
はじめまして、今日は管理人Daicについてお話しようと思います。
雨の降り続くある2月の夜、私はバスルームにかかる銀光りしている鉄棒を眺めていた。
それはたくましく、私の体重をも十分支えてくれそうに見えた。
バスルームには換気口から静かにしたたり落ちる雨音が絶えず響いていた。
頭の中にはベットの下においてあった火災か何かの時の為に買っておいた耐久ロープで
いっぱいになった。
死ぬ事の方がごく自然に思えた。
私の心の中は大雨そして恐ろしく寂しかった。
簡単にできることならいいのに、生きる事も難しければ死ぬ事も難しかった。
くびを吊ろうとしている私には思いかけないことが起きた。それに気づいた
J氏が911をダイヤルしたのだ。
アメリカでは911をダイヤルした場合再度911から確認の電話がかかってくる。
事は大きくなり4台のパトカーに7人ものどでかいポリスマンがやってきた。
ああ、アーメン。アアッツアーメン。
とっさに恐ろしくなった私は自室に閉じこもり鍵をかけ「I AM FINE!!!!!!!!!!!」 ベットの上で布団をかぶり泣き叫んでいた。と、思いきやドッカーンとものすごい音が 響いた。やられた、ドアをぶち壊されたのだ。ドアに備え付けの大きな鏡は粉々に割れ、 カーペットにはガラスの破片がとびちりドアにはバスケットボール大の穴がボカンとあいていた。 ピストルをぶら下げた7人ものポリスマンがベットに横たわる私を囲みボディーチェックを 始めた。もちろんこの時点での私は半狂乱だった。 そして思いがけない事が、、、逮捕である。 これは未だに理解に苦しむ。暴れたでもないただ自分一人で死のうとした自分はなぜ逮捕され ねばいけないのだろうか?当時私はアルコールも入ってなければもちろんイッてた分けでもない。
さてこの広い世の中、アメリカで手錠をかけられパトカーで連れ去られたことのある日本人女性
はどれだけいるだろう?
大騒ぎになった家の周りは物好きな見物人でざわつき、その中を後ろ手に手錠を掛けられた
私は顔も手も隠されることなく堂々とパトカーまで引っ張られていった。
ここからはもっと理解に苦しむ篇である。
私の連れ去られた場所はとある町中にある大病院の緊急病棟の鍵つき監視カメラ付き
窓無しの恐ろしい部屋。冬だというのに凍えそうに寒い。ベットには鉄せいの固定ベルトが
4個所ついていた。
後ろ手に手錠をされ両脇にポリスマンが歩いている私をみて夜中の救急病棟に 来ている患者は異様な目で私を見ていた。もちろんこんな夜中にそこに居る人の半分は アル中だったり薬中でイッテルぜ風の人も多かったけど。
彼らは私をベットに両手両足を鉄ベルトで固定し驚く程たくさんの血を取った。 ドラックテストにエイズテスト、アルコールテストってわけだ。そして私は次の日の 午前中まで縛り付けたらまま鍵の掛けられた部屋に監禁された。
もちろん私の頭はこの件で完全にイッチャッタってわけで、、、ここまでノン・フィクションを書ける ようになっただけでも快復傾向に向いてはいると思うけど、しかしここまで至るには相当の訳があった わけでそれプラスこんな問題にまで発展してしまったのだから心の痛手は相当なもので 以来、あまりにものショックでコトバを失ってしまった。口がきけなくなちゃったのだ。 もちろんお食事だってできない。で、即、精神病院に入院ってことになる。
こんなDaic、まだ生きてます。がんばりたいです。その後の私についてはまたのアップを!
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