| ブータン |

| ブータン王国
「平和な雷龍の国」 ブータンはアジアに位置しますが、「ブータンなんて国、今まで一度も聞いたことないわ?」とアジア地域に住んでいる人でさえブータンについて聞いたことがない人が多いでしょう。どうしてかというと、私達の国は峻険なヒマラヤの麓にあるからです。そのせいか、私達は、産業革命、世界大戦、冷戦、そして最近のIT革命にも関わってきませんでした。また、私達があなた方からのEメールを受け取るまで、私達のほとんどが、あなた方が存在していることさえ知りませんでした。私達が住んでいる所は“Roof of the World”(世界の屋根)であり、何百年の間私達だけで生活を営んできました。- 地理 ブータンは、険しい山々に四方、八方を阻まれた陸の孤島です。国土面積は、およそ47,000平方kmとスイスとほぼ同じ面積です。ブータンはチベットの南、インドの東ベンガル、アッサム州の北、そしてアルナーチャル・プラデーシュ州の西に位置します。
ブータンでは、雪を被り聳え立つ山の頂、緑の草原が広がる高地、深い緑の木々に覆われた岡、峡谷に咲くエキゾチックな花々、そして数々の珍しい動物たちを思う存分楽しむことが出来るでしょう。特に5月から8月にかけては、丘は様々な美しい花々で覆われ、その傍らでは滝や小川の水がほとばしる美しい光景を見ることができます。 歴史 ブータンの初期の歴史は仏教の伝統と神話から始まっています。ブータンの中世と近、現代史は正に封建的地方領主、封土、そして巨大な砦や城に象徴されています。744年にインドの高僧 パドマサンババ(PadamaSambhava)がブータンに訪れることにより、ブータン文化の基盤であり、またブータン人の精神的なよりどころである仏教の普及が本格的に始まりました。現在の王国の歴史は世襲君主制を基礎に20世紀の初頭に始まり、鎖国政策を引き続き行ってきましたが、現王朝の3代目の王の下で、ブータンは中世的なものの象徴である農奴制や鎖国政策と言ったものからようやく抜け出しました。 世界のあちらこちらに見られる急速な現代化にもかかわらず、現代においてもブータンは自国のアイデンティーを守るために現代的な発展には慎重で規制的な政策を打ち出しています。 宗教と文化 ブータンの国教はチベット仏教のドゥルッパカ−ギュ派です。宗教上の最高指導者ジェイ・ケンポ(大僧正)は、政治上の最高指導者国王同位に位置付けられています。ブータンは世界で唯一の大乗仏教の流れを汲む密教を国教としている国です ブータンにおける信仰は、文化、道徳、社会的発展等のあらゆる分野で非常に重要な役割を担ってきましたし、またこれからも担っていくでしょう。 民族 ブータン人はモンゴロイド人種で、7世紀にブータンに移住し国を建設しました。元来彼らは遊牧民で、彼らの社会は家父長的社会でありましたが、徐々に肥沃な谷間で農業を営むようになりました。 ブータンには主に3つの異なった民族が共存しています。東部、中部に居住しているンガロンは九世紀にチベットからブータンに移民して来ました。東部に居住しているシャショップカはブータンの先住民であると考えられています。三番目のグループはローツァンパで、彼らはネパールに起源をもちネパール語を話します。現在、ブータンの全人口はおよそ60万人です。 祭り ブータンには様々な宗教に関する祭りがありますが、その中で一番知られているのがツェチュです。地域別に違った季節に行われます。ツェチュは一般的に3日間から5日間にわたり、宗教的な意味を持った仮面をつけ舞を主な儀式として、僧と信徒達によって行われます。 |








