中 国 故 事 豆 知 識
『馬鹿』の起源!?
『馬鹿』というこの言葉は、私の中では中国史上最低最悪の人物に位置付けられている趙高(秦の宦官)のある行為から生まれた言葉なのです。
その行為とは、彼が秦国家において大きな権力を握っていて、自分の地位を確実なものにする為、自分に歯向かう人間を一掃しようと考え、
ある時、秦に仕える文武百官たちを集め、そこに一頭の鹿を連れて来た。そして、趙高は「これは、馬である。」と言った後、文武百官にひとりひとりに
何に見えるかを尋ね、正直に鹿と答えた者たちを処刑してしまった。この行為によって、文武百官たちは趙高を非常に恐れ、秦国家は彼の独壇場なった。
この行為によって『馬鹿』という言葉が生まれましたが、現在使われている言葉の意味とこの時の意味とは違っていますね。
十の太陽
伝説の時代とされる堯(ギョウ)による治世時代、十の太陽が存在した!?という伝説がある。この世には、人民の住む地上である人間界とあらゆる神々の住む天界がある。
この天界を支配しているのが天帝であり、天帝には十人の子がいた。この天帝の子が太陽なのです。彼等の母親が、竜のひく車に十人の子供たちを
毎日一人ずつ子を乗せて世を走らせていた。人間界から見れば、太陽は一つであるように思われるが、実は交替で人間界に上っていたのです。
しかし、何万年と繰り返しているうちに子供たちは飽きてしまい、なんと全員で人間界に飛び出してしまおうということになった。
こうして、十の太陽が同時に上ってしまったことで人間界は、あまりの暑さに農作物は枯れ果てしまい、暑さに耐えきれずに焼け死しんでしまうものたちまであらわれた。
この状況をみかねて天帝は、天界諸神の中の弓の名人であるゲイを人間界に派遣した。ゲイが、十の太陽をすべて射落とすつもりでいることを察した人間界の聖王である
堯は、太陽が世に一つも存在しなくなっては困るので、人に命じてゲイの十本の弓から一本だけを抜き取らせた。こうして、ゲイによって十のうち九の太陽が射落とされ、
一つの太陽だけが残ったということです。