濫読日記

6月30日  ぶらじる、おめでとう。
2002年の上半期が、あっという間に過ぎてしまいました。
特に6月なんてサッカーを見ているうちに逃げ去りました。
ひねくれた僕も、わざわざ道頓堀のダイブを見物に行ってしまいました。
世界中がよっぽどヒマなのか?

『指輪物語1〜旅の仲間(上1)』『2(上2)』『3(下1)』『4(下2)』
        (J・R・R・トールキン=作/瀬田貞二・田中明子=訳/評論社)

  『ホビットの冒険』を読んでから映画を観て、
  ようやく『〜第1部(既映画上映分)〜』4冊を読了。
  友人が、「映画ではかなりカットされている」と言っていたが、
  果たしてその通りで、原作では時間はもっとゆっくり流れている。
  読めば読むほどあの映画が巧く出来ていることに驚く。    
  ただ、赤表紙本『指輪物語』自体が勝者側の記録であり、
  敵役オーク達があまりにも醜怪に描かれすぎているのが残念だ。
  とくに映画版では、敵役の怪物に対するCG&設定&背景への愛が、
  多少なりともおざなりだったような気がする。悪くはないが・・・。
  『第2部』が上映される前に是非是非原作にも目を通すほうがよい。
  そのまえにもう1回、映画、いっとこ。
  (…でもやっぱり『ナルニア国シリーズ』のほうが好きかな。) 


『緋色の研究』『4つの署名』『バスカビル家の犬』『恐怖の谷』
         (コナン・ドイル=作/各務三郎=訳/偕成社文庫))

  これもまた4冊続けて読了。子供の頃に読んだ記憶はあるのだが
  あんまり覚えていなかったのでこの機会に(?)読んでみた。
  ホームズさん、コカイン吸うてたんか・・・。ふーん。
  いずれも【完訳版】ということで、けっこうお堅い翻訳であった。
  子供の頃に読んだポプラ社(山中峰太郎=訳)は、「冒険活劇」度が高い
  モノであった。その比較をしているだけで一晩中笑える。
  暗号文にでてくる数字すら全く違うのだ。これは何故だろう…?  
  ・・・ってそんなことはさておき。
  『4つの〜』がちとつまんなかったが、意外とやるやんホームズ氏☆


『わたくしだから改』(大槻ケンヂ/集英社文庫)
   
  4年前に刊行された作品を大幅に加筆&削除し再構成した文庫版。 
  久々にオーケンのエッセイ。電車の中でついニヤニヤしてしまうほど
  面白くてたまらないのだが、このエッセイはもしかして神経を病んでいた時期に
  書かれたものなのかもしれないと思うだけで心臓が痛くなってくる。
  彼の他のエッセイ集と何が違うかというと、「過剰さの度合い」かな。
  確かにいつもオーケンは自虐的でマニアックで神経質な文章を書くが、
  この本にはそれだけではない、重い『病い』が詰めこまれている。
  一見しただけでは判らないかもしれないが、オーケンと同化して読んでみよう。
  追い詰められた精神状態での超ハイテンションな躁ぶりが見えてくるはずだ。
  アル中の中島らもを彷彿とさせるイタさである。笑えるがツライ。
  だからこそ、今の彼は「加筆&削除」をしたのではないかと思われる。
  誰もこんな読み方をしないだろうけど。
  ・・・ちゅうかオーケンの意識に同化する方がヤバイよな。

  そうそう。まさにグッドタイミングというか、オーケンもこの本で、
  さまざまなホームズ本の面白さについて触れていました。
  ほんま、マニアックやね。この人も。  
    

『迷路の街で聞いた話』(井上直久/講談社+α文庫)

  読書日記にこれをもってくるのはちょっと反則?
  知る人ぞ知る、イバラード生み出した画家、井上直久氏の画文集。
  『耳をすませば』の映画にも使われた絵なので、見た事のある方は
  多いと思われる。「めげぞう」とか知らないかな・・・。    
  イバラードというのは、イーハトーブを礎にして考え出された、
  とある不思議な街の名前です。美しい森に覆われ、惑星が飛び回り、
  ラピュタが浮かび、市電が走り、鉱石にちりばめられた虹の世界。  
  イバラードの絵を一枚でも目にすると、もうこっちの世界には
  帰ってこれません。世の中すべてが極彩色に溢れたイバラードに見えるのです。  
  一緒にイバラードへ行きませんか?⇒  http://artgallery.co.jp/iblard/ 
  ・・・いつの間にか、うちの家はイバラードの画集で溢れています。
  
 
『犯罪小説集』(谷崎潤一郎/集英社文庫)

  そういやすっかり忘れていたタニザキの推理小説。
  純文学者の書く推理小説は一様に、「作者」が楽しそうである。
  トリックを思いついた小説家氏が嬉々として筆を動かしている様が目に浮かぶ。  
  しかもタニザキにしか書けないような皮膚感あふれる退廃的な耽美さが嬉しい。  
  トリック自体は奇抜でもなんでもないんだけどさ。(苦笑)  
   

『寺田寅彦は忘れた頃にやってくる』(松本哉/集英社新書)

  ‘天災は忘れた頃に〜’ってのは、寺田寅彦が言い始めた言葉だったらしい。    
  寺田寅彦の作品からだけでは見えない寺田寅彦を見せてくれる伝記文的な新書。
  寺田寅彦の案内で浅草十二階にのぼりたかった。(号泣)  

 
『告別』(福永武彦/講談社)

  『告別』『形見分け』所収。
  時間軸や視点が少しずつずれていくのが福永らしい。
  
      「生キルトイウコトニドウイウ価値ガアルノ?」
       果シテ誰ガ知ッテイヨウ。
       生ハ暗ク、死モマタ暗イ。  


『風のかたみ』(福永武彦/新潮社)

  廃刊になっているらしいのでわざわざ古本屋で探した1冊。
  『今昔物語』の時代背景・世界観をベースにして書かれた平安王朝物語!
  百鬼夜行の中を盗賊やらお姫様やら若武者やら陰陽師やらが縦横無尽に  
  走り回る、とんでもなくせつない恋物語。いまこそ復刊すべきだ!!!!
  今ならもっと広く読まれること間違いなし!映画化も有りうるはず! 
  ・・・ってな風に、勝手にリキを入れてしまっていますが、マジで
  面白かったです。今昔物語をきちんと読み直そうかと思うほどです。
  古本屋でも見つけられない方にはお貸ししますのでご一報を!
  ただ、前の持ち主によるアンダーラインがちと邪魔かな・・・。
  なんで「楓」関係の文章だけにアンダーラインが引いてあるのか、
  とてもミステリィなんだけど。  

以上っ!!!

5月20日 そこにあるものがずっとそこにある@H.M.
いつもより早めの読書日記更新。
今回はエンターテインメント系多し。
素直に、脳随を楽しませ爽快感を味わいたかったのだろう。
ストレスか?・・・と他人事みたいに書いておく。


『黒祠の島』(小野不由美/祥伝社)

昨年(2001年)、どえりゃー話題になった本格ミステリ。
石原慎太郎の「秘祭」に続き、またもや因習に囚われた孤島を舞台とした作品。
国家神道から外れた邪教‘黒祠'の島!独自の因習を育み島民は余所者を排斥する。
神社の樹に逆さ磔にされた女性の死体!‘黒祠'という体系的な存在がうまく機能しており、
罪と罰に関する独特の観念や‘守護'の存在が面白く、凄惨な場面の必然性がよく理解できた。
作品にただようSFの香りは、やはり小野不由美独特の作風によるものだろう。
あまりにも残虐な殺人事件と、島に溢れる風車と風鈴…。
しかし石原の「秘祭」とは違い、本来閉鎖的であるはずの島民が中盤あたりから主人公に対して
協力的になっていくのだが、その過程が、ちょっくらご都合主義だとも思えないでもないし、
何度も繰り返されるとっぴなどんでん返しのせいで反対に先が読めてしまう。
だからと言ってサスペンスに欠けていると言う訳ではないのだが…。
ま、こんな独り善がりの感想はさておき、全体的にはとても完成度の高い作品。
……だと思うんだけど。
どなたかの感想を切に願う〜。う〜。う〜。


『夫婦善哉』 (織田作之助/新潮文庫)

この文庫には「夫婦善哉」「木の都」「六白金星」「アド・バルーン」「世相」「競馬」
の6つの短編が収められている。以前から『競馬』が読みたくて読みたくて
仕方なかったのだが、つい手にとれないままきてしまった。
『競馬』…亡くなった妻と関係があったらしい競馬好きの男の存在を知った寺田。
それ以来、競馬と聞くだけで激しい嫉妬を感じるようになるが、ふとしたことで
競馬の味を知ってしまう。そして異様なほどに競馬に溺れていく様が超一級!
病床の妻を看取るまでの壮絶な苦しみ、哀しみ、そして、嫉妬心。
それらが生々しくもさらりと描かれており、さわやかな疾走感を感じる作品である。
愛する人の過去に狂おしく嫉妬する気持ちが胸につきささる…。愛が痛い。
…そして皆様御存知の「夫婦善哉」。想像はしとったがやはりしみったれちょるのう〜。
しっかりした女とだらしがない男。びんぼ臭くて情緒たっぷりのコテコテの大阪。
織田作を読むと大阪の食い倒れツアーに行きたくなるというのはどうやら本当のことらしい。
僕も、上町台地を中心にブラブラしてみようかな。


『百円シンガー極楽天使』(末永直海/新潮文庫)

知る人ぞ知る、ぴゃーぽ姐さんの作品。  
ヘルスセンターやキャバレーで歌うどさ回りの演歌歌手を主人公にして、
世間離れしていて喧嘩早く必死に生きている個性的な人物たちを配し、
奇妙な話を作り上げている。町田康・福田和也・北上次郎・小林よしのり・浜村淳や、
いろいろな書店・マスコミがこぞって「ワイルド&キュート!」と褒め称えた珍書。(?)
町田康が「生きる勇気が涌く」ってんだがら、ホントにすげーのだ。狂喜乱舞なのだ。
不思議に男っぽい語り口だが、会話のテンポも快調で登場人物の性格分けも分かりやすく、
体言止めの多いテンポ、詩さながら言い回しが心地よい。出し惜しみが一切ない!
こちとら、好きでうたってるんだ。何か文句あるか?


『他人の顔』(安部公房/新潮文庫)

僕が‘安部公房’を手にするのは少し儀式的な意味がある。
その意味について触れることは避けるが、日常をリセットしたい時や
煮詰まってパラレルな視点から物事を考えたくなった時に公房を読む。
…さて『他人の顔』。である。
顔一面の蛭のようなケロイド痕によって自分の顔を喪失してしまった男が失われた
(と思いこんでいる)妻の愛をとりもどすために”他人の顔”をプラスチック製の
仮面に仕立てて妻を誘惑するのだ。人間にとって「顔」とは何なのか考えさせられる。
公房はいつだって最後の最後に読者を突き放すので、いろいろ考えざるを得ないのだ。
さて、公房の表現はイツモ面白い。
   
   やがて焼きたての腸詰のような唇があらわれると、その唇は、
   規定量をはるかに越えた笑いのために、思いっきりねじ曲げられるのだった。



『ロゴスの名はロゴス』(呉智英/双葉文庫)

呉氏の刀が現代の言葉・論理の誤用を斬りまくる痛快かつ実用的エッセイ集。
(意図したわけではないが、最近、日本語関連書に触れる機会が多いような…。)
新聞のコラムに登場する誤用法には目から鱗。新聞も手本にはならんということか。
呉智英のように怒れる熱き人がもっと殖えることを、気弱に祈る。


『石の目』(乙一/集英社)

例によってホラー界の寵児、乙一の短編集。
悔しいことに、またやられてしまった…。脱帽っす。
収録作は、目があったものを石に変えてしまう石の目が住むという山に迷い込む「石の目」、
噂話で作られたはずの女の子が実際に現われる「はじめ」、意思を持った人形たちが
主人公の童話的な話「BLUE」、腕に彫った刺青の犬が肌の表面を動き回る「平面いぬ。」。
とりあえず設定が奇抜で乙一らしい。状況的にはホラーであり、異なる世界・異なる次元に
関わってしまったときの、ずれや葛藤や哀切がテーマなのだが、その異界との関わりが
暖かく、和やかで、懐かしく、そして、異界との別離によって登場人物達は成長するのだ。
とにかく切ないのだ。(泣いたっちゅうねん・・・・。くそう。)
今、気づいたが、乙一の作品はすべて『成長』がテーマなのかも☆
単なるホラーとして扱いたくはない、これからも期待できる作家である。
   
   一生に一度くらいは、私の住んでいる世界と、
   きみらの住んでいる世界の垣根が取れる瞬間もあるだろうね


『空のオルゴール』(中島らも/新潮社)
  
パリを舞台に四人の殺し屋と七人のマジシャンが殺し合うという、胡散臭い奇術と
胡散臭い格闘が融合した痛快なエンターテインメント活劇。これぞ中島らもの真骨頂。
本人曰く、「尊敬する山田風太郎先生のパクリです!」。カッカッカッ♪
一番心に残るエピソードは、何故か大人用紙オムツ。


『朽ちる散る落ちる』(森博嗣/講談社)

『宇宙密室』って何のこっちゃと思いながら読了。
ますますノリにノッテいる森助教授の新刊ミステリ。
 
    「生きているうちはね、抽象的に越したことはないの。
     何も知らないほうが安心ってもの。」

5月1日  月日は百代の過客か・・・
僕らしくもなく、早めの更新。・・・眠い。


『エキゾティカ』(中島らも/双葉文庫)

 彼の作品はとてもよく計算されているのだが、読んでいるこちらまでマリファナで
 飛ばされているような浮揚感を感じることがよくある。中島らもの芝居に通じる
 いわゆる‘年季の入った開放感(@山内圭哉)’に酔わされるのだ。
 是非『ガダラの豚』や『僕に踏まれた〜』をお読みいただきたい。読め〜。。
 『エキゾティカ』はスリランカ・上海・ベトナム・バンコクなどを舞台にした短編小説集。
 中島らもマジックとでもいうべき、簡潔な文章・痛快なテンポ、そして別になくても
 いいのではないかとも思える重要なオチ(←!?)は健在である。
 ブラックなネタであろうと(だからこそ)オモシロイものはオモシロイのだ。
 だけど、本文に挿入されている写真はいらない・・・・・。
 せっかくの素敵な装丁なのに、減点っすよ〜〜〜。


『なんでも買って野郎日誌』(日垣隆/角川書店)

 最近朝日新聞とも揉め事をおこしたところなので、御存知の方も多いと思われる。 
 とにかく元気で訳の分らんジャーナリスト日垣隆。びっくりする程のパワフリャー(?)。
 その日垣の買い物エッセイ。何が凄いって、普通通販だけで年間600万円も使うか〜?
 ブランドネクタイを300本も買うか?何でカフスボタンばっかり100個もあるねん!?
 ・・・とにかく日本で一番の散財男のような気がする。狂っとる・・・・。
 そんな狂い具合が、とてつもなく爽快で大馬鹿で可笑しすぎてオススメの本。    
 詳細は彼のHP『ガッキーファイター』で。狂ったサイトです。(もちろんホメ言葉★)


『漢字と日本人』(高島俊男/文春新書)

 日本人が普通に使っている言葉と漢字の相関性を書いたものなのだが、
 コレ、目から鱗っす。漢字が日本に入ってきたこと自体が不幸の始まりで、
 現在に通じる日本人の発音不器用さのために日本語が特異な言語となって
 しまったエピソードや、明治維新時の西洋かぶれ言語改革論及び、
 大日本国テーコク敗戦後の国語改革の愚挙、そんなこんなが分りやすく
 まとめられていてとても興味深かった。過去の日本人とこれからの
 日本人のつながりをどう保ってゆくかを普段から考えなくてはならない。
 歴史を知る事が未来を動かす力になるのだ。このままでは家畜人ヤプーに
 なる日も近い・・・と、失笑している場合ではない!
 

『世界青春放浪記』(ピーター・フランクル/集英社文庫)

 僕という人間は何とまあ影響されやすいのだろう、と哀しくなる事がよくある。
 最近いろんな方面に触発されて今まで苦手だった(赤点続きの)数学に
 足を突っ込みはじめているし、数学者ピーター・フランクルを見れば、 
 大道芸人になりたかった幼き日の血が騒ぐし・・・・。
 そんなことはさておき、ピーター・フランクルってすごいねんんああ・・・・。
 東欧の悲劇的な歴史を背負っていたことを初めて知ったっす・・・・。 


『秘祭』(石原慎太郎/新潮文庫)

 やっと読んだぞ、石原慎太郎!
 太陽族&戦車オヤジというイメージしかもっていなかった自分を反省。
 わざわざページ数の少ない作品を選んだのだが・・・・嗚呼、重すぎる。
 通常の法体系から離れた孤島を舞台に土俗土着の禁忌と悲劇!!
 久々に出会った、暗黒すぎて救いようのない泥沼と倒錯の作品。 
 素直に脱帽。。。。。。。やられたっす。 

 関係ないけど‘孤島’といえば‘孤島の鬼@乱歩’だよなぁ、やっぱり。


『加田伶太郎全集』(福永武彦/扶桑社文庫)

 福永武彦って、日本文壇を代表する学者さんだよなあ〜と思いながら
 なんとなく手にした不思議なタイトルのテキスト。昭和30年代に福永武彦が
 加田伶太郎&船田学名義で発表した本格ミステリ&SF小説集!
 純文学者が真面目にパロディーな名探偵を生み出したことに拍手。 
 元祖助教授モノというか、助教授・伊丹英典氏が推理しまくるのだ。
 どの作品をとってもちょっぴりアナクロで僕の大好きな分野なのだが、 
 それより何だか可笑しいのが、 全て掲載していたり、福永武彦が本名を隠して
 書いている序文やエッセイ、そして10人もの人が執筆している「解説」。
 ・・・あの乱歩も、福永の正体を隠した跋文を書いている。
 いやはや、福永武彦にこんな方面から入っていくことになろうとは・・・。
 間違っているといえば間違っているのかも・・・。
 (しかしさすが福永。上質な文章がたまんないっす。)

『草の花』(福永武彦/新潮文庫)

 で・で・で。罪滅ぼし(?)に、福永の文学作品を。
 これぞ純文学ーーーーーーっっ!!! はまったはまった★ 
 サナトリウムで出会った青年が記した孤独な青春の墓標!!  
 愛とは美しいものよのう。。。。。(誰じゃおまえ>僕)
 もったいないので感想はあまり書かないでおこうっと。くく。


『愛の試み』(福永武彦/新潮文庫)
 
 これは「愛」についてのエッセイ。異性への愛の発生から終りに至る過程、
 すなわち意識・孤独・自覚・快楽・理想・融晶作用などを易しい言葉で
 悩める者をさらに悩ませるかのように語っている作品。テーマは孤独。
 時々挟まれている3ページほどの超短編小説がなんだか不思議に印象的。
 ・・・ちゅうかさ、電車の中で広げるには恥ずかしいタイトル。
 フランス書院じゃないんだからさ〜〜〜〜。  


『海市』(福永武彦/新潮文庫)

 不倫だってよ、不倫。くぬう。
 と書くと、それで話が終ってしまうので、不倫云々はさておき、  
 時空軸と人称が錯綜する展開がよく計算されていて面白い。
 さすがは裏推理小説家。アナグラムには気づかなかったっす。 
 まだ福永の作品を読み始めたばかりで恐縮なのだが、作品中にただよう
 孤独で内なる葛藤がゲーテを思い起こさせる。 
 どろどろしているはずなのに読後感は悪くない。
 これが粘着質で愚痴っぽい太宰とは違うところかも。


『古事記物語』(福永武彦/岩波少年文庫)

 すっかり忘れていたのだが、「福永武彦」の名前を初めて知ったのは
 小学生の頃である。どうもその典雅な響きがずっと刷り込まれていたらしい。
 ・・・と、物置にあった『古事記物語』を何気なくひっぱりだしてきて驚いた。
 そういえばあの頃、何度も何度も読んだような気がする。。。。
 そゆわけで、福永が子供用に書き直したルビ付きの『古事記物語』を再読。
 カタカナの名前ばっかりで辟易するが、『漢字と日本人』で当時の事情を
 仕入れたばかりなので反対に興味深く読むことができた。 
 福永武彦ってフランス文学者なのに何でもやっちゃうんだね。感服。


以上。

4月3日  ひ・ひ・ひ・ひ・久しぶりの更新・・・・・。
月に一度の更新〜だなんて出来もせん事をほざいた僕をお許しください。
2ヶ月でこれだけしか読めなかったっす。ががががが。


『大人にしてあげた小さなお話』(岸田今日子/大和書房)

 わざわざヤフーのオークションで取り寄せた岸田今日子の短編集。
 フランス映画のワンシーンのような情景が目の前に広がる。
 お洒落で上品で愛があふれ、しかも人間の潜在意識に潜む毒に
 満ちているというなんとも不思議な作品。寺山のジュリエットポエットを
 もう少し大人向けにしたといえば分るだろうか。
 岸田今日子の美しい言葉使いに触れているととても心地がよい。
 

『ホントの話』(呉智英/小学館)

 人権と民主主義・ナショナリズム・民族差別・現代人の愛・教育とマスコミ。 
 それらの嘘の思想を徹底的に切り刻む。真実を直視できる人のみが
 読むことのできる、とても危険で恐ろしい現代社会学。
 裁判についてのニュースを目にするたび、呉智英の刑法考を思う。
 近い内に再読予定。 


『教養論ノート』(浅羽通明/幻冬社)

 僕の心の師匠、浅羽通明。この人の作品に限っては、
 いつでもアンダーラインをひきながら読んでしまうっす。
 「教養」って何のことだか、みなさん、わかりますか? 


『狂言サイボーグ』(野村萬斎/日本経済新聞社)

 野村萬斎による、狂言を通じたエッセイ。
 彼が語る教養論に思わず身をひきしめた。
 この本は、僕にとっての「風姿花伝」である。


『雪舞』(渡辺淳一/文春文庫)

 『失楽園』の大衆エロ文芸作家(おっと失礼)。本人も文体も苦手。
 できることなら読みたくはなかった。しかし可愛い友人に勧められ、
 タイトルの美しさに負けて思わず読んでしまったっす。なはは。
 まあやはり、さすが元外科医。手術の描写が巧みっすね〜。
 ネタバレになるので言わないけど、無常さとか人情味とか
 そういったところは思っていたよりも高感度大。
 ただやっぱり、僕のひねくれた感性には受けつけない所が多い。
 子供の母親を色っぽい女性にしたてあげたり、わざわざ無意味に
 恋愛問題を持ちこんだりする渡辺淳一特有の感覚が苦手。
 しかも表現がオヤジ臭いのなんのって! 生生しくてきしょい。
 風景描写をする時に無理矢理文学的な表現をしようと頑張っている
 シーンが山ほどあるのですが、俺様の目から見れば文学じゃねえよ。
 こんなのただのおっさん向けのフランス書院っすっっ!!!
 ま、単なる好き嫌いの問題かな。かっかっかっか。 
 (しかし彼の『阿寒に果つ』のみはとても好きな作品だったりする☆)


『働く人のキャリアデザイン』(金井壽広/PHP新書)
  
 タイトルからして、企業の研修に使われていそうなこの本を
 読書日記の中に入れるというのは変なのだが、僕の読書日記を
 読んだ心優しい友人がわざわざプレゼントしてくださったので
 一応載せておきます。人生の節目・節目をどう乗り切るか、 
 またどのようにして自分らしい生き方・働き方ができるかを
 経営学の先生が、とっても分りやすく、指南して下さるのじゃー。
 読了当時、ヤな事が重なり自暴自棄になっていたこともあり
 そろそろ僕も人生の設計をせにゃならんのか〜などと、  
 余計にツラくなってしまっていました。(そんなに繊細か?>俺様)
 しかしよく考えると、そういう落ち目の時にこそ引きこもらず、
 自分を支えてくれている人を信じて頼ればいいんですよね。
 それができれば楽なんだけど、どうも僕はひねくれているから・・・。  
 うーん。思春期ィッ♪(????)


『盲目物語』(谷崎潤一郎/中公文庫)

 め○ら坊主(盲目と言え>僕)の【語り】モノ。
 舞台が戦国時代ということで、谷崎らしくないという偏見から
 手にすることはなかったのだが、僕の従兄のサイトを見て、
 久々にタニザキを読みたくなったという次第で…。あたふた。
 …浅井長政の城に唄と三味線で奉公するようになり、 
 美しい姫君らの体を按摩する盲目の坊主。
 全篇がほどんどひらがなの語りで書かれており、
 そのなまめかしいこと、まさしくお耽美タニザキの真骨頂。
 美味しくいだだきました。ご馳走様。  
 でもやっぱりめ○らといえば「春琴抄」やね。


『花粉航海』(寺山修司/ハルキ文庫)
『啄木を読む 思想への望郷 文学篇』(寺山修司/ハルキ文庫)
『ポケットに名言を』(寺山修司/角川文庫)

 テラヤマの読むのはパワーがいる。
 もっともっとひきこもらなければ。
 あまりにも・・・そう・・・あまりにも、僕の中に
 テラヤマの言葉が入って来すぎるからなんだろう。
 20年ほど前は、テラヤマの詩集をいつもポケットに
 しのばせている若者や少年少女が多かったそうな。
 谷川俊太郎もテラヤマを絶賛していたしね。
 今、テラヤマの話ができるのは、サブカル寄りの  
 マニアックな人だけになってしまっているような気がする。
 それはもちろん僕を含めてのことなのだが・・・。 
 えんぴつのドラキュラ、寺山。
 いつまでたっても47歳の寺山。


『青年』(森鴎外/新潮文庫)

 主人公の青年の名を「小泉純一」といいます。 
 何かが足りませんが、どこかで見たような名前☆ 
 たったそれだけの理由で、手にとりました。
 高校生の頃、郷ひろみ主演の映画【舞姫】を学校で
 見せられて以来、森鴎外が好きになれませんでした。
 僕の好みじゃない白人女が、僕の好みの声じゃないひろみと
 いちゃつくのですっかり気分を害してしまったのです。  
 (鴎外を読まなくなった代わりに娘の森茉莉はよく読みました。)
 さてさて、そしてこの『青年』。文学を志すお坊ちゃまが主人公。
 明治の風俗・青年気質がうまく書かれていて、思ったよりも読みやすい。
 少し漢語調の文体が気に入った。しばらくハマってみるのも悪くない。 

『雁』(森鴎外/新潮文庫)
 
 そゆわけで『雁』。これは、思わぬ大ヒット!
 小さな家に囲われている妾と、その窓の前を通るエリート大学生。
 二人の気持ちの変化を中心にして語り手、時間がずれていく。
 視点・時間軸の置き方が、ミステリ仕立てになっていて、 
 おもわず一息に読了してしまった。
 タイトルとカバージャケットさえ変えれば、  
 もっと皆が読むと思うで。>鴎外

『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外/新潮文庫)

 ついでにコレも読了。
 ・・・すみません。全然、面白くもなんともなかった。  
 しかしそれは森鴎外の責任ではない。 
 明治の発禁モノというから、春本だと思って読んでしまった僕が悪い。
 当時にしてはセンセーショナルだったということは推測できる。 
   

『ホビットの冒険(上・下)』(トールキン/岩波少年文庫)

 今話題の映画「指輪物語」の主人公のおじさんが若い時の物語。
 「指輪物語」は子供の頃に途中で挫折したのだが、最近、
 大人向けのファンタジーが好きな、素敵な友人に勧められて、 
 ようやく「ホビット」から読み始めることにした。
 訳者が、ナルニア国シリーズでおなじみの瀬田貞二氏。
 たったそれだけで、読む気漫々。ドワーフやらゴブリンやらエルフやら、
 北欧の物語りではお馴染みの面々が次から次へと現われ、
 竜を倒す冒険が繰り広げられる。ここまで勧善懲悪だと反対に面白い。
 はじめはひねくれながら読んでいたのだが、下巻の半ばから、
 ついこっちも必死になって戦闘を見守ってしまった・・・。 
 映画、見てみようかな。。。。。。     


今、読みかけの本が5冊あります。
いつになったら読み終わることやら。

1月31日  遅くなりましたが本年もよろしくどうぞ。
エリエールのCMを見てついトイレットペーパーのロールに頬擦りしてしまったのは
僕だけではありますまい・・・。

さて、今年初めての日記です。おっしゃ〜ギリギリ1月だっ!!!
せめて月に一度くらいは更新したいものです。
(こうやって自分の首を締めてしまう自虐的な僕・・・・。)


『不連続殺人事件』(坂口安吾/角川文庫)

俗悪な奇人たちが山の中の一軒家(しかも豪邸)に集められ、
恐怖の殺人が次々と繰り返される一夏の物語。
登場人物の誰もがあまりにも変人に過ぎ、異常な行動ばかり続けるので
はじめはうそ臭くもあったが、読んでいく内に感覚が麻痺してしまう。
つい読み流してしまうと一巻の終り!ネタバレになるのでコレ以上は
何も書かないが、悔しいかな、作者にしてやられました。トホホ。
やはりミステリーは超文学でなければ!と頷いた次第でアリマス。
(未来の文豪・島田雅彦のミステリー『内乱の予感』もオススメしとこ。)

『捩れ屋敷の利鈍』(森博嗣/講談社ノベルス)

ご存知、森助教授ミステリーの番外編。保呂草氏と萌絵嬢が正面対決!
密室劇をここまで豪華に繰り広げられるのは専門家ゆえなのか!
大体メビウス状構造の建築物を普通作ろうとは思いますまい・・・。
それよりも今回、ミステリーの筋とは違うところで読者に秘密を残したまま
幕が下されているのが腹立たしい。気になって気になって仕方がない。
それこそ作者の思う壺だと思うとますます悔しい。
・・・・・・所詮作者には勝てないのか。
ミステリーの感想は、コレ以上深くまで突っ込めないのがツライ。

森ミステリーを読んだことがない人は、まず日本語タイトルと
英語のタイトルの両方を眺めてください。もし手にとる勇気があれば、
目次のページを開き各章のタイトル。表の表紙を開けてすぐに書かれている
手書きイラスト(本人作)と、不思議な詩のような謎かけ文もチェック。
それだけで森博嗣のセンスのよさがうかがえます。
やっぱり『すべてがFになる』くらいは読まねばなりません。
春にはゲーム化もされるらしい・・・。


『今昔続百鬼・雲〜多々良先生行状記〜』(京極夏彦/講談社ノベルス)

今年三本目のミステリー。京極を読むのは久しぶり。
京極らしい妖怪薀蓄ミステリーでありながら、普通のミステリーの
謎解きとは全く違う手法が使われ、毎度毎度のオチに肩すかしを食う。
このような形態のミステリーは初めてかもしれない。どなたかの感想を待つ。
今回何が嬉しいかと言えば、挿絵の「ふくやまけいこ」!懐かしや。
知る人ぞ知るマニアな漫画家!京極らしくない平和で間延びした登場人物が
とても平和な線で描かれているのが面白すぎる。



『田園に死す』(寺山修司/ハルキ文庫)

      これはこの世のことならず 
      死出の山路の裾野なる さいの河原の物語
      十にも足らぬ幼な児が さいの河原に集まりて
      峰の嵐の音すれば 父かと思いよじのぼり
      谷の流れの音すれば 母かと思い馳せ下り 
      手足は血潮にしみながら 
      河原の石を取り集め これにて回向の塔をつむ
      一つつんでは 父のため  二つつんでは母のため
      兄弟わが身と回向して 昼はひとりで遊べども
      日のいりあひのその頃に 
      地獄の鬼があらはれて つみたる塔をおしくづす
                    (@わが一族の歴史『恐山和讃』)
恐山に昔から伝わる「地蔵和讃」に、JAシーザーが曲をつけた歌がある。
僕は今、毎日のようにその阿鼻叫喚の歌を聴きながら恐山に思いを馳せている。
青森出身のテラヤマが恐山を自分の存在の核のひとつとするのも分からないでもない。
(確かに富士山信仰よりも恐山信仰の方が面白いに違いない!)
『田園に死す』は、血塗られた怨念を背負う歌集地獄である。
近代日本が塗り消してしまった土着的な怨恨美の物語を、僕は夢見る。

  間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子

  ほどかれて少女の髪に結ばれし葬儀の花の花言葉かな

  死児埋めしままの田地を買ひて行く土地売人に 子無し

  少年の日はかの森のゆふぐれに赤面恐怖の木を抱きにゆく

  ・・・・・・・・・

  
『赤糸で縫いとじられた物語』(寺山修司/ハルキ文庫)

テラヤマがジュリエット・ポエットと名づけた、童話と詩が融合された作品集。
グリムのようにあからさまに教訓を含んでいたり残酷すぎたりするのではなく、
テラヤマの物語は美しくせつない不幸に彩られている。
ひとりぼっちの少女。ひとりぼっちの悲しい鳥。ひとりぼっちの・・・・。


『母の蛍〜寺山修司のいる風景〜』(寺山はつ/新書館)

テラヤマは昭和58年、47歳の時にたった一人の母を置いて旅立った。
(母が一人というのは当たり前なのだが、一子多母制を唱えていたので
あえて‘たった一人’と書いたのだ。>くどい?)
その母堂が涙のなかで綴った「テラヤマの思い出記録」。
離れて暮さねばならなかった生活の中での母子愛が伝わってきて
こちらも涙なくしては読むことができない。母とは美しいものよのう・・・。
中高生のころのテラヤマの作品も収録されている。
テラヤマが高校生の頃、母に送ったうた。

     菊売車いづこへ押すも母貧し 



『葛橋』(坂東眞紗子/角川文庫)

ミステリーやらテラヤマやらばっかりが続き、極めつけに坂東眞紗子。
この『葛橋』は、想像違わず暗雲立ち込める後ろ向きホラー短編集。
坂東眞紗子作品の登場人物はいつもほとんど無口で自己批判が多く、
いかにも不運に見舞われるような顔つきで不運に見舞われる。(爆)
不運を乗り越えられず悲劇の淵を彷徨い続け、壊れていく主人公を
次から次へと生み出すのは快感なのだろうか・・・。はて。



『蒲団・重右衛門の最後』(田山花袋/新潮社文庫)

『蒲団』がこんなにお馬鹿で軽妙で可笑しい作品とは思ってもいなかった。
若い女に逃げられたおっさんが彼女の残した蒲団を抱えて泣く、という、
ただそれだけの話だとは!おそるべし自然主義文学!移り行く明治人気質や
ハイカラさを垣間見ることができたというのが、とりあえず収穫っす・・・。
あと、何が面白いかって「注釈」! 現代人では分からないだろう言葉の
意味の解説があるのは当然なのだが、わざわざ物語りの伏線部分までも
教えてくれているのだ。・・・・そんなまさか、ねえ。
解説の福田恒存でちと救われた☆さすがやで福田恒存☆


『哲学者かく笑えり』(土屋賢二/講談社文庫)

今まで土屋教授を散々紹介してきたので、本書はあえて感想を書くまでもない。
土屋教授のひねくれエッセイ集。土屋教授よりも自分のほうがましだと思うと
生きていくのが楽になる。僕を楽にしてくれた御礼に、本屋で土屋教授の作品を
見つけた際には、ベストセラー作家の平積書の上にこっそり載せておこうと思う。


『闇の中の黒い馬』(埴谷雄高/河出書房新書)

生まれて初めて埴谷雄高を読んだ。父の本棚には埴谷雄高が並んでいるのだが
手に取る機会がなくていた。最近、美品の古本が目に入り即購入。
これはエッセイ集なのか小説なのかは不明だが、テーマは『存在』。
寝床の中で見る『夢』を自在に操りながら無限の闇の中で思索を続け、
自分の体だけを材料に、感覚や意識に関する実験を続けるのだ。
ある時は暗黒の果てを垣間見、ある時は無限空間を落下し、
ある時は追跡者の気配を知るために上方へ墜ち、宇宙の鏡を覗き・・・・。
結局僕には何のことやらさっぱり分からなかったのだが、これこそが
20世紀の文学の最高峰だとすれば、島田雅彦が20世紀最後の
文学者だと言われたのも分からないでもない。
(誰にも分からない事を書いているのは自覚しています☆無反省中)


『吉行エイスケ〜作品と世界〜』(吉行和子監修/国書刊行会)

遅れ馳せながらエイスケさん登場。野村マンサイのイメージが強すぎて、
本人の作品に触れるのは今まで躊躇われたが、マンサイが晴明になった
お祝いにエイスケさんを供養してやることにした。(←意味不明)
ダダ!伏せ字!阿片・娼婦・舌・女・愛人!!!!!!!!!!
そら、あぐりさんしんどいやろ〜、などといらん心配をしつつ、
破壊的な若さを素直に楽しんだ。現代のサブカルにつながる道を
切り開いたのは、こういった戦前の新感覚派の文学者だったのか・・・。


『妄想の森』(岸田今日子/文藝春秋刊)

彼女が普段から美しいものを愛でているからこそ、
想像力が豊かで温かいお人柄だからこそ、
こういった珠玉の上品な言葉をつむぐ事ができるのだろうか。
決して虚飾の多い美文ではなく平易な言葉が並べられているにも関わらず、
ひとつひとつの言葉が、泉の中の宝石のようにゆらゆら煌いているのだ。
今まで何故か岸田今日子のことを妖怪だとばかり思っていたが、
彼女は妖怪なのではなく妖精の頂点に立つ美しい仙女なのだ。
卑屈さの全く感じられない素直な感性を持っている人がとても羨ましい。
・・・岸田今日子の作品をもっと読みたくなってしまった。


今日はほぼ満月。
こんな夜は、詩でも読みつつ物思いに耽りたいものなのだが、
月をみると条件反射で「炭坑節」が口をついて出てしまう僕。
まずはこういう感覚を何とかせねば・・・・・。

  月がぁ〜出った出〜たぁ〜〜月がぁ〜ぁンでたぁ〜♪
  ア ヨ〜イヨイッ♪♪

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