越生祭りの歴史

 

文化文政

1830〜1904

黒岩町を除く5町内には、い組、ほ組など組名がつけられ、簡単な手作り花山車を保有
明治42年 神社統合により越生神社が造営される
明治42年 越生神社の造営に伴い、天王様(祭り)の日取りが、7月24日、25日にさだめられる
明治42年 黒岩町は、熊谷市鎌倉町から山車を購入越生唯一の三重高欄・2重鉾、三輪車の山車である。人形は素戔嗚尊である。
大正 8年 上町が、東京谷中初音町二丁目と上三崎町で引回しされていた山車を購入
大正 8年 本町が、東京神田明神前の亀家清秀氏によって山車を作る
大正13年 新宿町が、西多摩郡小曽木村(現在の青梅市小木曽)から山車を購入
昭和12年 河原町が、東京神田の宮長氏によって山車を作る
昭和29年 仲町が、東京神田のだし鉄、山本正太郎と中町の棟染長谷竹松氏によって山車を作る
平成 元年 町制施行100年周年を記念し、越生まつりと改名
平成 8年 新宿町の山車を秩父の職人に依頼し修理開始さる、祭り引き回し休止
平成10年 新宿町の山車の修理修理が終わり、祭りの引き回し始まる
現在に至

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