でも今年は若く美人の典子が 一緒だったのが救いである。彼女は24歳、銀座のクラブに勤めているが、さわやかな感じの子で 短大を卒業後OL時代に恋に破れ、会社も辞めてしまったという。現在クラブにいるが、近くパ ソコン教室に通って、本格的にPCを勉強するのだという。天候が悪く、 花見は早々に切り上げて、食事に行くことにする。 何にしようかと聞くと、天麩羅がいいという。 そこで依然勤めていたビルの地下の天麩羅やに寄った。 天麩羅やの椅子に座って、やれやれとおもった。今日は結構歩いた。私は数年前、脳出血を患い、 現在リハビリ中の身である。リハビリには歩くことが一番といわれている。が、長く歩くのは 本当に疲れるのだ。しかしともあれ一緒に付き合ってくれた典子にまずは、感謝、感謝である。 (4月10日) 網代にて
友人に薦められて1月14,15日の二日間網代温泉に静養に行った。 網代は熱海から伊豆急線に乗り換えて3っつめの小さな駅だ。 すぐ先に伊東温泉がある。私が逗留したのは友人の会社が経営する寮で 10数名入れば満杯というこじんまりした温泉だった。 それでも混雑が予想される週末は避けて日曜, 月曜を選択して訪問したところ,その日は私以外は誰もいないという。 14時ごろ宿について,外があまりにも良い天気だったので、海岸沿いに散歩することにした。 外はいい天気とはいえ,季節は1月である。ときおり突風めいた北風がふいてくる。 私はコートの下にマフラーを まいて杖をつき、まっすぐ海岸方向に向かって歩いて行った。 冬の海岸はどんよりとしていて人影は殆ど見当たらず, 30分ほどで宿に帰り,早速風呂に入る。7,8人 一緒に入れば丁度いいくらいの湯船に独りゆっくりと身を横たえ湯の熱さにじっと耐える。 程なくすると,足のつま先から肩にかけ湯治療法が染み入る気分になる。 入浴後,ぽかぽかしたいい気分でTVをみていると、寮のおばさんから食事の声をかけられた。 私はビールの小ビン1本と冷酒を頼み,西伊豆の新鮮な魚で夕食のご馳走をいただいた。 翌日,熱海に出て,梅園に出かけた。梅はまだ半月は早い。 それなのに,かなり大勢の梅見客が押しかけて いた。まだ二分咲きといったところだ。ここの梅園には昔一度きている。 順路の矢印にしたがって,見て歩き, 帰り掛け、未だつぼみの小さな梅の木を8,000円出して1本買った。 二月中旬には我が家の庭で花をさかすでであろう。楽しみである。
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