*潤苑2003年 秋の号*
氈@「クリスマスリースの真ん中にあるもの」 佐藤岩雄
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アドベントに入り、町並みにもクリスマスの飾り付けが見られるようになりました。 さて、日本で最初のクリスマス礼拝は、1552年12月24日に現在の山口県で イエズス会の修道士たちが日本人信徒を招いて行われたそうです。 ヨーロッパではルターやカルヴァンによる宗教改革が真っ盛りの時代です。 日本で最初のクリスマスは、賛美歌が歌われ ご馳走が振舞われ、 慎ましくも真心をこめて祝われたようです。 今日、クリスマスの季節には、どこでも競って、 とても華やかなイルミネーションが輝きます。 きっと、当時の人が見たらびっくりするでしょうね。 でも、私たちたちがずっと大切にしたいのは、クリスマスを祝うための心の飾り付けです。 今年の婦人会クリスマス手作り講習会では、可愛らしいクリスマスリースを作りました。 クリスマスで飾られるリースの輪は、「永遠」を表していると 講師のSさんが言われていました。 また、常緑樹葉は、枯れることのない「命」を、 赤い実やリボンは「キリストの血」を表しています。 このクリスマスリースを眺めながら、心に浮かんできた聖書の言葉があります。 「(キリストは)自分を無にして、僕の身分となり、人間と同じ者になられました。 人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」 という言葉です。 クリスマスリースの真ん中には空間があるだけです。何もありません。 しかし、その虚空があればこそ、周囲の飾りを引き立てているのではないでしょうか。 「周辺を鮮やかに生かすために、自分を虚しくする。」これがクリスマスを祝う心です。 キリスト誕生の知らせは辺境に住む羊飼いに最初に知らされました。 また、主イエスご自身も生涯をかけて辺境に住む人々と共に住み、食し、語ったのです。 クリスマスは、自分を飾る季節ではなく、 私たちの周りに愛を届けるための季節ではないでしょうか。 かつては辺境の地であった日本にクリスマスが伝えられた時、 そこにいた人々の心は、賛美する喜びによって鮮やかに彩られました。 それから450年が経ちました。 今、私たちも、自分に伝えられた愛を分かち合い、 喜びの輪(リース)を広げる者として歩み始めましょう。 主の平和がありますように! |
氈@中会青年会秋の修養会の報告 Y・Tさん
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9月22日(月)~23日(火)の2日間、 瀬底牧師のお宅である瀬の底小舎にて中会青年会の修養会がもたれました。 今年の修養会では「それぞれの教会」にスポットを当て、 お互いの教会の相違、教会から人が離れて行ってしまうのは何故か?ということを 皆で分かち合いました。 今年の修養会では20名を越える参加者が与えられ、 さがみ野教会からは私を含め4人もの参加者が与えられました。 また他教会からは教会に来始めてから日が浅い方もいらっしゃり、 この修養会を企画した私や役員にとっては大きな喜びでした。 今年の修養会は「学び」よりも「交わり」に重きをおき、 「講師の先生の話を聞く」というよりはむしろ、与えられたテーマについて 「自分たちでディスカッションする」という形式をとりました。 普段自分が思っていること、大勢の前では言いにくいことなども、 小人数のグループの中では存分に分かち合うことができました。 またゲームをしたり賛美を捧げたりというプログラムの中でも、 学びの中とは違った交わりがもてたと思います。 この修養会にさがみ野教会の青年が4人も導かれたのは 神様の恵みだとしか言えません。 これを機会に教会内だけでも定期的な交わりの場がもてれば、と考えています。 これからの中会青年会やさがみ野教会の青年たちがどうなって行くかはわかりませんが、 神様に祈り委ねていこうと思っています。 皆様もこれからの中会青年会のために、 またさがみ野教会の愛する青年1人1人の為にお祈りください。 |